【クラウド特別インタビュー】クラウド時代が、ようやくわれわれのサービスに追いついてきた

TKCのクラウド戦略について聞く


 「クラウド・コンピューティングの時代が到来したといわれるが、当社は、もともとクラウド・コンピューティングに近い情報サービス活用基盤を構築している。むしろ、時代の流れが追いついてきたともいえる」――と語るのは、TKC 代表取締役副社長 執行役員 地方公共団体事業部長執行役員 地方公共団体事業部長の角一幸氏。

 1980年代から月額レンタル方式を採用したソフトウェアサービスを展開。それをASP型へと発展させたのちに、現在のクラウド・コンピューティングサービスへと広げているのがTKCだ。

 すでに会計事務所や地方公共団体向けに、クラウド・コンピューティングによる各種サービスを提供。本社がある栃木県宇都宮市には、TKCインターネット・サービスセンターを設置し、2003年から稼働。2010年にはこれを増強し、クラウド・コンピューティングサービスの体制強化にも乗り出している。45年にわたるTKCの歴史と、クラウドコンピューティングの取り組みについて、同社・角一幸副社長に話を聞いた。

 

会計事務所専用の計算センターからスタート

――まず、TKCの生い立ちについて教えてください。

TKC 代表取締役副社長 執行役員 地方公共団体事業部長執行役員 地方公共団体事業部長の角一幸氏

角副社長:創業者である飯塚毅は、1946年に会計事務所を開き、その後、会計士としての仕事に従事していました。ところが、1962年に米国で開かれた第8回世界会計人会議に出席した際、会計分野におけるコンピュータ利用の実態を目の当たりにし、会計事務所専用の計算センターの設立を決意しました。それが現在のTKCの始まりです。

 設立は1966年。当時の社名は栃木県計算センターでした。社名からもわかるように、栃木県を本拠に展開する計算センターとしてスタートしたわけですが、東京、大阪にも拠点を広げたことで、1972年には社名を現在のTKCに変更しています。

 当時から、「会計事務所の職域防衛と運命打開のため受託する計算センターの経営」、「地方公共団体の行政効率向上のため受託する計算センターの経営」を会社の定款に盛り込んでいます。その後、いくつかの定款が追加されていますが、この2つはまさに当社の経営の原点だといえます。

 定款通り、現在でも、会計事務所と地方公共団体の2つの分野に専門特化した情報サービスを展開しています。設立当時は、地方自治体ではまだ電算化がそれほど進んでいない時期でしたが、栃木県黒磯市(現在の那須塩原市)からの業務受託を皮切りに事業を開始し、現在では、906の地方公共団体が当社のサービスを利用し、そのうち約110の自治体が基盤システムとして、当社のサービスを活用しています。

 また、TKC全国会には、約8500の会計事務所、約1万人の税理士および公認会計士が加盟しています。

 会計事務所と地方公共団体の分野は、法律的な専門知識と深い経験が必要です。そして、常に法令に完全準拠した専門的なシステムを提供しなくてはならない。税法、商法、民法、行政法などの法律に深くかかわり、税理士、公認会計士、地方公務員の業務遂行を、情報通信技術を活用しながら支援し、社会の発展に寄与していくのが当社の役割だといえます。

 社是の「自利利他(=自利とは利他をいう)」では、自分の利益を得るには、他社の利益を優先するという考え方が込められていますし、経営理念の「顧客への貢献」においても、地方公共団体、会計事務所という2つの顧客に対して、ビジネスの成功を支援するのが当社の役割であるという意味を込めています。

 つまり、会計事務所が繁栄すれば、会計事務所の顧問先も繁栄する。それによって当社も成功することになる。これらの考え方は、創業以来変わらない当社のDNAだといえます。

 TKCの生い立ちのなかで避けては通れないのが、「飯塚事件」である。1962年、創業者である飯塚毅氏が関与した2社の税務事件が東京地方裁判所で提訴された。飯塚氏が、税理士として顧問先企業の脱税を指導したため、資格はく奪または告発するという内容だ。

 国会でも取り上げられたこの事件では、飯塚会計事務所の職員4人が逮捕されるという事態に発展したものの、1970年には4人全員に無罪判決が下りた。このとき、税務当局は連日のように顧問先で調査を行い、その攻勢に耐えきれない中小企業は、飯塚毅会計事務所との顧問契約を打ち切るという事態にも発展。まさに税務当局の圧力は大きなものだった。

 だが、創業者である飯塚氏はそれに屈することなく、自らの正当性を主張。それを支えたのは自らにも徹底した厳しい管理を求めていた創業者の精神と、それを実践した企業体質にあった。

 そして、その渦中にあった1966年に、TKCを設立するという創業者の意欲は驚くべきものだ。このいきさつは、小説家の高杉良氏が「不撓不屈」としてプレジデント誌に掲載。それをまとめた書籍は、いまでも企業小説として高い評価を得ている。

 

厳格なルールが求められる会計事務所と地方公共団体が顧客

 当社の顧客は、会計事務所と地方公共団体。どちらの顧客も、厳格なルールが求められる業務を行っているわけです。例えば、会計事務所の先生方は、税理士法や公認会計士法で、顧問先企業の情報に関しての守秘義務が規定されていますし、市町村においても住民情報を漏えいさせないことが大前提となっている。そうした顧客と取引する当社が、ルールに基づく経営を求められるのは当然のことです。

 当社が、法律やルールを逸脱した時には、顧客に迷惑をかける。そして、会社がルールを守らなかった場合、約2300人の社員を守ることができなくなる。つまり、会社がルールを徹底し、それを順守しない限り、顧客も社員も守れないというビジネスをわれわれは行っている。

 本社には金庫があるんですが、この開け方を知っているのは2、3人の社員だけ。会長も、社長も知らないというのが実態です。これは公私混同をせずに経営をする姿勢を、具体的に示した仕組みのひとつだといえます。創業以来、ルールを徹底し、それを順守する企業がTKCなのです。

 先にも触れましたが、当社の特徴は、会計事務所などに対する情報サービスと、地方公共団体への情報サービスを提供することに特化している点です。今年、創立45年目を迎えましたが、これまでのTKCの歴史を振り返ると、4つのイノベーションがあったといえます。

 それは、法律制度の変化、社会制度の変化、IT業界のイノベーション、価値観の変化の4つ。ここでいうイノベーションを、当社では、「顧客価値が高く、まだ競争相手がいない製品、サービスを創出すること」と言い換えています。これらのイノベーションをみると、イノベーションの源泉はすべて外部環境の変化であるともいえます。

 こうした変化に柔軟に、確実に対応していくことこそがTKCの特色だといえます。日本オリベッティや富士通、東芝、マイクロソフトといったIT関連企業との強固なパートナーシップを構築したほか、自社でのソフトウェア開発を推進する一方で、消費税導入、国税および地方税の電子申告制度導入、商法改正や会社法の制定などの新たな法令などにも真っ先に対応し、会計事務所や地方公共団体をサポートしてきました。

 地方公共団体に対しては、「TKC総合行政情報システム」を開発、提供し、行政効率の向上、住民サービスの向上、TCOの削減、情報セキュリティの強化といった観点でサポートを行い、会計事務所に対しては、「TKCコンピュータ会計システム」を徹底的に活用していただくことで支援を行ってきた。また、職業会計人の集団と位置づけるTKC全国会には、約8500の会計事務所、1万100人の税理士、公認会計士が加盟しています。

 これは日本の会計事務所の26%が参加する規模です。そして、これら会計事務所が関与する企業数は76万3000社に達しています。そのうち、57万社が当社のシステムを利用しています。

 

――TKC全国会の役割とはなんですか。

会計事務所事業のビジネスモデル

角副社長:TKC全国会は、TKCのビジネスにおいて非常に重要な役割を果たす組織です。TKCのコンピュータシステムを利用する会計事務所が参加するもので、租税正義の実現、税理士業務の完全な履行、TKC会員会事務所の経営基盤の強化、TKCコンピュータ会計システムの徹底活用、会員相互の啓発、互助および親睦(しんぼく)を事業目的とした国内最大級の職業会計人集団です。

 全国には20の地域会があり、9つの委員会と4つの研究会などを通じて、新たな法令にも対応するための研究などを行っています。電子申告への対応においても、TKC全国会のシステム委員会の指導のもとに、会計事務所が最も合理的な業務プロセスによって電子申告が行えることを目的にした「TKC電子申告システム」を当社が開発。こうした取り組みに代表されるように、密接な関係をとりながら、会計事務所に最適なシステムを提供しています。

 例えば、相続税といった場合に、税理士の先生全員が得意なわけではない。さらに、相続への対応には相続税法だけではなく、民法なども必要になる。TKC全国会の1万人の先生のなかには、相続税のプロという先生が何人もいます。そうした先生たちの声を集めて、設計仕様をまとめ、ソフトウェアを開発しているわけです。

 このソフトウェアを利用することで、日本のトップクラスの先生と同じ水準で業務ができるようになる。ここにTKCおよびTKC全国会との連携による強みがあります。

 

創業時から“クラウド”に近いサービス事業を手掛けてきた

 TKCは、地方公共団体や会計事務所の支援において、創業以来、一貫して計算センター方式によって、情報サービスを展開している点が特徴だ。そして、1980年代からはこの利用に月額レンタル方式を採用しており、クラウド・コンピューティングに移行しやすい環境にある点も見逃せない。

 角副社長が、「時代が、ようやくTKCに追いついてきた」と語るのも、月額でソフトウェア使用料を徴収するというビジネスモデルを構築し、ASP方式によるソフトウェアの利用を早い段階から提供してきた経緯があるからだ。

――TKCは、クラウド・コンピューティングをどう位置づけていますか。

もともとが月額のレンタル方式での提供だったため、クラウドサービスに近い形態で事業を展開してきた

角副社長:ここ数年、クラウド・コンピューティングという言葉が注目されていますが、TKCが以前から提供してきたサービスは、まさにクラウドの発想そのものだったといえます。われわれの認識は、「クラウドという言葉は新しいが、サービス自体は決して新しいものではない」というものです。TKCは、創業時から、計算センター方式による情報サービスを展開し、1980年代からは月額レンタル方式でソフトウェアを提供しています。

 かつての方式では、会計事務所のなかにネットワーク機能を搭載したPCを設置してもらい、クライアントの仕訳データをフロッピーディスクに保存して、そのまま帰宅してくださいという提案。この端末にモデムを接続し、TKCからコールをかけ、夜中に、当社の計算センターにデータを吸い上げ、それを計算するというサービスを提供してきました。こうしたシステムをベースにして、進化させてきているわけです。

 TKCが提供している基盤サービスのひとつに、月々の仕訳データを送ってもらい、これをもとに会計帳簿を作成するというものがあります。利用している企業数は、全国70万社以上に達しています。この仕訳データは過去10年分にわたって、すべて当社のデータセンターに蓄積されており、いつでもアクセスできるようになっています。「5年前のA社の接待交際費の明細が欲しい」という場合にもすぐに取り出せるように、仕訳ベースでデータを蓄積しているわけです。

 一方、現在、中小企業向けに提供している財務会計ソフト「FX2」は、極めて安い月額費用で利用できるレンタル方式を採用し、初期導入コストが少なくて済むというメリットが生かされて、全国で15万社以上が利用しています。

 他社がパッケージで販売し、年間保守料を得ているのとは異なり、使用権を購入いただく形にしているものですが、クラウドを、「ネットワークなどを経由して、コンピュータやソフトウェアを利用する情報システム」と定義すれば、TKCはかなり前から、クラウド・コンピューティングに近いサービス形態で運営してきたともいえるわけです。

 一方で、これからクラウド事業に参入したいというシステムインテグレータの多くは、売り切り型ビジネスからの転換を余儀なくされ、初期設備投資が先行することになります。また回収が遅くなりますから、経営面からみれば、キャッシュフローにダメージを受けることになる。

 しかし、TKCは30年前から、レンタル方式によるストック型ビジネスへの転換を図っているわけですから、クラウドビジネスへの移行が図りやすい環境にある。その点でも、時代の方が、ようやくTKCのサービスに追いついてきたといってもいいでしょう。

 早い段階からパッケージシステムを開発し、30年前から、財政規模の小さい自治体や団体、会計事務所が最適なコストで利用できるようにレンタル方式を採用してきたことが、クラウド時代に生きたというわけです。

 自治体向けには、大量一括処理を、市町村とTKCのホストコンピュータがそれぞれに分担する分散処理方式によって、サービスとして提供してきました。これもTKCならではの特徴です。

 常に取り組んできたのは、新しいITを活用し、いかにユーザーに使いやすい形でサービスを提供するかということ。ここにわれわれの役割がある。いまそのテクノロジーが「クラウド」であるというわけです。その点で、われわれのコンセプトはまったく変わっていないといえます。

 

コスト削減や迅速な提供をクラウドでサポート

――現在、TKCではどんな形でクラウドサービスを提供していますか。

現在は地方公共団体向けに3つのサービスを提供している
課題を解決するための手段として、クラウドサービスが注目されている

角副社長:地方公共団体向けサービスを中心に説明します。現在、地方公共団体向けには、3つのサービスを提供しています。

 ひとつは、公共施設の予約や電子申請や届け出などの新たな住民サービスを、短期間に低コストで導入するための「TKC行政ASPサービス」、基幹ともなる住民情報サービスや庁内情報サービスを提供する「TASK.NETシステム」、そして、大量帳票印刷やデータエントリーなどの職員の負担を軽減するための受託処理を行う「アウトソーシングサービス」で構成されます。

 しかし、地方公共団体では、電算コストを下げたい、職員の作業を減らしたい、頻繁な制度改正に迅速かつ安価に対応したい、情報セキュリティを高めたい、もっと市民から選ばれるサービスを提供したいといった声があがっています。こうした課題を解決するための手段としてクラウドサービスは最適なものといえます。

 行政サービスにおいては、総務省のLGWANの活用事例で第1号サービスを提供した実績を持っていますし、当社自身も、2003年には自前のデータセンターとして、TKCインターネットサービスセンター(TISC)を稼働させ、多くのサービスをこのセンターを通じて提供してきました。これまでは、受託処理のアウトソーシングサービスだけが最後までメインフレームによって処理をしてきましたが、これを2012年4月からデータセンターを活用したサービスとして提供します。

 また、TASK.NETでも、従来はリッチクライアント型システムでしたが、1年半をかけてシンクライアント型システムを開発し、データはすべて当社のデータセンターに置かれる仕組みとした。まずはハウジングという形での運用となりますが、これは次のステップとして、サーバーを統合化し、マルチテナント型のプライベートクラウドサービスで提供する考えです。2012年春を目標に新たなステップへと踏み出したい。これによってさらに低コストでサービスを提供できます。

 シンクライアント型のTASK.NETは、2011年2月14日から、第1号ユーザーとして、静岡県裾野市での運用が始まりました。TASK.NETの領域では、競合他社はWebベースのシステムとしているのに対して、当社はシンクライアントを選択した。この差が今後どう出るのか楽しみでもあります。

 TKCでは、これらの3つのサービスを統合した一気通貫型サービスを「TKCクラウドサービス」として提供することになります。これまでは別々のところで、別々のシステムとして運用されていたものが、すべてWindowsベースのシステムに統合し、かつデータセンターに統合されることになる。クラウド・コンピューティングが持つ高い柔軟性や拡張性、安全性などの特長を生かした次世代のサービスとして、財政規模の小さい地方公共団体においても、最小のコストで、必要とされる業務だけを選択し、最適な業務プロセスを実現できるように支援します。

一気通貫型サービス「TKCクラウドサービス」として、ユーザーにさらなるメリットを提供する一気通貫型サービスの例

角副社長:また、会計事務所向けのサービスも、アウトソーシングはメインフレームで行ってきましたが、昨年秋からWindows Serverに載せかえて、データセンターを通じたインターネットサービスへと転換した。これから、さまざまなサービスをクラウドへと載せかえていきます。

 一方で、クラウドビジネスでは、新たな顧客層への対応にも効果を発揮しています。

 米国のエンロン問題に端を発し、日本でも公認会計士法が改正。監査法人の大企業向け業務が、税務と監査業務とに分離されることになりました。

 つまり、監査法人は監査業務に特化し、税務に関しては、切り離して別に行わなくてはならなくなった。TKCにとっては新たなビジネスチャンスが発生したわけで、ここにクラウドを活用することができる。TKC全国会に加盟する税務のプロフェッショナルが、クラウドサービスを活用して、大手企業を支援するというわけです。

 

クラウド型のサービスビジネスは、ユーザーに利益を還元しやすい

――長年にわたり、クラウド型のビジネスモデルを実現してきたことでのメリットはなんでしょうか。

角副社長:ユーザーに利益を還元しやすいということではないでしょうか。実は、TKCの45年の歴史を振り返ると、値下げばかりの会社だともいえます(笑)。

 むしろ、値上げをしたことは一回もありません。得意なのは無料にすること(笑)。

 例えば、会計事務所のクライアントやサーバー、持ち歩いているモバイルPC、そして、顧問先にあるFX2を利用している端末向けに提供しているウイルス対策サービスは、マイクロソフトのForefrontを採用し、すべて無料で提供しています。このサービスを利用しているPCの数は、20万台以上に達するのではないでしょうか。

 また、ASP方式で提供している法人税申告サービスでは、年間50万社の顧客が利用しています。これだけの利用実績を背景にすることで、電子申告を利用するユーザーに関しては、例えば、2000円の料金を1000円にするというように料金を下げてしまう。

 ソフトウェアの開発を、パッケージの単価に乗せることで回収するのでなく、すそ野を広げることで開発費用を回収するというのが基本的な考え方ですから、回収が可能と判断したらすぐに値下げをする。それによって、さらに多くの顧客に利用してもらえるようになる。先にも触れたように、もともとソフトウェアをレンタルで提供するストック型のビジネスモデルですから、顧客数が増えれば、それにあわせて収益は高まる。

 しかし、「自利利他」という当社の基本的な姿勢からすれば、当社が儲けるのではなく、儲けは最低限にして、その分を顧客に還元した方がいい。その方が喜んでいただける。ですから値下げの方向に動くんです。

 

利益を落としてでも投資を実行、3年で60億円

 着実に右肩上がりの経営を続けてきたTKCだが、2009年度決算(個別業績)では前年割れとなり、3年間続けてきた売上高500億円を割り込んだ。2010年度の売上高は500億円に復帰したが、減益の決算内容となっている。そして、2011年9月期の業績見通しは、売上高で横ばいとなる502億円。さらに営業利益は50億円、経常利益では51億円、そして最終利益は28億5000万円といずれも2けたのマイナスを予想している。これはなぜだろうか。

――ここ数年の経営指標をみると少し変化がみられます。売り上げは横ばいからやや減少で推移。利益も減少していますね。一方で社員数はここ数年で増加傾向にあります。これはどうしてでしょうか。

角副社長:2010年度から3年間を、将来に向けた先行開発投資、設備投資を行う期間に決めました。広告宣伝投資を増やし、一方で利益を追わないようにした。ざっくりといえば、現在、年間500億円規模の売上高を維持しても、約70億円の営業利益があります。ストックビジネスですから、売上高、営業利益にはそれほど変化がない。

 このうち、利益を50億円に落とし、そこで浮いた年間20億円を先行投資に利用する。3カ年にわたって、合計60億円を投資しようというわけです。ですから、利益が数10億円減少しているのは、織り込み済みの減益だといえるわけです。

 

――具体的にはどんな投資をしているのですか。

角副社長:ひとつは、ホストコンピュータから、オープン系に転換するためのマイグレーションのための開発投資。今後2年間で10数億円を計上する予定です。そして、新たなITC(Inovation&Technology Center)ビルの竣工に16億円。2010年2月に着工し、約半年後の2010年9月に完成したITCビルは、画期的なイノベーションと最新テクノロジーを活用して顧客への貢献を実践する場として、地方公共団体事業部の開発部門、サポート部門の約400人を収容します。

 さらに、昨年春には、地方税電子申告サービスの基盤を、セキュリティの強化と、キャパシティを高めるために、データセンターであるTKCインターネット・サービスセンターを改装するとともに、システム強化に向けて15億円を投資した。

 また2010年10月には、TKC全国会 飯田橋スタジオを、2011年度にはTKC全国会 栃木スタジオをそれぞれ開設しました。飯田橋スタジオを例にとれば、定員58人のスクール形式での研修が可能ですが、それだけにとどまらず、ここでは最新の講義撮影および配信システムを備え、第一級の講師陣による研修を、全国一律の内容として、オンデマンド型で聴講できる仕組みを提供できるようにしました。

4000台のiPadを導入し、会員事務所などへ無償貸与した

 加えて、2010年10月には、会計事務所の業務効率化支援を目的に、4000台のiPadを導入し、無償貸与しました。これは、最新のコンピュータ操作環境を実際に体験していただき、会計事務所やその関与先企業などで活用が期待される新たなシステムやサービスに関する提案をTKC会員から募るという狙いもあります。TKCの社員も課長以上を対象に720台のiPadを配布し、ここでも顧客に役立つ活用法や、業務の改善提案、効率化へのアイデア発掘につなげたいと考えています。

 実は、iPadの導入には裏話があります。2010年4月に、米国で発売された際に、iPadを研究したいと手をあげた社内の技術者が一人もいなかったんです。これは私は残念で仕方がなかった。技術者は知的好奇心がなくなったら終わりです。iPadを使ってみて、なにができるのか。買ってきて、バラバラにしたっていいから使ってみろ、という意思表示でもあるんですよ(笑)。

 社内にも無線LAN環境を敷いて、どこでも情報共有できるようにしました。もともと顧客に提供しているシステムはすべてWindowsベースですから、iPadを利用したシステムを提供するわけではない。ただ、今後はWindowsベースのタブレット端末が出てきますから、そのときにはiPadで得たノウハウを活用しながら当社が提供するサービスとの連携を図りたいと考えています。

 

――TKCインターネット・サービスセンターの強化ポイントとはどこですか。

TKCインターネット・サービスセンターを強化

角副社長:TKCインターネット・サービスセンターは、サーバーエリアを大きく4つのブロックに分けていますが、特に自治体の地方税電子申告サービスを推進する上で専門区画を作り、18号監査(日本公認会計士協会の監査基準委員会報告書第18号「委託業務にかかわるリスクの評価」に基づく報告書)を受領した施設としました。また、空調にもピンポイントでサーバーを冷やす新たな仕組みを導入するなどの工夫も凝らしています。


各組織ごとに専門知識を持ったITの“プロフェッショナル”を配置

――現在、社員の構成比はどうなっていますか。

 全社員2300人のうち、約半分が栃木本社で勤務しています。また、システム開発に携わっているのが800人というのがTKCの社員構成です。この多くがアプリケーション開発に携わっています。組織もアプリケーションごとに構成していますから、クラウド専任組織というものはありません。

 ただ、実装を考えるとネットワークのプロフェッショナルが必要になり、サーバー運用まわりのミドルウェア、またはOSにまで踏み込んでサポートできる人材が必要です。こうした専門知識を持った社員を、各アプリケーションの組織ごとに配置しています。

 

――新卒者の採用計画はどうなっていますか。

角副社長:ここ数年は150人規模で新卒者を採用をしています。採用の半分が開発、残り半分が営業です。しかし、学部はバラバラですよ。理工系の学生が多いだろうといわれますが、実は2割にも満たない。経済学部、法学部、教育学部などがほとんどです。ですから、開発なんてやったことがない新卒ばかり。

 ただ、4月に入社した社員は12月31日まで仕事をやらずに、徹底したコンピュータの教育を受ける。社内の教育カリキュラムだったり、マイクロソフトなどの外部企業の教育を、朝から夕方まで缶詰状態で受け、12月までに指定した情報技術に関する資格を取得する。これが取れなかったら開発部門からは外します。9カ月間に情報関連の専門学校のカリキュラムをすべて終え、しかも、それぞれのテストの順位は、1位から最下位まで全部張り出しますよ。

 また、日商簿記2級も取得させる。効果的なのは、実践的な知識やノウハウを、白紙のところに詰め込むということなんです。当社で必要なのは、.NETフレームワークであり、言語はC♯ですから、それを使い、実務で必要な開発テーマを課して、お互いに評価するということもやる。こうしたことを通じて、ようやく新卒を配属するという仕組みになっています。

 

決められた顧客層に対してのサービスを強化する

――TKCの経営において、変えない部分とはどこですか。

角副社長:1987年に東証二部に上場した際に、当時の飯塚真玄社長(現会長)は、「うちは多角化はしません」と宣言したんです。当時は、バブル崩壊前でしたし、「企業の多角化」がまさにキーワードのような時代でしたから、その発言は驚きをもってとらえられました。

 そこで飯塚が示したのは、「決められた事業ドメイン、決められた顧客層に対して、サービスの多重化をする」ということでした。これは創業以来、変わらない経営姿勢だといえます。ですから、バブル全盛期でも、当社の売上高成長率はわずか1けた台ですよ(笑)。競合他社は20%以上の成長を遂げていましたから、その差は大きい。

 しかし、バブルが崩壊して時に他社は大きな痛手を負ったが、当社は依然として1けた台の成長を維持し続けている。多重化というのは、多角化と違って、余計なことをやらないわけですから(笑)、ノウハウが集中するんです。それが安定した成長につながっているといえます。

 TKCは、2010年1月に、TKCの新しい経営戦略2020を発表した。この10年の間には、会長定年70歳という社内規定からも、現会長である飯塚真玄氏の退任が視野に入ってくる。そのなかで、TKCはどんな次の10年を目指そうとしているのだろうか。

 

――2010年1月に、TKCの新しい経営戦略2020を発表しました。今後10年のTKCの方向を示したものですが、この狙いはなんでしょうか。

角副社長:2年後、3年後の方向性だけではなく、10年という長い方向性を示した上で、TKCはどうしていくのかということを考えた経営戦略となります。

 当社では、骨太の方針という表現をしていますが、この10年は、「顧客への貢献に向かって、経営革新に挑戦する」という考え方をベースに、会計事務所部門では、会計事務所のクライアントを増やすための支援を通じた「関与先の拡大」、既存クライアントに引き続き関与していくことができるようにするための「優良関与先の離脱を防止」、会計事務所の世代交代を支援する「事務所の経営継承を支援」という3つの取り組み、そして、地方公共団体事業部門では、ITの活用を通じて、「TKCシステムの最適な活用を通して、行政効率の向上に貢献する」、市町村の顧客に対する住民サービスの充実を支援する「行政サービスの充実に貢献する」、優れたシステムおよびサービスを、いかに安く提供できるかを目指す「行政コストの削減に貢献する」という3つを掲げました。

 具体的な施策については、3カ年の中期経営計画に落とし込みながら展開していくことになります。これらの取り組みは、TKCにとって、まさに「坂の上の雲」なんです(笑)。

 

――それはどういう意味ですか?

角副社長:雲というのは、「クラウド」でもあるんですが(笑)。

 この坂道をどうやって上るのかということを考えて、その上には、なにがあるのかということを自治体や会計事務所という方々も考えてもらいたい。そして、経営戦略2020で掲げた方針が、絵に描いた餅のままで終わるのではなく、経営のイノベーションにつなげてもらいたいということなんです。イノベーションがなければ、生き残れない。そこに、クラウドを活用するメリットもある。

 先にも触れたように、当社を取り巻くイノベーションは、すべて外的な要因によるものです。「法律制度の変化」、「社会制度の変化」、「IT業界のイノベーション」、「価値観の変化」。こうした変化に柔軟に対応していくことが必要です。変化を先取りするために、地方公共団体事業部門においては、法律制度の研究を専門に行う行政システム研究センターを開発部門のなかに設置し、さらにITの技術進化を研究するためのシステム企画技術センターを設置しています。

 最新技術の習得に関しては、毎年、約30人の若手技術者を対象に、1週間にわたって米国マイクロソフト本社に派遣し、最新技術に関する研修も行っています。この関係は、マイクロソフトの米国本社と緊密な関係が取れるという点でも大きなメリットがあります。一方で、会計事務所部門においては、TKC全国会との連携によって、法律の変化やITの進化に関する研究を行っています。

 

――2020年の目標については、数値目標は含まれていませんね。

角副社長:それは中期経営計画のなかで推進していくことになりますから、10年後の定量的な目標は、これから決めていくことになります。

 もちろん、いろいろなリスクも考えています。自治体向けのビジネスを考えれば、大阪府のような都構想の動きが出てくれば、自治体の数は当然減ってくる。そのときにTKCはどうするかということも考えなくてはならない。事業リスクはたくさん見えていた方がいいんです。その方が幅広く考えを広げることができ、迅速に対応できるようになる。

 一方で、付加価値の低い事業の売り上げ項目を絞るということも大切です。例えば、ハードウェアの販売は、自治体や会計事務所向けにも行っているが、ここは利益が低い。プロダクトミックスにおいて、利益率の低いところを絞り込み、利益を出すということも必要です。いかに他社にない付加価値は提供できるかが重要であり、ここにイノベーションの種があるわけです。

 変えることと変えないことをしっかりととらえながら、今後の10年に向けた経営革新に取り組んでいきます。

関連情報
(大河原 克行)
2011/5/26 06:00