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VMwareが「Project A^2」を発表、エンドユーザーコンピューティング事業でMicrosoftと“歴史的”提携へ

VMworld 2015 2日目基調講演レポート

 サーバー仮想化やSoftware-Defined DataCenterに比べてフォーカスが当たることは少ないが、エンドユーザーコンピューティング(EUC)は、VMwareにとって最も重要な事業分野のひとつだ。エンタープライズの現場でスマートフォンやタブレットが日常的に使われている現在、デスクトップだけでなくモバイルデバイスでのセキュアなコンテンツ同期やアプリケーション利用が求められるようになっている。

 VMwareはこうしたトレンドを受け、DaaS(Desktop-as-a-Service)などクラウドベースのサービスの展開に力を入れており、例えば2015年5月に国内でも提供が発表された「VMware Horizon Air」などはその一環だ。

 8月30日から9月3日(米国時間)の5日間にわたって、米国サンフランシスコで開催されたVMwareの年次イベント「VMworld 2015」でも、EUCに注力するVMwareの姿勢を明確にした画期的な発表が行われた。本稿では9月1日に行われた基調講演の内容をもとに、新しいフェーズに入ったVMwareのEUC戦略を紹介したい。

Project A^2 - Windows 10マシンからApp Volumesが利用可能に

 基調講演がスタートして数分後、ホストを務めるEUC担当のエグゼクティブバイスプレジデント兼ジェネラルマネージャ、サンジェイ・プーネン(Sanjay Poonen)氏が紹介した人物は、Microsoftのジム・アルコーブ(Jim Alkove)氏。Windowsエンタープライズセキュリティを統括するバイスプレジデント(VP)だ。

 VMwareのイベントにMicrosoftのVPが登壇するという、VMwareユーザーにとってはあまりにも予想外の事態に会場からは驚きの声が上がる。アルコーブ氏はVMworldに登壇した初めてのMicrosoftエグゼクティブとなるが、プーネン氏は壇上で「まるでレーガンとゴルバチョフが握手をして冷戦を終わらせたときのようだ」とコメントしている。

VMware EUC担当エグゼクティブバイスプレジデント兼ジェネラルマネージャ、サンジェイ・プーネン氏
Microsoft Windowsエンタープライズセキュリティ統括バイスプレジデント、ジム・アルコーブ氏

 「VMware Loves Windows 10」と書かれたスライドをバックに、両者はWindows 10を軸にした歴史的ともいうべきパートナーシップ「Project A^2(A Squared)」を発表している。

 現段階ではまだテックプレビューだが、このプロジェクトではVMwareのエンタープライズモビリティ管理(EMM)製品である「AirWatch」、さらに仮想デスクトップへのアプリケーション配信技術「VMware App Volumes」のWindows 10上へのインテグレーションを図り、エンタープライズでのWindows 10活用を推進していく。

 例えばWindows 10がインストールされた物理PC上で、App Volumesによって配信された仮想アプリケーションを利用することが可能になる。なお、Project A^2はVMwareのパブリッククラウドである「vCloud Air」とのシームレスなコンフィギュレーションを前提にしており、クラウドネイティブ&モバイルファーストなアプリケーションのデリバリを推進する役割も持つ。

 「VMwareはWindows 10の性能を高く評価している。特にモバイルのマネジメントは本当にすばらしく、AirWatchのようなEMMプラットフォームとの親和性も高い。最初の1カ月で7500万を超えるダウンロードを達成しているのもその現れだ。確実にエンタープライズ市場でモメンタムを形成している」(プーネン氏)。

 アルコーブ氏は「ITとはシンプルでなくてはならない。それこそがWindows 10におけるビジョンでもある。われわれのゴールはWindowsデバイスを市場で最もマネージしやすい存在にすること。そしてその対象はITプロフェッショナルだけではない」と語り、VMwareとパートナーシップがそのゴールへの到達を早めると強調する。

 仮想化デスクトップの世界ではCitrixとしか組まないと思われていたMicrosoftだが、同社のエンタープライズセキュリティを統括する人物がこう発言しているのを聞くと、Microsoftはエンタープライズ分野においても大きな変化を受け入れる準備があるように思われる。

 Project A^2によりVMwareが提唱する“One Cloud, Any Application, Any Device(どんなアプリも、どんなデバイスも、ひとつのクラウドで)”への対応が一段と進むことになる。なおProject A^2では“Any Device”のポリシーにしたがい、管理するモバイルデバイスをWindows 10に限っていない。基調講演ではiPadやSurface、Galaxyなどさまざまなデバイス上に配信されたアプリケーションをAirWatchから管理するほか、NVIDIAのリアルタイムグラフィックス技術を統合し、アプリケーションを高速に実行するデモも行われた(NVIDIAはVMworld 2015にあわせて、エンタープライズ向けのGPU仮想化技術「GRID 2.0」を発表している)。

Project A^2は現在テックプレビューの段階。正式リリースは今年度中だと思われる
VMware loves Windows 10と書かれたスライドのインパクトは大きく、会場からは驚きの声が聞こえた

セキュアなネットワーク仮想化のためのチャレンジは“暗号化”

 エンタープライズにおけるアプリケーション利用では、必ずセキュリティがセットとして語られる。VMwareはセキュリティの強化をネットワーク側からも図っており、買収したNiciraの技術をベースにしたネットワーク仮想化技術「VMware NSX」は現在、VMwareのあらゆるソリューションのベースになりつつある。今回発表されたProject A^2もNSXとの統合が前提だ。

 ではVMwareは、NSXでいかにしてエンタープライズセキュリティを担保しようとしているのか。プーネン氏に続いて基調講演に登壇したVMwareのネットワーキング&セキュリティ部門ジェネラルマネージャ マーティン・カサド(Martin Kasado)氏は、「いまや“アプリケーションこそがネットワークになった(The Applications have become the Network)”」と語り、アプリケーションとは(ネットワーク上を)動くものだという認識が重要だと強調する。そしてネットワーク仮想化が分散アプリケーション時代の課題をセキュアに解決するソリューションだと説く。

VMwareのネットワーキング&セキュリティ部門ジェネラルマネージャ マーティン・カサド氏

 セキュアなアプリケーション環境を実現するために、VMwareがNSXの開発において最も注力している分野がネットワークの暗号化だ。ネットワークに入ってくるパケットも出て行くパケットもすべて暗号化した状態で通信することで、データとアプリケーションの安全性を高める。

 カサド氏は「アプリケーションの属性のひとつとして、チェックボックスをクリックするだけで完了するような、シンプルなネットワーク暗号化を提供したい」と語るが、実装までのハードルはかなり高い。暗号化という技術自体がまだ世の中に広く受け入れられていないという事実も大きくのしかかっており、カサド氏はこれを「root canal(根幹の問題)」と表現しているが、暗号化技術の進化だけでなく啓発もまたVMwareにとってのチャレンジとなりそうだ。

 なおVMwareは今回のVMworld 2015で、NSXの新バージョンである「VMware NSX 6.2」を発表しており、セキュリティや自動化機能、可用性などが大幅に向上している。最初のリリースから2年でグローバルでの導入企業は700社を超え、本番環境でのデプロイも100以上に上る。注目したいのはNSXに100万ドル以上の投資をしている企業が65社も存在する点で、基調講演にも登壇したDirecTVのように大規模なNSX導入を図る事例が増えている。暗号化の実装が進めば、この傾向にさらに拍車がかかることは間違いない。

VMwareが最も注力するセキュリティ。ゲルシンガーCEOは「セキュリティははじめから組み込むことでコストを半分に、安全性を倍にできる」と強調

パット・ゲルシンガーの5つの予言とVMwareの進む道

 基調講演の最後に登壇したVMwareのパット・ゲルシンガーCEOは「近年中にデジタルビジネスに起こる5つの出来事」と題した“予言”を提示している。

1.ビジネスに求められる2つの側面――ビジネスのルールが激しく変化している時代において成功するには、スタートアップのようなイノベーションとエンタープライズのような安全性と慎重さが求められる
2.時代は本格的にクラウドへ――サイロ状態と化してしまったプライベートクラウドとパブリッククラウドを接続するニーズはこれからどんどん高まる(そしてVMwareのクラウドはこれを提供できる)
3.セキュリティの重要性――セキュリティを追加のソリューションと考えてはいけない。セキュリティははじめから組み込んで考えなければユーザーもアプリケーションもデータも守れない(もちろん仮想化前提)
4.イノベーションの次の波は“プロアクティブなテクノロジ”――今日のテクノロジはまだ“リアクティブ”な域を出ていない。人工知能などのスマートな技術がビジネスをよりプロアクティブにしていく
5.テックドリブンな企業が勢力図を変える――現在のS&P 500に名を連ねているテック系企業の半分は10年以内に消え去る。ITがトランスフォーメーションの核だと理解している企業だけが生き残れる

VMwareのパット・ゲルシンガーCEO

 ゲルシンガー氏の言葉はVMware自身の進むべき道を示唆しているように見える。

 今回のVMworld 2015ではNSXやvCloud Air、あるいはEVO:RAILのような大きな製品/サービスの発表は多くなかった。だが、VMwareがユーザーと約束してきた機能のアップデートは着実に各製品において実現されており、参加者を驚かせたMicrosoftとの歴史的な提携もそうした意味――時代とユーザーのニーズに応えるという意味からすれば、必然だったといえるかもしれない。

五味 明子