【MS WPC基調講演】「“完全なクラウド”のインフラを提供する」-バルマーCEO

パートナーをクラウドへと誘うMicrosoft


 米Microsoftは7月11~15日の5日間、Washington D.C.のWashington Convention Centerを主会場にMicrosoft Worldwide Partner Conferenceを開催中だ。ここでは、米国時間12日午前に行われた“Vision Keynote”の様子をお伝えする。

クラウド一色に塗りつぶされたMicrosoftの戦略

 Microsoftのエンタープライズ向けの戦略は、現在ではクラウド一色に塗りつぶされた感がある。

 Windows 7のリリース前には、同社の中心的なメッセージは「Software+Service」であり、このメッセージは市場では「従来通りのオンプレミス型ソフトウェアに軸足を置きつつ、クラウド型サービスも補完的に組み合わせる」という意味だと受け止められていたという印象が強かった。

 しかし当のMicrosoft自身はこうした理解を修正し、クラウドに注力するのだという意味で“We are all in”と語り始めた。これは、日本法人の樋口社長の言を借りれば、「みんなでよってたかって頑張ろう。クラウドに賭けよう」という意味なのだという。今回のWPCでも当然ながらあちらこちらで“We are all in”というメッセージが語られており、クラウドこそがMicrosoftの未来だ、という思いが伝わってくる。

 一方で、Microsoftだけがクラウドに賭けても意味はなく、事業を共に推進していく同社のパートナーもまた、共にクラウドに賭けてもらわなくてはならない。Microsoftの圧倒的な強みとして、PCにおけるWindowsやOfficeの普及率が取り上げられるが、実のところMicrosoftのプラットフォーム向けにソフトウェアを開発する開発者や、製品を販売したり、さらに付加価値を付け加えたりするパートナーが膨大に存在しており、その“巨大コミュニティ”が総力を挙げて支えていることこそが同社の強みなのだと理解すべきだろう。

 その視点で見れば、同社のクラウドへの傾注は、開発者やパートナーが一丸となって実現しなければならないものであり、この点は、まず自社だけが新たな戦略に基づいて活動を開始し、後から開発者を引き込むという戦略でクラウド化のトレンドを推進したGoogleやAmazonとは、まったく異なる取り組みが求められることになる。

 WPCの来場者は全世界から集まった同社のパートナーが中心であり、WPCの意味はパートナーに対して「クラウドを前提としたビジネスモデルの再構築を促す」ことにあるといえるだろう。

 

クラウド=新たなチャンスの創出

会場となったWashington Convention Center
サッカー姿の男性が「Oh! Cloud」の大合唱をリードする
CEOのSteve Ballmer氏

 WPCの会期自体は11日の日曜日から始まっているのだが、全来場者が一堂に会する規模の基調講演は12日午前が最初だ。基調講演の会場には、主会場であるWashington Convention Centerではなく、徒歩10分弱の距離にあるVerizon Centerが選ばれた。

 Verizon Centerは、地元のプロスポーツチームであるWashington Wizards(バスケットボール)やWashington Capitals(アイスホッケー)が本拠地とするスポーツ・アリーナで、基調講演はフロア中央に作られた円形のステージで行われ、聴衆が周囲を取り囲む、というスタイルだった。

 最初に登壇したのは、今回が9回目のWPCだというMicrosoftのCorporate Vice President, Worldwide Partner Group、Allison L. Watson氏。異動のため、今回が最後のWPCとなる同氏が後任者であるJon Roskill氏を聴衆に紹介した。パートナーといういわば内輪の集まりだけに、暖かい拍手の中での交代のお披露目だった。

 続いて、サーカーワールドカップの会期に重なっていたことを意識してか、ユニフォーム姿の男性が登壇し、サッカーの応援のような節を付けて“Oh Cloud”と歌い、聴衆の参加を求め、“Oh Cloud”の大合唱の中で、同社 CEOのSteve Ballmer氏が登壇するという演出が行われた。同氏の服装がまるでワールドカップの審判員のように見えたのは、気のせいかもしれないが。

 Ballmer氏のプレゼンテーションのテーマは、パートナー向けのメッセージということもあってか明瞭(めいりょう)であり、「クラウドは利益を生むのか(もちろん)」という内容で一貫していた。

 同氏はMicrosoftのクラウドへの取り組みに関して、「BingやWindows Liveなどを実装/提供していく過程で経験を積んだ」「そこで構築された新しいインフラをWindows Azureに活用した」といったこれまでの経緯を紹介し、同社がすでにクラウドに関して、十分な技術力を蓄積していることに関して自信を見せる。そして、、「Microsoftは“完全な”クラウドのインフラを提供する。“ベストなインフラ”ではない。“完全なインフラ”だ」と宣言した。

 一方で、同氏はパートナーの逡巡にも一定の理解を見せた。同氏は、「クラウドへの移行を最初に発表したときにはパートナーからの反対の声もあった。これは、単に新しい技術に対する抵抗感ということではなく、パートナーにとってもビジネスモデルの変革を強いるものだからだ」という。それでも、クラウドは新たなチャンスを創出するものであり、「運用/保守のコストを削減し、複雑な作業を排除できる。このプラットフォーム上で、新たな付加価値を提供できるようになる」というのが同氏のメッセージの中核だ。

 さらに同氏は、「クラウドはより賢いデバイスを求める」とし、クラウド時代に使われるクライアントがすべてシン・クライアントになるという見方に異議を唱え、来るべき未来を「スマートなクラウドとリッチなデバイスとの対話」だとした上で、Microsoftは今後“スレート”や“スマートフォン”といったデバイスにも注力していくとした。

 

巨艦の進路変更

 市場に膨大なWindowsのインストール・ベースを持つMicrosoftは、それ自体が他社を寄せ付けない圧倒的な強みになると同時に、足かせにもなるというのは「イノベーションのジレンマ」でも語られた構図そのままだ。

 Microsoftが築いたWindowsプラットフォームの成功が、破壊的なイノベーションであるクラウドに脅かされる、という見方をすればMicrosoftは負けても仕方ないということになる。現実に、インターネット上でのことにのみ注力できる立場にあるGoogleは身軽にクラウドに専念できる一方、Microsoftは簡単には方針変更できない立場だ。巨艦が進路を変更するためにかじを切っても、実際に向きが変わるまでに数km進んでしまう、という話も聞いたことがあるが、まさにそんな状況であろう。

 とはいえ、逆に言えばこの困難な方針転換が成功するなら、これまでに築いてきた優位を失うことなくクラウドという新たな市場でもそのまま優位を保つことができるのかもしれない。

 その鍵を握るのはパートナーや開発者といった、膨大な数の“社外の利害関係者”であり、その層が分厚いことが同社の強みであると同時に、進路変更を難しくしている理由でもあるが、少なくともWPCの基調講演会場で見る限り、新たなクラウド・ビジネスに向けた積極的な取り組み姿勢を見せるパートナーの姿が目立ち、消極的/否定的な声はほとんど聞かれないようだ。

 Ballmer氏が語るとおり、クラウドへの移行はパートナーにチャンスを提供する一方で、一定の負担も強いることになる。過去最大規模といわれる今回のWPCは、同社がクラウド時代も引き続いて優位を守るために最も重要なことは何か、という点を同社がまさに正しく理解していることの反映だと感じられる。

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