創業50周年を迎え、クラウドとは呼ばないクラウドビジネスを推進する~大塚商会・大塚裕司社長


 大塚商会の大塚裕司社長は、「クラウド・コンピューティング」という言葉を口にしない。「ASPといっていた会社が、今度はSaaSをやるといい、それが次にはクラウドになる。しかし、中身はまったく変わっていない。名前を変えるだけならば、それはユーザーの混乱を招くだけ」というのがその理由だ。

 大塚商会では、Web戦略という言葉を使い、クラウド・コンピューティングを表現する。そして、「Webとリアルが融合しているところに大塚商会の強みがある」とし、クラウド時代においてもリアルビジネスが重要な役割を果たしていることを強調する。

 一方、同社は、2011年7月17日には創業50周年を迎えた。「これまでも、これからも、『サービスに勝る商法なし』という、創業以来の姿勢は変わらない。そして、中小企業を支援する『街の電器屋さん』のような存在を目指す」とする。

 大塚商会の大塚裕司社長に、Web戦略への取り組み、そして、50周年を迎えた大塚商会の現在、過去、未来について聞いた。

 

「お客さまと縁が切れない」体制をつくってきた

――今年、創業50周年という節目の年を迎えましたね。

大塚商会の大塚裕司社長

大塚社長:1961年に実父である大塚実が、東京・神田佐久間町で大塚商会を創業した時に、私は小学校2年生でした。

 設立当初から大塚商会は、「サービスに勝る商法なし」という姿勢を掲げ、これを実践してきました。自動車を走らせるには、ガソリンが必要です。車を売るだけではなく、ガソリンを売る商売が必要であるのと同じく、複写機ビジネスも、複写機を販売するだけでなく、トナーやコピー用紙が必要。そこに着目したのが大塚商会の創業でした。

 「長年にわたって、お客さまと継続なビジネスを行うには、サービスを提供することに尽きる」と考えたわけです。お客さまのことを第一に考え、そこでお互いにWin-Winの関係を構築することが、結果として「お客さまと縁が切れない」体制をつくることになる。これが大塚商会の創業時からの考え方です。

 また、エリアに集中した密度の高い展開をしてきたことも大塚商会の特徴です。新聞販売店は、1部あたり月3000~4000円で、新聞を毎日配っていますよね。これはエリアに密着した密度の高い展開をしているからこそ実現している体制です。大塚商会も、これと同じ仕組みを構築することで、短時間に、効率的にトナーやコピー用紙を届けることができた。

 大塚商会は、「複写機の大塚商会」とスタートし、その後、「COF(=コピー、オフィスコンピュータ、ファクシミリ)の大塚商会」となり、80年代には「OAの大塚商会」をキャッフレーズにしました。現在は、「ソリューションプロバイダーの大塚商会」として、オフィスに必要とされるあらゆる製品を取り扱っています。

――7月に行われた50周年記念式典の際に、創業者である大塚実相談役名誉会長は、「私の病的なまでの心配性が、大塚商会の成長を支えてきた」と発言していました。確かに、大塚実氏は、何度も石橋をたたくタイプですし、自らも「遠くに煙が見えたら、そこまで行って確認するという経営をしてきた」と例えていました。言い方は失礼になりますが、大塚裕司社長は、ひょうひょうとした雰囲気があり、あまり病的なまでの心配性タイプには見えませんね(笑)。

大塚社長:私の経営方針は、ひとことでいえば、「当たり前のことを当たり前にやる」ということです。言い方を変えるならば、企業会計原則にのっとった経営に徹するということです。

 私は、大塚商会に入社する以前、横浜銀行に入行し、東京・新宿の歌舞伎町を担当していました。その時に、昨日まで肩で風を切っていた人が、次の日には夜逃げ同然でいなくなる様子を目の当たりにしましたし、会社が倒産し、家族や社員がつらい目にあわなくてはならないという状況を何度もみてきた。

 ですから、私は経営者として、会社を絶対に倒産をさせてはいけないことを肝に銘じている。この時に知ったことは、倒産した会社に共通しているのは、企業会計原則にのっとった経営をしていないということでした。「仕入れ」と「販売」と「回収」がしっかりと回っていればいいが、どこかに問題が発生すると経営が破たんする。言い換えれば、企業会計原則通りに企業運営を行っている会社はつぶれることはありません。

 私は一度大塚商会を退社していたのですが、1993年に再度戻った時に、「大戦略プロジェクト」を開始しました。これによって、社内の仕組みを大きく変えた。このプロジェクトで目指したのは、企業会計原則通りに企業運営ができる仕組みの構築です。振り返れば、この時には、まさに妥協をせずに、「病的」なまでの徹底を図った。この点では親譲りでしょうね(笑)。

 しかし、経営の根幹である企業会計原則にのっとり、その点で問題となる部分を根っこから絶ってしまえば、日々の経営のなかで病的な不安を持つ必要がなくなる。もちろん、常に不安はありますよ。しかし、日々、病的な心配をしなくてもいい。手の打ち方、病的になるところが父とは違うということではないでしょうか。


50周年記念式典であいさつする大塚裕司社長式典終了後の会見で握手する大塚実相談役名誉会長(左)と、大塚裕司社長(右)

 

さまざまま環境の激変の中でも好調をキープ

――今年は東日本大震災の影響や円高、タイの洪水被害の影響など、日本の経済を取り巻く環境が激変しています。そのなかでも大塚商会は好調な業績を維持していますね。2011年1~9月の業績は、前年同期比3.1%増の3598億円、営業利益は22.4%増の173億円、当期純利益は24.0%増の98億円となっています。その理由はなんですか。

大塚社長:大局的な見方をすれば、ワンストップソリューションおよびワンストップサポートの強化、あるいは顧客深耕と新規顧客開拓への並行した取り組み、総合提案や複合提案の推進、ストックビジネスの強化などが成果に結びついているということになります。

 ネットを通じてあらゆるオフィス製品を注文できる「たのめーる」も、2010年度実績で1000億円規模にまで成長しました。すでに本年度も9カ月で800億円規模に到達し、新たな顧客獲得でも成果が出ています。

 本年度の動きを見てみますと、東日本大震災直後には、リーマンショック当時のような不透明感があった。しかし、結果をみると、リーマンショックの時には、すべてが全滅だったのに対して、東日本大震災後はまだら模様です。業績がいいところと、悪いところがある。

 当社の場合は、3月も、4~6月も予算計画を下げなかった。震災直後は製品入荷の見込みがまったく立たなかった時期でもあり、厳しい姿勢で臨んだが、一方で、正直なところ、それならどこまで予算を落とせばいいのかわからない。ならば、やれるだけチャレンジしようという姿勢で取り組んだわけです。全員参加で底上げを狙ったのです。

 サプライチェーンなどの影響はありましたが、当社のお客さまの大半が、首都圏、関西圏であったことも業績を支えた理由のひとつではないでしょうか。さらに、省エネ、節電、BCPに対する関心が高まったこともあげられます。

 また、例年ならば、ゴールデンウイークには「たのめーる」のテレビスポットを集中的に入れるのですが、今年は、それを見送りました。たのめーるのテレビCMは、駄じゃれを使っています。さすがにこの時期にはふさわしくないと判断した。テレビCMは夏場から入れています。

 一方、コピー用紙の出荷トン数は1、2月は20%以上伸びたものの、3~6月は16~17%増となりましたが、それでも比較的堅調に推移している。入札案件が止まったり、単価が低くなるといった収益構造の変化もありますが、懸念していたほどではありません。

 ただ、長期の円高、タイの洪水被害、政治の混迷などの影響もあり、そろそろ良くなってもいいはずのものが長期化している。下期は行くぞという感覚があったが、そうもいかない。もう少しアクセルを踏みたいが、慎重にならざるを得ないというのがいまの状況ではないでしょうか。

――大塚商会には、SPR(セールス・プロセス・リエンジニアリング)と呼ぶ営業支援システムがありますね。それが長年にわたる成長を支えてきたといえるのではないでしょうか。

大塚社長:私が社長に就任してから10年間で売上高は30%以上増加していますが、その間、従業員数にはほとんど変化がない。確かにその実現には、SPRが重要な役割を果たしています。

 SPRは、科学的手法を用い営業戦略を立てることができる営業支援ツールです。SPRを導入する以前は、飛び込みによる行き当たりばったりの営業を行ったり、月末になって予算数字に達していないと「根性で売ってこい!」という精神論が前面に出ることが多かった。

 しかし、SPRは、CRM(顧客管理)とSFA(営業支援)を一体化。大塚商会とお取引があるすべての顧客情報を蓄積し、営業履歴、受注履歴、サポート実績も、データベース化しています。これを利用することで、ユーザーがいまどんなものを欲しているのか、そして営業すべきターゲットはどこかを的確に導き出すことができる。

 1998年度の単独売上高は3117億円、営業利益は17億円、社員数6621人。それに対して、2010年度の単独売上高は4329億円、営業利益は175億円、社員数は6760人です。社員数はほとんど変わっていないのに、売上高は1000億円以上増加しています。IT戦略は経営戦略そのものです。大塚商会は、それをSPRを通じて実践してきたといえます。

 

中身が変わらず言葉だけ変えても混乱を招く

――大塚商会では、これまでクラウド・コンピューティングという言葉をほとんど使用していませんね。しかし、クラウドに関しては、数多くのサービスを用意し、さらにクラウドを活用した各種サービスもある。この言葉を使用しない理由はなんでしょうか。

大塚社長:ASPといっていた会社が、今度はSaaSをやるといい、それが次にはクラウドになる。しかし、中身はまったく変わっていない。それではユーザーの混乱を招くだけではないでしょうか。

 だとしたら、言い方は変えない方がいい。大塚商会は、2002年にニューWeb戦略を打ち出しました。それ以来、10年近く同じことを言い続けています。ニューWeb戦略を構成するのは、「リアル・オン・リアル」、「リアル・オン・Web」、「Web・オン・リアル」、「Web・オン・Web」の4つです。

 リアル・オン・リアルは、直接、お客さまのもとにお邪魔して提案し、直接製品をお届けするビジネス。つまり、大塚商会が創業時から取り組んできたビジネスです。

 Web・オン・Webは、インターネットを通じてオフィスに必要な製品を提供するサービス。たのめーるやアルファメール、たよれーるなどの各種インターネットサービスがそれにあたります。

 また、リアル・オン・Webでは、リアルのお客さまに対してWebのサービスを活用していただく提案を進める提案です。当社がシンジケーションパートナーとして、日本マイクロソフトとの緊密な関係により付加価値型製品として提供しているOffice 365が、ここに当てはまります。

 一方、Web・オン・リアルでは、たのめーるのお客さまに対して、システムインテグレーション機器の導入を提案するものとなります。「たよれーるマネージドネットワークサービス」がそれで、大塚商会のデータセンターと、お客さまのIT環境をネットワークで接続し、従業員が10人の企業でも、高いセキュリティレベルを維持したITシステムを構築できます。

 大塚商会の強みは、リアルとWebの4つの組み合わせのなかで、個々のお客さまごとに最も適した形で提案し、個別製品やシステム、ソリューションとしての提供が可能であり、しかも、運用をサポートできるという点です。究極のハイブリッド体制であり、リアルとWebとの融合ビジネスが大塚商会の特徴といえます。

 そして、ロングテールは、Webビジネスの特徴だといわれていますが、大塚商会はすでにリアルでロングテールビジネスをやっている。85万社の取引先が求める商材を、1個でもお届けできる体制を創業時から整えていた。このリアルのビジネスを継続していることこそが重要であり、将来にわたって、大塚商会に欠かすことができないビジネスです。

 かつて、Webが登場した時には、リアルのビジネスはなくなってしまうとさえいわれました。だが、そう言っていた人たちが、いまリアルのビジネスをやっている。これからもリアルのビジネスがなくなることはないでしょう。

 大塚商会は、お客さまにつながるラストワンマイルを自前で持っている。Webで注文しても、大塚商会が直接リアルの体制で運んでくれるという安心感は、他社にはないものです。Webビジネスにおいても、お客さまの顔が見える、お客さまからも大塚商会の顔が見えるということは、もうひとつ上の関係が構築できます。そして、Webを活用するからこそ、リアルのビジネスの生産性が高まり、ローコストで製品をお届けできるようになる。

 リアルとWebの結びつきはますます重要な要素となってくるでしょう。ですから、大塚商会は、Webビジネス(クラウド)にも、当然のことながら本腰を入れて取り組んでいくことになります。

 

クラウド時代は「チャンス」「ピンチ」の両面がある

――クラウド・コンピューティング時代の到来は、大塚商会にとって、チャンスなのでしょうか。それともピンチなのでしょうか。

大塚社長:それはどちらともいえます。

 例えば、お客さまに対して、選択肢を提案できるという点ではプラスだといえるでしょう。リアルとWebの両方から提案できるということは、お客さまが置かれた立場や求めるものにあわせて提案ができることにもつながる。アルファメールにはない機能を、日本マイクロソフトのOffcie 365の部分で提案するということもプラス要素であり、当社にとってチャンスにつながります。

 また、企業規模が小さいお客さまや、起業したばかりの企業にとっては、初期費用が少なくて済むWebサービスを選択するというのもひとつの手だと思います。ライセンス、パッケージ、あるいは箱ものでの提案に加えて、新たなサービスという選択肢を増やすることができる。これまでの売り方とは、提供の仕方と課金の仕方が変わる新たな提案ができるということです。

――課金方法が変わることで、収益モデルには変化が出てきますね。その移行に苦しむSIerもありますが。

大塚社長:売り上げが落ちる、あるいは収益率が落ちるなどという言い方をされていますが、この結論を出すのは早急すぎます。

 どこでどうバランスをとるか。どんなビジネスモデルにするのかといったことは、業界全体としての課題ではありますが、そこにリアルのビジネスをどう絡めていくか、あるいはどんなバランスでビジネスをやるのかといったことでも変化してきます。

 また、すべてのユーザーが一気にクラウド環境に移行することは考えられません。少しずつ変化するなかで、ビジネスモデルを変化させていけばいいわけです。いずれにしろ、この分野に対して、座して待つことはない。新たなビジネスにおいて、どんな魅力ある価値を提供できるのか、また、スピードと質の面において、どんな差別化ができるのか。その答えが導き出せれば、大きなチャンスだといえます。

――現在、大塚商会では、自前のデータセンターと、コロケーション型のデータセンターを持っていますね。今後のデータセンターへの投資はどうなりますか?

大塚社長:今後のデータセンターに関する取り組みについては、現段階ではなかなか言いにくいところがあります。私自身、描いている「絵」もありますので。

 ただ、今後新たに自前でデータセンターを持つことはしません。現時点でも自前でデータセンターを持っていますが、これは社内システムに特化した形で利用しています。今後の展開を考えた場合には、コロケーション型の展開が最適だと考えています。もちはもち屋。データセンターは、データセンター事業者に任せて、借りられるならば借りた方がいい。

困ったことがあったら駆けつける「街の電器屋さん」になる

――ところで、最近、大塚社長は、「街の電器屋さんになる」という言い方をしていますね。その意図はなんですか。

大塚社長:大塚商会の最大の役割は、お客さまの目線で提案すること、そして、オフィスの業務を止めないための支援をすることです。さらに、複写機、サーバー、PCといったハードウェア、SMILEシリーズに代表されるソフトウェア、インターネット接続やホスティングサービス、ASPサービス、IPv6への対応をはじめとするネットワーク、さらにはそれらにかかわる各種サポートビジネス、コピー用紙をはじめとするサプライ製品などを連携させた複合提案を行える「ワンストップソリューション」の提供にあります。

 現時点で大塚商会が取り扱っている製品数は、たのめーるだけでも6万5000点にのぼります。こうした規模でリアルとWebを融合した体制を確立しているのは、全世界を見渡しても、ほかにはない事業形態だといえます。

 ワンストップソリューションを実現し、お客さまの目線で提案し、困ったことがあったら駆けつけるという体制は、まさに、「街の電器屋さん」と同じなんです。

 テレビの映りが悪いから、アンテナの様子をみてほしいといえば、すぐに飛んできてくれて、床をはいずり回ったり、屋根に登ったりして修理してくれる。家の間取りも全部知っているから、最適な製品を提案してくれる。大塚商会は、企業のIT化における「街の電器屋さん」としての存在になりたいのです。大塚商会のお客さまの8割以上が年商10億円未満の中小企業です。ITの専門家がいる企業は極めて少ない。「困っているから、とにかく来てよ」、「わかりました、すぐに行きます」という関係が、大塚商会の目指す姿なのです。

 IT企業は、ブルーのイメージカラーを使用し、先進性とか、知的、とがったという企業イメージを演出する場合が多いのですが、大塚商会はオレンジなどの暖色系を多用しています。これは、親しみ、暖かさといったイメージを演出する色です。つまり、「街の電器屋さん」という方向性と合わせたものなのです。いわば「三丁目の夕日」ですよ(笑)。

 たのめーるの駄じゃれのテレビCMも、背景のイメージは昭和30年代です。あのころの人々が支え合って生活をしていた温かいイメージが私にはある。お客さまが困った時に頼りになる企業になりたいという思いを込めたのが暖色系カラーの採用であり、「街の電器屋さん」ということになるのです。

 「街の電器屋さん」というコンセプトが社内に定着し、100点になったら、その時には、私が引退する時でしょうね(笑)。コピーだけを販売していたのであれば、もう合格点に達していたかもしれません。ただ、取り扱う商材が広がり、ビジネスの領域が広がるなかで、それができているのかというとまだまだやらなくてはならないことが多い。

 50周年を迎えた時に、社長就任時に掲げた目標を棚卸ししてみました。形になっていないもの、形になりつつあるものとさまざまです。ただ、いま私が掲げている方針や言っていることは、10年前となにも変わっていない(笑)。実は、振り返ってみますと、この10年間にわたってなくなった営業部門はありませんし、組織もまったく変わっていない。なくなったのは、店舗販売のαランドだけです。

 しかし、やりたい姿は「逃げ水」のようにどんどん先に進む。追っかけていっても追いつかない。経営というのはこういうものではないでしょうか。ですからこれからの大塚商会も、理想という逃げ水との追いかけっこですよ。

関連情報