「フィットクライアント」時代到来か-RIAでリードを狙うAdobeのAIR



 ついにAdobe Systemsが「Adobe AIR」をリリースした。同時にリリースした開発フレームワーク「Adobe Flex 3」と併せて、AIRアプリケーションの開発を促進する。同社が「Apollo(開発コード名)」としてAIR構想を発表して1年半。AIRでAdobeはRIA(Rich Internet Applications)時代の王座を狙う。


 AIRはデスクトップアプリケーションおよびウィジェットの実行環境で、「WebKit HTML」エンジン、仮想マシンの「Tamarin ActionScript Virtual Machine」「SQLite」などで構成される。AIRをインストールすることで、オフラインでもアプリケーションを動かせるというのが最大の特徴だ。

 開発者は、既存のスキルを生かしてデスクトップアプリケーションを開発できる。ユーザーにとっては、OSやWebブラウザ、プラグインを意識せずアプリケーションを利用できるようになるというメリットがある。

 AdobeのAIRローンチをメディアは大きく報じたが、このリリースは実際にどんなインパクトを業界に与えるのだろうか?

 「AIRのリリースは一大イベント」とするのは、ニュースサイトのThe News&Observerだ。同サイトでは、“コンピュータの使い方が変わる”という点でAIRが重要だとしている。eBayが作ったAIRアプリケーションを例に、オフライン機能を絶賛。「Google Spreadsheet」など従来のオンラインアプリケーションにみられた短所をカバーできるとしている。

 これを「フィットクライアント」時代の到来と呼ぶ者もいる。Ajaxの延長という観点からAIRを見るAjax World Magazineの記事は、Ajaxの限界をカバーする技術として、AIRの登場に期待を寄せている。Ajaxは、ユーザーの使い勝手を大きく改善したが、オフラインとオンラインのやりとり、Webブラウザの依存などの限界があった。

 Ajax World Magazineは、AjaxはGartnerが言う“ハイプ曲線”(技術に対する期待値の推移)で「流行期」(期待のピーク)を過ぎた「反動期」に入っているとした上で、Burton Groupのアナリストが予言した「フィットクライアント」の時代に入った、と指摘している。


 フィットクライアントは、「ファットクライアント」と「シンクライアント」の混合型で、ファットクライアントのローカルの処理能力とオフライン機能、シンクライアントのWebアプリケーションを組み合わせたものだという。Gartnerもこれを、Ajaxの限界を補うものであるという見解を示している。

 Linux陣営の期待も大きい。AIRは現在、Windows版とMac版のみだが、Adobeはオープンソースを強化しており、AIRをLinuxに対応させる計画を明らかにしている。InformationWeekでは、AIRのようなランタイム環境によって、LinuxでもRAD(Rapid application development)が可能になると分析している。AIRアプリケーションはプラットフォームにあまり依存しない。これはデスクトップLinuxにとっても朗報となるのだ。

 「(AIRの)企業へのメリットはROI」だとするIDCのアナリストのコメントを引用したFlex Developer's Journalは、オフラインでも動くサービスはロイヤリティを高めるとしている。電子商取引サイトなら、「(RIAが実現する)製品のビジュアル化で、顧客は購入する製品をより理解でき、クロスセル(他商品交差販売)やアップセル(上位商品販売)につながる」という。

 ただ、こうした賞賛や期待が多い中で、ローカルとのやりとりから来るセキュリティ問題の懸念を指摘する声もある。このあたりは、さらに分析が求められる。

 もちろん、AdobeにとってAIRは重要だ。同社のKevin Lynch CTOは自社の戦略を「ポストスクリプト、マルチメディア、Webとシフトさせてきた」と振り返りながら、今度の「RIAは重要な変化になる」と述べている。

 長年の宿敵である対Microsoftの戦略でもAIRは大きな意味を持つ。AIRは、開発のターゲットとしてのOS、Webブラウザの重要性を失わせる可能性を持っている。一方、サービス化の波に乗り遅れているMicrosoftにとって、RIAの流れは大きな打撃になりかねない。


 一度書けば、どこでも動く―AIRの目標とする構想は、新しいものではない。過去にMicrosoftと戦った企業が何らかの形でこれを目指した。Sun MicrosystemsのJava/Java Web Startはその好例だろう。Adobeは同じ夢に、異なる技術で、違うタイミングと優れたマーケティングチームを持って挑む。Adobeはマーケティングに定評があり、AIRを推進するにあたって、AIRアプリケーションのダウンロードサイト「Adobe AIR Marketplace」(ベータ版)を用意するなど、周到に展開している。

 しかし、競争相手も多い。Microsoftは、AIRへの回答となる「Silverlight 2.0」のベータ1をリリース。オフライン対応させる計画も明らかにしている。また、Googleは「Google Gear」、Mozilla Foundationは「Prism」を発表、オープンソースプロジェクトの「OpenLaszlo」なども立ち上がっており、さまざまなプレーヤーがこの市場に参入することになりそうだ。

 AIR Marketplaceには、すでに40種類近いAIRアプリケーションが並んでいる。まず滑り出しは順調といえそうだ。

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(岡田陽子=Infostand)
2008/3/10 09:05