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トレンド先駆け、それとも時期尚早? AdobeのCSクラウド一本化

 Adobe Systemsが主力ソフトウェア「Creative Suite」の開発を打ち切って、サブスクリプション形式の「Creative Cloud」に一本化すると発表した。クラウドのトレンドに沿った動きだが、大胆な方向転換に業界はあっと驚いた。一部のユーザーの反発も上がっており、パッケージで顧客を獲得した既存ソフトウェアメーカーがクラウドモデルに切り替えることの複雑さもうかがわせる。

10年目で「Creative Suite」は終了

 この決定は、5月6日、Adobeのユーザーカンファレンス「MAX 2013」で明らかにしたものだ。Creative Suiteは同社が2003年に発売した主力製品で、人気ソフトウェア「Photoshop」「Dreamweaver」などを含んでいる。

 Adobeの発表によると、1年前に発売した現行版「Creative Suite 6(CS6)」を最後に、新バージョンの開発を打ち切り、CSに含まれるソフトウェアはクラウド版のみでの提供するという。合わせて6月に、Creative Cloudの大幅なアップグレードを行う。現行のCS6では、バグやセキュリティの修正などのサポートを継続するが、いつまでかは明言していない。

 Creative Cloudは2012年春に開始したCSのオプションで、ユーザーは月額料金でソフトを利用する。単品でのサブスクリプションも可能だ。SaaSではあるが、ユーザーはソフトウェアをローカルにインストールするため、インターネット接続がない環境でも利用できる。発表当初からAdobeは将来的にCreative Cloudへの移行を進める方針を示してたが、わずか1年で、一挙に従来製品の終了まで決めたことになる。Creative Cloudの価格は月額49.99ドル。単品の場合は19.99ドル。既存のCSユーザーに対しては初年度29.99ドルの割引価格で移行を促す。

 Adobeによると、Creative Cloudの有料サービス加入者数は既に50万人を超えているという。週1万2000人のペースで増えており、2015会計年度中に400万人になると見込んでいる。

「不正コピー対策」「クリエーターの現場変革支援」

 Creative Cloudに一本化することの意図や狙いは、いくつかあるとみられる。まず、クラウドだと約2年おきに発売するパッケージ製品と異なり、ソフトウェアの販売収入が安定する。コスト面では、パッケージ販売特有の梱包や流通などのコストを削減できるが、半面、クラウド特有のハードウェア投資などのコストも生じるだろう。

 また、大きな要素に不正コピー対策がある。Adobeの製品に海賊版が多いのはよく指摘されているが、Creative Cloudでユーザー管理すれば不正利用が難しくなると見られる。パッケージ販売の代わりに導入コストを低くして、より多くのユーザーが小額を払うようになれば、収益は安定だけでなく改善さえ期待できる。実際、AdobeのCEO、Shantanu Narayen氏も、Mashableのインタビューで不正コピー対策を狙っていることを認めている。

 もちろん、Adobeがここ数年進めている方向転換も関係する。「iPhone」「iPad」のFlashサポートでAppleと対立したのが大きな契機となり、Adobeは製品技術戦略の見直しを急ピッチで進めている。モバイル用「Flash Player」の開発を打ち切り、HTML5やAdobe AIRなどWebで動く移植性の高いソフトウェアを中心にするというのが同社の方向性だ。

 その観点から言えば、CS/Creative Cloudのオンライン・ソーシャル・メディアプラットフォーム「Behence」が新しい方向を思わせるコンポーネントとなっている。BehenceはAdobeが2012年に買収で獲得した技術によるもので、開発者やクリエーターは自分が作成したコンテンツを公開し、他のユーザーからのフィードバックを得られるサービスだ。

 Adobeの副社長でデジタルメディア担当ゼネラルマネージャーのDavid Wadhwani氏はTechCrunchに対し、Creative Cloudは同社のビジネスモデルを変えるだけでなく、カルチャーをも変えると述べている。

 これまでのビジネスでは高機能ソフトウェアを提供してユーザーに素晴らしい作品を作ってもらうことが主眼だったが、今後はAdobeユーザーであるクリエーターや開発者のリーチ拡大を支援していく役割を担いたいとする。そこでBehenceは重要な役割を果たすのだという。

 Wadhwani氏は背景として、クリエーティブ業界に起こりつつある変化を指摘する。クリエーターの作業は、従来、どちらかというと孤立した環境で行われていたが、今後はもっとコミュニティなどとのつながりが重要になってくる、というのがWadhwani氏の考えだ。Creative CloudとBehenceが、それを支援するという位置づけだ。

ユーザーの中には反発も…

 メディアは「ラディカル(急進的)」「リスキー」「(既存ソフトウェアベンダーのクラウド化の動きの中でも)際立っている」などの言葉で、Creative Cloudへの移行を伝えながら、概して“納得できる動き”と受け止めている。

 CEOのNarayen氏はじめ幹部陣はMAXで、Creative Cloudを開始して1年での急発展について、ユーザーの満足度が非常に高い点を理由に挙げた。ユーザーはSaaSモデルへの準備ができていると確信しているようだ。

 一方、ユーザーの反応は様々だ。

 Wall Street Journalはカリフォルニア州の、あるソフトウェア企業の話を紹介している。この企業では13人のデザイン担当スタッフのうち、5人をCreative Cloudに移行させており、残りのスタッフについても順次移行してゆくという。月額ベースなので予算が立てやすい一方で、長期的にはソフトウェアのコストが増えるとも予想する。それでも、全員がAdobeのソフトウェアにアクセスできることは重要と考えているという。

 自身もCSユーザーでForbesに書いているテクノロジー・ジャーナリストのAdrian Kingsley-Hughes氏は、18カ月おきにアップグレードしなければならないCSに比べるとCreative Cloudは割安としながらも、ユーザーの中には古いPhotoshopをずっと使い続けている人も少なくなく、「多くは憤慨している」と述べている。

 例えば、CS打ち切りを伝えるMashableの記事には600以上のコメントが寄せられているが、ざっとみると「いやだ。さよなら」「絶対使わない」「割安にはならない」など、“No”が目立つ。

 「残りの人生はCS6を使い続ける」「企業ユーザーや趣味に真剣な人なら(クラウドモデルで)よいだろうが、空いた時間に趣味でやる人向けではない」「月額料金というのが、将来の姿だとわかっていても、やはりいやだ」などに混じって、「ちょっと前からサブスクリプションにしたが、悪くない。アップグレードは簡単だし、全部の製品にアクセスできる」といった好意的なコメントもある。

 特にパッケージを使ってきた個人ユーザーは、今年のMAXでの次期版発表を期待していたこともあり、戸惑っているようだ。

 Photoshop情報ブログのPhotoWalkthroughを運営し、Photoshopトレーニングも行うJohn Arnold氏は、自身が知っているPhotoshopユーザーの約半数が不正コピー利用者とした上で、その主な原因はAdobeの価格設定が高すぎる点にあると指摘する。Photoshopの代替が増えており、利用が減っていることに触れながら、「価格と実用性のバランスが崩れてPhotoshopを欲しいと思わなくなるのはいつだろうか? わたしの予想では、今だ」と記し、「Adobeは自分たちの聖域を自ら侵しつつある」と述べている。

 変化は痛みを伴うものだが、Adobeの経験する痛みはパッケージでビジネスを確立したソフトウェア企業なら少なからず感じるだろう。パッケージソフトの代表であるMicrosoftは、Adobeの発表当日、公式ブログで自社の方針を示した。

 サブスクリプションが将来の姿だという点でAdobeに賛同しながらも、「(われわれは)Adobeとは違って、パッケージからサブスクリプションへの移行に時間を要する」とし、「Office」では選択肢を提供すると売り込んだ。

 ブログのタイトルは、「ソフトウェアサブスクリプション:進歩主義? それとも時期尚早?」である。

(岡田陽子=Infostand)