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中国でビジネスをするということ Appleたたきとその顛末

 「iPhone」の製品保証・修理ポリシーをめぐって、中国でAppleへの非難がわき起こり、これに対してCEOのTim Cook氏が公式に謝罪するという騒ぎがあった。iPhone/iPad製造現場の労働問題では物議を醸したAppleだが、今度は政府系メディアによる一斉集中批判で、意外に消費者からの批判は起きていないようだ。Appleと中国メディアの勝負、どちらが勝ったのだろう。

「Appleは誠意がなく、傲慢」

 Appleへの批判は、3月15日の中国中央テレビ(China Central TV)から始まった。Fortuneなどによると、ゴールデンアワーに放映された番組の中で、「Appleは欲深く、誠意がなく、無比の傲慢さを持つ」などと形容されたという。

 非難の原因となったのは、中国でも人気のスマートフォン「iPhone」の製品保証・修理ポリシーだ。iPhoneの中国内のアフターセールスについて、部品交換のみで新製品と交換していないなどの点を挙げ、中国の消費者は先進国並みの価格を要求される一方で、途上国レベルの扱いを受けていると糾弾した。3月15日は「世界消費者権利デー」で、これにちなんでの特番だったようだ。過去にも、同じ日にMcDonald'sなど大手外国企業がCCTVにたたかれている。

 さらにその後、人民日報もAppleを批判する複数の記事を立て続けに掲載し、新華社も中国の消費者団体CCAが「Appleは中国の消費者を差別している」と非難したと報じた。

 謝罪はこれを受けたものだ。Cook氏は4月1日付の声明文で、「この2週間で中国におけるわが社の修理・保証ポリシーについて多くの意見を受け取った」「プロセスで対外的なコミュニケーションが足りなかったことが、Appleは傲慢だという憶測につながった」と中国メディアの批判を正面からとらえた。そして、保証や修理については、「iPhone 4」「iPhone 4S」について保証期間中は部品交換ではなく新製品と交換する、ポリシーをWebサイトに明示する、正規サービスプロバイダーに対する監視を強化する――など4点の変更・改善点を発表した。

中国による国外企業たたきの一環か

 iPhoneが中国で発売されたのは2009年。これまでアフターサービスについて苦情がなかったわけではないが、こうした一斉のApple攻撃は珍しいことだ。一体何が起こったのだろう。

 米系メディアの多くは、Appleを非難したCCTV、人民日報、新華社などが国営系であることに触れ、当局の意図的なバッシングであると分析している。

 その証拠のひとつが、台湾の人気俳優が“中国版Twitter”weibo(微博)に投稿したメッセージだ。俳優はAppleのアフターセールスについての不満を投稿したが、その直後、アカウントが何者かに盗まれたと投稿していた。不満のメッセージには時刻が明記されており、同じ時間帯に他の有名人からも同様のメッセージが大量に発信されていたことが分かった。何者かが、weiboのアカウントを乗っ取って、偽のメッセージを送っていたとみられている。

 FortuneのAppleウォッチャーPhilip Elmer-DeWitt氏は、Cook氏の謝罪とポリシー変更前に中国と米国のAppleの修理・交換ポリシーを比較して、実質的な「違いはない」と指摘した。その上で、闇市場で購入したiPhoneのことなのか、ハードウェア保証期間が2年(米国と中国では1年)の欧州と比較して差別と主張しているのだろうか、と疑問を書き出した。

 Forbesは、スマートフォンという成長分野でのAppleの強さ、また中国政府が、スマートフォンOSにおけるAndroid/Googleの独占を懸念する白書を今年に入って出していることなどに触れながら、「これは単なる戦争ではない」「今回の不和は、戦略的な技術と現代の保護主義そのものだ」と結論づけている。

 さらにElmer-DeWitt氏は別の記事でも分析を進め、米国の政府機関や企業に対する中国からのサイバー攻撃を取り上げたWall Street Journalの記事、米国のコンピュータセキュリティ企業Mandiantが2月に発表したレポートに触れながら、Appleも中国によるサイバー攻撃の標的になっている可能性が高いとの指摘を紹介している。Appleは中国では「iPad」商標で地元のProviewと争い6000万ドルで和解したほか、Siriでも特許訴訟を争っている。

 中国メディアのAppleたたきの意図に比べると、Apple側が謝罪した理由は容易に想像がつく。Appleにとって中国は第2の市場であり、Cook氏は1月に、最終的には最大市場になるとの予想を示していた。直近の四半期業績報告によると中国市場の売上高は73億ドルで、前年同期比60%増だった。「Appleにとって、“悔い改める”以外の選択肢はなかった」とFinancial Timesは言う。ただし、昨年のCCTVのターゲットになったMcDonald'sが放送の翌日に謝罪したのに対し、Appleは2週間ねばったことになる。

 この謝罪の効果はあったようで、人民日報のタブロイドGlobal Timesは「Appleの謝罪は状況を緩和し、Appleと中国市場との間の緊張を和らげた。他の米国企業と比較すると、Appleの反応は尊敬に値する」と論評した。South China Morning Post(南華早報)が伝えている。「たたかれていた存在から感心される存在に」と形容したReutersは、中国外務省の広報官が「Appleの発言を是認する」と述べたことを報じた。中国のメンツが立ったということだ。

消費者からは逆に国営メディア批判の声

 肝心の消費者は、Appleに不満なのだろうか? これについては、そうでもないとの見方が強い。The Economic Timesは、中国のネットで見られた発言を集めた記事で「恥知らずな人民日報の嫉妬」「われわれ普通の人はAppleはよくて、政府がクズだと感じている」などの発言を紹介している。

 Motley Foolも「中国国営企業が消費者の権利を侵害したら国営メディアは無視するのだが……」と中国の消費者が指摘していることを紹介し、彼らは政府が国民の不満をそらす意図で行ったバッシングであることを知っている、と述べている。

 Appleも、そのことを知りながら、あえてCook氏の名で頭を下げた。これを専門家はどうみているのか。

 リスクコンサル企業、Control Riskの上海ベースのアナリストは「ブランドが大きくなるほど、標的にされやすい。中国で国外企業が気をつけるべきは、孤立状態ではビジネス展開はできず、ブランド名の恩恵にあやかるだけではビジネスはうまく進められない、ということだ」とReutersに語っている。また技術コンサルのRedTech Advisorsの幹部は「中国では先を見越して行動しなければならないということを、Appleは学んだはずだ」とコメントする。

 MarketWatchは、Appleが中国市場を理解していなかったとの分析に加え、「謝罪はPR上の失敗」というForbes Chinaの編集長の意見も紹介した。謝罪行為はブランドとイノベーション能力の立場が弱まっている証拠というのだ。「Appleはすばらしい製品を提供するが、かつてのようにイノベーションによる需要を作り出していない」と、この編集長は述べている。

 Appleたたきは収束したが、同社が戦略的に勝ったとも言い切れないようだ。中国市場独特の問題としてとらえれば、Appleの経験は他の企業にとっても対岸の火事ではすまないだろう。

(岡田陽子=Infostand)