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2つの「35ドルコンピューター」 世界を変える教育用デバイス


 かつて「サブ1000ドルコンピューター」という言葉があった。一般ユーザーが買える価格のコンピューターの基準のようなものだったが、いつしかハードの価格は下がり、今では200ドルのノートPCやタブレットも珍しくなくなった。だが最近、それよりもはるかに安い2つの「35ドルコンピューター」が登場して話題をさらった。これらの安価なコンピューターには「世界を変える」という願いが込められている。

クレジットカード大の格安コンピューター「Raspberry Pi」

 英国の非営利団体Raspberry Pi Foundationは2月29日、クレジットカードサイズのボード型コンピューター「Raspberry Pi」をリリースした。むき出しの電子基板にチップが載っているボード型。モニター、キーボード、マウスなどは別途用意しなければならないものの、本体だけなら35ドルという格安に設定されている。

 x86ではなくARMプロセッサー(700MHz動作)を採用して、イーサネット、USB、オーディオ、HDMIの各ポートを備え、256MBのメモリーを搭載。USB給電で動作する。ARM版LinuxなどをSDカードに用意して起動すれば立派なパソコンだ。ミニサイズの本体ながら、ビデオ出力は高精細の1080pに対応しており、「Quake 3」のようなグラフィックゲームもプレイできる。

 Raspberry Piは、Pi Foundationのライセンスを受けた電子部品販売のRS ComponentsとPremier Farnellの2業者がWebで注文受付を開始したが、アクセスが殺到して両サイトともクラッシュ。用意した最初の出荷分はあっという間に完売したという。Pi Foundationはさらに、イーサネットやUSBを省略して安価にしたモデルを25ドルで販売する計画だ。製造は中国に委託している。


35ドルコンピューター誕生の経緯

 Pi Foundationプロジェクトは、ケンブリッジ大学のエンジニア、Eben Upton氏らが6年前から取り組んでいる。きっかけは「コンピューター科学を専攻する学生たちと話していて、そのスキルが年々明らかに落ちてきているのに気づいた」こととUpton氏は述べている。Upton氏らは80年代の「Amiga」や「Commodore 64」に触れてプログラミングの楽しさを知った世代で、そんな環境をもう一度作りたいと願って始めたという。

 子供たちのための低価格コンピューターといえば、マサチューセッツ工科大学(MIT)のプロジェクト「One Laptop per Child(OLPC)」があるが、Raspberry Piは、OLPCのような“完成品”ではなく、フル機能を備えたコンピューターのコアだ。子供たちがコーディングやプログラミングを学べるようにデザインしてあり、「Raspberry(キイチゴ)」という名前には、Appleへのレスペクトが込められている。


インドの国策タブレット「Aakash」

 もう一つの「35ドルコンピューター」はインドから登場したタブレット型コンピューター「Aakash」だ。インド人的資源開発省(MHRD)が2010年7月に発表した「35ドルコンピューター」を具体化した製品で、英国に本社を置くカナダのデバイスメーカーDataWindが製造している。Aakashはヒンディー語で「空」の意味だ。

 7インチのタッチパネル画面を持ち、Androidで動作。Wi-Fiでネット接続する。MHRDは、インド全土の教育機関に導入してeラーニングの標準デバイスにする計画で、昨年10月から政府が買い上げて大学への配布を始めた。DataWindは併せて一般向けにも「UbiSlate 7」という商品名で販売を開始。一般向けは、SIMカードを内蔵してインターネットに接続できる上位モデルだが、価格も49ドルと高めになっている。

 Aakashは世界的にも関心を集めたが、実際に使ったユーザーの評価は決して芳しいものではなかった。動作が遅く、バッテリー持ち時間が短く、学生を引きつけるコンテンツがない――といったものだ。対応が進められていたが、先月下旬、性能をアップして改善した新モデル「Aakash 2」が4月か5月にリリースされるとインドPTI通信が報じた。


最終目標22億台、出荷済み1万台

 Aakashには壮大な計画がある。2月24日付のインド最大の日刊英字紙、The Times of Indiaによると、MHRDはこの新モデルをまず500万台購入する。年内に配布する計画で、そのために新しいベンダーを選定する予定だ。既存ベンダーのDataWindは、政府から発注済みの10万台のうち1割の1万台の出荷しか完了していないため、まず未納分の生産を急ぐ。

 HRDのNK Sinha次官補は同紙に対し、「最終的には22億台のタブレットを配布したいと考えている」と述べている。とてつもない台数だが、実は、これまでに大学に配布されたのは、わずか500台にすぎないという。バッテリー問題の改善のために予定は遅れ、ほとんど進んでいない。そんなことから、Aakashが本当に配布できるかを疑問視する見方も出ている。

 とはいえ、新しいAakashへの評価は高いようだ。インドの英字紙Indian Expressは、アンゴラの通信事業者Movicelが3G通信機能を持ったカスタマイズド版10万台をDataWindに発注したと伝えている。スペイン・バルセロナで2月27日から3日間開催された「Mobile World Congress」での発表で、MovicelのCEO、Yon Junior氏は「 ミーティングでAakashを見て、自社の技術メンバーに調べさせ、次の瞬間に契約にサインしていた」と語っている。

 英政府は2日、DataWindに対して「最もイノベーティブなモバイル企業」賞を授与すると発表した。価格の壁を打ち破って、ネットアクセスの利用を普及に貢献したと評価されたものだ。


世界を変える小さいコンピューター

 Raspberry Piも、Aakashも、高価なコンピューターを誰にも使えるようにすることを目指して開発された。安価にできれば、貧しい家庭の子供たちや学生も、小さいうちからコンピューターの技術に触れたり、インターネットを利用できるようになる。全ての子供や学生に行き渡ったデバイスは、数年後に世界のコンピューターの主流となり、既存のプラットフォームを圧倒する存在になっている――かもしれない。


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(行宮翔太=Infostand)
2012/3/5 10:03