事例紹介
社内の風土改革の切り札に――Yammerでコミュニケーションを活性化させるシャープ
(2014/8/26 06:00)
日本マイクロソフトのエンタープライズソーシャルネットワーク「Yammer」において、国内最大規模のユーザーとなるのがシャープである。経営再建に取り組むなか、社内の風土改革の切り札として、社内コミュニケーションの活性化に着手。そこにYammerを活用している。現在、約9500人の社員がYammerに登録。これを活用したコミュニケーションを行っており、今後は海外拠点にも展開していく考えだ。
Yammerによる社内風土改革への取り組みを追った。
風通しの悪さを解決したい!
シャープは、2011年度の3760億円の最終赤字に続き、2012年度も5453億円の最終赤字を計上。構造改革への取り組みが急務となっていた。Yammerの導入はそうしたタイミングから検討されていたものだ。
「社内で課題となっていたのは風通しの悪さ。社内コミュニケーションの活性化は構造改革を支える重要なテーマのひとつとなっていた」と指摘するのは、シャープ コーポレート統括本部ITシステム戦略部戦略企画グループの多田卓央副参事。
「社内にはトップダウンの雰囲気がまん延し、ボトムアップの提案がしにくい環境があったこと、部門間に壁があり、横方向のコミュニケーションが行いにくい環境であったこと、さらに階層が多く、経営陣と社員との間、あるいは管理職と若手社員との間のコミュニケーションが行われにくい環境にあった」と続ける。
そのころ、当時社長の奥田隆司氏(現・会長)は、各地の事業所を訪問し、若手社員と懇談する場を設けていた。そのやりとりのなかで、若手社員の間からは、もっと活発な社内コミュニケーションを望む声があがっていたという。
これは、2013年6月に社長に就任した高橋興三氏も、共通認識していた課題のようだ。
高橋社長は常々、「シャープが持つけったいな文化を壊す」という表現をしている。高橋社長が指す「けったい」な部分は、いくつかあるようだが、そのひとつにコミュニケーション面における課題があったのは間違いない。
社長就任会見と同時に発表した中期経営計画において、高橋社長は、ガバナンス体制の強化に取り組む姿勢を示しながら、そのための施策のひとつにビジネスグループ制の導入を掲げ、「お客様起点のクイックレスポンス実現に向けた一気通貫の組織体制への変革」に取り組むことを発表するなど、コミュニケーション改革による新たな体制づくりが必要なことを示唆していた。
社外の変化に、社内の動きが追いつかない組織体制を改革するにはコミュニケーションの活性化が重要だと考えたわけだ。
そして、シャープの課題として、「上からの指示を待たないと動かないという風土を、変えていかなくてはならない」とも語っていた。
構造改革を推進し、風土を変えるには、ボトムアップの文化を社内に根づかせたいという強い気持ちがあったと推察される。
海外経験が長く、海外企業の迅速な経営手法を知る高橋社長にとって、社内コミュニケーション改革は、避けては通れない課題であり、まず手を打たなくてはならない課題だったのだろう。
ルールを「緩くする」ことで活用を促進
その解決策のひとつとして、同社が検討を開始したのが社内SNS(エンタープライズ・ソーシャル)の導入であった。
シャープでは、2012年12月から、社内SNSの検討を開始。その結果、2013年2月から、Yammerのテスト導入を開始した。このときには、Yammerとともに、セールスフォース・ドットコムのChatterのテスト導入も同時に行い、比較検討も行ったのだ。
テスト導入の対象となったのは、広報部門、人事部門、総務部門、IT部門の4つの部門。この4部門から選抜した社員によって事務局を設立。テスト導入を行うことで、社内SNSの有効性を検証していった。
「検証の結果、知り合うことができなかった人たちが、知り合うことができ、そこでこれまでにはなかった情報がやりとりされるといった成果のほか、業務上の議論も社内SNSを通じて行われるといったことが見られた。幅広い意見を収集する際にも効果があること、業務以外にも、部門や地域を超えて、社員同士のコミュニケーションが取れるといった効果もあった」と、シャープの多田副参事は語る。
一方、こうした検証の結果、シャープが、最終的にYammerを採用した理由は、同社がこれまでにも、ExchangeやLync、Officeといったマイクロソフト製品を数多く社内利用しており、それらシステムとの親和性があると考えたからだ。
「コストはもちろん、マイクロソフト製品との親和性や、将来性などを考慮した結果、Yammerを採用した」とする。
その試験運用の結果、Yammer導入にあたっては、いくつかのルールを決めることにした。
その基本的な考え方は、「緩くする」というものだ。
「ルールを決めすぎると書き込みが減少し、結果として使われないものになってしまう。また、使用することを強制化するのではなく、自由参加にするという仕組みにした」と、多田副参事はその基本姿勢を示す。
そして、「業務時間外であれば、業務以外の話を書き込むことも可能にした。それによって、同じ趣味を持った社員同士のコミュニケーションを活性化することにつながっている」という。
シャープでは、副参事以上でなければ、休日を含む時間外の電子メールの使用は禁止されている。もし利用する場合には事前の申請が必要というルールが設定されているのだ。だが、Yammerに関しては、業務以外の利用に関しては、休日などにも自由に書き込めるようにルールを変更した。それも、Yammerの活発な利用を促進していることにつながっている。
現在、登録しているのは約9500人。日本国内を中心とした運用であり、対象となる国内約2万人の社員数からすれば、約半分の社員が登録している計算になる。
また、そのうち、導入直後には約6000人がなんらかの書き込みを行っており、現在でも約3000人が、日常的に書き込んでいるという。
「現在、趣味などをテーマにした業務以外のグループが、約600グループある。プラモデルの写真を公開しあったり、プレゼンテーションの能力向上のための情報交換を行ったりといった活用のほか、企業対抗駅伝の参加者をYammerを通じて募集する、といった活用も行われている」という。
こうした趣味のコミュニケーションを活性化することは、Yammerの利用促進や、社員のコミュニケーションの活性化だけでなく、部門を超えた人脈づくりにも貢献。「業務においても、部門を超えた協力ができる土壌ができることを期待している」という。
経営幹部を身近に感じられるように
2013年5月に運用を開始してから、いくつかの成果が出てきた。
「経営幹部も積極的に書き込みを行っている。あまり接する機会がない経営幹部が、ざっくばらんに書き込んだものを読むことで、より身近に感じることができるようになった、という社員の声がある」という。
特に東広島に拠点を置く通信システム事業本部では、同事業本部長の長谷川祥典常務執行役員が中心となって、Yammerによるグループを形成。業務効率化に向けた改善提案をはじめとして、活発なやりとりが行われているほか、昨年、日本マイクロソフトの執行役から、シャープ入りし、女性初の役員となった伊藤ゆみ子取締役常務執行役員も、ざっくばらんに書き込みを行っているという。
もちろん、高橋社長自身も、積極的に書き込んでいる。
Yammerの本格導入は、高橋社長の就任に合わせて実施。さらに、就任メッセージは、Yammerから配信する仕組みとしたほか、その後も、高橋社長は、出張でのこぼれ話なども頻繁に書き込んでいるという。
「Yammerを通じて、社長の言葉が聞けるという仕組みが、社員の間にも定着している。いまでは、イントラネットのトップに表示される社長メッセージの欄には、Yammerでの発言を掲載して、そこから社長と社員がYammerで直接やりとりができるという環境も整えた」という。
高橋社長に対する社員も書き込みが増加し、トップと社員とのコミュニケーションにも隔たりがなくなってきたようだ。
一方で、新製品が登場した際に、それに関する情報を発信したり、別部門の社員が自ら使って見た感想を書き込んだりといった活用も始まっているという。
品薄が続いているヒット商品「お茶プレッソ」の機能を、Yammerを通じて社員が理解したり、そこで提供されるイベントの情報をYammerで知って、現場を訪れてみるといった社員もいるようだ。
不特定多数の人とつながること、気軽に情報をアップできるといった、電子メールにはないSNS特有の機能も、これまでにはないコミュニケーションの活性化につながったという。
「これまでは、他の部門とつながりたいという場合には電子電話帳を使って、特定の人に連絡するという手法に限定されていたり、電子メールのやりとりや、Lyncによるビデオ会議は、知っている人に特定された情報交換だった。しかし、Yammerを導入することによって、こうした壁を越えたやりとりが行われている」(シャープ コーポレート統括本部ITシステム戦略部戦略企画グループの小林健一主事)という。
また、最新技術を活用することで、どんなことができるのかといったことをYammer上で議論することも増えたという。
シャープは、新規事業の創出にも積極的な投資を行っており、社員の知恵を広く吸い上げる仕組みとしてもYammerの存在は不可欠になりつつある。
Yammerの導入によって、社内コミュニケーションが大きく変化し、これが、シャープが取り組む構造改革を加速し、社内にまん延していた「けったいな文化」を壊し始めているのは明らかだといえよう。
現在も登録者は増加中、海外展開も
Yammerの社内利用は、現在でも毎月50人~100人ずつ登録者が増加しているという。
さらに、同社では、今年度に入ってから、海外にもYammerを展開しはじめており、5月からは、マレーシアで約100人の社員を対象に本格導入を開始。さらに、北米でも9月から導入を開始するところだ。
さらに、シャープでは、ASEAN市場を成長ドライバーと位置づけており、インドネシアやタイの生産拠点を活用しながら、ASEANのバリューチェーンの構築による事業拡大に臨む姿勢をみせている。ASEANでの事業拡大においても、Yammerの存在は見逃せないだろう。
こうした動きに合わせて、今後、登録者は増加していくことになるのは明らかだ。
「この流れでいけば、登録者数で1万人という数字は年内には達成できるだろう。だが、重視したいのはアクティブユーザーの数。アクティブユーザーが増加することで、さらにコミュニケーションが活性化し、商品開発に生かしたり、迅速な意思決定につながるような仕組みへと発展させたい」とする。
日本マイクロソフトとの定例ミーティングを通じて、利用を活性化させるための工夫を凝らしたり、ワークショップの開催により、コミュニケーションを活性化するための仕組みづくりにも余念がないという。
「社内コミュニケーションツールは、具体的な導入成果を、数値で推し量るのは難しい。だが、明らかに社内のコミュニケーションが変わっているのを実感している」と多田副参事は語る。
Yammerによって、コミュニケーションが活性化し、経営陣と社員の間、部門間や地域間の障壁が取り払われつつあるのは確かなようだ。
構造改革と成長を同時に進めるシャープにとって、今後は、コミュニケーション力を武器にするフェーズに入っていくことになるのかもしれない。