特別企画

弥生の「札幌カスタマーセンター」訪問記~“事業コンシェルジュ”への転換を図る取り組みとは?

弥生の札幌カスタマーセンターがある建物。札幌にはカスタマーセンターが多いという

 弥生株式会社は、「弥生会計」「やよいの青色申告」を始めとするPC用業務ソフトを、主に中小企業や個人事業主に向けて販売している。

 弥生製品のユーザーの中には、会計簿記やITに詳しくない人も多くいる。そのため、カスタマーサポートには、単にソフトの操作にとどまらず、仕訳科目や消費税変更の扱いなど業務にまつわる質問も多数寄せられているという。

 そうした中、弥生では近年、「業務ソフトメーカーから事業コンシェルジュへ」という言葉を掲げ、業務面にふみ込んだユーザーサポートに乗り出している。その取り組みについて、8月21日に開催された札幌カスタマーセンターのプレスツアーの模様から紹介する。

ソフトの操作だけでなく業務面もサポート

弥生 代表取締役社長の岡本浩一郎氏

 「自虐的な言い方になりますが、弥生製品のお客さまはソフトを買いたいわけではなく、やりたいのは業務。弥生製品は道具にすぎません」と、代表取締役社長の岡本浩一郎氏は語る。

 実際、カスタマーセンターへも、操作と業務の組み合わさった問い合わせが多いという。会計ソフトでは、「どう入力するか」という疑問でも、ソフトの操作方法の面と、「どの仕訳科目にするか」といった業務の面がいっしょになってくる。

 プレスツアーでも、サンプルとして「社員の家族が年度内に亡くなったが、扶養から外したほうがいいか」「年の途中で法人化したが、社会保険料控除はどう入力すればよいか」「警備会社への保守料の仕訳科目は」「4月の消費税引き上げ後の売り上げになる取引をどう処理したらよいか」といった問い合わせが、個人情報などを含まない形で紹介された。

 弥生製品に関する年間契約の有償サポート「あんしん保守サポート」にも、その特徴が反映されている。ソフトのアップデートや操作方法などのサポートを提供する「製品保守サービス」はもちろん、それだけでなく、仕訳相談や確定申告相談などの「業務ヘルプデスク」のサポートも用意。さらに、小規模な企業では常設が難しい情報システム部門や人事・総務部門、経理・財務部門のサービスを提供する「業務支援サービス」も設けている。

 9月から始まる2015会計年度には、クラウド型でデータバックアップやデータ共有、スマート取引取り込みなどの「製品活用サービス」をカテゴリーとして新設する(一部サービスはすでに提供済み)。

 この4種類のサービスを、ユーザーのニーズに合わせてプラン別に提供。ソフトのアップデートや情報などだけを提供する「セルフプラン」、それに操作などのサポートと業務ヘルプデスクを加えた「ベーシックプラン」、全サービスに対応した「トータルプラン」の3つのプランがある。

 毎年の確定申告ごとに対応が必要になることもあってか、あんしん保守サポートの加入率は高く、製品を購入したユーザーのうち76.1%(40万7121事業者)が加入しているという。また、継続率(更新率)も86.6%という(いずれも数字は2014年6月末のもの)。

あんしん保守サポートのサポートメニュー。製品サポートから業務支援まで
あんしん保守サポートのプラン。「セルフプラン」から「トータルプラン」まで

2007年に札幌カスタマーセンターを開設

 これらのサポートサービスを支えるカスタマーセンターは、大阪と札幌の2カ所に設けられている。

 大阪カスタマーセンターは1997年から稼働。「しかし、早い段階から『大阪だけでは賄いきれない』という話をしていて、全国を回って探した結果、2007年に札幌カスタマーセンターを設立しました」と、岡本社長は説明する。「弥生製品のサポートは必要な知識レベルが高いため、人材の層が厚い札幌に決めました」。

 実は札幌には企業のカスタマーセンターが数多く置かれているという。弥生の札幌カスタマーセンターと同じビルにも、いくつもの企業のカスタマーセンターが入っていた。

 札幌カスタマーセンターの設立時は60席でスタート。4回の増床を経て420席と、6年で7倍の人数に成長している。実際にユーザーに応対するREPは自社スタッフ中心だが、2011年から繁忙期は一部業務を業務委託している。

 業務内容も、テクニカルサポート業務からスタートし、同じ2007年にインフォメーション(総合窓口)業務を開始。2009年からはサービス(注文受付やユーザー登録)業務も手がけ、現在では運用支援や品質管理などのバックエンド業務など業務内容を広げている。人事総務部や情報システム部も1セクションが札幌に常駐する。「これまで業務系サポートは大阪が中心だったが、札幌での業務系サポートも増やしていく」(岡本社長)。

札幌カスタマーセンターの歴史と規模の推移。6年で7倍に拡大
弥生株式会社 顧客サービス本部 札幌カスタマーセンター センター長 西部淳子氏

 プレスツアーでは実際に、カスタマーセンターの中を案内してもらい、札幌カスタマーセンターのセンター長である西部淳子氏と、テクニカルサポート・インフォメーション・サービスの各セクションのスーパーバイザーに話を聞いた。

 弥生製品に関する問い合わせは、圧倒的に、年末調整の12月から確定申告期限の3月までに集中する。そこで、自社スタッフのエリアのほかに、繁忙期に手伝う業務委託のエリアが設けられている。シフト制をとっていないため自社スタッフは固定の席が決まっているが、業務委託のエリアはフリーアドレス制をとっている。

 新人はまず、3日間の共通研修を受け、その後に部門ごとの研修を受ける。テクニカルサポートでは1.5カ月程度となる。会計ソフトのサポートには簿記会計の知識が必要となるが、必ずしも事前に知識や経験は求められず、製品知識から業務知識まで研修で学ぶ。研修は一度だけでなく、以後も定期的にフォローアップを受けるという。

 「人が増えてくるとやりかたも変わっていくので、日々改善して次の研修に生かしていきます。最初の2~3年ぐらいは、ひたすら暗記して、いっぱいいっぱいになって、辞めてしまう人も多くいました。そこで、原理原則や要素のつながりをもとに、自分で考えることを教えるようにしました」と西部氏。岡本社長も「業務サポートが増えるなど、学ばなければならないことは増えていくので、詰め込みでは追いつかない」と説明する。

 応対するREPの人も、製品知識から会計知識、業務サポートまで、スキルレベルによって回答範囲が分かれている。ユーザーが電話をかけたときに、ユーザー番号や選択肢により製品や質問のカテゴリーを切り分け、適切な担当に振り分けるようになっている。経験の浅いスタッフによる一次対応と、経験の長いスタッフによる二次対応を組み合わせることもしている。

 「お客さまはいろいろな言い方をなさるので、最後までじっくりと話を聞いて要件を特定していく必要があり、そのための訓練や経験も重要です」と西部氏は付けくわえる。

 中小企業や個人事業主が多いことから、人間的なエピソードもある。「そっち札幌? 大阪? 札幌は寒い?」など世間話が続くケース。ハガキを出し忘れてあわてて電話して「会社の人には内緒にしてほしい」と頼むケース。回答したあとから長文の感謝の手紙や、菓子が届くこともあるという。「会計ソフトでは、毎年同じ時期に問い合わせる常連の方もいて、『今年もよろしく』と言われると、カスタマーセンターは安心感も重要なんだなと思います」(テクニカルサポート担当)。

内部スタッフのエリア
対応状況が壁に映し出されている
業務委託エリアの空席。繁忙期にはここに人が入る。当初はシンクライアントを試したが、今は1人あたり2台のPCのうち、1台のみだという
本物の席と同じ設備の研修室。繁忙期には、ここもオペレーションに使うことがあるという
札幌カスタマーセンターのテーマの「ひまわり」。大阪カスタマーセンターから北国へのエールだという
製品パッケージにも写っているイメージキャラクター皆藤愛子さんのサイン入りポスター

問い合わせ数が1.5倍の「2014年危機」を乗り切る

 札幌カスタマーセンターは、比較的短い期間で拡大してきた。特に2013年には、220席から一気に200席を増やして、現在の420席となった。その背景には、同社カスタマーセンターの「2014年危機」への危惧があった。

 2014年には、4月に消費税引き上げがあり、その対応のためユーザーからの質問が多数寄せられることが予想された。さらに、同じ4月にはWindows XPのサポート終了もあり、PC移行のための質問が激増することも予想されていた。一方、前述したように、問い合わせは毎年、12月から3月に集中する。

 この「2014年危機」に備えて、大阪と札幌のカスタマーセンターを強化。両カスタマーセンターで合わせて、床面積948坪、席数420席を増やした。また、「人数を増やせばそのぶん対応件数が増えるというものではない」と岡本社長が説明するように、リソースを増やすのとあわせて、対応率の向上を図った。

 そのために、まず、「人を育て、生産性向上とスキル蓄積を図る」「計画に基づき、PDCAを回す」「コールを能動的に制御する」の3つの方針を掲げている。その具体策の一つとしては、正社員業務職制度を設けた。従来は契約社員が中心の上、契約社員から正社員への採用は年間1~2名程度だった。これを年間約40名に増やし、正社員比率を拡大。取材時点で20.3%、10月には34.4%になる予定だという。「これにより、安心してキャリアを蓄積してもらう」(岡本社長)ことが可能になっている。

 さらに、会社のミッション/ビジョン/バリューの全社員での再共有や、フォローアップ研修の強化など、さまざまな施策を組み合わせた。

 その結果、まず12月の年末調整時期に、着信数が16%増えても処理件数が48%と大幅に増え、平均対応率が72.3%から89.4%に伸びた。最終的には、通常は年間80万件強の問い合わせ対応件数のところ、2014会計年度(2013年9月~2014年8月)は約1.5倍の125万件が予想されているという。

 「消費税対応やXP対応では、本当に多くの問い合わせをいただいた。合格とまでは言わないが、健闘したとは言えるレベルだと思う」と岡本社長は語った。

消費税引き上げとWindows XP終了により問い合わせ増加が予想された
問い合わせは毎年12月~3月に集中する
正社員業務職制度により正社員比率を拡大
まず12月の年末調整時期に対応率を大幅改善
前年度比1.5倍の問い合わせ対応が予測されている

クラウド版の有償サポートも予定

 冒頭にも書いたように、弥生は「業務ソフトメーカーから事業コンシェルジュへ」という言葉を掲げている。

 その一つとして、業務相談サービスを徐々に拡充していることを岡本社長は説明した。2015会計年度(2014年9月~)には、経理業務相談にも対応する。

 また、問い合わせを不要にしていく、つまり問い合わせる前に解決していく取り組みも語られた。問い合わせ履歴を分析して、製品の仕様やサポート用のWebコンテンツに反映していくという。具体例としては、年末調整において作業の流れがわかるよう「年末調整ナビ」機能を導入したことや、Webでの動画などを使った確定申告専用コンテンツなどが挙げられた。これにより、ユーザーが増える一方で、問い合わせ率が減ったという。

 そのほか、動画共有サポートや、法令改正や新サービスなどについて弥生からユーザーに問いかけるアドバイザリーデスク、Twitterで確定申告などに関する不安の声を発見しアドバイスするアクティブサポートなども紹介された。

 さらに、「やよいの白色申告 オンライン」「やよいの店舗経営 オンライン」で提供しているクラウド上のサービスについても言及。現在は有償サポートを設けていないが、「デスクトップと同じように複数プランでのサポートを予定している」と、岡本社長は語っている。

業務相談サービスの拡充の歩み
問い合わせを不要にしていく取り組み
ユーザーが増える一方で、問い合わせ率が減った
Twitterで確定申告などに関する不安の声を発見しアドバイスする

高橋 正和