特別企画
人事異動による1500台の変更、わずか5日で実稼働へ
~現場で磨き上げられた仮想デスクトップの設計・運用ノウハウに迫る
(2014/7/22 06:00)
トップレベルの規模と難易度で培ったノウハウ
もしも、自分がこんなプロジェクトリーダーだったとしたら……、と仮定して少し考えてみて欲しい。
西日本全域に十数ものグループが展開され、非常に複雑な数百もの組織と、8万を超える大規模アカウントを抱える企業において、人事異動の発令からわずか5日間で、しかも数千台ものユーザー向け仮想デスクトップ環境を“すみやかに業務に使える状態”で用意しなければならない。
「せめて人事情報だけでも先行して内々に入手できれば」、「もう少し期間に余裕があれば」、「コストと人員が豊富なら」――とボヤきたくなるところだが、このような規模も難易度もトップレベルの環境構築や運用を独自のノウハウで淡々とこなしてきた企業が存在する。
NTT西日本グループで情報通信ネットワークのエンジニアリング部門(構築、運用、保守)を担ってきたNTTネオメイトだ。
「AQStage(アクステージ)」と呼ばれるブランドで、近年、仮想デスクトップサービスなどを積極的に展開していることで話題の同社だが、その背景にはNTT西日本という巨大で、複雑なグループ社内OAシステムの構築を一手に担ってきたノウハウが豊富につぎ込まれていることは、実はあまり知られていない。
実際に、同社がどれほど困難なプロジェクトを実行しながら、仮想デスクトップ環境のノウハウを蓄積してきたのかをNTTネオメイト プラットフォームサービス推進部 グループOA部門営業担当 前原慎太郎氏、プラットフォームサービス推進部仮想化技術センタ 西村卓馬氏、サービス推進部 AQStageサービスサポート担当 北田隆文氏に話を聞いた。
短期間で大量の仮想デスクトップ環境を展開するために
まずは、プロジェクトの詳細について、整理してしておこう。今回、同社が実例として開示してくれたプロジェクトは、冒頭でも取り上げたNTT西日本グループの人事異動にまつわる仮想デスクトップ環境の準備だ。
NTT西日本では、グループ全体で、現在、8万5000台の端末を稼働させており、そのうちの3万5000端末が仮想デスクトップ環境(DaaS)として運用している。このうち、2014年7月の人事異動で、約1300端末の新規追加、約300端末の変更、約500端末の削除を実行することになった。
規模の大きさだけでも困難さがうかがえる事案だが、プロジェクトを統括した前原氏によると、「今回のプロジェクトの最大の目標は、人事異動の情報が確定する6月26日から、本番となる7月1日までに異動に関わる作業を間に合わせることでした」と、異例なほどにスピードが重要視されたことを語った。
同グループの人事異動は、一般的に任命の1週間前という直前に発令され、発令前はプロジェクト担当といえども情報を入手することはできないと言う。このため、異動に関する情報を確定させてからの作業期間は、実質5日ほどしかないことになる。
プロジェクトグループでは、この短期間での作業に対応するために、独自の工夫を施すことになった。
申請作業の正確性向上と高速化だ。
同社では、発令された人事情報を元に、各部署の担当者が新任者用の端末を追加したり、不要になった端末を削除するための申請を実行し、それをベースにNTTネオメイト側で仮想デスクトップ環境を準備するという手続きが取られている。これは、異動する人数が多い上、複数の企業と組織の異動の詳細をシステム担当側で一元的に調査して対応することが難しいためだ。
この手続きは、従来、各部門から上げられるExcelシートによる申請を元に行なわれていたが、名前や部署名などの表記ゆらぎやミスが多いことが問題となっていたという(前原氏)。短期間で作業しなければならないことを考えると、この修正や確認にかかる手間が大きなロスとなってしまう。このため、前原氏らは、申請用のプログラムを独自に作成し、各部の担当者が入力した申請情報をActive Directoryのユーザー情報と突き合わせてチェックし、ミスなく、スピーディに申請できるしくみを新たに導入した。
以前のExcelベースの申請であれば、チェックするだけでも1件あたり10分前後、千件を超える変更で膨大な手間がかかっていたが、これが自動化によって時間的にはほぼゼロにできたことになる。
もちろん、今回のケースは自社グループ向けの工夫となるため、同社が一般向けに扱っているAQStageでも同じ対応ができるというわけではない。しかし、このような短期間での導入実績があり、そのために独自の自動化ツールを開発できる技術力があるかどうかは、実際に仮想デスクトップサービスを導入する際の業者選定基準として大いに参考になるところだ。本当の意味でのベンダーのソリューション力が問われる点と言っていいだろう。
設備的な制約がある中、リソースの有効活用と大幅なスピードアップを図る
西村氏によると、今回の人事異動では、リソースのやりくりにも相当な工夫をしたという。「設備的に余裕がある状態での人事異動であれば、単純に端末を追加し、後から不要なものを削除するといった方法でも対応できます。しかし、今回は、すでに想定されている収容数に近づいている中で、どのように新規の追加や変更、削除をやりくりするかが悩ましいところでした」。
具体的には、玉突き方式で、削除と新規追加を一度に実行することで対処したという。プール(仮想デスクトップを収容する論理的な単位。基本的に組織ごとに作成)の収容数が一定の範囲を超えると、パフォーマンスに影響が出てしまうため、6月30日となる本番前日の深夜、異動で出て行く端末をオフに、新規追加する端末をオンにするという処理を同時期に実行。電源の入れ替えによって玉突き方式で交換し、最終的に帳尻を合わせるように、プールの台数をもとの制限に戻すことにしたというわけだ。
同様のリソース有効活用の工夫は、前述した申請用のツールにも施されている。前原氏によると、従来の方法では、Excelベースの申請書をシステム担当が受け取り、そのユーザーの組織からプールを判断し、空きを見つけて、端末を割り当てたり、プールが一杯になったら別のプールを利用するというように、人が判断していた。
しかし、今回のケースでは、申請用ツールに自動採番と呼ばれる機能を追加し、この処理を自動化することに成功している。ツールが申請を受け取ると、自動的にプールから空きを見つけ、そこに端末を収容するように設定できる。
設備的に制約がある中で、どのような設計をするかをツール側で自動的に判断することで、リソースの有効活用と、大幅なスピードアップを図れたことになる。
想定外の事態も発生したが、定期チェックで発見し本番前に対処
このように、あらゆる事態を想定し、事前に可能な限りの手を打っていたNTTネオメイトのプロジェクトチームだが、想定外の事態も発生した。
前原氏によると、本番の7月1日となる早朝に、定期的にチェックとして実行しているスクリプトで、申請とは異なるディスク容量が割り当てられているユーザーが見つかったという。
詳しく調査してみると、端末を設定する際のスクリプトに一部仕様が異なる部分が見つかったため、即座に修正し、ディスク容量を割り当て直すことに成功したとのことだ。
通常、このようなトラブルとまでは言えない事態は、本番まで見逃されがちで、ユーザーが使い始めてから報告されるケースが多い。
しかし、NTTネオメイトのケースでは、ユーザーが実際に利用を開始する直前までチェックを繰り返していたことから、このような不整合を事前に発見し、本番前に修正することに成功している。最後の最後までチェックを怠らないことの重要性をあらためて認識させられた。
運用体制をいかに充実させるか
本番後の運用にも万全の体制が整えられた。サービスデスク担当の北田氏によると、「ホテルのコンシェルジュのようなサービスを目指しており、仮想デスクトップ環境だけでなく、IT全般に関わるユーザーからの問合せに、広く対応できる体制を整えている」という。
仮想デスクトップサービスの場合、あらかじめ部署単位に用意したマスタをベースに端末を展開できる。このため、端末本体へのアプリのインストール作業など繁雑な設定が不要で、そもそも問合せ自体を少なくできるメリットがあるが、NTTネオメイトではさらに効率的な運用を実現するための体制を整えているという。
具体的には、これまでのNTT西日本での運用をベースにした豊富なナレッジの蓄積だ。これは、ユーザーからの問合せに対して、豊富な事例から最適な回答ができるのはもちろんのこと、そもそもユーザーが問合せをしなくても自己解決できるようなFAQを提供するといった工夫となる。
前述したように、NTTネオメイトでは、これまでにトータルで8万5000台、仮想デスクトップで3万5000台のクライアントを管理してきた実績がある。ここで蓄積されたナレッジは、相当な数と質であることは容易に想像できる。
これにより、事前の計画から、導入、そして導入後の運用まで、万全の体制で、膨大な数の人事異動プロジェクトを無事に遂行することができたわけだ。
仮想環境の導入を検討している場合、ユーザーの教育や問合せにどう対応するかも重要な課題となる。見逃してしまいがちだが、このようなノウハウの豊富さも業者選定基準として忘れてはならないポイントと言えそうだ。
仮想化の技術力とは何か
今回の事例では、時間的、設備的な制約の中で、いかに効率的かつ確実に、仮想デスクトップを展開するかに数々の工夫がなされていることがわかる。
このような事例を見ると、仮想化による真の「技術力」とは何なのかを真剣に考えさせられる。
「仮想化に関わる技術力」といえば、おそらく一般的に思い浮かぶのは、VMWareやCitrix、Hyper-Vなどのテクノロジーに関する知識だろう。
もちろんそれも重要なのだが、今回の事例を見ると、そうした知識はソリューションで求められる技術力のうちのほんの一面に過ぎないことがよくわかる。実際にシステムを構築、運用するには、企業ごとに存在する独自の、そして複雑な数々の課題に直面することになる。
そう考えると、重要になるのは、課題や問題を予見し、具体的なソリューションを提供する力だったり、突発的なトラブルを解決するための力だ。これこそが、仮想化にかかわる真の「技術力」と言えるのではないだろうか。
前述したNTTネオメイトでは、仮想化技術センターと呼ばれる専門の部署を創設し、大規模かつ複雑なシステム構築や運用を実際に手がけながら、このようなソリューションのノウハウを培ってきたという。
同部門の最終的な目標は、前原氏によると「完全な自動化」で、各部署の担当者がツールで申請すれば、その場で、すべて自動的に用意されるようになることだと言うが、すでに半ば達成され、完全に自動化されることも、そう遠くはないのではないかという印象だ。
正直なところ、NTTネオメイトという企業には、仮想デスクトップを提供するどこにでもあるベンダーというイメージしかなかった。今回、実際に直近の事例を具体的に聞いて、その技術力の高さに驚かされた印象だ。もっと突っ込んだ取材をすれば面白いネタが出てきそうだ。今後もNTTネオメイトに注目していきたい。