京速コンピュータ「京」が10ペタフロップスを達成~理研と富士通が共同開発
独立行政法人理化学研究所と富士通株式会社は11月2日、共同で開発中の京速コンピュータ「京(けい)」がLINPACK性能で10.51ペタフロップスと、目標であった10ペタフロップスを達成したと発表した。
今回計測に用いた「京」のシステムは、864筐体(CPU数8万8128個)をネットワーク接続した最終構成となる。実行効率は93.2%で、今年6月に世界のスーパーコンピュータランキングTOP500リストで第1位になった際に登録した93.0%を上回った。
左から、理研 次世代スーパーコンピュータ開発実施本部プロジェクトリーダー 渡邊 貞氏、理研 計算科学研究機構長 平尾公彦氏、富士通 執行役員副社長 佐相秀幸氏、富士通 次世代テクニカルコンピューティング開発本部 本部長 追永 勇次氏 |
■「世界に誇れるスパコンを作りたい」
理研と富士通は共同で、文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HCPI)の構築」計画のもと、2012年11月の共用開始を目指して京速コンピュータ「京(けい)」の開発を進めている。
理化学研究所 次世代スーパーコンピュータ開発実施本部 副本部長 計算科学研究機構 機構長の平尾公彦氏は、「今回、目標であったLINPACK性能10ペタフロップスを達成し、世界に先駆けて達成できたことを大変嬉しく思っている。共同開発のパートナーである富士通の努力で、システムの開発・製作が順調に進められたこと、3月11日の東日本大震災後、部品調達や製造への影響もあったが、その影響を最小限に抑えることができたことなどが、今回の成果につながった。関係者が京の製作に全力を傾注してくれた。わが国の高い技術力を誇りに誇りに思っている」と喜びを語った。
また今後について、「今後は、システムソフトの整備をすすめ、来年6月に完成する予定。この世界最高のスパコン『京』は11月に本格稼働するが、できるだけ多くの人に使っていただいて、その成果がブレークスルーにつながるようにさらに努力していきたい」と述べた。
富士通株式会社 執行役員副社長 佐相秀幸氏は、「世界に誇れるスパコンを作りたい、それは単に高性能を追求するだけではなく、省電力であること、高い信頼性、誰にでも使いやすいということ、これらの相反する要素を同時に達成することにこだわった。そのため、世界最高レベルの省電力性能を誇るCPUやそのCPUを8万個以上連結するネットワークなど、さまざまな新規開発を重ねた。その成果が、今年6月のTOP500で京が世界一を獲得した際に、電力効率、実行効率、連続稼働時間などがTOP500平均に比べてきわめて高いことで確認された。今回それらの数値をさらに上回ったが、引き続き努力していきたい」とコメント。ペタフロップスの数値だけが注目されがちだが、省電力性能、実行効率などで最高レベルの性能を実現したことを強調。
富士通としては、「『京』が設置される理化学研究所が、世界最先端の研究機関となり、環境問題や資源問題をはじめ、人類が直面するさまざまな課題の解決、また国の国力の強化に向け、優れた研究成果を多数生み出すことを願っている」と述べた。
「京」最新整備状況の写真 |
「京」の正式稼働後の用途について平尾機構長は「当然のことながら、京の威力を発揮できるようなシミュレーションをやってみたいとみんな考えている。『京』を使うことでブレークスルーを達成できると思われる5つの分野――生命科学、物質科学(エネルギー)、地球科学(地震、気象)、ものづくり、基礎科学(宇宙の創生や物質)を想定している」と想定用途を挙げた。
研究機関だけでなく、企業など産業界で利用可能なのかという質問には、「日本の技術者は、これまでにも世界でも優れた成果を上げてきている。そのコミュニティの人々が、『京』ができたらこんなことをしようと考えておられる。『京』のフル性能を必要とするプロジェクトも中にはある。提案書を書いていただいて、それがいいものであれば産業界でも京を使っていただける」として、企業利用も認める方針だと述べた。
国のプロジェクトなので「京」の利用成果は公開が原則だが、企業ではシミュレーション結果などを自社で持ちたいとするケースも考えられるが、平尾機構長は「当然そうしたこともあるだろうと思っている。その場合は、成果を公開・共有しない代わりに、使用料をいただくといった対応も考えられる」とコメント。企業がパテントを得るような技術開発用途での使用も排除しない考えを明らかにした。
また、海外の研究者の利用について富士通の佐相氏は、「世界的な傾向として、その国に閉じることなく、グローバルに研究を進めようという流れになっている。『京』は非常に威力のあるスパコンなので、まずは日本の力を高めるために使いたいが、人類が抱えている問題にはグローバルな解決を図らなくてはならないものがたくさんある。そういった問題については、海外の研究者とも手を携えて解決に努力したいと考えている」と述べ、まずは国内の研究課題プロジェクトを優先するが、「京」の性能を必要とし、人類のグローバルな課題解決に寄与するテーマであれば、海外の研究者の利用も排除しない考えを示した。
■「京」開発のスケジュール
「京」の開発状況については、理化学研究所 次世代スーパーコンピュータ 開発実施本部 プロジェクトリーダー兼副本部長 計算科学研究機構 統括役 渡邊 貞氏が説明を行った。
「京」は、昨年9月末に計算機本体の搬入を開始、当時8ラック、8筐体だった。以後毎週8~16筐体、ピーク時期は32筐体が搬入・設置され、今年8月末にすべての計算機本体の搬入設置が完了した。「その間、東日本大震災で搬入・設置がストップした時期もあったが、その後は順調に設置が行われた。」(渡邊氏)
現在は、ハードウェアとしては完成しているが、この超大規模システムの上で動くシステムソフトウェア――オペレーティングシステム、ファイルシステム、ジョブ管理システム、開発用ツール、スケジューラ、コンパイラなど――の開発および整備を進めている段階だ。
システムソフトウェアは、コンパイラに2ペタ、ジョブ管理システムに2ペタ、といった形でおよそ2ペタ程度で分割して開発しているが、たとえば入出力のデータ管理のオーバーヘッドを少なくしてスケーラブルにI/O性能も伸びるようにするなどのチューニングを行った上で、2012年2月にシステムをつなぎこむ。その後さらにチューニングを行い、6月に完成。6月からは運用環境を構築し、11月より共同利用を開始する。
「京」のサービス提供は11月からだが、すでに今年4月から一部のアプリケーションユーザーに「京」の性能の一部、2ペタほどを提供している。11月のシステム正式稼働後、できるだけ早く「京」を使って成果を出せるよう、すでにアプリケーションを動かしてチューニングを始めている。
■10ペタの先~エクサ級スパコンの時代へ
10ペタフロップスを達成したが、米国や中国はもう100ペタや200ペタといったスパコンの開発プロジェクトの話が出ているが、という記者の質問に理研の平尾機構長は、「いままでの発展からいえば、2015年あたりには100ペタ級のマシンができるだろう。これは『京』の10倍なので、到達可能だろうと思う。日本もおそらくその方向にいくんだろうと考えている。100ペタマシンになると、技術的に解決しなければならないいろいろな課題がある」と述べた。
理研の渡邊氏は、「京の100倍となるエクサ(100京)フロップス級のスパコンの開発が現在いろいろなところで計画されている。このエクサ級スパコンで一番の問題は電力。『京』でも1年間ずっと使ったとすると、電気代だけで1億円かかる。世界的にも、たとえ性能が向上してもこれ以上電力を使うのは許されないという状況になっている」とエクサ級では消費電力が最大の課題になると説明。
「いまの電力で100倍の性能を得ようとすると、アーキテクチャ上でさまざまな工夫が必要になってくる。低消費電力のコアを使うとか、グラフィックアクセラレータを乗せるなど、さまざまな研究開発が必要になる」と述べた。
平尾機構長は、「科学者たちはピーク性能が高いものということだけではなく、安定して動く、本当の意味で科学的な成果を出せるマシンを必要としている。それには処理速度だけでなく、さまざまな要素が絡んでくる。『京』のトランジスタの数は60兆で、これは人間ひとりの細胞とほぼ同じくらいの数になる。人間の細胞は傷ついても自己修復するが、コンピュータはそういうわけにはいかないので、壊れたところをよけて稼働するなどのアーキテクチャも必要になる」と安定性があってはじめて高性能が活かされることを強調した。
また、スパコンはどういった用途に使われるのかという質問に平尾機構長は、「それまで扱えなかった複雑な問題などが扱えるようになる。たとえば、創薬の分野ではタンパク質の変成などさまざまな計算をしようと思っても、現在は性能が足りないためにできない。不確実性をいかにシミュレーションするかという問題だが、これは単なるオリンピックの競争みたいなものではなく、アンサンブル的計算が重要になってくる」と説明。
「いまの京=10ペタフロップスが、科学のtipping point、tipping timeになると考えている。これからもスパコンの開発は進んでいくだろうと信じている」と述べ、「京」の先を見据えたスパコン開発への意欲を見せた。