IT業界の有志が「Project ICHIGAN」結成

災害対策・業務継続性を考慮した自治体向けITシステム提案へ


プロジェクト発起人代表の榊原 彰氏

 東日本大震災では、市町村役場の建造物や職員も被災したことで被災当初は自治体サービスの提供も困難になった。戸籍情報や住民台帳などのデータが津波で失われたケースもあり、自治体の運営に支障をきたしている。また、自治体ごとに個別に作り込まれたシステムはり災証明の発行などが非効率的な運用となっている場合もあり、被災者の生活を直撃している。

 こうした現状を受け、IT業界の有志がTwitterでの呼びかけをきっかけに、「Project ICHIGAN」を結成。「Project ICHIGAN」は、広域大災害などの危機的状況においても迅速かつ円滑に被災地域の自治体業務が再開できるよう、業務継続性を考慮したITシステムを提案し、その実現を目指すための体制作りを支援することを目的とする。非営利プロジェクトで、メンバーはすべて報酬ゼロのボランティアとして参加する。

始まりはTwitterの呼びかけから~数カ月程度でドラフト公開を目指す

 3月下旬、最初に呼びかけを行なったのは日本IBMの榊原 彰氏。これにマイクロソフトの萩原正義氏や株式会社豆蔵の羽生田栄一氏らそうそうたるメンバーがこたえ、「Project ICHIGAN」の発足が決まった。プロジェクトの結成を記念して、5月25日に「Project ICHIGAN 前夜祭」が開催された。

 プロジェクトの代表を務める榊原氏は、プロジェクト名について「ICHIGANという名前は、ご存じの通り、みんながひとつの目的に向かってがんばろうという意味」とICHIGANの意味をあらためて確認した上で、その目指す目的について「これから復興に向けてITを再構築していく時に、今回の教訓を生かしたシステムデザインを構築することをICHIGANでは目指している」と説明した。

 「報道などを見ていると、り災証明ひとつ出すにも、住民台帳などのデータが失われてしまうとどうにもならないという現状がある。災害に備えてデータのバックアップを取ろうというアーキテクチャは数多くあるが、ICHIGANでは、災害を受けた時、瞬時に他の被災していない自治体がオペレーションを代行できるようなシステムを目指している。そのために今回、ITの開発者、技術者の方々に集まっていただいた」とプロジェクトの目的を説明した。

 また榊原氏は、「数カ月以内に、ドラフトの一部分でもいいから公開して、みなさんの意見をいただきながら改訂を重ねるという形になる。終わりのないプロジェクトだと思っているので、みなさんのご協力を得て進めていきたい」と具体的な目標時期も設定。プロジェクトは、基本的にすべてをオープンな形で進めていく方針だという。

 また、発起人は本業でも業務システム開発などに携わっているメンバーがほとんどだが、本業とは切り離してプライベートな時間を使って活動していく。

プロジェクトの宣伝部長を買って出た匠Lab 萩本 順三氏榊原氏と発起人のみなさん(の一部)
ユーザーエクスペリエンスグループのリーダーを当日振られたサイトフォーディーの隅本章次氏同じく当日セキュリティのリーダーをふられた統計数理研究所の丸山宏氏(写真左)

 

アーキテクチャを共通化し、業務継続性を担保できるシステム作り

 プロジェクトではシステム横断要求検討、アプリケーションライフサイクルプロセス、ユーザーエクスペリエンス、アプリケーションアーキテクチャ、データアーキテクチャ、インフラアーキテクチャ、のグループが設けられ、全体の方向性や重要事項についての決定を行うアーキテクチャボードと進捗管理などの調整を行うマネージメントオフィスが統括する形となる。

 Project ICHIGANの前夜祭で配布されたコンセプト文書では、「都道府県や市区町村の住民サービスは多くの部分が共通であるにも関わらず、個別要件を作り込んだものになっている。本来、共通化できる内容はアーキテクチャやテクノロジーを共通化し、個別の実装とは切り離して考える必要がある」点を課題としてあげている。

 また目的は、「広域大災害などの状況においても迅速かつ円滑に被災地域の自治体業務が再開できるよう、自治体の区分を超えて災害対策・業務継続性を考慮したITシステムを提案。その実現を目指すための体制作りを支援する」ことをあげる。

 具体的な活動としては、1)複数の自治体で相互にカバーできるアーキテクチャ参照モデルを作成、2)参照モデルの周知を図るとともに採用に向けて推進、3)モデルの採用を広めるためにワークショップやシンポジウムを行う上で収益を得ることがあればすべて義援金として寄付する、4)被災地域の技術者との交流と支援、5)これらの活動内容を日本だけでなく世界に向けて発信する、の5つを柱とする。

 アーキテクチャ策定にあたっては、既存の標準やガイドラインから取り入れられるものは極力利用し、一方で特定の実装や製品に依存するアーキテクチャとしないことを基本方針とする。

前夜祭で配布された、Project ICHIGANのコンセプトをまとめた文書

 前夜祭では、「ITで日本を元気に!」実行委員会発起人代表を務めるトライポッドワークス 佐々木賢一氏が乾杯の辞を担当。地元・仙台を拠点とした活動を行っている立場から、現状は東京などからの支援について「現状はまだ被災現場のニーズが届いていない、十分に拾えていない状況」「街がまるごと壊滅した地域もあり、長期の支援が必要」と被災地域の状況を説明。「ITで日本を元気にするために、Project ICHIGANにも参加し、被災地と東京の企画開発メンバーとをつなぎ、被災地のニーズを吸い上げる役目でがんばりたい」とコメントした。
 
 また前夜祭では、オペラ歌手の松尾香世子さんが伴奏なしのアカペラで「A Clare Benediction」「いつも何度でも」「赤とんぼ」を披露。会場の外を通りかかった人も立ち止まって聴き入っていた。松尾さんは、映画「千と千尋の神隠し」の主題歌である「いつも何度でも」の選曲について、「あまりにも被災地の状況に合いすぎていて、震災直後には聴かれる方にとって辛いのではないかと考えて歌えなかったと思います。2カ月あまり経ったいまならと選曲しました」とコメント。アンコールに応えて「Amazing Grace」を歌った。なお、松尾さんは、7月10日に開催されるチャリティコンサート「Live is Life!」でも「いつも何度でも」を歌う予定だ。

「ITで日本を元気に!」実行委員会発起人代表のトライポッドワークス 佐々木賢一氏。前夜祭の参加申し込みは定員100人が早々に埋まった。当日集めた募金94450円も全額寄付へ
前夜祭の司会を担当したケイズ セレクションの石塚啓子さん「Amazing Grace」を歌うオペラ歌手の松尾香世子さん
前夜祭で配布されたProject ICHIGAN宣言
前夜祭参加者の寄せ書き

 

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(工藤 ひろえ)
2011/5/27 00:00