IBMで最も成功した女性の1人が話す、自社の“変革への取り組み”とは?


 米IBM エンタープライズ・トランスフォーメーション担当シニア・バイスプレジデントのリンダ・サンフォード氏が来日。報道関係者を対象に、同社の「変革」への取り組みについて説明した。

 

IBMの歴史は、まさに変革の歴史

米IBM エンタープライズ・トランスフォーメーション担当シニア・バイスプレジデントのリンダ・サンフォード氏

 サンフォード氏は、IBMが全世界規模で取り組んでいる、同社「変革」の推進責任者。コア・ビジネス・プロセスの変革、グローバルにプロセスを支援および統合するためのITインフラの構築、イノベーションの促進、価値に基づいた文化の醸成などに取り組み、世界170ヶ国以上に展開する経営資源を、「標準化」および「統合」することで、経営基盤をグローバルに最適化する取り組みを主導している。そして、IBMの歴史のなかでも最も成功した女性の1人と位置づけられている人物である。

 サンフォード氏は、「先ごろ発表した2010年の業績が、IBMが創業以来、過去最高利益を達成し、第4四半期業績も四半期別では過去最高の収益となっていること、さらに年間6000件近い特許を申請しているのは、変革の成果によるものだといえる」とコメント。「今年、IBMは100周年を迎えるが、今後100年も存続する会社でありたいと考えている。そのためには、自分たちを再構築する必要がある。だからこそ、変革に対して力を入れている」などとした。

 IBMの歴史は、まさに変革の歴史だといってもいい。

 創業時の中核ビジネスは、はかりやタイムレコーダーであったものが、その後、汎用コンピュータによるハードウェアビジネスを主軸とする企業に転換。創立100周年を迎えた現在は、サービスを中核ビジネスと位置づけている。

8年間の変革では、大きく3つの段階を踏んできたという

 サンフォード氏は、この8年間の変革について触れ、「大きく3つの段階を踏んできた」と説明した。

 ひとつは、2002年からスタートした「部門間の共有、パートナーシップの強化」である。世界中で一貫したプロセスの採用と、ベストプラクティスの活用。そして、プロセスの標準化によって、無駄を省くといった取り組みを行ってきたという。

 第2フェーズは、2006年にスタートした「グローバルな統合」。社内に、優秀な人材とスキルが存在していることを認識し、これを適切な場所へ、適切なコストで展開。同時にサポート機能の合理化による効率化、徹底したプロセスの簡略化にも着手したという。
そして、第3フェーズが2010年からの「スマート化」。IBM自身が成長と生産性の向上、システムの最適化を通じて、それを実践。IBM社内には、大量のデータがあり、それを洞察に変え、より良い意思決定につなげていることを示しながら、その成果をクライアント企業に対して提供していく仕組みを構築したという。

 

ハイバリュー型ビジネスへの集中に取り組む、PC事業売却などもその一環

 IBMが取り組んできたのは、ハイバリュー型ビジネスへの集中だ。

 サンフォード氏は、2005年のレノボへのPC事業売却を例に出しながら次のように説明する。

 「IBMは変革への取り組みを進めるなかで、価値の高い事業に対して注力すべきだという結論を出した。それは、IBMが持つスキル、能力が、ハイバリューの領域においてこそ強みが発揮できると判断したためだ。これは強い意志を持って行った決断であった。PC事業や液晶事業、ハードディスク事業などは、ハイボリュームビジネス。これとハイバリュービジネスとは異なるものであり、2つの異なるビジネスを持つと管理がしにくい。そこで売却を決定した」と振り返る。

 サンフォード氏は、IBMの変革の成果が、実際の業績にも反映されていることを示してみせた。

 「IBMは、2007年に投資家に対して、2010年までのロードマップを示した。ここでは、1株あたりの利益を10~11ドルに増やすと約束した。当時はこの目標に対して懐疑的な意見もあったが、2009年には、1年前倒しでこれを達成し、さらに、2010年は上限とした11ドルをさらに上回る11.52ドルになった。これを実現したのは、ハイバリュー領域へリソースをシフトしたことが大きい」とした。

 IBMが選定したハイバリュー領域とは、「BAO(ビジネス・アナリティクス・オプティマイゼーション)」、「スマータープラネット」、そして「クラウド」だという。さらに新興国市場に対して注力したことも大きいとする。

社内でも多くのクラウド技術が活用されており、社内分析向けのBlue Insight Cloudは、16万3000ユーザーに利用されている

 特に、クラウドでは、社内でも数多くのクラウドを活用していることを示しながら、「IBMには、オプティマイゼーション技術、ミドルウェア製品、セキュリティ技術といったように、クラウド構築に必要な技術がそろっている。プライベートクラウド、パブリッククラウド、ハイブリッドクラウドといったあらゆるクラウドに対して、拡張性、安定性、耐久性を持った環境を実現できる。これを活用して変革を行っていく」とする。
その象徴的な存在が、Blue Insight Cloudと呼ばれる、社内向け分析用クラウドの存在だ。

 「成長と変革は、高度なアナリティクス(分析)によって実現されるものだ。IBM社内には、優れた分析ノウハウが蓄積されている。これを実現するのが、Blue Insight Cloudであり、財務、営業、人事といった部門の社員がセルフサービス型で利用できるようになっている。現在、1ペタバイト相当のデータが入っており、これをもとに、市場機会はどこにあるのか、成長市場はどこなにのか、そして、どこに営業リソースを投入していくのかといったことの洞察が可能になり、より良い意思決定と業績の成長が実現できる」とする。

 Blue Insight Cloudは、16万3000ユーザーが利用しており、95ものアプリケーションが移植されているという。また、サーバーのセットアップ時間が、従来は5日間かかっていたものがわずか1時間で完了することから、多くの社員の利用が可能になっている。
「GMU(グロース、マーケット・ユニット)に注力することが成長には必要な取り組みであり、そのためには、重たいインフラを構築することなく、新たな市場に素早く入っていく体制が必要である。クラウドの活用とともに、グローバルに展開する『センター・オブ・エクセレンス』にアクセスし、共有できる事例をもとに業務を支援する体制が構築できる」などとした。

2015年までのロードマップ
2015年のロードマップを実現する要素

 IBMは昨年、2015年に向けた新たなロードマップを発表した。

 「ここでは、売上高成長率、生産性、買収などに関しての目標が定められている。また、1株あたりの利益率を少なくとも倍増し、20ドルにする目標を掲げた。2010年のロードマップ目標を達成したように、2015年にはこの目標を必ず達成できるという自信を持っている」とする。

 ソフトウェアが部門利益の約半分を占めること、収益を200億ドル増加させること、1000億ドルのキャッシュフローを創出するなど、どれも意欲的な目標ばかりだ。

 そして、サンフォード氏は、2015年のロードマップを実現する要素として、「生産性をあげることと、売上高を増大させることの2つに力を注ぐ」とし、「アナリティクスへの投資」、「成長市場への注力」、「成長戦略における優れたショーケース化」、「買収戦略の加速」に取り組む姿勢をみせた。

 「生産性の向上においては、これまでは、プロセスのリーンイン化を進めてきたが、今後は、抜本的な簡素化をしていきたい。これは、価値のない活動、不必要な活動、適切ではない活動を特定し、それを排除していく取り組みだ。そこで生まれたリソースを、成長市場、価値のある市場にまわしていくことなる」とする。

 具体的な例としてあげたのが営業部門における生産性の向上だ。

 「営業現場では、プレセールスに時間がかかりすぎているという問題がある。注文のトラッキング、契約書の中身の精査、請求書の精算といったオフィス内のデスクワークに時間がかかってしまういうのが実態だ。この作業を簡素化、自動化、排除することで、お客さまと過ごす時間を増やすことができるようになる。この変革が、売り上げの増大に直結することになる」とする。

 一方で、買収戦略については、「買収のために、200億ドルを計上しており、数多くの買収が発生することになる。買収先をIBMに早く統合することが、短期間で収益を高めることになる。IBMには、買収担当エグゼクティブがおり、IBMの文化カルチャーに早く統合していく仕組みがある」などとした。

 さらにサンフォード氏は、「IBMに対する顧客の要望のなかに、ひとつの顔として、われわれと接してほしいという声がある」と前置きし、「事業部門をまたがり、エンド・トゥ・エンドで統合していくことが必要である。ハード、ソフト、サービスの部門が、それぞれの顔で顧客に接するのではなく、ひとつの顔として接する体制づくりにも取り組むことが必要」と課題をあげた。

 

引き続き変革していくための3つの要素

 サンフォード氏は、引き続き変革を実行するためには、「ビジネスプロセスまわりの合理化および効率化による、抜本的な改革」、「ITを活用した、コラボレーションの実行」、「文化の醸成と統合」という3つの要素が必要だとする。

 そして、「中でも、文化が組織の変革能力を作り上げることができる。またそれに失敗すれば、組織を壊すことにもなりかかねない」とする。

 「多くの時間をかけて、社員に対して、変革に対する説明をする。変革の中身を説明するだけでなく、なぜそれが必要なのかといった理解を深める。そして、さらに大切なのは、自らがどこで、どんな形でかかわるのかを理解してもらい、変革そのものに参加する意識を植え付けることである。それこそが変革の成功につながる。しっかりと時間をかけて、理解が促進されれば、あとは社員が変革を加速してくれる」という。

 そして、「ITは、社員がそれに対して、アイデアを出したり、コミュニケーション、コラボレーションを行ったりするためのツールになる」とした。

 社員の声を反映するために、ジャムセッションと呼ばれる、72時間という時間のなかで、全世界の社員とチャットで議論をしていく環境を用意。さらに、6週間に1回、SVPを集めて、どの変革を優先すべきかという議論を行うという仕組みも用意しているという。さらに、TAP(テクノロジー・アダプション・プログラム)という仕組みでは、新たなソリューションを開発した場合に、サイト上で公開し、別の人がそれを試したり、機能を追加したりすることができるようにするという。

 このようにITの活用によって文化を醸成し、変革を加速させているのが、現在のIBMの実態だといえよう。

関連情報
(大河原 克行)
2011/2/1 06:00