インタビュー

「開発者に向けてモバイル化とソーシャル化を支援する」~米salesforce.com ウォール氏

 「日本の開発者にとって、モバイル化、ソーシャル化がこれから重要な要素になる。salesforce.comは、それを強力に支援していきたい」と語るのは、米salesforce.comのテクニカルプラットフォーム担当マーケティングディレクターであるクイントン・ウォール氏。

 2010年に、最も影響力のあるForce.comブロガーの1位にランクされた実績もあるウォール氏は、Force.com CanvasやSalesforce Identity、Heroku Enterprise for Java、Salesforce Touch Platform Servicesといった、salesforce.comが提供する新たなツールを活用することで、モバイル化、ソーシャル化を促進できるとする。

 そのウォール氏に、salesforce.comのプラットフォーム戦略および、開発者が持つ課題解決に対する提案などを聞いた。

開発者の課題は既存アプリケーションの保守

――いま、開発者が持つ課題とは何でしょうか。

米salesforce.comのテクニカルプラットフォーム担当マーケティングディレクター、クイントン・ウォール氏

ウォール氏
 salesforce.comは、エンタープライズ開発者との強いパートナーシップを持っています。これらの開発者が抱えている課題は、既存のアプリケーションを保守、メンテナンスしながら、その作業を超え、次に向かっていかなくてはならないということです。しかし、多くの開発者はバッグログを抱えており、これらのバッグログを、いかにスピード感を持ってつぶすかということに追われている。

 その一方で、モバイル化やソーシャル化した次世代のアプリケーションを作るためにはどうすべきか、ということにも悩んでいる。われわれのマーケティング活動も、いかに開発者を「モバイル開発者」にしていくのかという点にフォーカスしています。

 開発者にモバイルアプリケーションを開発してもらうには、いま行っている作業から解放しなくてはならない。そのためには、何をするか。salesforce.comでは「民主化」という言い方をしていますが、アプリケーション開発環境を多くの人たちに解放していく必要があります。

 これまではアプリケーションを開発するのは開発者だけでしたが、ビジネスユーザーにもそれを作ってもらう環境を提供することで、開発者しかできなかったことを、ビジネスユーザーに肩代わりしてもらい、開発者は空いた時間を、次世代のアプリケーション開発に時間を割くことができる。

 salesforce.comのプラットフォームはスピード感が特徴であり、ビジネスユーザーに対してもスピードを持って、自分たちのためのアプリケーションを開発できる環境を提案します。

今あるレガシーシステムをどうモバイル化していくか?

――その一方で、開発者にとっては、新規のモバイルアプリケーション開発だけでなく、既存のアプリケーションをモバイル化する、あるいはソーシャル化する、といったことも重要な要素になっていますね。

ウォール氏
 salesforce.comでは、Force.com Canvasを用意しています。Force.com Canvasは、ほかのプラットフォームで作られた何千種類というアプリケーションや、PHPやRuby、Javaといった言語で作られたアプリケーションを、Force.comにシームレスにつなぐことができます。

 また、Force.com Canvasによって、レガシーアプリケーションをsalesforce.comに持ってくることができる。つまり、salesforce.comにとって、Force.com Canvasは、アプリケーションを増やすために、根幹ともいえるイネーブリングテクノロジーだともいえます。ユーザーに対しては、ユニファイドな体験を提供できるという点で重要なものです。

 ここで大切なのは軽量であること、そして、アジャイルであることです。バックエンドのレガシーなシステムをもう一度つくりかえるのは不可能です。いまある技術を使って、これまでのレガシーアプリケーションを、いかにモバイル化、ソーシャル化していくかが大切です。これに向けて提供しているのがForce.com Canvasです。

 またForce.com CanvasはJavaスクリプトのSDKでもあります。開発者は、ERPの知識以上に、Javaスクリプトの知識を持っているケースが多い。すでに持っているスキルセットを活用して、salesforce.comの環境に移行させることができます。

――Force.com Canvasに対する開発者の反応はどうですか?

ウォール氏
 Force.com Canvasには2つの要素があると考えています。

 ひとつは、ERPに代表されるような既存のアプリケーションを、Force.comという統一した環境のなかで利用できるという点。もうひとつは、Force.com Canvasを通じて、Herokuの技術などを活用し、新たなアプリケーションを作り出すということです。

 先日、ブログに投稿したのですが、既存のアプリケーションはゴーストタウンのようになってしまい、誰もそこにログインすることがなくなってしまっている。しかし、これらのアプリケーションは、ビジネスにとっては重要なものであり、すぐになくすことはできない。そこで、既存のアプリケーションと、新たなアプリケーションをひとつにして、「グレースペース」化するといったことが必要になる。

 一方、新たなアプリケーションという点では、こんな例があります。Concurというパートナーは、出張経費管理のアプリケーションを提供していますが、salesforce.comのオポチュニティマネジメント(営業案件管理)と統合することで、ソーシャルとつながり、単なる出張経費の精算だけでなく、その地域でどんなことが起こっているのかということも知ることができる。こうした新たなアプリケーション利用環境が、私たちがいうユニファイド・エクスペリエンスの提供につながるわけです。

 このようなソリューションを、マーケットプレイスであるAppExchangeを通じて提供することができるのも、salesforce.comの特徴だといえます。

アプリケーションの増加がIT管理者の負担になってはいけない

――AppExchangeには、ビジネスユーザーが現場で利用するようなアプリケーションが増加していますね。

ウォール氏
 確かに、ビジネスユーザーが、AppExchangeで提供されるアプリケーションを利用するケースは増えています。

 AppExchangeは、もともとユーザー自身が利用しているsalesforce.comのアプリケーションをさらに拡張したいという場合に、それを補完するアプリケーションを提供できる環境として設計しています。

 Concurの例であれば、ユーザーは出張管理のソリューションをゼロから作るのでなく、Concurが提供する出張管理のソリューションを活用することで、ユーザー自身は、本業のところに力を注ぐことができるようになる。

 一方で、Force.com Canvasを通じてHerokuを活用すれば、数多くの新たなアプリケーションがAppExchangeに登録されるようになりますし、また、マルチランゲージにも対応し、Javaの何千ものライブラリを使うことでき、これもAppExchangeのアプリケーションを増加させることにつながります。

 しかし、ここで大切なのは、IT管理者にとって、アプリケーションの増加が負担につながってはいけないということです。

――それはどういうことですか。

ウォール氏
 IT管理者は、いま活用しているレガシーアプリケーションに加え、AppExchangeで提供されるモバイルアプリケーションやソーシャルアプリケーションも、すべて管理しなくてはならなくなります。

 重要なのはこれをいかに一元管理できるかということ。いかにアクセスマネジメントをコントロールできているかということです。

 IT管理者は、ここに、Salesforce Identityを使ってもらえばいい。それにより、管理しなくてはならないさまざまなアプリケーションをシームレスに管理できます。

 そして、もうひとつの課題は、BYODのトレンドにどう対応するかという点です。社員は自分が個人的に所有しているタブレットやスマートフォンを利用したいと考えています。これには立ちはだかることはできず、受け入れざるをえない。BYODを受け入れないとモバイルやソーシャルの潮流には乗っていくことができないからです。

 ここでも、Salesforce Identityが重要な役割を担います。ひとつのユーザーIDだけであらゆるアプリケーションに入っていくことができ、あらゆるデバイスで利用できるようになります。

HerokuがJavaに対応した意義

――HerokuがJava対応になったことで、開発者にどんなインパクトを与えていますか。

ウォール氏
 Herokuの開発者には多くの成功事例があります。それに加えて、Heroku Enterprise for JavaによるJavaのサポートによって、これまでわれわれが入り切れていなかったエンタープライズのJava開発者に対しても広がりが出るようになります。

 また、これにより、Eclipseのプラグインも利用できようになった。Javaの開発者は、これまでの仕事の仕方を変えなくても、クラウド上でのアプリケーション開発が可能になるわけです。

 salesforce.comで稼働するアプリケーションの数はすでに250万本を超えています。そして、Javaへの対応は、アプリケーションの広がりだけでなく、開発者の数も広がりにもつながる。Javaの開発者は全世界で600~700万人いるといわれており、これだけの人たちが簡単に短時間にクラウド上でアプリケーションを開発してもらえるようになります。

 エンタープライズJava開発者は、各ユーザー企業が定めたポリシーやコンプライアンスを守らなくてはならない。そのなかにはアーキテクチャに関するルールも含まれます。Herokuでは「ビルドパック」を用意しており、これを利用すると自分たちが、どんな環境で仕事をするのかということを事前に定義することができる。ですから、Tomcatを使っているのであれば、どのバージョンで、どのライブラリを活用するのかということを環境として設定できるわけです。

――Salesforce Touch Platform Servicesの登場は、開発者にどんな影響を与えていますか。

ウォール氏
 開発者は、Salesforce Touch Platform Servicesを活用することで、モバイルプラットフォームに対応できるようになります。これは非常に大きな変化だといえます。

 ただ、それ以上に重要な点は、自分たちが作るオブジェクトやテーブルが、すぐにソーシャルAPIに対して、アクセスできるようになるということです。そして、エンタープライズのモバイルサービスは、一般的なマーケットプレイスに出ているモバイルストラテジーとはまったく異なり、信頼性が求められるアプリケーションでなくてはならない。そこにセキュアな環境を提供できるという点です。

 エンタープライズモバイルアプリケーションは、利用者を認証しなくてはならないですし、データ保護の観点でもセキュアな環境での利用が求められる。そして、一元化されたアクセスコンロトールが求められる。こうした環境をsalesforce.comは提供できます。

 南カリフォルニアのあるバイオテクノロジーの会社では、医師が利用するセキュアなアプリケーションを開発する際に、もともと持っていたForce.comのスキルを生かし、Salesforce Touch Platform Servicesを活用して、モバイルにも展開できるようにしました。Force.comのコンテナや、モバイルSDKを、Salesforce Touch Platform Servicesで活用し、認証やピンコードの保護、セキュアなオフラインストレージの活用などを実現しています。

 開発者は往々にして、アプリケーションをネイティブで開発するのか、ハイブリッドで開発するのか、あるいはWeb向けに開発するのかというように、サイロ型で考えがちです。だが、モバイルアプリケーションについては、一元化した形でサービスを提供しなくてはならない。どんなプラットフォームでも、どんな言語でも、どんなデバイスでも、サービスとして一元化した形で提供しなくてはならない。

 そこにSalesforce Touch Platform Servicesを生かすことができます。

 いま、モバイルアプリケーションの開発において、ひとつのトレンドがあります。それは、Evernoteとsalesforce.comをつなげるといったように、アプリケーションありきでサービスを考えるという点です。

 これまでの仕組みでは、Evernoteにメモをして、そのあとにsalesforce.comに戻り、アクセスするという仕組みでしたが、いまでは、Evernoteにメモすると同時に、それに関連するsalesforce.comのレコードと、その場でひもづけを行うといった動きがあります。それがユニファィドアイデンティティの実現につながるわけです。

お客さまに近づくための手段がソーシャル化とモバイル化

――ここ数年、salesforce.comは、ソーシャル化、モバイル化のメッセージを出していますが、企業はどの程度をそこに踏み込んでいますか。

ウォール氏
 どんなビジネスでも、どんな国の企業でも、この景気環境の下では、どうすればお客さまにこれまで以上によりよいサービスを提供できるのかということを常に考えていかなくてはならない。ソーシャル化とは、どうやって企業とお客さまとがつながるかということです。お客さまと近いところに行かなくてはいけない。そのための手段が、ソーシャル化であり、モバイル化です。

 そして、ユニファイドアイデンティティが重要になる。ユニファイドアイデンティティが、ソーシャルとモバイルを一緒にするキーワードになる。これを強く意識している企業でないと生き残ることはできません。そうした意識が経営者の間に浸透しはじめています。

――2012年12月6日に、東京・有明の東京ビッグサイトで開催したCloudforce Japan 2012では、ウォール氏も講演しましたが、日本の開発者の反応はどうですか。

ウォール氏
 私の講演は、立ち見が出るほどの盛況ぶりでした。開発者は、いま何かを作り始めなくてはならない状況にあります。ですから、いま何ができるのかを気にしている。それを強く感じました。

 このようなテクノロジーイベントでは、これからの技術はこうなる、こうしたビジョンを将来に向けて掲げているという話が多い。しかし、本来求められているのは、いま何ができるのかであり、そこに開発者の興味の対象がある。自分たちがいま何を使えて、どういうアプリケーションを作るのか。その意味で、salesforce.comは、Salesforce Touch Platform ServicesやSalesforce Identityといったコンポーネントをすぐに使えるものとして紹介することができる。だからこそ、プラットフォームに対する期待度が高い。

 それに対して、salesforce.comが提供できるツールも増えています。プラットフォーム上で、われわれのAPIを経由しているトランザクション数は、1日に10億トランザクションもあります。salesforce.comのプラットフォームに対する勢いがあることがここからも証明されます。

 私は、今回の講演を通じて、もっと日本に出張したいと上司に報告しましたよ(笑)。日本の開発者コミュニティは、salesforce.comに対する期待が大きい。非常にいい雰囲気がある。これを醸成していきたい。Cloudforce Japan 2012では、夕刻の時間帯に「Lightning Talks」というセッションを行ったのですが、ここでは、日本の開発者コミュニティが強力なものに育っているという印象を受けました。コミュニティのなかで、いかに助け合うかという「力」が生まれていることにいつも驚きます。これは日本でも同じです。

 いま、salesforce.comの開発者コミュニティには、全世界で80万人が参加していますが、2013年はこうした方々に向けて、大きなことを計画しています。ぜひそれを楽しみしてください。

――最後に、日本の開発者に対してメッセージを。

ウォール氏
 まずは、モバイル化、ソーシャル化に最優先で取り組んでほしい。これを実現するには、Touch Platformを利用していただくのが近道です。これにより、すべての開発者がモバイル開発者になることができる。私自身も、みなさんをお手伝いしていきたい。

 ぜひ、Twitterなどを通じて、私にアクセスしていただきたいと思っています。

(大河原 克行)