“クラウドの老舗”が語る日本経済の再生策とは?-パラレルス・富田氏


 パラレルスといえば、一般的にはMac向けの仮想化ソフトで知られるベンダーだが、実は、キャリア/xSP向けの仮想化・自動化プラットフォームの方が、ビジネスの割合としてはずっと高い。裏方の部分だけに、なかなか一般ユーザーの目からは見えにくい同社のビジネスは、どういう方向性で進められているのか。パラレルスの富田直美代表取締役と、土居昌博取締役に、話を聞いた。

10年前からやってきたことがクラウドだった

パラレルスの富田直美代表取締役【右】と土居昌博取締役【左】

――ではまず、パラレルスの事業状況を教えていただけますでしょうか?

富田氏:ワールドワイドでは、ホスティング事業者への仮想化・自動化ソリューションの売り上げが全体の75%で、(Parallels Desktop for Macなどの)よく知られているデスクトップ仮想化ソフトが残りの25%程度です。比率については、国内でもほぼ同じ状況ですね。

 ただし申し訳ないのですが、非公開企業のため、具体的な売上高などは申し上げられません。事業全体の状況についていえば、人数的な拡大もしていますし、ビジネスは年率45~50%程度伸びている。キャッシュフローも含めて、いい状態ではあります。

 

――各分野への製品開発の投資も、売り上げに比例して行っているのですか?

富田氏:当社ではご存じの通り、コンテナ(仮想環境)技術と、それをしっかりと管理するツールという対で、10数年やってきました。その拡充のため、いくつかの企業を吸収する中で、(デスクトップ仮想化を手掛ける)Parallelsを買収し、それまでのSWsoftから社名を変更した、というのがこれまでの流れです。

 ですから、根本的な開発は、仮想化と、それを簡単に運用するための自動化に注力しています。ただ、クラウドという世界になったときに、大企業のみならず誰でもがビジネスできる、ということも考えなくてはいけませんし、その流れの中で、一番お客さまに近いところになるデスクトップがあります。こうした、「買うITから使うITへ」という流れの中で、一貫して開発を行っています。

 

――今、使うIT、つまりサービス化へ流れているというお話がありましたが、こうした概念を踏まえて、今後のクラウドへの流れをどう見ていらっしゃるのでしょうか。

富田氏:パブリッククラウドの中で目立つのは、AmazonやGoogle、Microsoftなどの、いわば“巨人”企業です。Microsoftのように、ライセンスを売っていたものが、コンテンツを使ってもらう流れに変わっていますね。

 しかしこれは、パブリッククラウドサービスを積極的に提供する、というよりは、サービス化への変化の中で生き残る、あるいは事業を拡張するために、守り広げていくためにやっているわけです。それでも、多くの人は、“巨人”が提供するものに影響を受けるわけですから、ユーザーは今使っているものが、部分部分ではあっても、クラウドの中で使えるようになってきた。

 当社はこうした流れの中で、10年以上前から、(今でいうクラウド)サービスを使うためには、仮想化の技術も必要だし、PaaS、IaaSの技術も必要だろうということでやってきたのです。ビジネスを変えようとしたわけではなく、やってきたことがたまたまクラウドだった、ということです。

 

日本のSMBが持つ“いいソフトウェア”をみんなで使えるようにする

 では、自分たちがISVの立場だったら、と考えてみましょう。サービスを提供していくためには、MicrosoftやGoogleのように、お金をかけてすべてを自分たちで作るのか、それともこれらの会社の陣営に入っていくか、といった二者択一しかないように見えます。

 しかし当社では、そうではない、あなた方もMicrosoftと同じようなサービスモデルを自分たちで始められます、というメッセージを送っているのです。同じような仕組みを、1社ではなく何社にも提供できれば、十分戦っていけるのです。規模が小さくて、ITの専門家がいなくても、同じようにやれます、というメッセージですね。

 10年前から、多くの人に使ってもらうためにはどうしたらいいか、ということを考えて、一貫してやってきたのです。

 

――具体的には、どういった仕組みを提供できるのでしょうか。

富田氏:

最終的に実現するためには、まだ少し時間がかかるかもしれないのですが

 仮想化の仕組みと、その自動化、またインフラを自動的にオペレーションしていく管理の自動化、そして、その上にライセンス売りしていたソフトウェアを載せて、課金やプロビジョニングの仕組みを提供するプラットフォームは、すでにあります。これをさらに強化していく、というのが基本的なことですね。

 ただ、この仕組みの上で売れるものがなくては仕方がない。そこで、当社が2009年に作り、NPO団体として管理されているAPS(Application Packaging Standard)規格によって、新しい商品をプラットフォームに載せていくお手伝いができると考えています。

 実は、わたしは日本だからこそ、APSが大事だと思っているのです。

 

――それはまた、なぜでしょう?

 日本には、数百万社のSMBがあるといわれていますね。そこでは、自分たちに合ったものが欲しがい、ということで、恐ろしいくらい細かいソフトウェアを、皆さん特注して使ってきました。パッケージの場合でも、標準ソフトウェアではなく、カスタマイズしてくれということになります。世界で一番、こういう文化があるでしょう。

 その中には、いいものがとても多くあるはずです。その会社のために作ったものだから、ふつうはどこか別の会社に使ってもらうということはありません。売りようもないでしょうね。

 しかし、いいものをSaaS化すれば、もっと多くの人に使ってもらって、同時にお金も入って来ることになる。これは、日本だけが対象になるのではないですからね。中国が一番欲しがっているノウハウなどというのは、大田区のSMBが持っていたりするかもしれません。そうすると、(SaaSによって)公正に、みんなに提供するというメカニズムがあれば、SMBにとって、すごいもうけになる可能性があるわけです。

 そういう意味で、パラレルスが、世界の中では一番APSで貢献できるのではないか、という夢を持っているのですよ。話が大きすぎるかもしれませんが(笑)。

 

――しかし、そういう“いいもの”を掘り起こすのが大変そうですね。

富田氏:実は難しくないのです。SMBが使っているソフトウェアは、ほとんど自分たちで作っていないのですから。もちろん、著作権などがありますからそのままは使えませんが、作ったISVやSIerを掘り起こせば、比較的容易に探すことができるでしょう。

 

クラウドはもうバズワードではなくなった

――話は変わりますが、2010年のクラウドを取り巻く状況を見て、どう感じているのでしょうか。

富田氏:(Microsoftのような)“巨人”企業が次から次へとサービスを出してくる、という気がしています。そして、それぞれの囲い込んだ部分では、いろいろビジネスをしていますね。

 しかし、当社から見ると、穴が結構空いている、2~3年は遅れている状況だと見ています。当社が持っているものを、全部提供できてはいません。

 それでも、ビジネスの推進力としては、“巨人”企業はすごいものを持っているわけです。そういった企業がさまざまなものを出してくることによって、まだクラウドに足を踏み入れていない企業に対して、強い刺激を与えるでしょう。

 そういったことを踏まえて、本当の意味でのクラウド元年になるのかな、と期待しています。

 

――もうバズワードではないと?

富田氏:(手元にあるiPadを指して)これが与えている影響は大きいと思っています。皆さんiPhoneでもアプリケーションをいろいろと買っていますが、これがiPadになると、画面も大きくて、もうPCと変わりませんから、わたしも次から次へとアプリケーションを買ってしまっています。ボタンを押してソフトを購入する時代ですよね。

 で、iPadではまだ本体内にソフトウェアが入っていますが、それがインストールされたものなのか、クラウドのサービスなのかなんて、全然わからない世界になってきました。そうした状態に慣れると、何で何万円のパッケージを買わないといけないのか、という話になりませんか?

 今や、クラウドをブロックしているのは、ビジネスモデルを守るためのブレーキといえるでしょう。ビジネスですから、ビジネスモデルを守るのは当然ですが、消費者が賢くなって、破たんが目の前に来ている状況です。

 

――クラウドの方向性としてはどう見ていますか?

富田氏:ハイブリッドが現実的でしょうね。オンプレミスも残るし、クラウドも使える、そういった自由選択ができる形態です。ただ今後は、大きな組織でないと使えなかった、“スーパーな”ERPシステムなどが、(クラウドによって)小さいところでも使えるようになる。そうすると、SMBはまた強くなるでしょう。今までは道具がなく、スキルでカバーしてきたのに、システムのハンディキャップがなくなるわけですから。企業の大きさに関係なく、知恵のあるところが強くなります。

 だから、当社の今の事業は変わることはありません。そういうサービスをしたいなぁ、と思ったときに、お金をかかずに、すぐに立ち上げられる、それが強みなのです。

 

――パラレルスでは、そういったビジネスの話はしていても、ハイパーバイザーの性能など、そういった技術面でのお話はあまりありませんね。

富田氏:競合ベンダーはみな、エンジンの話ばかりをしていて、シャーシやタイヤや、デザインの話なんかしていないわけですよ。エンジンがいくら早くても、ハンドリングが正しくできなければ突っ込んでしまうでしょう? 当社は、その全部を作っているのです。

 本当は、エンジンでも勝てるのだと言いたくはあるのですが(笑)、やはり全体が大事だというメッセージを、一貫して発していきたいと思っています。

 

ターゲットはエンタープライズではない

――現在、エンタープライズはターゲットにしていないそうですが、そういった、完成度の高さを生かせば、エンタープライズでも十分戦っていけるのではないでしょうか。

富田氏:わたしもエンタープライズビジネスでの経験が長いですからよくわかっているのですが、エンタープライズは難しいですよ。「何かあったらすぐこい」、というサポートは、今の当社にはできません。

 

土居氏:実際には、エンタープライズで使っているユーザーもいます。

 ただ、エンタープライズでは、どれだけ安定性を持たせるか、そのために必要ならお金も使っていい、というのが一般的ですよね。エンタープライズの出発点は、コンプライアンスだったり、安定性だったり、ということです。

 これに対して、クラウドビジネスをやろうとする場合は、運用コストがかかってしまってはいけないのです。ビジネスとして成り立たなくなってしまいますから、効率や密度が重要視されます。サービスプロバイダとのエコシステムで、どうすればもうかるかというところにフォーカスしている。当社の出発点はそこなんです。

 先ほどの富田の話に戻りますが、ISVには、すごくいいものを持っているところがたくさんあります。しかし(SaaS化して)本当にもうかるのか、採算がとれるのか、という点はわかりません。それでも、基本的な受発注やプロビジョニングといった仕組みは、どこもやっていることは同じですよね。当社は、何百社・何千社に納めてきましたし、世界のベストプラクティスも持っていますから、当社の製品・仕組みを使えば、絶対に安くできます。

 

――国内では、何社くらいのパートナーがいるのでしょう?

土居氏:xSPのパートナーは、40社程度です。SMB向けのパブリッククラウドを提供しているようなプロバイダはほぼ、何らかの形で使ってくれていますね。ワールドワイドでは当社の浸透率は70~80%といわれていますが、同じくらいだと思います。

富田氏:“巨人”企業とも、お客さまとして付き合いは長くあったんです。世界で一番効率化を考えているような会社が、当社の製品を使って、育ててきてくれた延長線上に、今の製品がある。昨日今日クラウドに参入した会社とは全然違う。そういう意味で、当社は「クラウドの老舗」なんです。(クラウドは)新しいテクノロジーだろうと考えているのは一般的な話で、当社は、枯れたテクノロジーで提供しており、さらに先の発展があるんです。

 

――欧米での、APSの進ちょく状況を教えてください。

土居氏:欧米では、250程度のアプリケーションが登録されています。これらは、当社のプラットフォームに標準対応していますが、実は、規格にのっとっていれば、何でも使えるんです。だから、囲い込みではありません。

 「そこらに転がっているアプリケーションをSaaS化しようとしても面倒だから、共用のソケットを作ろうよ」ということで動き出したのがAPSですから、これは必然でしょう。

 

富田氏:先ほども言いましたように、品ぞろえが勝負。ですから、そろそろ、そういった(SaaS化の)動きをまとめていくことが重要だと思っています。

 今、不景気ですが、必要なものだけ使っていくというクラウドの考え方と、高い生産性を提供できるいいものを独り占めしないでみんなで使う、というメッセージを日本人みんながわかれば、日本経済にも再生の道が開くのではないでしょうか。本気でそう考えています。

関連情報
(石井 一志)
2010/7/1 06:00