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HANA×IoTがビジネスにもたらす新たな進化~「SAPPHIRE NOW 2015」2日目基調講演

 5月5日~7日(米国時間)において米フロリダ州オーランドで開催されたSAPの年次イベント「SAPPHIRE NOW 2015」のキーワードは、「Run Simple」だった。

 カンファレンス初日の4日に行われたビル・マクダーモットCEOの基調講演では、この「Run Simple」のコンセプトが語られたが、2日目のバーンド・ロイケ(Bernd Leukert)氏による基調講演では。「Run Simple」を体現するSAPのメインテクノロジ「SAP HANA」に関する方向性が語られている。

 特に注目されたのは、現在最もIT業界で旬の話題となっているIoT(Internet of Things)にHANAをどう絡めていくかだ。本稿では、ロイケ氏の講演内容をもとに、IoT時代におけるHANAの優位性について概観してみたい。

SAPエグゼクティブ・ボード・メンバー プロダクト&イノベーション担当のバーンド・ロイケ氏

第4世代ERPのS/4 HANAにクラウド版が登場、今後はクラウドファーストで開発

 昨年のSAPPHIRE NOW 2014では就任したばかりの新CTOとして登壇したロイケ氏だが、現在はCTOの役職から離れ、製品&イノベーション部門を統括するボードメンバーという地位にある。SAPは2014年11月に、新CTOとしてMicrosoft出身のクエンティン・クラーク(Quentin Clark)氏を迎えているが、組織体制としてはクラーク氏はロイケ氏にレポートするかたちになる。いわばロイケ氏は、HANAを中心とするSAPのポートフォリオ全体の最高責任者という立場にある。

 「時代はいま大きく変化している。企業は製品を売るのではなく、結果(outcome)を提供することを求められている。そしてSAP S/4 HANAを選択することが、この変化を乗り越える唯一のパス(path)となる」――。

 基調講演の冒頭、ロイケ氏はこう強調している。2015年2月、SAPの第4世代ERPとして大々的にリリースされた「SAP S/4 HANA」は、インメモリプラットフォームであるHANAを基幹データベースエンジンとして採用したことで、大きな話題を呼んだ。そして3カ月後のSAPPHIREにおいてロイケ氏から発表されたのは、「SAP S/4 HANA, Cloud Edition」、つまりS/4 HANAのマネージドクラウド版である。

 S/4 HANAは2月のローンチ以来、オンプレミスだけでなくクラウドでの提供もリリース当初から約束されていたが、今回のSAPPHIREでその期待に応えた格好になる。オンプレミスと連携したハイブリッドクラウドの構築や、SAPの既存のSaaSオファリングである「hybris」「Success Factors」「Ariba Network」といったサービスとの連携が容易に行える点もクラウドエディションの強みだ。

 今後、S/4 HANAの開発においては基本的にクラウドベースでコードラインが書かれ、ほぼ四半期ごとにアップグレードが行われる。一方、オンプレミスはクラウドエディションに並行しつつも“Non-Disruptive(既存のビジネスを破壊しない)”ことを前提に、約1年ごとにアップグレードされるという。パブリッククラウドに関しては20%程度のスコープで、「Simple Finance」のように市場からの要望の高いものや、パブリッククラウド対応しやすいものから順にアウトプットしていく予定となっている。

「インメモリネイティブ、シンプルなデータモデル、新しいユーザエクスペリエンスとコンフィギュレーション」がS4 HANAの特徴だとロイケ氏

 すでに25の業種でアダプションされているというS/4 HANAだが、前バージョンのR/3、もしくはOracle Databaseなどからの移行に悩む企業も少なくない。ロイケ氏は「S/4 HANAは“Non-Disrputive”なマイグレーションを約束する」と主張。そのための移行ステップとして

1.まず既存ERPの基幹データベースをHANAに移行する
2.その後、S/4 HANAにアップグレードする
3.最適な環境(オンプレミス、クラウド、業界特化型のエクステンション)でデプロイする

といった段階を追うことを推奨している。

 基調講演に登壇した、S/4 HANAの早期ユーザーであるAsian Paintsのマニッシュ・チョクシCIOは、「われわれはいま、製品を届けるだけの企業から、サービスも同時に提供する企業へと生まれ変わろうとしている。そのためにはどうしてもトランザクションとアナリティクスを同時に行うプラットフォームが必要だった。OLTPとOLAPをひとつのプラットフォームで処理できるS/4 HANAはその最適解」としており、今後はさらにグローバル企業として飛躍するため、「SAP Simple Finance」を採用し、ロジスティクスのシンプル化を図る予定だという。

IoTデータのためのプラットフォーム「SAP HANA Cloud Platform for IoT」

 ITの世界だけでなく、ビジネスの現場でも耳にすることが増えてきた「IoT(Internet of Things)」は、クラウド、ビッグデータ、ソーシャル、モバイルというここ数年のITトレンドの集大成といえるかもしれない。IoTにはこれらのテクノロジがすべて含まれるだけでなく、これらが互いに密に絡みあった結果、既存のスケールでは測りきれないポテンシャルを秘めたテクノロジへと進化しつつある。

 ではSAPはIoTに対してどういうソリューションを用意するのか。その最初の答えが、今回の基調講演でロイケ氏が発表した「SAP HANA Cloud Platform for the Internet of Things(HCP for IoT)」となる。文字通り、IoTデータをHANAをエンジンとするクラウド上で処理していくためのプラットフォームだ。S/4 HANAと同様、リアルタイムにトランザクションとアナリティクスを行えることを強みとする。

 ここ最近、IoTをめぐる動きでユニークなのは“オープンなエコシステム”を構築しようとする企業が増えつつある点だ。例えば、IBMによるフランスの自動車企業PEUGEOT CITROENのコネクティドカープラットフォーム構築事例などは、その典型だろう。IoTプラットフォームを構築するだけでなく、そのAPIを公開することでサードパーティのアプリケーション開発を呼び込み、さらに大きなエコシステムを構築しつつある事例として大きく注目されたこの事例は、「自社の技術だけですべての製品/サービスを内向きに作る」という時代が終焉しつつあることを、如実に物語っている。

 「インダストリー4.0」の動きで知られるドイツに本社を置くSAPもまた、IoTによる新たなエコシステムの流れを強く意識している。基調講演では、SiemensがSAPと提携し、HCP for IoTの早期ユーザーとして「Siemens Cloud for Industry」を構築した事例が発表されている。Siemensはこのプラットフォームを広く公開し、パートナー企業やサードパーティ開発者のIoTアプリケーション開発を促進していくという。また、OEMとして各企業に提供していくことも予定されている。

Siemensが発表したIoTプラットフォームは、HANAを基盤にした新しいタイプのエコシステム

 基調講演に登壇したSiemensのCIO、ピーター・ウェクサー(Peter Weckesser)氏は「Siemens Cloud for Industryはサードパーティからエンドユーザーまで、自由にアプリケーションを開発できるようにデザインされたダイナミックでオープンなIoTプラットフォームだ。何億ものデバイスがつながるIoTでは、アプリケーションによるエコシステムの構築こそが重要になる。HANAをこのプラットフォームの基盤テクノロジに選んだことで、ITとOT(オペレーショナルテクノロジ)がみごとに融合できたと実感している」とコメントしている。

「IoTで重要なのはオープンなエコシステム。1社だけで完結する時代は終わった。だから我々はHANAを選んだ」と語るウェクサー氏(右)

 なお、IoTと関連するソリューションとして、ロイケ氏は「SAP HANA Big Data Platform」が提供するコネクタに、「Apache Spark」に対応する「SPARK Cluster Manager」を近日中に追加すると発表している。すでにHadoopコネクタは提供済みだが、急成長中のオープンソースプロダクトであるSparkとの連携も強化することで、より広範囲のIoTデータをカバリングできそうだ。

IoTへのカバレッジを広げる一環として近日中にSparkコネクタの提供も発表された

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 ロイケ氏は基調講演において「ビジネスを“reimagine”する存在、それがIoTだ」と語っている。“reimagine”を日本語に訳せば「再考する、考えなおす」という意味になるが、もう少し拡大してとらえれば「IoTではいままでのビジネスの常識とは異なる発想を求められる」ということになるのではないだろうか。

 既存のデバイス間通信やM2M(Machine to Machine)と異なり、ありとあらゆるタイプのモノとヒトとサービスがつながる、その結果、何が起こるのか――。正確で迅速な予測の鍵となるのは大量のデータを扱うキャパシティとリアルタイムな処理性能だ。クラウドファーストとインメモリネイティブのHANAだからこそ、これが実現できるというのがSAPの主張するところになる。人間のカンと経験に頼る分析だけではIoT時代を生き抜くことはもはや難しい。

 多くのIT企業がIoTビジネスに奔走する中、SAPの最大の強みはERPデータとIoTをつなげやすいことだろう。世界最大のERPシェアに加え、数多くのアナリティクスポートフォリオのラインアップは、そのままIoTにおける同社の優位性となる。このアドバンテージを生かし続けていくことが、SAPにとって当面の最重要ミッションとなるだろう。

五味 明子