イベント

“世界最大のスタートアップ企業”に生まれ変わったDellが次に目指すゴール

「Dell World 2013」マイケル・デル基調講演

 「このイベントを再びプライベートカンパニーとして迎えられたことを心からうれしく思っている」――。

 12月12日(現地時間)、米国オースティンで開催された米Dellの年次ユーザーカンファレンス「Dell World 2013」において、基調講演に登壇したマイケル・デルCEOは、世界中から集まった7000名を超える参加者に開口一番、こう伝えている。

 有名な投資家のカール・アイカーン氏など市場関係者とのバトルを乗り越え、デルCEOらによるマネジメントバイアウト(MBO)を成立させて、10月29日に上場廃止となったDell。自らを「世界最大のスタートアップ企業」(デルCEO)と称し、プライベートカンパニーとして新たなメッセージを市場に発信しようとしている同社の今後の方向性を、デルCEOの基調講演から読み取ってみたい。

非上場化はイノベーションへのコミットや開発投資のため

米Dellのマイケル・デルCEO

 そもそもなぜDellは25年にわたる上場企業としての歴史に幕を下ろし、プライベートカンパニーとしての再スタートを切ったのだろうか。デルCEOは「もともとわれわれの財政基盤は強固で、IT業界をリードするほどのスケールを持ち合わせている。そして非上場化により、われわれは大胆な変革を実現する自由を得た。このことは従業員にはかりしれないほどのエネルギーを与えている」と強調する。

 Dellの非上場化に対しては「自分の手で価値を損ねている」と批判する向きも少なからず存在するが、デルCEOの発言はそうした声への強い反論ともいえる。「非上場化を勝ち得たからこそ、イノベーションへのよりいっそうのコミットメントや、スピード感のあるエッジな開発に投資できる」(デルCEO)。

 続けてデルCEOは「プライベートカンパニーとなっても、カスタマーフォーカスなわれわれの姿勢や戦略、そしてカルチャーやスピリットには何の変化もない」としており、Dellとしての基本戦略は非上場化を経ても変わらず一貫していることを強く訴えている。

 では、その変わらないという基本戦略をあらためて俯瞰(ふかん)してみよう。Dellでは現在、エンドユーザーコンピューティング(EUC)、ソフトウェア、サービス、エンタープライズという4つの大きな事業部門が同社の柱となっており、加えてこれらの4部門を横断的に統括するオペレーションユニットが存在する。

 そして全事業部に共通する戦略ビジョンを、デルCEOは「Transform(変化させる)」「Connect(つなげる)」「Inform(情報を提供する)」「Protect(守る)」という4つの動詞を使って表現している。このビジョンは現在のITを席巻するクラウド、モバイル、ソーシャル、ビッグデータというトレンドとも密接に関連しており、Dellのソリューションはすべてこのビジョンに従って提供されることになる。

さまざまなパートナーシップを一挙に発表

 プライベートカンパニーとして初めて迎えた今回のDell Worldでは、先に挙げたビジョンを実現するべく、いくつかの大きな発表が行われた。ここでは日本市場にも大きな影響を与えると見られる新パートナーシップを中心に触れておきたい。

 まずは新パートナーシップについて。Dellは今回、Dropbox、Google、CenturyLink、Red Hat、Microsoft、Accentureとの新たなパートナーシップを発表しているが、その内容はいずれも、パートナー企業のクラウドソリューションをDellのインフラが支えるという側面が強い。

 Dellは現在、自らはIaaS事業には進出しないとしており、今回の複数企業とのパートナーシップ強化は、その路線をさらに裏付けた格好だといえる。

 中でも驚きをもって迎えられたのがDropboxおよびRed Hatとの提携だ。

 クラウドベースのファイル共有サービスとしてコンシューマの世界ではNo.1の人気と知名度を誇るDropboxだが、セキュリティやコンプライアンスへの懸念からビジネスでの利用をためらう企業は少なくなかった。競合となるBoxやSkyDriveがエンタープライズサポートを強化している動きに対し、やや後れを取っていたともいえる。

 Dropboxはこの課題を解決する施策としてDellと戦略的パートナーシップを組むことを選んだ。その第一歩として法人向けサービスである「Business for Dropbox」をDellのグローバル販売網を通じて提供する。

 懸念であったセキュリティについては、Dellのデータ保護ソリューションのクラウドエディションである「Dell Data Protection Cloud」と組み合わせることで、エンタープライズグレードのセキュリティを担保するとしている。今後はエンタープライズ/コンシューマの両面でパートナーシップを拡大し、Dellの全モバイル端末においてDropboxが設定済みの状態で出荷されるという。

 なお、Dropboxは今回のDell World 2013に、IntelやMicrosoftと並び最上級のプラチナスポンサーとして名前を連ねている。

Dropboxとの提携の狙いを語るデルCEO

 デルCEOは「いつでも、どこでも、どの端末からでもつながる世界はもうやってきている。DellはBYOD(Bring Your Own Device)の流れは今後さらに加速し、企業の生産性を大きく改善すると見ている。エンドユーザーに対して幅広いリーチをもつDellが、コンシューマの世界で実績のあるDropboxと組むことで、さらにそのリーチを多方面に拡大することが可能となった」と語っており、今回の提携に強い自信を見せている。

 Dropboxという急成長中のクラウドサービスベンチャーとのパートナーシップは、ある意味、新生Dellの象徴ともいえるできごとだろう。

 もうひとつの注目すべき提携はRed HatとのOpenStackソリューションの共同開発を発表したことだ。この提携により、Dellは2014年からRed HatのOEM企業として、エンタープライズグレードのプライベートクラウド向けOpenStackソリューションを提供していくことになる。具体的には、DellのハードウェアにRed Hat Enterprise LinuxおよびRed Hat Enterprise Virtualization Hypervisor、そしてOpenStackプラットフォームを搭載したエンジニアドシステムが提供されることになるが、詳細な内容は明らかになっていない。

 Dellは競合のHewlett-Packard(HP)と並び、プライベートクラウド製品としてOpenStackソリューションを顧客に数多く提供しており、OpenStackへのコミットメントではエンタープライズ業界でもトップクラスだといえる。

 だが今回は、自社のプライベートクラウド製品の強化ではなく、14年にわたってパートナーシップを構築してきたRed HatのOEM企業として、新たにOpenStackにかかわっていくと宣言している。この動きもまた、これまでのDellとは異なる方向性を強く意識しているといえる。

500万IOPSを実現する“Dell Fluid Cache for SAN”

Dellのサーバー部門でバイスプレジデントを務めるフォレスト・ノロド氏

 パートナー企業との提携強化の方向性からもわかるように、Dellは現在、全社を挙げてハードウェアベンダからソリューションベンダへのイメージの転換を図っている。だがやはり同社の事業基盤を支えるのはハードウェア製品であり、そのパフォーマンスの向上には大きな関心が集まる。特にクラウドのインフラとして選ばれていく製品であり続けていくためには、ユーザーを圧倒するパフォーマンスを数字で証明しなくてはならない。

 当然、デルCEOもそのことは強く認識しており、基調講演の壇上で「今日は皆さんと共有したいニュースがある」と前置きし、「われわれのフィロソフィーとアプローチを証明する数字がある。サーバー、ストレージ、そしてネットワークを統合したことで、パフォーマンスを劇的にトランスフォームできたことをお見せしたい。これはまさしくゲームチェンジの瞬間で、データセンターの定義を塗り替えるものだ。われわれはこれを“Dell Fluid Cache for SAN”と呼んでいる」と語り、サーバー部門のバイスプレジデントであるフォレスト・ノロド氏を登壇させて詳細を紹介している。

 ノロド氏は「先日、われわれの競合が370万IOPSを記録したと発表していたが、われわれはR720を8台、5.6TBのフラッシュを組み込んだクラスタリング構成のDell Fluid Cache for SANで516万IOPSを実現した。秒間何万ものトランザクションにもほとんど遅延を発生させることなく十分に対応できる」と語り、Dellのサーバー、ストレージ、ネットワークを適切に統合することで、アプリケーションワークロードもデータベースアクセスも大幅に高速化できると強調する。

 ノロド氏によれば、Dell Fluid Cache for SANにおけるレイテンシは6ミリ秒以下、秒間1万2000トランザクションを1万4000ユーザーに対して同時に提供できるという。現在、Dellの研究所でテストが進められているが、2014年の早い時点で顧客に提供していく予定だ。

TeslaやSpace XのCEOを務めるイーロン・マスク氏

 プライベートカンパニーとなって初めてのDell Worldということもあって、新製品の発表よりもDellが今後向かうべき道を提示したことが強く印象に残ったカンファレンスだといえる。

 基調講演ではPayPal創業者で、現在はTeslaやSpace XのCEOを務めるイーロン・マスク氏がゲストスピーカーとして登壇し、会場の聴衆を大きく沸かせたが、「イノベーション、そして成功への秘訣(ひけつ)はただトライ(Just Try)すること。あなたは昨日、何かトライした?」と発言したが、これこそ新生Dellの目指すべき方向性だともいえる。

 これまでとは違ったDellをユーザーに対して見せていくために、ひたすらトライを続ける――。プライベートカンパニーとなり、株主がいなくなったことでDellはむしろ以前より透明性の高い経営が求められることになる。ユーザーにトランスフォームを促すなら、Dell自身も変化していかなければならない。そのための絶え間ないトライが今後のDellには課せられている。

五味 明子