エプソンが方向転換を打ち出す「ビジネス・ユーザビリティ」戦略とは


 エプソン販売が、「ビジネス・ユーザビリティ」という言葉を使い始めた。「ハイスペックよりも、必要十分スペック」という言葉で示すように、多機能化、高機能化を追求する方向性とは異なり、必要十分な機能を持ち、コスト面でも魅力的な機能を持った製品を提供することが、この考え方のベースとなる。昨年来、エプソン販売ではビジネス市場向けの販売体制を再編。製品別から市場別へとシフトした。これもビジネス・ユーザビリティの実現に大きく貢献しようとしている。そして、ビジネス市場において、販売台数の大幅な増加を見込む意欲的な計画にも取り組んでいる。エプソン販売 取締役マーケティングセンター長の中野修義氏に、同社のビジネス戦略およびビジネス・ユーザビリティ戦略について聞いた。


ハイスペックよりも、必要十分スペック

エプソンが打ち出したビジネス・ユーザビリティ
ビジネス・ユーザビリティ戦略の第1号製品となるEB-W8
エプソン販売 取締役マーケティングセンター長の中野修義氏

 8月20日に行われたビジネス向けデータプロジェクタの会見で、中野取締役は「ビジネス・ユーザビリティ」について初めて言及した。

 ビジネス・ユーザビリティとは、ひとことでいえば、「高価格、高性能、多機能よりも、価格を抑えて、必要十分性能、十分機能を備えた製品」ということであり、「最先端技術よりもニーズにあった技術を採用し、ユーザー発想、ニーズ発想による、お客さまの立場に立った価値を提供する製品」ということになる。

 「経済環境の変化に伴い、企業においては、コスト削減要求、合理化追求が強まっている。そうしたなかで、本当に必要とされる機能だけを吟味して、その分、コストを抑えるといった動きが顕著になってきた。ユーザーの視点に立って、必要な機能を提供するといった製品づくりが必要である」とする。

 具体的な例としてあげるのが、企業で利用されるデータプロジェクタ市場の動きである。

 昨年来、10万円未満の低価格プロジェクタの構成比が上昇。中でも、SVGA対応の6万円未満の製品の構成比拡大が顕著だという。

 GfKジャパンの調べによると、2008年度下期にはわずか1.0%だった6万円以下のプロジェクタの構成比は、2008年度上期には18.0%にまで一気に拡大しているという。10万円未満という観点では61.0%を占めている。

 「高画質化の流れに伴って、SVGA対応製品の構成比は縮小傾向にあった。だが、これが6万円未満という価格帯になったことで復活している。必要十分とされるスペックであり、低コストで導入できるのであれば、これを選択するという動きが明らかに出ている」とする。

 多機能化、高機能化に流れる動きはあるものの、それに加え、必要十分機能、低コストという流れが顕著になってきたというわけだ。

 中野取締役は、冗談まじりに次のように語る。

 「2年前には低価格化を進展させることで市場を壊したくないと考えていた。だが、昨年4月にはこうした製品ラインアップが必要かもしれないと感じた。それが昨年12月には必要であると確信し、今年4月には早く製品を投入せよ、というように変化してきた」

 特に、昨年10月以降の世界的な経済環境の悪化が、法人需要を大きく変化させたといえる。


数量の確保で収益を維持

 だが、ビジネス・ユーザビリティ戦略を打ち出す上では課題がある。

 それは、限界利益率が低下するという点だ。

 エプソンの基本的な姿勢は、必要機能に絞り込むといっても、決して低価格路線を追求するものではない。必要機能に加えて、一部の付加価値機能や、使い勝手を実現する機能を搭載する姿勢は変わらない。

 先のデータプロジェクタを例にあげれば、6万円未満の価格設定の製品でも、2500lmの高光束化を実現。7万円台の製品でも自動台形補正機能を搭載するといったこだわりをみせている。

 当然、こうした機能の搭載と、低価格化は利益を圧迫する。そこで、エプソンが打ち出すのが、ボリューム戦略である。数量の確保によって、収益を維持するという戦略だ。

 今回発表した10万円未満の低価格データプロジェクタでは、2.5倍の販売台数となる年間4万台の出荷を計画。2009年度における国内シェアは40%以上を目指すという。

前年比3倍増を目指すオフィリオプリンタの新製品「LP-S100」

 そして、会見ではほとんど触れられなかった新製品のA4モノクロレーザープリンタ「LP-S100」は、市場予想価格は1万円台半ばという戦略的な価格設定とし、今後1年間で3万台の出荷を計画している。

 実は、3万台という出荷計画は、前年比3倍という販売台数計画であり、プロジェクタ以上に意欲的な出荷計画を掲げていることになる。

 「今後、エプソンが出荷する製品の半分以上が、ビジネス・ユーザビリティ戦略にのっとった製品になる」と、中野取締役は、エプソンの法人向けビジネスの根幹をなす戦略であることを明らかにする。

 そして、ビジネス・ユーザビリティの考え方は、製品の初期導入コストだけを指すものではないようだ。

 例えば、企業内で使用するカラープリントには、コスト削減要求が高く、一部企業ではカラー印刷禁止とする例もある。

 だが、エプソンではこんな考え方をする。

 「文字を示す黒は鮮明なものが必要だが、それを装飾するカラーについては、発色性が高いものばかりが必要とは限らない。設定によって、カラー濃度をコントロールできれば、カラーインク使用量を削減でき、効率性の高いカラー化が可能になるのではないか」

 同社では、今後はこの分野にまで踏み込んでいく考えであり、「近い将来、カラー印刷は安いという提案を行えるようにしたい」と意気込む。

 これもビジネス・ユーザビリティ戦略のひとつとなる。


ユーザーの声をいかに吸い上げ、提案できるかがポイントに

 ビジネス・ユーザビリティ戦略の根幹は、先に触れたように、「ユーザー発想、ニーズ発想による、お客さまの立場に立った価値を提供する製品」という点にある。

 ユーザーニーズをとらえ、そこで必要とされる最低限の機能を提供することが求められる。仮に、低価格化できてても、必要以下の機能にとどまっていてはユーザーのニーズを満たせず、失敗に終わることになる。

 つまり、ユーザーの声をいかに吸い上げるか、そして、適切な提案ができるかがポイントとなる。

 エプソン販売は、2008年4月からビジネス市場における営業体制を再編し、業種別体制を強く打ち出した。これも、実はビジネス・ユーザビリティ戦略の実行に大きく影響している。

 営業体制の再編では、文教・自治体のほか、印刷、小売・流通、医療、アミューズメント、写真館・DPEなど、約10業種を重点領域として専任担当者を配置。特に、文教・自治体に関しては、母拠点となる仙台、埼玉、神奈川、東京、名古屋、大阪、広島、福岡にブロック別の専任担当者を配置し、より密着した展開を行えるようにした。

 「これまで情報さえ入らなかった入札案件を獲得するといった成果も出てきている。また、業種ごとに抱える課題などを熟知した上で提案できることから、より緊密な提案が行えるようになっている」という成果が出ている。

 また、業種ごとのカタログを作成したことで、特定製品だけの販売に終始していたユーザーに対しても、複数の製品を提案できる体制が整ったともいえる。

 特に、文教分野向けには、数多くの小中学校に導入されているラージフォーマットプリンタ活用促進を狙い、福岡市教育委員会の協力を得て、学校で使用される掲示物作成のためのテンプレートを作成。これをもとに、レーザープリンタおよびインクジェットプリンタの導入促進ツールとして、これを活用するといったユーザー密着型の動きも出ている。

 そして、こうした業種別の活動が、ユーザーごとの課題や、要求仕様を理解することにつながり、ビジネス・ユーザビリティを推進する上での製品づくりにもつながっているという。

 「プリンタにおけるセキュリティソリューションが注目を集めているといわれるが、本当にすべてのユーザーにそれが必要なのか。当社の調べによると、セキュリティに対する要求が高まるのは従業員数30人以上、環境対応に関心が高まるのは300人以上という傾向があった。SOHOや個人事業所では、従業員30人以上の企業と同等のセキュリティソリューションの導入は現実的ではなく、それにも関わらず、それが標準で搭載されていては余計な出費を課すことになる。必要な機能は、オプションでプラスするという考え方を導入し、さらに個人事業所や中小企業が購入する10万円以下の製品については、どこまで必要とされている機能なのかを見極めて、搭載するといったことを行っている」

 業種別営業体制の構築が、ユーザーの意見を吸い上げやすい環境を作り、それがビジネス・ユーザビリティ型の製品づくりにつながっているという。


ビジネス・ユーザビリティ戦略がどこまで効果を発揮できるか注目

 エプソンは、法人向けビジネス展開において、「PUSH」と「PULL」のバランス感覚が必要だと語る。

 特に複合機の提案においては、1万人規模の強いPUSH型セールス体制を持つ富士ゼロックス、リコー、キヤノンに対して、1500人というケタが違う社員数で挑むエプソンは、PULL型での展開を強力に推し進める必要がある。

 広告宣伝やホームページの訴求などによって、顧客側からエプソンの複合機に対する認知を高め、顧客側からの働きかけを促すという施策だ。これに業種別の営業体制および全国1200社にのぼるパートナー会社によるPUSH展開によって、実売に直結させるという体制だ。

 「他社が強くて、当社が強い領域は激戦市場となる。ここはパートナーの力を借りてやっていく。また、他社が強くて、当社が弱い市場も、パートナーとの連携によってカバーしていく。一方で、当社が強くて、他社が弱い市場は、すべてのリソースを投入して徹底的にやっていく。また、当社が弱くて、他社が弱い市場は、これから大きく成長する市場ともいえ、ここにも積極的に乗り出していく」と、中野取締役はマーケティング戦略の持論を語る。

 それぞれの領域において、「PUSH」と「PULL」のバランスをとりながら事業を推進していくことになるだろう。

 そして、今後の成長領域とした「当社が弱くて、他社が弱い市場」には、ビジネス・ユーザビリティによる市場創出が含まれるといえそうだ。

 そうした意味でも、今後のエプソンの法人向けビジネスの成長度を推し量るには、ビジネス・ユーザビリティ戦略がどこまで効果を発揮するのか、その行方が注目されるのは間違いない。



関連情報
(大河原 克行)
2009/8/28 00:00