マイクロソフトが取り組む相互運用性
マイクロソフトが、重要な案件として取り組んでいるもののひとつに、「相互運用性」がある。
IT分野以外では、なかなか聞き慣れない言葉かもしれない。英語では「インターオペラビリティ(Interoperability)」と表記され、異なる製品、技術とを接続しても、正常に動作させることを指す。
具体的な例としては、WindowsやLinux、UNIXとが混在したシステムでも、シームレスにデータがやりとりできることなどがあげられる。
マイクロソフトは、ここ数年にわたり、相互運用性に対する活動をセキュリティの実現などとともに、トッププライオリティに位置づけており、これを実現するための情報公開とパートナーシップ、標準化活動などを行っている。
■マイクロソフトが示す4つの相互運用性
マイクロソフト最高技術責任者(CTO)の加治佐俊一業務執行役員 |
マイクロソフトでは、2005年2月に相互運用性に関する姿勢に関して、正式なコミットを対外的に発表した。さらに、2008年2月には、同社が定めた相互運用性の原則について公表している。
マイクロソフトは、相互運用性の原則のなかで、「異なるベンダーの製品同士を相互に運用することが、かつてないほど重要になっている」とし、同社の代表的な製品である.NET Frameworkを含むWindows Vista、Windows Server 2008、SQL Server 2008、Office 2007、Exchange 2007、Office SharePoint Server 2007といった製品群において、相互運用性を促進し、開発者および顧客に対して、製品が持つ価値、魅力を維持できるように、製品へのオープンな接続、標準のサポート、データ可搬性を実現するための設計を行うことを示している。
そして、マイクロソフトの最高技術責任者(CTO)である加治佐俊一業務執行役員は、「マイクロソフトが定義する相互運用性では、4つの観点から示すことができる」と語る。
ひとつめは、マイクロソフト製品へのオープンな接続である。
外部プロトコルの使用およびAPIという点から、マイクロソフトの企業向け製品と、他社の製品とのオープンな接続を確立し、開発者の誰もがこれらを使用してマイクロソフト製品に接続できるようにするというものだ。
iPhoneとExchange Serverとの接続利用の実現は、こうした相互運用性による取り組み成果のひとつといえる。
「マイクロソフトは、これらのプロトコルおよびAPIに関する技術文書を、当社のWebサイトで公開し、すべての開発者が文書を閲覧できるようにする。また、これらの情報に関しては無償で公開し、特許に関しても公開。リーズナブルな価格でライセンスできる体制をとっている」という。
公開されている文書は数万ページにおよび、その量は日々増加している。
だが、「公開情報があまりにも膨大な量になること、さらに最新の情報を閲覧できるようにしていることで、すべてを日本語化することはできない。まずは情報を公開するという観点から、この活動を評価をしてもらいたい」というように、すべての文書の日本語化は事実上不可能という、日本ならではの課題も存在することは確かだ。
2つめは、標準のサポートである。
標準化組織が推進する数多くの標準技術をマイクロソフト製品のなかでサポートし、同社自身も標準化組織の活動に参加することを原則のひとつに定めた。完成した標準技術に対する拡張機能についても、同様に標準化を前提とした取り組みを行っていくという。
標準サポートという観点から最大の成果は、OpenXMLであろう。過去4年間にわたり取り組んできたOpenXMLの標準化活動の成果は、業界における相互運用性の実現に寄与しはじめている。
また、HD DVDに関しても、マイクロソフトは標準化という観点から、東芝やDVDフォーラムと連携しながら推進してきた経緯がある。残念ながら、東芝のHD DVD事業終息によって、規格そのものが存在しなくなったが、企業向け製品だけでなく、コンシューマ領域までを視野に入れた標準化への取り組みが推進された一例だといえよう。
3つめにあげているのが、データの可搬性だ。
異なるソフト同士でも相互にデータが使用できるように、標準のデータフォーマットのサポートや、マイクロソフトの開発したデータフォーマットを標準化する活動、さらには文書フォーマットのデフォルト設定などを含む取り組みもここに含まれる。
また、具体的な活動として、マイクロソフトは、Document Interoperability Initiative(文書相互運用性イニシアチブ)を立ち上げ、文書フォーマットの実装の際に、フォーマット同士のデータ交換の最適化や、異なるフォーマット間の最適な相互運用性を可能にする文書テンプレートを公開などを行っていくことも明らかにしている。
データ可搬性への取り組みでは、ODF(Open Document Format)のサポートがあげられよう。マイクロソフトでは、オフィス製品へのプラグインの実装に続き、ODFをデフォルトの設定とする仕様を実現。さらには、マイクロソフト製品にネイティブで搭載することに踏み出すことになる。
そして、最後が、オープンな関係の構築である。
顧客、パートナー企業、ベンダー、オープンソースコミュニティなどとの協業によって、相互運用性に関する問題解決を図っていくという。
日本では、Wipse(=ワイプス、Windows+Services Consortium)との連携がその成果といえる。すでにOpenXMLにおける相互運用性の実証実験に成功し、今後、その協業範囲を拡大していくことになろう。
マイクロソフトでは、こうした相互運用性の実現に向けて、それを実行に移すための人材についても積極的な登用を数年前から開始しており、先端技術を持つ技術者集団としてだけではなく、標準化団体に参加し、調整作業を行うような人材、協調的な作業を行える人材をも加えた集団へと進化していると、自らを位置づけている。
「マイクロソフトは、技術やシステムに対して、クローズであるという誤解がいまだにある。これを払拭する活動と、より積極的な情報公開活動に力を注ぐ。各国ごとに相互運用性に関するアプローチには違いがあり、日本では、OpenXMLの分野において、先進的な取り組みを、日本の会社と一緒になって開始している。また、ノベルのSUSE Linux Enterpriseとの相互運用性に関しても、ノベル日本法人とはマーケティングの観点から協力体制を敷いている。仮想化についても、同様に多く企業との協業関係を確立している段階」とする。
マイクロソフトでは、東京・調布にマイクロソフト・イノベーションセンターを開設し、同施設を利用しながら、ベンチャー企業との協業、産学連携への取り組み、品質検証などを行っているが、同様に相互運用性の実現に関しても、同施設を利用した活動が行われている。
このように、相互運用性への取り組みは、米国本社主導だけの形で推進されるのではなく、日本においても着実に成果があがっているのだ。
■日本発の成果となるOpenXMLによる相互運用性
相互運用性への取り組みとして、日本で成果があがったものに、先に触れたWipseとの協業による、OpenXMLに関する実証実験があげられる。
WipseのOpenXML分科会に参加するアドバンスソフトウェア、アプレッソ、グレープシティ、スカイフィッシュの4社が参加したもので、実験のために自動販売機ベンダーの設置担当者が機器設置を成約するまでの業務を、想定シナリオとして用意。その一連の作業において、OpenXMLによって、異なるアプリケーション、機器間のデータ連携を可能にするというものだ。
想定シナリオは、設置担当者が自動車を運転しながら、自動販売機の設置場所候補を探し、見つけた設置場所候補に関する必要情報をフォームに入力し、社内システムに送付。社内システムから、設置可能な自動販売機の機種、売り上げ見込み、設置提案書が返送されてくる。この提案書を元に、地主と商談し、契約するというものだ。
福井市に本社を持つアドバンスソフトウェアの「ExcelCreator 2007」、都内に本社があるアプレッソの「DataSpider Servista」、仙台市に本社があるグレープシティの「Spread for BizTalk Server 2006」、栃木県宇都宮市に本社があるスカイフィッシュの「JukeDoX」というように、開発会社の本社所在地が異なる4つのアプリケーションを連携。各製品間でのOpenXMLベースの円滑なデータ交換が可能であることを実証した。
マイクロソフト技術統括室イノベーションセンター・田丸健三郎部長 |
「実証実験の準備のための期間はわずか2日間。あとはOSのインストールのために1日を要した。異なるシステム、ソリューション間でデータ交換を行う場合には、事前にさまざまな取り決めや、ソリューションごとに追加の実装が必要となるのが一般的。だが、今回の実証実験では、すでに提供されている既存の製品に、変更や修正といったカスタマイズを加えることなく、システム構築を行った。しかも、距離的に離れた場所にある企業同士であり、それぞれの製品が初めて連携したもの。しかも、数回の打ち合わせだけで稼働させることに成功した。この実証実験では、OpenXMLを使用することで、システム構築にかかわる工数および開発コード数を平均60%削減することできるとの結果を得た」(マイクロソフト技術統括室イノベーションセンター・田丸健三郎部長)という。
■実証実験の成功をビジネスに結びつける
アプレッソ最高技術責任者の小野和俊副社長 |
この実証実験に参加したアプレッソの最高技術責任者である小野和俊副社長も異口同音に次のように語る。
「OpenXMLによって、4つのアプリケーションが連動した例は、世界的にも初めてのこと。標準技術を使えば動作するということは理論上わかっていても、どんなことが起こるかわからない。まったくトラブルがなく、短時間にシステムを稼働させることができたことには、大きな意義がある。この実証実験の結果は、OpenXMLを活用したソリューションビジネスの機会拡大につながるきっかけになる」と語る。
アプレッソのDataSpiderは、社内に散在するさまざまなシステムやデータを連携するためのミドルウェア。データベースやアプリケーション、グループウェアなどを、アダプターによって連携し、ノンプログラミグで、システムやサービスを統合することができる。これまでに830社への導入実績を誇っているという。
EAIに比べて、約10分の1の投資で導入できることから「ミニEAI」と呼称されることもあるが、むしろプログラミングを必要としないGUIによる開発環境の提供や、アダプターによって、SAPやLotus Notesといったデータベースを手軽に接続できるようになるという点で、その呼称は適切だともいえる。
そして、小野副社長が指摘するように、今回の実証実験が成功裏に終了したことは、手軽な接続環境を提案するアプレッソにとって、またひとつビジネスチャンスを増やすことにつながったものともいえよう。
「これまでDataSpiderは、XMLアダプターを標準では用意していなかったが、エンドユーザーの要求に応じて、水面下で開発を進めていた。OpenXMLでは、データはデータというように分離が確実にできており、どこからなにをもってきて、どうするかといった使い方ができる。今回のOpenXMLの実証実験では、われわれの開発成果そのもののを実証する意味もあり、また、われわれ自身が相互運用性のメリットを体感することができたものとなった」とする。
OpenXMLの実証実験の成功は、同社が今後目指すアプリケーション連携をより促進することになるだろう。
■WindowsとLinuxの混在環境にも成果
日本におけるもうひとつの成果といえるのが、昨年10月にターボリナックスと結んだ包括的業務提携である。
この提携では、LinuxとWindowsサーバー間の相互運用性の向上、および研究・開発分野における連携、さらには、ターボリナックス製品のユーザーに対して、マイクロソフトが持つ知的財産の保証に関する包括的な協業が含まれている。
具体的には、相互運用性の向上として、WindowsとLinuxの両方のシステムに1つの証明書でログインできるシングルサインオン・ソリューションの開発、ターボリナックスによるWorkgroup Server Protocol Program(WSPP)評価ライセンス契約の締結。そして、研究・開発分野における連携では、マイクロソフトが中国に保有する研究機関における両社のソフトウェアのテストの実施や、顧客やパートナー向けのソリューションの展示。また、インターオペラビリティ・ベンダーアライアンス(IVA)への参加や、Open XML-ODFファイルフォーマット変換ツール開発プロジェクトでの協力のほか、Windows Mediaコンテンツ再生ソフトのターボリナックス製品への収録に続き、インターネット検索サービス Live Searchのターボリナックス製品への標準搭載、といった広範な内容だ。
ターボリナックスの矢野広一社長 |
ターボリナックスの矢野広一社長は、「提携を発表してから、Active Directoryを認めたのか、OSSからの撤退か、などと当社に対する批判の声もあった。だが、この1年の活動を通じて、ターボリナックスの選択は現実的な回答だったという想いを強めている」と語る。
ターボリナックスの設立主旨のひとつにLinuxの普及がある。Linuxの利用環境において、Windowsとの混在利用が7割という実状をとらえれば、Linuxの普及実現に向けては、マイクロソフトとの相互運用性に関する提携は不可避ともいえる。そこに、矢野社長がいう「現実的な回答」という意味がある。
「Linuxが得意とする領域、また、Windowsが得意とする領域をそれぞれ補完し、適材適所で利用することがユーザーのメリットにつながる。そして、それはターボリナックスのビジネスチャンスを広げることにもつながる」
そして、これは先行するレッドハットとの差異化策ともなり、ユーザーにLiunxディストリビューションの選択肢を広げる結果となる。
この提携のなかで、最も注目されるのが、やはり、WindowsとLinuxの双方のシステムに対して、ひとつの証明書でログインできるシングルサインオン・ソリューションの提供だ。
これにより、Active Directoryの管理下において、ターボリナックス製品へのシングルサインオンを実現でき、IT管理者は、Active Directoryから、ターボリナックス環境のアプリケーションの管理が可能になる。
「これまでノウハウがなかった分野だけに、Active Directoryの全体像を理解するのに、一定の時間がかかったが、マイクロソフトの協力を得ながら、この1年の活動によって、社内に技術的ノウハウが蓄積できた。年内には成果を出すことができる」と語る。
実は、同様の機能を実現しているツールとして、フリーソフトウェアのSambaがある。
だが、Samba 3.2からは、GPL v3に移行。マイクロソフトでは、GPL v3を保護しないとの声明を出している。
「ユーザーにとっては、リスクが増大することになるのは明らか。マイクロソフトとの提携によって開発した当社製品の重要性がより高まることになる」(矢野社長)というわけだ。
さらに、中国における協業体制も、ターボリナックスのビジネス拡大に貢献している。
ターボリナックスにとって、中国・上海の開発拠点は重要な役割を担っている。
「シングルサインオンに関しては、中国のマイクロソフトの技術拠点でも検証を行う。中国においては、急速な勢いで、WindowsとLinuxの混在環境が広がっていることから、日中同時の製品投入によって、市場における存在感を高めたい」(矢野社長)という。
両社の提携の成果が、いよいよ本当の意味で形になろうとしているところだ。
■マイクロソフトの姿勢が大きく転換
相互運用性において、マイクロソフトと協業している各社に共通した声は、マイクロソフトの姿勢が明らかに変化してきている、という点だ。
技術情報の開示や、共同作業においても、過去のマイクロソフトの姿勢を知るパートナー会社から見ると、「180度転換したようだ」との声すら聞かれる。
加治佐CTOは、「相互運用性への取り組みは、マイクロソフトのビジネス拡大を第一義に考えるのではなく、ユーザーのベネフィット、パートナーのビジネスチャンスの拡大という観点から取り組んでいるもの。日本語文字コードについても、いち早く標準化を進め、実装していくことが必要だと考えた。今後の相互運用性の広がりを考えれば、Windows Vistaのタイミングで実装することが最適との判断から作業を急いだ」と語る。
今後、相互運用性がメインフレームなどのエンタープライズ分野に広がれば、当然、外字における文字コードの問題は避けては通れない課題となる。
一方で、今後は、ソフトウェア+サービス時代の相互運用性の実現にも、大きく踏み出していかなくてはならないという課題もある。
その点では、マイクロソフトの相互運用性への取り組みは、むしろこれからが本番ともいえる。