webOSは、いつになれば日本のユーザーにメリットが享受されるのか?
製品投入は来年以降とする米HPの思惑
米Hewlett-Packard(以下、HP)が、「webOS」事業に関する方向性をいよいよ明らかにした。
webOSは、HPが昨年4月に買収したパーム社のOS。HPでは、今年夏にも北米市場向けに、webOSを搭載したタブレット端末「HP TouchPad」や、スマートフォンの「Veer」および「Pre3」を発売。年内にはこれら製品を中国市場向けに展開することになる。
日本市場に関しては、「現時点では未定」となっており、「早くても来年以降の展開になる」(日本HP パーソナルシステムズ事業統括の岡隆史取締役副社長執行役員)とする。
9.7型液晶ディスプレイを搭載したスレート端末「TouchPad」 |
HPは、UNIX OSとして独自のHP-UXを持っていた経緯があるが、webOSは、それ以来の独自OSでもある。そして、このOSは、現時点では「ライセンスすることは考えていない」(パーソナルシステムズグループ チーフテクノロジーオフィサー、Phil McKinney副社長)と、HP単独で事業を推進する考えを示す。
「HPの立場は、エイサーやデルとは大きく異なり、Appleと同じビジネスモデルを指向することになる」(パーソナルシステムズグループ アジア太平洋・日本地域担当のJos Brenkel上席副社長)というわけだ。
HPは、webOSを活用して、いくつかの新たな利用環境を提案しようとしている。
■複数端末の利用ユーザーに最適化した環境を提供
米HP パーソナルシステムズグループ チーフテクノロジーオフィサー、Phil McKinney副社長 |
ひとつは、複数の端末を利用するユーザーに最適化した利用環境の提案だ。
「いまや端末を1台しかもっていない人はいない」(McKinney副社長)というように、スマートフォンや携帯電話、家のPCや会社のPC、あるいは持ち運び用のPCなど、複数のデバイスを所有していることが一般化している。
だが、「デバイスごとの個別ソリューションは多くの企業が考えているが、ひとつのソリューションで複数のデバイスを利用するという環境は誰も実現していない」(McKinney副社長)というのも事実だ。
webOSは、この分野に初めて足を踏み込むものになる。
具体的な提案が、webOSによって実現される「SYNERGY(シナジー)」と呼ばれる同社独自の技術だ。
外出中に利用しているwebOS搭載のスマートフォン「Veer」や「Pre3」を家に持ち帰り、「TouchStone」という専用台におけば、非接触方式での充電を可能とするほか、クラウド上からデータを引き出したり、家の中で利用しているTouchPadなどの複数のwebOS搭載デバイスと、情報を同期させたりすることができる。
移動中にPre3で見ていた映像の続きを、家ではTouchPadで見るといったことが、特別な操作を行うことなく実現できるのだ。
ここでは、ネットワークにつなぐかどうかという選択ではなく、常にネットワークに接続している環境での利用を提案するものになっている。Bluetoothや無線LANなどを通じて、ネットワークに常時接続されている環境が実現されることで、複数のデバイスが同期する。
HPが、「当社が新たに提案する『コネクテッド・ライフ』の先駆けになる」とwebOSを位置づけるのも、こうした環境を実現するからだ。
3.5型液晶を搭載したスマートフォンの「Pre3」 | 2.6型液晶を搭載したスマートフォン「Veer」 |
■直感的な操作環境を実現、コンテンツビジネスにも本格参入へ
2つ目は、直感的な操作環境を実現する点だ。
webOSの基本画面では、iPadと同様に、指で動作する直感的なインターフェイスを採用。アプリケーションをカード型に画面場に表示して、スムーズに利用できるようになっている。カードは複数のものをひとつに束ねることもでき、これによって直感的にアプリケーションやデータの関連付けができる。
ホームボタンを押せば、基本画面に戻るという操作環境やマルチタッチによる操作は、iPadに似たインターフェイスだ。
そして、アプリケーションやコンテンツが不要になれば、上方向に指でなぞれば(スワイプすれば)、画面から消去することができるのも直感的な操作のひとつといえる。
また、JustTypeと呼ばれるソフトキーボードも用意され、サイト検索や文章入力の際に利用できる。キーボードのサイズも変更できることから、指の大きさなどにあわせて、入力しやすいサイズを選択すればいい。
TwitterやFacebookなどへのSNSへの投稿も手軽に行えるようになっており、ここでもJustTypeが効果を発揮する。
ソフトキーボードのJustTypeもTouchPadの特徴のひとつ |
3つ目には、webOSによって、HPがコンテンツビジネスに本格的に乗り出す点だ。
米HP パーソナルシステムズグループ アジア太平洋・日本地域担当のJos Brenkel上席副社長 |
「ユーザーの興味はどんなデバイスが欲しいのかではなく、どんなコンテンツを利用できるのかという点。それはAppleと同じ方向性を持ったビジネスモデルだといってもいい」と、Brenkel上席副社長は語る。
すでに7000以上のwebOS対応アプリケーションが登録されており、すでに提供を開始している開発キットにより、iPhone用に開発されたアプリケーションが短期間に移植できる環境も整えているという。
「これまではハードウェアのシェアを競ってきたが、これからはプラットフォーム上におけるシェア競争が始まることになる。しかし、デルやエイサーは、いつまでたっても、ハードウェアのシェア競争に追われることになるだろう」(Brenkel上席副社長)として、自らOSを持つことになるHPは、競合他社と一線を画すことを強調してみせた。
■エンタープライズでの利用を想定、Windowsとの連携も
そして最後に、Windows PC上でもwebOSを利用できる環境を構築するという点も見逃せない。
同社では、近い将来、web OSを搭載したPCの出荷計画があることを明らかにし、「webOSは、独立した形で動作する一方で、Windowsの上からも、webOSを利用できる環境を実現する。OSをリブートして利用するのではなく、Windows上からそのまま利用できる。いわば、Windowsの拡張機能のひとつとして提供するものになる」と語る。
Windowsビジネスを捨て去るというのはHPの選択肢にはないと、同社では繰り返す。
また、HPが持つ約120種類のプリンタや各種周辺機器が利用できることもwebOSの強みだとする。TouchPadやPre3から、HPのプリンタに直接プリントアウトして利用するといったデモンストレーションも、上海で行われた報道関係者向けのイベントでは行われていた。
一方で、webOSは、エンタープライズ領域での利用も想定しており、「当社には250社のエンタープライズアカウントがある。まずは、こうしたユーザーに対して、エンタープライズが求めるセキュリティを実現できるwebOS搭載スレート端末を投入しく考えだ」(McKinney副社長)としている。
webOSは、企業におけるクラウド・コンピューティングを実現するための最適なOSのひとつともいえる。また、スマートフォンとの連動や、WordやExcelといったOfficeドキュメントの閲覧が可能であること、企業に導入されているプリンタとの連動なども、webOSのビジネスの広がりを後押しするものになると同社では考えている。
■日本向けの展開が遅れる理由は?
気になるのは、やはり日本での展開が遅れている点だ。
では、なぜ、日本でwebOSの展開が遅れているのだろうか。
今回の製品は、Brenkel上席副社長が「ユーザーが求めているのはデバイスではない。コンテンツこそが重要」という言葉に示されるように、デバイスだけの戦略にとどまらない。むしろ、コンテンツビジネスへの展開こそが鍵になる。
北米では、パームが展開していたApp Catalogによるアプリケーション配信サービス、昨年6月に買収したMelodeo(メロデオ)による音楽配信サービスの仕組みが用意されており、これと組み合わせた展開が可能になる。また、中国市場向けには、webOSの開発チームに早い段階から中国現地法人の社員が参加。年内に向けてデバイスとコンテンツを組み合わせた展開が可能なように準備をしているところだ。
中国市場を優先したのは、マーケットボリュームを優先してのことだ。
中国全土への展開に加えて、この実績を足がかりに香港、台湾にも展開できる。そして、その後、同じ2バイト圏の日本への対応という点でも展開しやすくなる。
これまでは日本での展開を先行させることで2バイト圏に広げていったが、webOSではその役割利を中国が担うことになる。
一方、日本法人では、スマートフォン事業への展開はこれまで行っておらず、webOSをフルラインで展開するには、その体制づくりから進めなくてはならない。だが、いまの日本法人におけるパーソナルシステムズグループの体制では、そこまで手が回らないの実態だ。
日本HP パーソナルシステムズ事業統括の岡隆史取締役副社長執行役員 |
日本HP パーソナルシステムズ事業統括の岡隆史取締役副社長執行役員も、「これまでノートPC、デスクトップPCの事業立ち上げを優先してきたこともあり、キャリアへの展開にまで踏み出せない状況にあった。今後、そのあたりも視野に入れた取り組みも必要になろう」と語る。
スマートフォンに関しては、SIMロックフリーの動きがプラスに作用する可能性がある。その点は、早期の日本上陸への敷居を下げる要素にはなる。
だが、webOSの展開は、日本のパーソナルシステムズグループにおいても、新たな体制づくりと、これまでに携わったことがない分野への進出が求められることになる。
日本法人がwebOS事業に乗り出すためのひとつの課題は、webOSの日本語へのローカライズ作業だ。
現時点では、日本人スタッフがwebOSの開発やローカライズに携わっているという事実はなく、北米での発売以降、中国市場への導入のタイミングをみながら、日本語版の開発を進めていくことになる。
日本での展開は、グローバル戦略からみれば決して優先事項ではなく、それが出荷時期の遅れにつながっているといえよう。
「一度、ローカライズすれば、最初のバージョンのように日本市場への投入が半年以上遅れるということはないだろう。次期バージョンからは、米国での出荷から短期間で出荷することができるはずだ」(岡取締役副社長執行役員)とする。
現在、HP TouchPadに搭載されているのはwebOS 2.0。すでにタブレット向けにwebOS 3.0の開発表明が行われており、この時点で北米や中国との投入時期の差は一気に縮まっている可能性も高い。
もうひとつの課題は、マーケットプレイスの確立である。
webOSのビジネスモデルは、コンテンツによって収益を得る仕組みとなっている。これは、AppleのiPadとAppStoreによる仕組みと一緒だ。
当然のことながら、日本においてもMelodeoと同等の音楽配信、映像配信、アプリケーション配信の仕組みを構築しなくてはならない。もちろん、現時点では日本法人のなかに、こうした取り組みを行う部門は存在しない。この仕組みが日本で構築されない限り、日本におけるwebOSビジネスはスタートできない。
こうした点をみても、webOSの立ち上げに向けた取り組みがこれからであり、日本でのHP TouchPad事業の開始が来年以降であることが理解できる。
アジア太平洋地域のなかでも日本での展開が遅れるということは、グローバル展開のなかでとらえても遅い部類に入る可能性が高い。欧州市場向けには、まずは英語版によって展開する考えであることから、日本よりも準備は早く進むだろう。
webOSにおける日本のユーザーへのメリット享受は、残念ながら一番最後ということになりかねない。