TIのモバイルチップ事業買収? Amazonのプラットフォーム戦略


 Amazonが半導体大手のTexas Instruments(TI)からモバイルチップ事業を買収する交渉を進めていると報じられた。イスラエルの経済紙Calcalistが報じ、Reutersが世界に転電した。Amazonは、ハードウェア製品である「Kindle」のほか、自社ブランドの携帯電話・スマートフォンを計画しているとみられており、大量・安価で投入するための布石である可能性があるからだ。


TI買収報道

 Calcalistによると、TIはスマートフォン&タブレット向けのモバイルチップ事業をAmazonに売却する交渉を進めており、“Advanced Talk”(かなり進んだ交渉段階)にあるという。成立すれば買収額は数十億ドルになる見込みとしている。

 TIは今年9月、モバイルチップ事業からの撤退を示唆しており、逆にAmazonは、モバイルチップを戦略の重要な要素になると考えているという。Amazonは電子リーダーとタブレットの「Kindle」シリーズを展開しているが、今年7月に、スマートフォンに進出するとの報道が出た。これを確実視するメディアやアナリストは多い。

 TIは1930年創業で、ICの基本特許である「キルビー特許」のJack Kilbyが在籍した半導体メーカーの老舗だ。モバイルチップではかつて、Nokiaのメインサプライヤーとして活況だったが、Nokiaの後退とともにこのビジネスも縮小した。モバイル向けには現在、ARMペースの「OMAP」 (Open Multimedia Application Platform) シリーズを提供して一定のポジションを維持している。Amazonはその主要な顧客である。

 TIがモバイルチップから撤退するのは、赤字になっているわけではなく、将来性が見込めないためだという。

 ReutersやWall Street Journalによると、同社のバイスプレジデントGreg Delagi氏は9月の四半期決算発表で、「(モバイル事業の)機会は、今後次第に、魅力が薄れているだろうと考えている」と述べ、より利益率が高く、安定した市場、つまり車載向けなどの組み込みチップ向けの投資を強化すると述べた。

 Delagi氏によると、モバイルチップ市場の顧客は10社程度にすぎないが、組み込みチップは、既に4000社の受注を獲得しており、年回4億ドルの売り上げを生み出すという。同時に、現在のモバイルチップの顧客サポートは続けると説明した。これにはAmazonや、そのライバルで電子リーダー「Nook」を販売しているBarnes&Nobleが含まれる。


販売プラットフォームとしてのハードウェア

 Amazonはオンライン小売りのツールとなるハードウェアプラットフォームの改良・強化を進めている。9月初めに、ホリデーシーズンに向けた「Kindle Fire HD」など新しいKindleシーズンを発表したところだ。

 新電子リーダーの「Kindle Paperwhite」は119ドル。タブレットの「Kindle Fire HD」シリーズは199ドルから、LTE機能内蔵の最上位機種で499ドルという安価路線をとっている。旧タイプ(マイナーチェンジ版)のKindleに至っては69ドルで販売する。199ドルという衝撃価格でKindle Fireを投入した専用端末普及のための価格攻勢は続いている。

 CEOのJeff Bezos氏は10月11日付のBBCのインタビューで、「われわれはハードウェアを自身の負担で販売しており、その部分の収支はトントンだ」と述べ、Kindleの売り上げでは利益を出していないことを公式に認めた。「もうけるのは、ユーザーがデバイスを使って買い物をしてくれた時であって、デバイスを買った時ではない」という方針で、ハードウェアはあくまで“販売のための道具”と位置づけているという。

 となると、ハードウェアのコストを下げることは、全体の戦略の中の、より重要なポイントとなる。自社で製造して、さらに安価に販売すれば、オンラインストアの販売プラットフォームを拡大できるのだ。


垂直統合モデル

 多くのアナリストやメディアが、AmazonのTI買収をありそうなことだと考えたのは、ライバルAppleが採用する「垂直統合モデル」のメリットだ。同社は2008年にチップ設計のP.A. Semiを買収して以降、iPhone、iPadのコア部分の設計までを自社内で行う方向で、これが功を奏している。

 実際、TIの四半期決算発表でDelagi氏は、この市場が“垂直統合型の2つのプレーヤー”に独占されるようになると述べている。2社の名前は口にしなかったが、皆AppleとSamsungだと受け止めた。Samsungはもともと半導体大手で、自社のAndroid製品に専用のチップをあてている。Amazonがこれを追うとの見方はメディアにも多い。

 NBG Productionsのアナリストは、eWeekに対して「AmazonがTIのチップ事業に興味を持つことは、単にスマートフォンだけでなく、コストを引き下げるためのサプライチェーンを手にすることだ」 とコメントしている。Daily Financeはさらに、TIのモバイル部門にベースバンド製品が含まれていることに着目する。Amazonの新Kindle Fire HDにはLTE内蔵版があり、TIのベースバンド製品が、こうした製品の接続性能を高めるというのだ。

 しかし、TIのモバイル事業買収に懐疑的な意見も出ている。Network Worldは「Amazonのビジネスは半導体やハードウェアでなく、デジタルコンテンツ販売だ。Kindle Fireは、コストを引き下げるためにARMやAndroidなどオープンなコンポーネントに基づいて設計されている。なんで今、路線変更して半導体事業を買うことがあるのか」と否定的な見解を示している。

 また、投資家向けニュースサイトのiStockAnalyst.comは「TIは、AppleやSamsung Qualcommのように、ARMからチップをカスタマイズするライセンスを受けていない。もしAmazonが、自身のチップを欲するのなら、もっと安価で簡単な方法があるはずだ」と述べ、この買収話がAmazonのビジネスモデルに合わないと結論している。

 こうしたメディアやアナリストの憶測がかまびすしい中、Amazonは沈黙を守っている。その代わというか10月17日に、Kindleシリーズで設定やコンテンツ一括配信ができる管理サービス「Whispercast for Kindle」を発表した。教育向け、ビジネス向けの機能があり、Kindleの普及を後押しする武器になるだろう。

 Amazonは、バックエンドとなるクラウドサービスでも拡大中だ。ぬかりなく全方位に手を打ちながら、小売り、教育、ビジネスまでを網羅し、成長を続けている。ITのモバイル事業をあえて買収せずとも、まだまだ他の手を持っているようにも見える。Bezos氏はクールな決断を下すのではないだろうか。


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(行宮翔太=Infostand)
2012/10/22 08:56