Microsoftの狙いへの大きな疑問
対Salesforce.comの特許訴訟


 クラウドブームに乗って急成長してきたSaaS型CRMのSalesforce.comを、Microsoftが特許権侵害で訴えた。ハイテク業界の特許訴訟など日常茶飯事、と思われがちだが、実はMicrosoftが他社を訴えたケースは極めて少ない。しかもその内容は、いまやユーザーには見慣れた感のある技術群についてだ。この争いには、いったいどういう意味があるのだろう。

Microsoftがソフトウェア特許で他社を訴えるのはこれが初めて

 Microsoftは5月18日、Salesforce.comが自社の特許9件を故意に侵害しているとしてワシントン州西部地区連邦地裁に訴え、損害賠償と当該製品の販売差し止めを求めた。発表した声明は非常に簡単なもので、理由として「これまでの投資を守る義務を、投資顧客、パートナー、株主に対して負っており、知的財産権の侵害を看過することはできない」と述べているだけだ。

 Salesforce.comは1999年設立。オンデマンド型CRMのトップ企業で、クラウドサービスの主要プレーヤーの一つである。急成長してきたが、Microsoftのような大手競合企業に訴えられたのはこれが初めてとみられる。

 テクノロジー業界では特許がらみの争いはそれこそヤマのようにある。長期間にわたるものもあれば、あっという間に和解で決着することもある。巨額の賠償金やライセンス料は、双方にそれだけ力を入れる価値がある。

 Microsoftも他社から訴えられて反訴した例は珍しくない。だが、自ら他社を訴えたケースは1975年の創設以来、周辺機器メーカーのBelkin International(2006年)、マウスメーカーのPrimax Electronics(2008年)、GPS 機器メーカーのTomTom(2009年)の3度しかなかった。

 これらはいずれもハード関係で、意外だがビジネスの根幹であるソフトウェアの特許で他社を訴えたのは今回が初めてとなる。2007年に「オープンソースソフトが235件の自社特許を侵害している」と発言してオープンソース陣営を騒然とさせたことはあるが、実際に訴えるには至っていない。

 訴えられた側のSalesforce.comのCEO、Marc Benioff氏は20日の四半期決算発表の場で、訴訟はビジネスには全く影響しないと述べた。同氏は「いまビジネスとテクノロジー業界には、不幸なことに、こうしたパテントトロール(賠償金や特許料を取るためだけに特許保有すること)がある。繁栄している経済には“路地の暴漢(alley thugs)”がいるものだ」と皮肉たっぷりに、やり返している。

見えにくいMicrosoftの意図

 Microsoftが侵害を受けたとしている特許は以下の9件(カッコ内は取得年)だ。特別にCRMやクラウドサービスに関係の深い内容はなく、コンピュータ、ソフトウェアの技術としては基本的なもののようである。

・論理データと物理データ間のマッピングの手法およびシステム(2007年)
・埋め込みメニューを持つWebページの提供と表示のためのシステムおよび手法(1998年)
・ディスプレイ上のツールバーの重ね方の手法およびシステム(1997年)
・テンプレートを使ったアクティブサーバーページ・アプリケーション生成による自動Webサイト生成(2001年)
・システム設定のオブジェクトへのアグリゲーション(2000年)
・グラフィカル情報表示のタイミングと速さのコントロール(2001年と2003年)
・リモートコンピュータからのソフトウェアの識別と取得の手法およびシステム(1998年)
・コンピュータネットワークでデータエンティティへのアクセスを制御するシステムおよび手法(1999年)

 MicrosoftウォッチャーのJoe Wilcox氏は、自身は特許問題の門外漢であるとしたうえで、この訴訟は「こけおどし」(bogus)ではないかとしている。例えば、「“ツールバーの重ね方”が特許侵害になるなら、Webでツールバーを使っているサービスで侵害にならないものなどあるのだろうか?」というのだ。訴訟は駆け引きで、成功しているライバルに対してダメージを与える宣伝を狙ったもの。おなじみのFUD(恐怖、不安、疑念)戦術だとの見方を示している。

 実際、Microsoft側の意図は不明瞭で、メディアが一斉に取材しているが、声明以上の説明はしてない。他の企業に対する訴えを起こしたか、また起こす考えあるかについてもノーコメントを通しているようだ。

CRM分野での両社の確執

 相手がSalesforce.comとなると、CRM分野での両社の確執を考えておかねばならない。MicrosoftはGreat Plains Software(2001年)やNavision(2002年)を買収して2003年にCRM市場に参入。SAP とOracleという2大巨頭が支配的な市場で、とくに中小規模の企業に食い込むことに注力してきた。そこで直接ぶつかることになるのがSaaS型オンデマンドCRMサービスで台頭してきたSalesforce.comだった。

 Microsoftは2008年4月に「Dynamics CRM Online」を投入した。一方、Salesforceも同じ月に Googleとの提携を発表して「Salesforce for Google Apps」を開始した。このあたりから両社の直接対決がヒートアップしている。

 Gartnerの調査によると、2008年の世界のCRM市場ベンダー売り上げシェアは、SAPが22.5%、Oracleが 16.1%、Salesforce.comが10.6%、Microsoftが6.4%の順だった。SAP、Oracle は大企業相手のビジネスが中心でシェアが大きいが、成長率からみると3位のSalesforce.comと、4位の Microsoftの方がはるかに大きい。それぞれ前年比42.7%増、75.0%増という勢いだ。当然、両社は火花を散らしている。

 さらに最近、Salesforce.comが動きを活発化させている。今年4月に、企業名簿DBサービスのJigsawを約1億 4200万ドルで買収。さらに続いてVMwareと提携して、Java開発者向けの初のエンタープライズクラウド「VMforce」を発表している。Jigsawは400万社2100万人の連絡先を提供するクラウドソーシング型の企業で、オンデマンド型 CRMサービスに加えれば、まさに鬼に金棒だ。Microsoftも買収を狙っていたとの報道もある。

 このほかSalesforce.comは、5月に入って、Microsoftの元副社長のMaria Martinez氏を顧客担当上級副社長として迎えているといったことまである。Microsoftにとってけん制したい相手であることは間違いないだろう。

今後予想されるシナリオ

 このあと、訴訟はどういう展開になるのだろう――。eWEEKは2つの異なるアナリストの見解を紹介している。一つは、 Endpoint Technologies AssociatesのアナリストRoger Kay氏の言う「Microsoftが巨大な特許ポートフォリオをマネタイズする」という狙い。つまりライセンス料を払わせたいということ。

 もうひとつは、Enderle GroupのアナリストRob Enderleのいう「これらの特許を、自社の製品の差別化のコア部分と考えて」訴えたということだ。Enderle氏はTG Dailyでも解説を行っており、対象の特許に、ルック&フィールに関するものが多い点を指摘。基本的な特許であるがゆえに、これを守ることに全力をあげるだろうと予想する。つまりMicrosoftは本気だというのだ。

 前者では早々に和解に進むだろうし、後者ならば訴訟は長期化する。また、違う視点から、和解が近いとは考えにくいとする見方もある。Microsoft ウォッチャーのMary Jo Foley氏は、Benioff氏の“路地の暴漢”という言葉は、水面下で和解に動いている当事者としては不自然だと述べている。

 この戦い、“ソフトウェアの巨人”の大逆襲なのかもしれない。

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(行宮翔太=Infostand)
2010/5/24 09:21