IT大国インドの転機? 野党の掲げた一大ビジョン



 IT新興国インドが5年に一度の総選挙を迎えている。インドは、供給面、市場の両面から、世界のIT業界にも少なからぬ影響を与える重要国だ。今回の選挙では、最大野党インド人民党(BJP)が、IT政策をまとめた「ITビジョン」を発表して注目を集めている。国の隅々へのネットインフラ到達、ITを活用した農村部での雇用創出などアグレッシブなものだ。


 BJPは前回の選挙で、Sonia Gandhi総裁率いるインド国民会議派に敗れて下野。今回、挑戦者として政権返り咲きを狙う。BJPはヒンドゥー至上主義を標榜する右派政党だが、1998年から2004年まで政権を担当し、北部の上中位カーストや都市部のビジネス層に支持基盤を持っている。

 そのBJPが3月中旬、インドの政党としては初めてという広範囲で包括的なIT政策を発表した。30ページに及ぶ「ITビジョン」は「5年以内に、あらゆるパラメーターで中国に並ぶ」ことを掲げ、具体的な25項目の目標を列挙している。たとえば次のようなものだ。


  • 1万ルピー(約2万円)の低価格ノートパソコンを1000万人の学生に提供、無利子ローンを用意
  • ITを活用して農村部に1200万人の雇用を創出
  • あらゆる町村に2Mbpsのブロードバンドインターネットを開通
  • 5年以内に携帯電話契約者数10億人到達
  • すべての最貧困層家庭へ無料スマートフォンを配布
  • 国内ハードウェア産業の促進と輸入依存の最小化
  • 政府の「オープンスタンダード」と「オープンソース・ソフト」の標準採用


 「BRICs」の一角として注目を浴びるインドだが、その人口の大半は貧しい農村地域に住んでいる。“貧しいインド”のイメージからは、これらの目標は荒唐無稽にも見えるが、実現できないような目標ではないという。

 ビジネスニュースのBusiness-standard.comによると、インド最大のIT業界団体NASSCOM(インドソフトウェア・サービス協会)のGanesh Natarajan会長は「BJPの提案は、非常に実際的なものであり、私には、これが実現不可能であるという理由は見あたらない」とコメント。ITサービス企業大手Infosys Technolgies ヒューマン・リソース担当役員のT.V. Mohandas Pai氏は「もし、BJPが政権の座につけば、ビジョンの多くは達成可能」と述べている。

 たとえば、携帯電話契約者はすでに爆発的に増加中で、現在約4億といわれている。農村部でも携帯電話を使う光景が普通に見られるようになり、“5年で2.5倍”もあながち不可能とは言えない。

 また「ITビジョン」には、大規模なインフラ投資や雇用拡大など、景気対策としての側面も強い。世界的な景気後退のなか、インドの経済成長を引っ張ってきたソフトウェア、サービス業界、ハードウェア業界を中心に、産業界も景気浮揚を求めており、ビジョンには歓迎の姿勢だ。

 対する国民会議派も、マニフェストのなかで、すべての村に今後3年間でブロードバンド・インターネットを到達させるといった公約を掲げているが、ことITへの取り組みでは、BJPの方が大きくリードしていることは否定できない。


 もうひとつ、「ITビジョン」の内容で注目されたのが、オープンソースの全面的な推進だ。経済紙のEconomic Timesによると、BJPは政府や公的機関でもオープンソースソフトを積極的に推進する姿勢を打ち出しており、学生向けノートパソコンには、オープンソースソフトが採用されることになるという。

 これまで、インド政府は、政策的には、プロプライエタリなソフト産業とオープンソース陣営の間で、中立的な立場をとってきた。アウトソーシングの最大の得意先である米国のベンダーとの関係に配慮したものともいわれている。

 だが、もし、次の政府がオープンソースを全面的に推進するとなると、プロプライエタリなソフトウェアビジネスに影響が出る。GartnerのアナリストDiptarup Chakraborti氏は、もしBJPが政権を取るようなことになれば、Microsoftも安穏としておれず、政府にアプローチすることになるだろう、とCYBERMEDIA INDIA ONLINEに述べている。

 これに対し、インドMicrosoft会長のRavi Venkatesan氏は、Economic Timesのインタビューで、オープンソースをめぐる動きについて「“オープン標準”と“オープンソース”の間の大きな混同がある」と反論する。

 また、「コストが問題になっているのではない」とも言う。「われわれは、どの政府・地方政府にも完全なソフトウェアスタックを3ドルで提供できる。Windows、Office、開発ツールが3ドルで手に入るなら、価格は問題にならないはずだ」(Venkatesan氏)。そして、ITビジョンについては、前向きに受け止めているという。

 インド総選挙は、4月16日から5月13日まで5回にわたって投票が行われ、同16日に開票される。選挙戦はヒートアップしており、ブログからSNSまで使った、かつてない“サイバー選挙戦”も繰り広げられているという。

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(行宮翔太=Infostand)
2009/4/13 09:05