ネットの革命「ロングテール」に異議 論争白熱



 「Web 2.0」は、IT業界のみならずビジネス界全体の流行語となっている。そのなかでも関心を集めているキーワードが「ロングテール」(Long Tail)だ。このロングテールをはやらせた米Wired Magazine誌の編集長、Chris Anderson氏は7月、米国で著書『The Long Tail』を出版。勢いを加速した。だが、あっという間にベストセラーとなったこの『The Long Tail』に対して、米The Wall Street Journal紙のコラムニストが「誇大だ」と反論している。


 「ロングテール」(長い尾)はマーケティング用語で、あまり売れない膨大な商品群を指す。商品を売上数順に並べたグラフを描くと、少数の売れ筋商品が“恐竜の頭”のように持ち上がり、ほとんど数が売れない大半の商品が延々と“長い尾”のような形になるというものである。インターネットの普及で、こうした“死に筋”や“ニッチ”だった商品が売れ、「塵も積もれば山」となって、従来と違うパターンになるというものだ。

 Anderson氏は自著で、オンライン書店の米Amazon.com、音楽ストリーミングの米eCastなどのデータを交えながら、このロングテール現象はどこにでも見られると論を進めた。


 一方、Wall Street JournalのLee Gomes氏のコラムが掲載されたのは7月26日、ちょうどこの『The Long Tail』がベストセラーとなったころのことだ。Gomes氏は『The Long Tail』に対して、直近のデータを持ち出して反論した。

 たとえば、Anderson氏が「98%の法則」を発見したeCast、これは2年前にAnderson氏が調べたときに、カタログに掲載されている全楽曲の98%が再生され、売り上げに結びついていることを根拠としている。

 しかし、Gomes氏が問い合わせたところ、現在では四半期中1回もアクセスされなかった曲の比率は2%から12%に増えていたという。また、Amazonでは、Anderson氏が「売り上げの25%は尾から来ている」としたのに対し、Gomes氏は裏返して、「2.7%の商品が売り上げの75%をもたらしている」(Amazonは35万タイトルを取り扱う)との見方を示している。

 Gomes氏はコラムの最後で、「ビジネスプランが出てくるまでは時期尚早。しっぽ(テール)がどのような形になるのか、見守ることにしよう」として、ロングテールの存在は認めつつも、すぐに現実に尾が頭を追い越すとは思えないとの見解を示した。

 これに対し、Anderson氏はすぐさま、The Long Tailと名付けた自身のブログで反論した。「既存の小売店が取り扱わない製品の売り上げ(尾)が、取り扱い製品(頭)を追い越したと書いた覚えはない」としたうえで、Amazonのデータについては、「在庫が無制限である世界で、しっぽと頭を%で定義することは無意味」と述べた。これは、ロングテール現象を把握する上で、どういう数を用いるべきかという論争となる。


 この一部始終を見守っていたのが、『IT doesn't matter』(邦題『ITにお金を使うのは、もうおやめなさい』、Harvard business school press、ランダムハウス講談社)で知られるNicholas Carr氏だ。

 Carr氏は自身のブログで、Gomes氏の記事を紹介し、それに対するAnderson氏のブログ記事を報告した。Carr氏は、「両氏の主張にそれぞれ同意する」としながらも、「(Anderson氏の)データが変わっている点に疑問を感じる」と述べた。Anderson氏が引用したAmazonのデータが、当初のWired誌の記事よりも『The Long Tail』で縮小したことを指摘した。

 すなわち、Anderson氏は当初、「半分以上の売り上げが上位13万位以外から」と書いていたが、本になった段階で「売り上げの25%が上位10万位以外から」に修正されているというものだ。そして、ロングテール効果を測定する上で本当に有益なのは、「インターネット時代になる前、典型的な本屋では上位10万位が売り上げの何%を占めていたのかと比較すること」を提案している。

 その後、Carr氏が、Anderson氏の反論に対するGomes氏の回答をブログに掲載したことから、Carr氏のブログはロングテール論に注視する人が意見を述べる場となっている。その中には、「ロングテール効果は始まったばかり」という意見、「メーカーの立場からの議論がない。ロングテール商品にどのくらい期待すればよいのか。どのくらい競争が激化するのかを知りたい」という意見もある。

 なかでも、Anderson氏とともに調査を行ったマサチューセッツ工科大(MIT)のチームメンバーというMichael D. Smith氏は、ロングテール問題を考える別の視点として「消費者がどのくらいメリットを享受できるか」ということをあげている。

 『The Long Tail』に関する論争は、メディアにおおいに刺激を与えたようで、英ITサイトのThe Registerは8月13日、「ロングテールは失望におわる」という記事を掲載している。それによると、ロングテール論は新しいものでもなんでもなく、ニッチ市場は常に存在した。そのために、都市部にある大型レコード店など、商店は集客の多い場所に大型小売店を設置しているのだという。つまり、ロングテールとは、単なるマーケットセグメンテーションに過ぎないのだと論じている。

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(岡田陽子=Infostand)
2006/8/21 08:40