米AMDがATIを買収? 震源地は1人のアナリスト



 「米AMDがカナダのグラフィックプロセッサー(GPU)メーカー、ATI Technologiesを買収する可能性がある」。先週、こんなニュースが業界を駆けめぐった。両社が一緒になれば、相互に補完でき、AMDにとってはライバルの米Intel攻略のための大きな力になるというものである。この話の実現性はどうなのだろうか―。


 買収の可能性を主張しているのは、証券会社RBC Capital Marketsのアナリスト、Apjit Walia氏だ。同氏は、the Wall Street Journalに半導体トップアナリストの一人にあげられたこともあり、投資の観点からの分析を得意としている。

 Walia氏は、投資家向けリサーチノートのなかで「AMDがATIの買収に関心を持っており、同時にこれはGPU産業全体にも利益になる」と言及。さらに「今後の提携の動きいかんで、ATIは半導体業界の“お買い得銘柄”となるだろう」と述べたという。5月31日付の米Forbes誌が取り上げ、同日、ATIの株価が一気に約10%はねあがった。ロイターやAPなどの通信社も伝えている。

 Walia氏はこの予想を「“PC業界の食物連鎖”のチェックに基づくもの」と説明している。

 同氏は、ATIや他のGPUメーカーが、AMDやIntelに買収されるのではないかという憶測は、すでに何年も前からささやかれ続けていると指摘する。MPUメーカーにとって他のGPUメーカーと提携して製品を進めるというやり方は必ずしも最上の策ではないからだ。

 理屈から言えば、AMDがATIを獲得すれば、オールインワンのプラットフォームを提供できるようになる。AMDはIntelに比べてチップセットのラインアップが弱い。開発面でもGPUと自社であわせ持つことによって有利になると考えられる。

 タイミングもある。AMDは5月29日、ドイツ・ドレスデンの製造拠点に3年間で25億ドルを投じて拡張する計画を発表している。既存設備を200mmウエハーから300mmウエハーに移行させるもので、製造能力を大幅に増強して、Intel追撃を図る。

 AMDとATIの合併で狙える相乗効果は、この製造能力拡大にも合致するという。ATIはファブレスで自社生産設備を持っていないのだ。

 また、Walia氏は「このタイアップは、AMDにとっては意義あるものとなるが、IntelがGPUメーカーを買収する道をとるとは思わない。Intelは通信分野に目を向けているはずだ」とも述べている。

 このあとAMDは6月1日の「アナリストデイ」でロードマップを説明したが、この時のQ&Aで会場からATI買収についての質問が出た。英the Inquirerによると、Dirk Meyer社長兼COOとHector RuizCEOは、数秒間顔を見合わせたあと、Meyer COOが「憶測には一切コメントしない」とかわしたという。

 ATIもメディア各社の取材に対し、同様の対応をしている。そのなかで地元カナダのGlobe and Mail紙は「ここ10年間、この手の憶測が続いているが、何も変わっていない。ほんの1週間前にはIntelが興味を持っているといううわさがあった」というATIの広報担当者の言葉を紹介している。


 Walia氏に賛同するアナリストも、いまのところいないようだ。

 コンサルティング会社の米Jon Peddie Research創設者・社長でアナリストのJon Peddie氏は、金融・投資情報サイトの米TheStreet.comの取材に対して「時間の無駄だ」と一蹴している。

 同氏によると、AMDにはATIを買収するほどの現金も管理リソースもないという。試算では、ATIの市場価値は約36億ドルにのぼるという。AMDのドレスデンへの25億ドルの投資も重くのしかかる。「AMDは、ATIを買うという冒険ができるほどのリソースは持っていない。現金はないし、株式もあてられないだろう」(Peddie氏)。

 AMDの2005年度(2004年12月27日~2005年12月25日)売上高は58億5000万ドル(前年比17%増)、純利益は1億6500万ドル。ATIの2005年度(2004年9月1日~2005年8月31日)売上高は22億2250万ドル(前年比11%増)、利益は1700万ドルだ。

 Walia氏は、買収があるとすると、いつになりそうなのか、また、この話が、内部関係者などの情報によるものなのか、自身の状況判断によるものなのかを明らかにしていない。

 さらに、買収相手がなぜ米NVIDIAではないのかという疑問も出てくる。以前からIntelとの関係が密接なATIよりも、「nForce」シリーズの投入などでAMDと協力したNVIDIAが浮上するのではないかという見方だ。

 この話、Walia氏が多くを語らないゆえに、ますます気になるのである。

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(行宮翔太=Infostand)
2006/6/5 09:00