PalmとMicrosoftの意外な提携 その背景



 PDAの覇権をめぐって争ってきた米Palmと米Microsoftが戦略提携した。Palmの主力製品であるスマートフォン「Treo」にMicrosoftのモバイル端末向けOS「Windows Mobile 5.0」を搭載して販売するというものだ。「コカコーラが、ボトルにペプシを詰めて売るようなもの」(米Forbes誌)と評されるほどの意外な組み合わせだが、ここに至るにはそれぞれの思惑と経緯があったようだ。

 3社の発表会では、PalmのEd Colligan社長兼CEO、MicrosoftのBill Gates会長、Verizon WirelessのDenny Strigl CEOが壇上で、それぞれ新しいTreoを持ってにこやかに協力関係をアピールした。数年前、PDAのシェアを争っていたころからは想像できない光景だ。

 Windows版Treoについては、Intel製のプロセッサを採用すること以上の情報はほとんど公表されていない。ただプロトタイプをみると、サイズやQWERTYキーボードなどハード的な違いはほとんどないように見える。Palm OS版にない特徴は、モバイル版のOutlook、Office、Internet Explorerを組み込んであり、MicrosoftのExchange Server 2003に直接アクセスできるという点だ。企業にはWindowsが浸透しており、ビジネスユーザーにとっは魅力的な機能になりそうだ。

 “青天のへきれき”と見えるPalmとMicrosoftの提携も、実は水面下で長い交渉があったという。米The New York Times紙は、Gates会長の話として、両社が競合から協力へ関係を改善することを決定したのは2年以上前だったと伝えている。Palm創業者のJeff Hawkins氏が協議のためにMicrosoftを訪れたことから始まったという。

 2年前というと、PalmがOS開発・ライセンス部門であるPalmSourceの分離独立を発表した直後にあたる。Hawkins氏はPalmを離れてHandspringを設立し会長を務めていたが、Palmが2003年6月、PalmSourceの分離とともにHandspringの買収を発表してPalmに復帰した。つまり、Palmはほぼそのころに、Microsoftとの協力を決めていたことになる。Colligan社長も発表会の席上、PalmSourceの分離以来、Palm OS以外のOSの採用を検討していたと説明している。

 Palm側は、Windows Mobileを採用するにあたって、ユーザーインターフェイスに新しい機能を加えることを提案したという。すなわち、(1)画面に表示した写真をタップすることでワンタッチダイヤルする機能(2)呼び出しに対して通話をとらずに自動でメッセージを返す“留守電”機能(3)アイコンからワンタッチでボイスメールを聞く機能―などだ。

 Microsoftは当初、これらの案に難色を示したが、結局受け入れることにしたという。Palm OSはユーザーインターフェイスの使いやすさに定評があった。


 Palmは90年代後半にハンドヘルドブームに乗って急成長した。一時はPalm1社のみで世界のPDA市場の過半数を占め、HandspringやソニーなどPalm OS搭載機を販売しているメーカーを合わせると約7割に達した。

 しかし、2002年以降、PDAの市場が急速にしぼみ、Palm自体もシェアを落としてゆく。2003年には、合併したHandspringをあわせても4割程度に縮小した。さらに、2004年半ばには、独自の拡張でユニークな製品を投入してきたソニーがPalm OS製品からの撤退を決定した。同年後半には、Windows CEがPalm OSを抜いてOSベースでトップに躍り出た。PDA戦争では、Microsoftの勝利が確定したといっていい。ただし、PDAそのものが消えゆくという流れのなかのことである。

 一方、OS会社のPalmSourceはLinuxへの移行を進めている。今年初め、中国の携帯向けLinux開発会社のChina MobileSoftを買収したほか、今夏にも組み込みLinuxの米MontaVista Softwareと提携した。9月初めには、このPalmSourceを日本のACCESSが約358億円で買収すると発表した。携帯電話向けアプリケーションの拡充を狙ったもので、プラットフォームとしてのPalm OSは、これでひとつの時代を終えたと言えそうだ。

 PalmとMicrosoftの提携は、こうした状況のなかで発表された。そして、Windows Mobileを搭載するのは、いまや唯一のヒット製品Treoだ。

 同社がMicrosoftとの提携を発表する直前に発表した2005年第1四半期決算によると、純利益は1820万ドルで前年同期の1960万ドルから落ち込んでいる。そのなかでTreoは、販売台数が160%増の47万台と好調だった。

 Windows版Treoは、2006年初めには携帯キャリアの米Verizon Wirelessから発売される。MicrosoftもPalmは協力して、Symbian OSが圧倒的に強いスマートフォン市場に挑戦することになる。

 筆者は、Palmが最も脚光を浴びていた1999年、開発者会議のため来日したPalm(当時は3Com Palm Computing部門)のMark Bercow副社長にインタビューした。ひとしきり話を聞いたあと、「もし、Palmが市場を独占し、独禁法違反で訴えられたらどうするか」と聞いてみた。このころ、Microsoftの独禁法訴訟関連のニュースが連日伝えられていた。

 こちらはちょっとしたジョークのつもりで、Bercow副社長が笑うと思っていた。しかし、彼は、それまでより真剣な顔になり、「そんなことはありえない」と答えた。「競争は厳しい」と…。結局、その通りだっただろう。

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(行宮翔太=Infostand)
2005/10/3 09:10