PC事業を切り離し、ルーツに還るHP~SAP出身CEOの決断


 Hewlett-Packard(HP)がPC事業を切り離すことが明らかになった。今後は、エンタープライズ向けのソフトウェアとサービスを中心にしてゆくという。この決断を下したのはSAP出身のCEO、Leo Apotheker氏で、メディアからは“英断”との賞賛の声も出ている。ダイナミックな転換の行方が注目される。

 

課題の多いPC市場、タブレットでも失敗

 HPは8月18日、同社の会計年度2011年第3四半期(5月-7月期)の業績報告と合わせて新戦略を発表した。重要なポイントは、1)PC事業(PSG:Personal Systems Group)の見直し、2)「webOS」端末の開発打ち切り、3)Autonomyの買収――の3点に集約できる。

 PC事業の見直しの背景には、PCを含むコンシューマー向けのハードウェア事業が、既存ベンダーにとって問題の多い事業になりつつあるという事情がある。PCは西欧州、米国、日本などの成長市場では成長が鈍化しているカテゴリで、成長地域であるアジアではLenovo、ASUSTeK Computerなどの地元ベンダーが激しい価格競争を展開している。

 HPのPC事業は前四半期に売り上げの約30%を占めたが、営業利益率では5.9%にすぎなかった。

 IBMは2005年、Lenovoに早々にPC事業を売却しており、Dellもエンタープライズへのシフトを明確にしている。

 さらには、Appleが「iPad」で打ち立てたタブレットカテゴリがPC市場を脅かし始めている。成長市場で需要のあるタブレットだが、Appleの一人勝ち。なんとか、SamsungやMotorolaなどのAndroidベンダーが製品を投入し、わずかなシェアを分け合っているのが現状だ。

 HPは2010年、Palmを12億ドルで買収してwebOSを手に入れ、全PCラインに同OSを統合する計画を進めていた。webOS搭載端末として、スマートフォンではPalm時代の後継といえる「Pre3」などを発表。今年6月には初のタブレット「TouchPad」も発売した。

 しかし、販売の方は芳しくなかったようだ。TouchPadの失敗については、「準備不足」(Reuters)などさまざまな分析があるが、何より、アプリとアプリストアというエコシステムを持ち、ブランド力もあるAppleとiPadが強すぎたといえそうだ。結局、HPはタブレット市場から、わずか2カ月足らずで撤退することになる。

 

SAP出身Apotheker CEOの勇断

 この判断を下したのが、2010年秋にHPのCEOに就任したApotheker氏だ。業務ソフトウェア大手のSAPで約20年のキャリアを持つ人物で、2010年2月までCEOとしてSAPを率いた。

 HPは2001年、当時のCEOだったCarly Fiorina氏が189億ドルで買収したCompaqによって、大型PC事業を手に入れた。だが、統合はあまりうまくいったとは言えず、San Francisco Chronicleなどによると、7年ほど前から社内ではPC事業の切り離し案がたびたび浮上していたという。

 コンシューマー相手のコモディティ事業であるPC事業については、マサチューセッツ工科大学(MIT)教授のMichael Cusumano氏「HPのDNAではない」とBloombergに語っており、Wall Street Journalも、「PC事業に賭けるというFiorina氏の決断は、理にかなっていなかった」と否定的だ。

 それでも、それなりの売り上げと収益をもたらしてきたこともあり、切り離しは、なかなか実現しなかった。そんな中で、欧州出身、過去のしがらみが少ないApotheker氏は大胆な決断を下せる立場にあったようだ。

 業界もApotheker氏の判断を好意的に見ている。Olivetree Securitiesの戦略家、Tim Daniels氏は「おもしろい方向転換だ」とSan Francisco Chronicleに語っており、Reutersも「勇敢な動き」と評価している。SAPウォッチャーで知られるDennis Howlett氏もZDNetのブログで、「SAPのCEO時代は存在感がなかったApotheker氏だが、なにをすべきかについて、はじめて明確な考えを示し、決断力とフォーカスのある正しい判断を下した」と賞賛する。

 

IBMになりたいHP、そしてOracleとの関係にも注目

 HPは今後、サービス、ストレージ、セキュリティ、ネットワークなどにフォーカスすることになる。それを示すべく、Apotheker氏は今回、総額103億ドルでのAutonomy買収計画とエンタープライズサービス担当トップの任命をセットで発表している。103億ドルは、HPにとっては2008年に132億で買収したEDSに次ぐ買収規模だ。Apotheker氏にしても最大の賭けとなる。

 そのAutonomyとは、どんな企業なのだろう。エンタープライズ検索を標榜する同社は、電子メール、音楽・動画、SNS上の投稿などの非構造化データの検索や分析が可能となる技術ソリューションを展開している。これをHPは、分析やBIの強化に役立ててゆくことができる。

 Autonomy買収の発表で、HPは今後ソフトウェア強化のため企業買収戦略をとることを示した。この戦略をIBMの模倣とする見方も多い。FBN Securitiesのアナリストは「HPはIBMのようになりたいといっている」とReutersに語り、IT Proは「ビックブルー(IBM)モデルの追随」と形容する。Wall Street Journalも「IBMのソフトウェア戦略に似ている」と分析する。

 新戦略の是非は今後の評価を待つことになるが、まずAutonomyの買収金額が高すぎるという批判がWall Street Journalなどから出ている。IT Proは、長期的な戦略としては評価しながらも、短期的には買収金額とwebOSの早々の打ち切りなどが非難を浴びるだろうと予想する。

 もう1つ注目されるのが、Oracleとの関係だ。Apotheker氏はSAP時代にOracleと激しい戦いを繰り広げた人物だ。前任のMark Hurd氏がスキャンダルでHPを辞任した後、Oracle会長のLarry Ellison氏に招かれたという経緯もある。また、Oracleは先に、データベースなどの自社ソフトウェアでHPが推進してきたItanium対応の打ち切りを発表。両社の関係は悪化しているように見える。

 IT Proは、Autonomy買収をOracleに対するHPの宣戦布告とみる。「Autonomyは英国(Autonomyの本拠地)では、英国のOracleとみなされている」というOvumのアナリストMike Davis氏のコメントを引用しながら、「Oracleのデータ管理を本気で攻撃する動き」と分析している。

 HPはPSGの見直しについて、12カ月-18カ月で最終決断を下すとしている。Apotheker氏の決断は成功するのか? クラウドやモバイルにより、エンタープライズの動きは激しく、さまざまな競合プレーヤーが入り乱れ、各ベンダーの立ち位置も単純ではない。

 Bloombergは、HPはもともとエンジニア向けの製品やツールを開発する企業としてスタートしており、コモディティ製品ベンダーを狙ったことはなかった、と創業からの歩みを振り返ったうえで、「(HPは)ルーツに戻ることで復活を図る」と結論づけている。

 HPの新戦略の方向性には、異論は出ていない。それでもApotheker氏はこれから、長期戦にあっても進展を示さねばならない。決断はあくまでも最初のステップであり、これから、何段階もの難しい実行が待っている。

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(岡田陽子=Infostand)
2011/8/22 10:56