コンシューマ戦略が迷走? Microsoftが発売6週間で「Kin」撤退


 Microsoftが、4月に発表したばかりの携帯電話「Kin」シリーズの打ち切りを明らかにした。「Pink」という開発コード名でガジェット好きの間で1年以上前から話題になっていたプロジェクトだが、店頭に並んでわずか6週間での撤退となった。これはMicrosoftの35年の歴史でも最も短命の製品という。Kin撤退は何を意味しているのだろう?

機能と価格とターゲットのミスマッチ

Kinは4月12日に発表。5月6日にVerizon Wirelessが発売して、さらに欧州などに拡大することになっていた。しかし、6 月30日、Microsoftは突然欧州展開をキャンセルして、開発チームを「Windows Phone 7」チームに統合すると発表した。Kinのアイデアや技術をWindows Phone 7に組み込んでいくという。米国内では Verizon経由で在庫を売り切るまで販売を継続する。

 Kin撤退のニュースは、多くのメディアにとって驚きではなかったようだ。長いうわさの後、ようやくベールを脱いだKinだが、消費者を興奮させるような端末ではなかった。早々の値下げなど、失敗の兆候はあったからだ。

 MicrosoftはKinを、10代~20代の若者をターゲットにした“次世代のソーシャル携帯電話”と位置づけていた。 FacebookやTwitter、テキストメッセージなどには適しているが、「iPhone」や「Android端末」で人気のアプリケーションマーケットはない。Flashにも未対応で、機能的には貧弱といえる。Windows MobileパワーユーザーブログのWMPoweruserでは、実際にKinを使った筆者がOSや設計などを批判し、「失望した」「これまで使った中で最悪の端末」と酷評している。

 もう1つの問題が価格だ。端末価格は「Kin One」が49.99ドル、「Kin Two」が99.99ドル、Verizonのデータ料金プランが必要なので、最低でも約110ドルの初期費用が必要となる。いくつかのメディアは、ターゲット層と価格帯がマッチしていないと批判していた。

 こうした要因から、Kinの事業展開は好ましいものではなかったようだ。Kinの販売実績は500台(The Registerなど)とも、1万台(New York Timesなど)ともいわれているが、提供されている市場やキャリアなど条件に違いはあれど、「iPhone 4」が発売後3日間で170万台を売り上げたのと比べるとあまりにみすぼらしい。

コンシューマーや若者をひきつけるための苦悩

 Microsoftはほかにも最近、デュアル画面を持つタブレット「Courier」(開発コード名)の開発をキャンセルするなど、コンシューマ分野の戦略が混乱している。メディアの多くはKin撤退を報じながら、Microsoftがこの分野で失敗続きになっている点を問題視する。

 The Registerは、これらが音楽再生プレーヤー「Zune」の撤退時に似ていると指摘。「他社のアイデアを使ってマスマーケットのセグメント化を試みた典型的なパターン」がうまくいかなかったと分析する。

 New York Timesは、Kinの失敗はテクノロジーに敏感な若者をひきつけられないMicrosoftの現状を反映したものと指摘している。その原因の一部は、Microsoftが若く優秀な開発者をひきつけていないからで、「クールで最先端のソフトウェア開発者の眼中に、Microsoftはない」というO'Reilly Media創業者のTim O'Reilly氏のコメントを紹介している。

 InformationWeekのMicrosoftブログは、OSや「Office」で独占的地位にあるMicrosoftのモノポリー体質にも原因があるとみる。社員が覆面でVerizonショップを訪問したところ、ショップの担当者は顧客にKin を勧めなかったというMicrosoft関係者の話を紹介。市場調査に問題があったと分析している。モバイルは新しい分野であり、販売ではキャリアが力を持つ。「Microsoftに影響力はなく、(成功のためには)キャリアの要望に応える姿勢を持たなければならない」とする。

 O'Reilly氏も、Microsoft社内の予想と現実に大きなギャップが生じていると述べている。今回のKinの決断について、「コンシューマーや若者をひきつけることの苦悩の深さを、Microsoftがやっと理解した」とコメントしている。

コンシューマ部門再編へ

 5月にはMicrosoftのコンシューマ部門の再編を行い、エンターテインメント・端末事業部のトップ、Robert Bach氏、デザイン・開発部門で最高エクスペリエンス責任者を務めたJ Allard氏らが退任した。同部門は現在、CEOのSteve Ballmer氏が直接指揮しており、KinやCourierの撤退はBallmer氏の意向とみられている。これから、明確なビジョンを持った新しいリーダーをこのポジションに据えなければならないだろう。

 一方で、買収戦略のまずさも指摘されている。Kinは、この分野を強化するためにMicrosoftが2008年に約5億ドルを投じて買収したDangerが中心となって開発した製品だが、Kin撤退の翌日、今度はDangerの携帯電話「Sidekick」を販売するT-Mobileが販売終了を発表した。DangerはGoogleでAndroidを担当するAndy Rubin氏が創業した企業だが、Microsoftの迷走ぶりはGoogleがAndroidを開花させたのとは対照的だ。

 Microsoft自身はKinをどう考えているのだろう。MicrosoftウォッチャーのTodd Bishop氏が、Microsoftの広報担当Frank Shaw氏へのインタビューをまとめている。それによると、Shaw氏は、フィーチャーフォンとスマートフォンの間に市場があると思った読みが外れたことが最大の失敗要因としている。また、市場が急速に動いており、けん引役が数年前とは様変わりしていることにも言及している。

モバイル分野はWindows Phone 7にフォーカス、搭載機は年内を予定

 Microsoftは今後、モバイル分野でWindows Phone 7にフォーカスすることになる。Windows Phone 7は、既存のWindows Mobileがスマートフォンブームに乗れなかったことを受け、新たに構築したOSだが、マルチタスクやコピー&ペーストに対応しておらず、上位互換性もない。仕様を見る限り成功が約束されているとは言いがたい。

 このように、Microsoftの課題は経営、マーケティング・営業、技術と幅広い。今後、Windows Phone 7に向けてMicrosoftがどのような取り組みを進めるのか、市場は厳しい目で注視している。Windows Phone 7搭載機は2010年年末商戦にあわせて登場する見込みだ。今回のKin撤退がWindows Phone 7ローンチに影を落とすことになるのか、MicrosoftはKinで学んだことを反映できるのか――。

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(岡田陽子=Infostand)
2010/7/12 09:36