クラウド・コンピューティングとは?


 クラウド・コンピューティング(Cloud Computing:以下クラウド)は、企業におけるITを根本的に変えるモノとして大きな期待が寄せられている。実際、「クラウド」というキーワードは、新聞や雑誌に載っていない日はないほどだ。

 クラウド Watchでも、クラウド関連のニュースをさまざま伝えてきているが、この連載ではニュースというポイントではなく、もう少しクラウドを深掘りした形で情報を伝えていきたい。

 今後、各企業のクラウド サービスを紹介していくが、今回はその前に、「クラウド」という概念やクラウドに関するキーワードに関して、解説していく。

 

クラウドの概念とキーテクノロジー

 簡単に言ってしまうと、クラウドとは、インターネットの向こう側にある“巨大なサーバー”を利用して、ソフトウェアを使用したり、サーバー環境を使ったりしよう、というモノだ。

 このクラウドでは、2つのテクノロジーがキーポイントになっている。1つは、信頼性の高い高速インターネット網、もう1つはサーバー仮想化・自動化技術だ。

 クラウドでは、インターネットの先に膨大なサーバー群を運用するため、ユーザーがアクセスするために、安定したアクセスのできる高速インターネット網が必要になる。不安定なアクセスでは、特に基幹系のサービスを利用するには不適当だが、現在は安価でも品質の高い、かつ高速なネットワークが容易に手に入るようになった。これが、クラウドの隆盛を支えている1つの要因といえる。

 一方、サーバー仮想化によって、効率の良いサービスの提供が可能になった点も大きい。多数の物理サーバーを管理するには手間がかかるし、設置スペースも台数分必要になるため、仮想化が普及する前は、提供できるサービスはある程度限られたものになってしまっていた。

 しかし、x86ベースのCPUの性能が向上し、マルチコア化するに伴って、仮想化テクノロジーを利用したサーバーの集約が行われてきた。これにより、数年前のサーバー(物理環境)と同じ性能が、新しいサーバー上の仮想環境で実現できるようになった。つまりサーバーの性能向上と仮想化技術により、1つのサーバー上で複数のサーバー環境が動作できるようになった。

 これにより、最新のサーバーを導入しても、ハードウェアのパワーを無駄にすることなく運用できるし、仮想化と自動化により、1つの物理サーバーを複数の仮想化環境で使用するため、コストも一気に削減することが可能になった。

 ここ数年間で、このようなポイントをクリアすることで、一気にクラウドが注目されてきたのだ。

 

“XaaS”とは?

SaaS、IaaSなどさまざまな“XaaS”が存在するが?(資料提供:マイクロソフト。以下同じ)
マイクロソフトのAzureは、PaaSの代表例といえるだろう。クラウドOSにあたるWindows Azure上に、データベースをはじめとするミドルウェア機能が提供されている。ユーザーは、この環境を利用してアプリケーションを構築・実行できる

 クラウドの形態を表すために、クラウドでは、今までとは全く異なるキーワードが出てきている。例えば、SaaS(Software as a Service)、PaaS(Platform as a Service)、IaaS(Infrastructure as a Service)、HaaS(Hardware as a Service)、DaaS(Desktop as a Service)などがある。これらを一括してXaaS(X as a Service)とも言われている。これらのキーワードは、何かをサービスとしてクラウドで提供するというものだ。

 その中でも、クラウドのベースとなるのが、HaaS(ハース)、IaaS(イアース、アイアース)になるだろう。HaaSやIaaSでは、仮想化テクノロジーとネットワークテクノロジーを使って、コンピューティングに必須なプロセッサ能力、メモリ、ストレージ、ネットワークなどの基本的なハードウェア資源をクラウドとして提供する。つまり、OSやソフトウェアなどが全くない、仮想環境だけが提供されるので、「仮想マシン貸し」といった表現で説明されることもある。

 HaaSとIaaSに関しては、厳密に区別はされていないようだ。だだ、多くの企業の説明を見ていると、HaaSは本当に仮想環境だけで、IaaSは仮想環境とクラウドの管理ツールなどを含んでいるサービスが多い。

 PaaS(パース)は、仮想環境だけでなく、OSやデータベースなどのミドルウェアレイヤまでを提供している。アプリケーションの開発環境や実行環境を提供している、と言い換えることができるかもしれない。ただしIaaSでも、LAMP環境(Linux、Apache、MySQL、PHP)などをテンプレートとして用意している企業もあり、厳密な区別が行われているわけではないので、わかりにくくなっている部分がある。一般的な定義としては、OS、あるいはミドルウェアについてもクラウド事業者がサポート対象として明確にうたっている場合、PaaSとされることが多いようだ。

 SaaSは、アプリケーションをサービスとして提供しているサービスのことをいう。OS、ミドルウェア、アプリケーションのアップグレードやパッチの適用などは、すべてクラウド事業者が担当するため、ユーザーはメンテナンスを気にすることなくアプリケーションを利用することができる。

 現在、非常に多くのSaaS事業者が存在しているが、立場はそれぞれに異なっている。例えば、IaaSやPaaSを利用して、自社のソフトウェアをSaaSとして有償で提供している企業がある一方で、セールスフォース・ドットコムのように、自前の巨大なインフラからサービスを提供している企業もある。

 もう1つ、DaaSに関しては、ここ1年ほどで出てきたキーワードだ。これは、仮想デスクトップ(VDI)を提供するサービスで、デスクトップ環境をクラウド上のサーバー環境に集約し、ユーザーはネットワーク経由でそのデスクトップ環境へアクセスして利用する。このメリットは、セキュリティや管理性を強化できる点で、VDIソリューションの進化に伴って、近年、ホットなサービスになりつつあるといえる。

 

クラウドのメリット

クラウドのメリットとデメリット

 経営面にとってクラウドの最大の特徴は、ITシステムを資産として持つのではなく、サービスとして利用できることにある。これは、ハードウェアを購入しなくても、必要に応じて月別で借り受ければいいというコンセプトだ。

 今まで企業が使用するITシステムは、自社でハードウェアとソフトウェアを購入して、社内に提供する形式が一般的だった。しかし、クラウドの登場により、企業自身が導入の初期コストを支払わなくても、コンピューティング環境が利用できるようになった。このことは、多くの場合、ITシステムが従量制のサービス料金で利用できることを意味する。

 例えば、セールスフォース・ドットコムなどが提供しているSaaSでは、ハードウェアだけでなく、アプリケーションなどのソフトウェアもサービスとして従量制の料金(多くは月額課金)で提供されている。

 さらに一般的なクラウドサービスでは、システムの規模やユーザー数を柔軟に増減でき、フレキシブルな運用が行える。このフレキシブルさが、コスト面で大きなメリットとなる。

 例えば、ベンチャー企業などでは、最初は少数でビジネスをしているが、そのビジネス規模が大きくなっていけば、それに合わせてITシステムも規模を増強していく必要がある。

 しかし、自社でハードウェアやソフトウェアを購入している旧来のITシステムでは、ITシステムの増強を行う時には、ハードウェアの増強やソフトウェアの導入などが必要になるので、明日からすぐに拡張するというわけにはいかない。

 そこで、多くのITシステムでは、将来的な可能性を考えて、システム設計時には、規模的に余裕を持たせた設計にする。このことは、ITシステムに無駄な部分を作っておくことになる。ビジネスが計画通り拡大していけばいいが、ビジネスがうまくいかなくてはITシステムへの投資は無駄になってしまう。また、ビジネスが急拡大すれば、ITシステムが急ピッチなビジネス拡大のペースに付いていかずに、トラブルを起こしてしまう。

 このようなことを考えれば、現在のビジネスにジャストフィットさせることができるクラウドは、ビジネス上も大きなメリットとなる。必要な時に応じて、必要なITシステムが提供できるのがクラウドの特徴といえる。

 IT管理者や開発者の視点から見れば、煩雑なハードウェアのメンテナンス、OSやミドルウェアのメンテナンスなどは、クラウド側で行ってくれるため、自社で運用していた時よりもITシステムの運用にかかるコストが削減される。

 また、クラウド運用事業者は、クラウドのサービスレベル(SLA)を高めるために、膨大な投資を行っている。これにより、クラウドであってもハードウェアやソフトウェアによって起こるトラブルは非常に少ない。

 もちろん、クラウドなら絶対にトラブルによりサービスが停止することはないというわけではない。クラウドであっても、トラブルよるサービス中断は起こりえる。しかし、自社内にサーバーを設置して、運用している場合でも、トラブルによるサービス中断は起こりえる。もし、サービス中断を起こさないように、システムの二重化を行うことにすると、ITシステムの初期コストは2倍になってしまう。

 クラウドでは、膨大な数のサーバーを運用しているため、システムの冗長化を行っても、低コストでサービスが提供できるのだ。

 

プライベートクラウドとパブリッククラウド

 PaaSやIaaSとは違った視点からクラウドを分類するキーワードが、パブリッククラウド、プライベートクラウド、ハイブリッドクラウドだ。

 実は、最初に紹介した「インターネットの向こう側のサーバーを使う」のは、クラウドの中でも、パブリッククラウドと呼ばれるサービスになる。パブリッククラウドは、一般に向けてビジネスとして提供されているため、誰でもが利用することができる。一方、プライベートクラウドは、企業内のサーバーを集約して“クラウド化”し、企業内やグループ内に対してだけサービスを提供する点が、パブリッククラウドと異なる。

 プライベートクラウドのメリットとしては、企業内のサーバーを1つ、あるいは少数のプライベートクラウドに集約することで、サーバーやストレージ、ネットワーク機器などのコストを低減することができる。

 今までのように、システムごとに物理サーバーを購入し、環境を構築していたのでは、フレキシブルなITシステムの開発、運用が行えないが、プライベートクラウドなら、ユーザーのリクエストに応えて、新たな仮想環境をすぐに用意できるのだ。場合によっては、社内向けのポータルサイトから、ユーザーがOSやミドルウェアを選択して、必要に応じた仮想サーバーをセルフサービスで構築することが可能になっている。

 もう1つプライベートクラウドが注目されているのは、ITシステムを使用する部署のコストを『見える化』できることだろう。プライベートクラウドでは、どのITシステムがどのくらいのCPU、メモリ、ストレージ、ネットワークなどを使用しているのか、毎日把握することができる。こういったことで、社内のITシステム自体の経費を見える化することが可能になる。

 なおプライベートクラウドでは、自社のデータセンターを使う場合もあれば、クラウド事業者のデータセンターを使い、VPN回線などでアクセスする場合もある。後者については、パブリッククラウドに近い形態ではあるが、回線やサーバーなどを占有するため、プライベートクラウドに分類されている。このように、かなり範囲が広くなっている点に注意が必要だ。

 もう1つのハイブリッドクラウドは、パブリッククラウドとプライベートクラウドを組み合わせて利用するもの。例えば、年度末になると、決算用のITシステムに負荷がかかるため、プライベートクラウドのリソースでは、処理しきれない場合がある。その時には、パブリッククラウドのリソースを足すことで、プライベートクラウドの環境を増強しなくても、必要な時だけパブリッククラウドのリソースをレンタルしてくることが可能になる。

 

クラウドはITを進化させるのか?

言葉に惑わされず、正しく活用していくことが重要だという

 今回はここまで、クラウドに関するキーワードを紹介してきたが、今後も新しいキーワードがどんどんと出てくるかもしれない。しかし、これらのキーワードは、全く新しい概念というよりも、何かをクラウド上のサービスとして置き換えるモノがほとんどだ。このため、ユーザーはキーワードに振り回されないように注意する必要があるだろう。

 クラウドは、インターネットの向こう側で膨大なサーバー群を運用することで、今まで自社内においていたサーバーやアプリケーションを自社の資産から切り離し、サービスとして利用することが可能になる。

 クラウドは、ITを進化させるというよりも、導入コストや管理コストを低減することが可能になる。ただし、クラウドも1つのツールということだ。クラウドを利用することが、先進的なのではなく、クラウドをどう利用して、新しいITシステムを構築していけるかが重要だ。

 経営層にとっても、クラウドによるコスト低減効果だけを見るのではなく、低減したコストを新しいITシステムの構築に振り向ける必要がある。ビジネスは刻々と変化しているのだから、そのビジネスの変化に対応するように、ITシステムも刻々と変化させていく必要がある。これこそが、クラウド化する目的なのだろう。

 次回からは、クラウド事業者に取材し、クラウドサービスを提供するにあたっての考え方や、具体的なサービスを紹介していく。

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