データセンター完全ガイド:イベントレポート

日本のユーザー企業とデータセンター事業者は「デジタル変革」にどう臨む?

クラウド&データセンターコンファレンス2016-17 クロージングパネルディスカッションレポート

弊社刊「データセンター完全ガイド 2017年春号」から記事を抜粋してお届けします。「データセンター完全ガイド」は、国内唯一のクラウド/データセンター専門誌です。クラウドサービスやデータセンターの選定・利用に携わる読者に向けて、有用な情報をタイムリーに発信しています。
発売:2017年3月31日
定価:本体2000円+税

ユーザー企業のみならず、データセンター事業者自身にも「クラウドシフト」と「デジタルビジネス」への対応が迫られている。海外大手クラウドの攻勢はじめ競争が激化していく中で、国内事業者が市場を生き抜くためにとるべきアクションは何か。そしてユーザーはどんなITインフラを選び取ってビジネス競争優位を築くか。クロージングパネルディスカッションでは、国内外の事業者と専門家が机を並べて「徹底討論・ニッポンのデータセンター/クラウド事業者の生きる道」と題したパネルディスカッションを繰り広げた。 text:伊藤秀樹 photo:赤司 聡

 海外ではクラウドを最大限に活用したデジタル変革の動きか活発だ。一方、日本ではと言うと、いまだセキュリティ上の不安などを挙げ、業務データを外部のデータセンターに置くことに躊躇するユーザーが少なくない。

 ニフティの上野氏(写真1)は、ユーザーのマインドの問題に加えて、事業者からのクラウドの価値やメリットの周知もまだ十分ではないという見解を示した。「技術の進展により、今やクラウドのセキュリティは、オンプレミス以上に強固だ。我々としては、そうしたメリットをもっと啓蒙していく必要がある」

 東京大学の関谷氏(写真2)は、「大半の日本企業は経営の武器としてITを駆使するに至っていない。海外と比べると、特に経営層の意識が弱いように思える」と指摘。また事業者側の課題として、「先進的なクラウドやネットワークを用いた基盤の設計・運用に習熟した人材が少ない」ことを挙げた。

写真1:ニフティ 執行役員/CIO兼クラウド事業部長 上野貴也氏
写真2:東京大学 情報基盤センター准教授 関谷勇司氏

国内先進ユーザーが求めるクラウドの価値は何か

 話題が今のユーザー企業が求めるクラウドの価値に移ると、IDCフロンティアの石田氏(写真3)は、同社の顧客の動向から、クラウドの導入目的にかなり変化が見られるとして次のように説明した。「数年前までクラウドと言えば、コスト削減や生産性向上に焦点が置かれていたが、最近ではディープラーニングやアナリティクスなどのニーズが急速に増している。新たな市場に打って出るための技術基盤としてクラウドが求められるようになってきている」

 クラウドエバンジェリストの渥美氏(写真4)は、国内の先進ユーザーに着目。「国内企業のクラウド利用はまだ2、3割にとどまっていると言われているが、先進ユーザー企業はすでにクラウド上で基幹業務システムを走らせ、すぐにでもビッグデータ解析が行える状況も整っている。早期から取り組んだ企業はさらに先へ先へと向かうので、差は広がるばかりだ」

 エクイニクス・ジャパンの古田氏(写真5)は、俯瞰的な視点から状況を分析した。「ネットワークを通じてコンピューティングパワーを提供するという流れは、インターネットが登場した時からすでに自明であり、その意味でもクラウドシフトは止められない」と同氏。そうした中で、どのようなサービスで利益を上げていくかは事業者によっても異なる。どのようなサービスを提供し、どこに投資すべきか、事業者はあらためて考える必要があると強調した。

写真3:IDCフロンティア代表取締役社長 石田誠司氏
写真4:クラウドエバンジェリスト/クラウド利用促進機構(CUPA)運営委員 渥美俊英氏
写真5:エクイニクス・ジャパン代表取締役 古田敬氏

ITインフラ提供側としてのデジタルビジネスへのスタンス

 データセンター/クラウド事業者は、ユーザーのデジタル変革ニーズにどう応えていけばよいのか。上野氏はITインフラ提供側の意識改革を訴えた。「事業者側もマインドから変えていかなければならない。単にIT基盤を提供するだけでなく、ビジネスパートナーとなる気概がなければ、ユーザーの要望を満たす提案はできない」(上野氏)

 石田氏も同意見だ。「例えば、未来予測のプロジェクトでは、アクセス記録や個人属性などの膨大なデータに対してリアルタイムに分析をかけ、その結果を動的コンテンツで刻々と変化・表示させる仕組みが必要となる。そうしたデジタルビジネス時代の基盤を提供できることが我々の価値となりつつある」(石田氏)

 古田氏は、今の潮流が日本の事業者にとっての変革の好機であるという見方を示した。「どのようなサービスで利益を上げていくかは事業者それぞれによっても異なるだろう。ただ、最適化が得意な日本の事業者にとって、IoTやAIなどは目指すべき方向性の1つであり、デジタルビジネスの加速に伴って光明が見えてきているように思う」(古田氏)

IoT/AIの活用がユーザーと事業者双方にとってのチャンスに

 連続的な市場環境の変化は、データセンター/クラウドサービス事業者にとっても大きな変革のチャンスとなっている。関谷氏は、「ビッグデータ、AI、IoTは特に日本の事業者がユーザーに有用な価値を提示できる可能性の高い分野である」との見解を示した。「特にAIはこれまで数度のブームを迎えては頓挫してきたが、今回は広帯域なネットワークと圧倒的なコンピューティングパワーがある」と関谷氏。また、ユーザー企業にとって、AI やIoTはビジネスの武器にしやすい分野でもあるとして、「そうした要望を具現化できるのがデータセンター事業者であり、デジタルシフトを先導していく役割が今後、ますます求められる」と国内事業者への期待を語った。

 渥美氏も、「明治時代、日本人はエンジニアリングにおいて世界トップレベルだった。今後、IoTやAIでデジタルビジネスを推進することで、日本企業が再び盛り上がってほしい」と国内事業者にとってのチャンス到来を語る。

 渥美氏は続けて、Software Definedのアプローチやサービス化が進む中で、データセンター事業者において求められる人材像も変容していることを指摘。「引く手あまたなのは、ITの原理原論となる技術・製品を熟知したうえで、ビジネスパーソンと対等に会話もできる人材だ。しかし、この産業に携わる人材の数が絶望的に足らないのが現状。ソフトウェア化やサービス化がもっと主流になっていくに伴い、ここにすぐれた人材が多く集まることを期待している」と語った。

 古田氏は、「これまで、この業界でビジネスの成長と言っても、狭い市場の奪い合いだった。これからは市場自体を大きくしていかなければならず、その意味では世界市場に打って出ることは重要だ」と指摘。そのうえで、「デジタルエコノミーの世界で生き残っていくためには、デジタルビジネスにリソースを集中していくことがユーザーと事業者の双方にとって不可欠で、当社としてもその支援を行っていきたい」とした。

 石田氏は、データセンター/クラウドサービス事業者だからこそなせる膨大なコンピューティングパワーの提供による価値提供を示した。「例えば、かつて国家研究機関レベルでしか実現しえなかったディープラーニングの民主化。このような形でユーザーのデジタルビジネスの発展を支えていくことが当社の使命であると考えている」と同氏。加えて、マルチクラウド環境や事業者間連携を含めたオープン化も、国内事業者にとっての重要課題だと指摘した。

 上野氏も事業者間、企業間連携の重要性に同意した。「今はクラウド基盤の活用から、その基盤上で新しいITサービスを創出していくフェーズに移行しているところ。ユーザーの多様な取り組みを支援していくためには、やはり複数の企業が連携することが重要だ。IoT、ビッグデータの活用促進に向けて連携・連帯を深めて、日本発のイノベーティブなビジネスを支えていきたい」(上野氏)

 モデレーターの河原(写真6)は、「議論を通じて、課題山積ではあるけれど、デジタルビジネス時代に今後進むべき方向が見えてきたように思う。皆さんそれぞれの強みを発揮するかたちで競争と協業が進むことを強く期待したい」と会場に呼びかけてパネルディスカッションを締めくくった。

写真6:インプレス データセンター完全ガイド編集長 河原潤

データセンター完全ガイド2017年春号