EMCの自社事例からひも解く、「大規模クラウド化」の課題と展望


 EMCでは、社内のITシステムを刷新し、プライベートクラウド化を推進している。社内のITを効率化し競争力を高めるためであると同時に、さまざまな企業を買収してクラウドインフラのベンダーと色を強める同社にとって、自社技術のテストベッドでもあるという。

 実例がなかなか公に語られないプライベートクラウドの実例として、来日したEMC チーフITアーキテクトのNarayanan Krishnakumar氏に話を聞いた。


自社製品を自社で活用する「IT Proven」

EMC チーフITアーキテクトのNarayanan Krishnakumar氏

 EMCでは社内ITシステムとして、5カ所のデータセンターを持ち、そこに7ペタバイトのストレージと400個のアプリケーション、6000個のOSイメージを収めている。ユーザー数は、パートナーを含めて4万8000人だ。

 Krishnakumar氏は「IT部門には5つの優先事項がある」と言う。1つ目はコスト削減、特に運用コストの削減。2つ目は従業員の生産性を高めること。3つ目は将来を見据えたアーキテクチャ。4つ目は俊敏性を高めること。5つ目は「IT Proven」だ。この5つを満たすためには、プライベートクラウド化が重要となる。

 「IT Proven」は、EMCの社内システムへの取り組みを表すコンセプトで、EMCが提供するシステムを実際に社内で導入する取り組みを指す。Krishnakumar氏も、社内のIT(情報システム)のアーキテクチャを統括しつつ、システムを会社で使った結果をCTOをはじめとする製品関連の部門に伝える役割も持つという。

 EMCは近年、多数の企業を買収しており、仮想化技術や管理技術などクラウドのインフラとなるさまざまな技術を集めている。例えば、仮想化技術のVMware社は2004年にEMCの子会社となっており、そのVMwareもJavaミドルウェアのSpringSource社を2009年に買収して一部門としている。こうした技術を自社で積極的に採用することで、新しいシステムをコストを抑えて導入できるとともに、システムの検証をしていくことにもなる。

 「仮想化というとサーバーの仮想化を考えると思うが、弊社ではサーバーのほかに、ストレージやクライアント、バックアップとリカバリ、アプリケーション、データ、管理の自動化、などを合わせて考えている」とKrishnakumar氏は説明する。


「IT as a Service」へ

EMCの考えるプライベートクラウド

 プライベートクラウド化は、3つのフェーズで進められている。第1フェーズは2004~2008年で、開発環境などのインフラを仮想化していった。第2フェーズは2009~2010年で、Oracleデータベースなどのミッションクリティカルな部分をプライベートクラウド化してきた。

 2010年以降の第3段階では、「IT as a Service」(サービスとしてのITの提供)を目標にしているという。まずは、コンピューティングやネットワーク、ストレージなどをプライベートクラウドで提供するIaaS。その次に、システムを作るときに必要な要素を社内に提供するPaaS。その後にERPなどの業務アプリケーションをSaaSで提供していくという。Krishnakumar氏は「企業を買収したときに、SaaS化してあればシステムの共通化が迅速になる」とメリットを語る。

 プライベートクラウドの課金システムも整備する。現在は非常にベーシックなもので、プロジェクト単位での課金しかできない。そのため、VMwareのvCloud DirectorやvCenterを利用して、今後は「このサービスを、このサービスレベルで、この期間使った」と把握できるようにするシステムを考えているという。

 現在、ノースカロライナ州に新しいデータセンターを建築中だという。新しいデータセンターにより、CiscoおよびVMwareと3社の製品を組みあわせてリリースしている仮想化プラットフォーム「Vblock Infrastructure Package」の利用を進める。特に、今後拡大する仮想デスクトップ(VDI)では、5000人規模のユーザーを「Vblock 2」でホストする。


ミッションクリティカルに対応するクラウド

 EMCが「プライベートクラウド」と言うとき、単に自社のデータセンター内にとどまらず、外部のクラウドを自社のITに利用し、社内と社外を連携させることを含んでいる。「データセンターを構築するときに、ワークロードのピークに合わせた構築はしたくない。ビジョンとしては、需要が上がって必要となったときに外のクラウドなども利用して対応することも考えている」(Krishnakumar氏)。

 ここでEMCが想定するのは、AT&TやVerizonなどのサービスプロバイダーが提供するクラウドで、日本でいえばSIerが提供するサービスが近いかもしれない。「パブリッククラウドとプライベートクラウドとの中間にあたり、コントロールされセキュリティ要件を満たすサービスを提供している。一般的なパブリッククラウドの可用性は99.9%程度しかなく、ミッションクリティカルなものは置けない。しっかりコントロールされたクラウドであれば、ミッションクリティカルなものにも利用できるかと考えている」とKrishnakumar氏は説明する。

 ただし、いちがいに信頼性が高ければいいというものではない。アプリケーションによってセキュリティやリスク、コンプライアンス、パフォーマンス、可用性、あるいはコストなど、異なるサービス要件があり、それに適した種類のクラウドがある。例えば、開発でスケールアウトをテストする場合であれば、パブリッククラウドで問題はない。Krishnakumar氏は「ミッションクリティカルなのか、ビジネスクリティカルなのか、ビジネスサポートなのかに応じて、いろいろな選択肢が必要」という。


VMForceによりPaaS上でJavaとSpringによる開発

 EMCがパブリッククラウドを利用している例として、Salesforce.comがある。営業部門の7000人が見込み案件の管理に利用しており、もともとOracleのCRMを使っていた機能の一部をSalesforce.comに移したものだ。

 また、クリティカルではないアプリケーションについてはSalesforceのPaaSであるForce.comを使って開発している。ただし、EMC社内ではJavaとSpringを使った開発が主であるのに対し、Force.comはApex言語で開発するようになっている。

 そこで、SalesforceとVMwareが4月に発表した「VMForce」を利用する計画だ。VMForceは、Force.comのプラットフォーム上で、JavaやSpringを使ってアプリケーションが開発できるものだ。2010年中に開発者評価版と価格情報が発表される予定となっている。「社内で培われたJavaやSpringのスキルセットをPaaSプラットフォームで使うことにより、迅速にアプリケーションを開発していける」(Krishnakumar氏)のがメリットだ。


VDIは利用形態に合った部門で導入

今後目指す第三フェーズの内容

 プライベートクラウド化では、仮想デスクトップ(VDI)への移行もなされる。現在800人によるパイロット実施中で、今期末までに前述のようにVblock 2を使って5000人まで対象を広げる。VDIの技術としては、VMware Viewを使っている。

 ただし、全員がVDI化されるわけではなく、Microsoft Officeを中心に使うタスクワーカーが対象となる。Krishnakumar氏は「VDIを入れたからラップトップを取り上げる、ということではない。社内には、エンジニアや、ノートPCを持ち歩く人など、さまざまな利用形態の人がいる。われわれはユーザーの種類を区別して、ユーザーの使い勝手や満足度を高めるということを考えている。コストだけが重要なのではない」と強調する。


内部プロセスの効率化が重要な課題

 EMCのプライベートクラウド化について、問題や課題となった点について聞いてみた。Krishnakumar氏は、「技術的な問題は順次改善されていく。それより内部プロセスの効率化が重要な課題だ。エンタープライズのシステムでは、パブリッククラウドのようにセルフポータルでシステム構成を選んで終わり、というわけにはいかない」と語る。

 例えば新しい仮想マシンを用意する場合、技術的にはすぐできても、ガバナンスのための社内の承認プロセスに時間がかかることがある。EMCでもかつては45日かかっていたという。それを、社内の承認プロセスを改善することにより、7日に短縮した。今後、数分にまで短縮することも、やればできるだろうと話す。

 「われわれはエンタープライズレベルのものを提供する。パブリッククラウドのようにチャチャッとやれるものではない」(Krishnakumar氏)。

 最後に、自社製品のテストベッドも兼ねてプライベートクラウド化を進めているということで、社外に向けてサービスを含めたソリューション展開をする可能性について尋ねてみた。Krishnakumar氏の返事は「EMCのITの展望としては、社内で使用していくためのプライベートクラウドを構築し続ける。プライベートクラウドサービスをユーザーに提供することは予定していない」とのことだった。

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