特別企画

戦略領域へのクラウド活用 イノベーションを起こす使い方(1)

11月20日に発売されたインプレスの書籍「戦略領域へのクラウド活用 イノベーションを起こす使い方」から一部を抜粋し、2回にわたってお送りします。

本章の目的~「攻めのIT」の俯瞰

 筆者は、ここ6年ほど、クラウド(パブリッククラウド)の利活用について調査・研究を行っている。この経験を振り返ると、当初は予想もしていなかった認識を、筆者自身が強く抱いていることに気付く。多くのIT関係者が勘違いしている点でもあり、筆者が本書の中で強調していきたい事項でもある。まずはそのエッセンスを書き記しておこう。次の事実だ。

クラウドは技術の問題ではなくビジネスの問題である


 何をいっているのかよくわからないというご指摘もあろうが、上記は筆者の率直な見解だ。クラウドは単なる「システム基盤の選択という技術的問題」ではない。「ビジネス上の意志決定を伴う経営問題」なのだ。少なくとも先駆的なユーザー企業はその点をよく理解したうえで、クラウドを使いこなしていると筆者は見ている。本書を読み進めていただければ、その一端に触れることができるだろう。

 クラウドが経営問題になった背景には、「攻めのIT」や「イノベーション」というキーワードが深くかかわっている。特定の地域や業界に限定した話ではない。ITを使う日本企業、つまり、ほぼすべての日本企業が無関係ではいられない問題なのだ。

 「攻めのIT」は、単なる一時的な流行語ではない。クラウドによって、日本のIT投資は「新たな段階に入った」のだ。企業活動におけるIT利用の潮流が大きく切り替わったといってもよい。この流れは元には戻らないだろう。本章では、この状況や背景を俯瞰的に眺めていくことにする。

(中略:エンタープライズクラウドの動向2009~2014)

2015年:クラウドネイティブ

 「クラウドネイティブ」は2014年末のiDC社の調査報告書などで提唱され、広まっている用語である。それまでは、「クラウドを活用した革新的なシステム」を表現する適切な語がなかったが、「クラウドネイティブなシステム」と言い換えることができるようになった。この語については、あとの章で詳述したい。

 シンプルなワーディングで概念定義されたので、この考え方は一気に広まり、理解が深まっていく。2013年はクラウドファースト元年だったが、2015年はクラウドネイティブ元年だといって差し支えないだろう。

 この年のクラウド関連イベントは、決定的な逆転現象が起きていた。まず、クラウドコンピューティングEXPOは、会場規模を縮小し、他のIT系イベントに埋没しているかのようであった。一部の業界キーパーソンによる講演は活況で、大規模クラウドベンダーの出展も華やかだったが、全体的に出展企業数は減少し、内容もクラウドサービスのど真ん中というよりは、周辺的なサービスの紹介が目立った。5年前の猛烈な活況を見てきた筆者としては、一抹の寂しさを覚える状況である。

 片やAWSサミットは、前年を上回る盛り上がりを見せた。来場者数は1万人を超えたそうだ。80以上のユーザー発表があり、それとは別に技術者向けのディープなセミナー専用の会場も新設された。基調講演では3000人入る大会場から人が溢れ、筆者は別室でビデオ中継を視聴せざるを得なかった。移動時間の通路は1歩も動けないことも珍しくない。会場運営の手際の問題もあろうが、身の危険を感じるレベルの混雑度合いであった(次回以降はより広い会場が確保されることを期待したい)。前年同様、プレゼンテーションの大半が動画や資料の形で公開されている。

 いくつかあるクラウド関連のイベントの中で、AWSサミットだけが急成長しているのはなぜであろうか。「クラウドの中で、AWSだけが独り勝ちなのだ」と言ってしまえばそれまでなのだが、筆者は別の視点を指摘したい。「テクノロジーの民主化」である。

テクノロジーの民主化

 これまで多くのイベントは、「ベンダー」側が「ソリューション」のアピールをする場であった。主要なITベンダー(マイクロソフトやオラクル、IBMなど)が独自に主催してきた大型イベントはすべて同様である。対象となるテクノロジー(=商品やサービス)が黎明期にある(ユーザーの間で認知が進んでいない)段階では、この手法が有効と言える。展示側(ベンダー側)が、来訪者(ユーザー側)よりも豊富な知識を持つので、アピールしたい側と情報を得たい側のニーズがマッチすれば、イベントは活況を呈するだろう。しかし、ことクラウドに関する限り、すでに黎明期は過ぎたと考えるべきなのではないか。

 AWSサミットもベンダー(AWS)が主催する大型イベントである。ベンダー側(AWSやそのパートナー)の展示や発表もあるにはあるが、最も人気が高いのはユーザーによる事例発表である。これは来訪者に関して基本的な啓蒙は一巡しているということだろう。AWSとは(クラウドとは)いったい何なのか、という話題は、もう、ない。ユーザー(発表者)は実りのある活用例を持っており、他のユーザー(来訪者)は、それを求めて集まってくる格好だ。リアルなビジネスに基づく発表者の知見の総和は、AWSが持ち得ているノウハウを確実に上回っているだろう。ベンダーとユーザーの間の情報格差は、もはや取るに足らないレベルなのだ。

 ユーザーの発表の数は年々増えており、そのクオリティも向上している。プレゼンテーションの登壇者もハイレベルな役職の方が増えているようだ。時間と手間をかけて作り込まれた発表資料と内容の濃密さが相まって、聴くものを圧倒する。会場はどれも満席で、立ち見は当たり前。終了時には大きな拍手が鳴り響く。

 ところで、なぜユーザーは、わざわざコストをかけて、自社の事例を発表するのだろうか?事例そのものも相当の時間と費用の成果である、その成功談とノウハウをタダで披露することは問題ないのであろうか?筆者のような古い(ケチな)システム屋は、ついつい、そんなことが気になったものだ。この謎はプレゼンテーションを聞いているうちに氷解した。複数の登壇者から似たようなセリフを聞いたからだ。たとえば次のようなものだ。

・「別にクラウドベンダーからおカネをもらっているわけじゃないですよ」
・「去年までは、皆さんの側(聞く側)だったんですよね。今年は壇上に立てて光栄です」
・「ここまで喋っていいかどうか、社内でも議論がありました」

クラウドを使いこなす企業

 もうご理解いただけると思うが、ユーザーはベンダー(AWS)に頼まれて情報公開しているわけではなく、むしろ事例をアピールすることが名誉と感じて、積極的にステージに立っているようなのだ。これはこれまでのIT系イベントではあまり見られなかった光景ではないだろうか。

 無論、単なる見栄だけでプレゼンテーションに挑むとは思えない。そこには自社の先進性をアピールしたいという企図もあるだろう。「我が社は最新のクラウド技術を使いこなし、クラウドネイティブなシステムを構築し、ビジネスに活かしていますよ」というわけだ。それでも「事例発表をしても1円にもならないのではないか」という疑問はあるだろう。聴衆の中にはライバル企業の人間もいるであろうことは容易に想像できる。しかし、アピールする側は、そんなことはまったく気にしていないようであった。それどころか自社の先進性を十分に印象付けたうえで「よかったら、一緒にやりませんか」と人材募集を呼び掛ける例が(筆者が見ただけでも)複数あったのには驚愕した。あるプレゼンテーションでは、最後のスライドで、中途採用募集要項のWebサイトへ誘導するQRコードが巨大スクリーンに大写しになった。これを見ていた若手技術者の中には「不覚にもグラッと来た」という者まで現れる始末である。

 かくのごとく、クラウドを自在に使いこなすユーザー企業は増えている。人材を増員してまでもっと活用したいという企業すらあるということだ。クラウドは、「ユーザーのもの」になったのだ。大本営(ベンダー)発表によらずとも、ユーザー同士が情報交換し、切磋琢磨する時代になったのだ。これが「(クラウドという)テクノロジーの民主化」の意味である。

 以上、ここ数年間のエンタープライズ分野におけるクラウドの動向を概観してみた。市場の発展とともに、ユーザーの意識が急激に大きく変容したことがご理解いただけるだろう。読者の属する企業が、今、どの辺りにいるのか、改めて考えてみるのも興味深いと思う。

クラウド利用の優劣

 前節の途中で、クラウド利用の「新・旧」「優・劣」について前振りをした。本節では、これらの言葉を振り返りつつ、クラウドネイティブについて解説する。

 2010年のクラウドコンピューティングEXPOに出展側だった筆者は、ブースに相談に来たユーザー企業の方々から思わぬ言葉をいただいたことがある。「なんで皆さん、そんなに楽しそうなんですか?」と疑問の言葉を口にされたのだ。先方にしてみれば、単なるコストダウンの相談をしているので、我々に対しては若干申し訳ない気持ちでいたようである。

 実はこのとき、出展者側たる我々は、クラウドという新しいテクノロジーに軽い興奮を覚えていた。クラウドという、何かとてつもなく画期的な存在で、お客さまからのさまざまな要望にどのように対応できるのか、胸を躍らせていたのである。

 当時から、筆者は、クラウドに関する言説には2通りあると感じていた。たとえば次のような事例プレゼンテーションを聴くと、やや残念な気持ちになったものだ。

「コスト面からクラウドを採用した。今後もコスト比較を常に行い、場合によってはオンプレミスに戻す」。

 逆に次のような発表には非常に良い印象を持っていた。

「このシステムはクラウドがなければ実現できなかった。今後もクラウドを活用してビジネスを加速していきたい」。

 両者を比較すると、前者のほうがクラウドを冷静に捉えているように見える。クラウドはあくまでも道具であり、オンプレと比較することによって選択肢の1つと位置付けている。後者は一種の興奮の中にある。ある意味ではクラウドのファンになっていると言ってもよいだろう。そしてクラウドでしかできないことをやる。そこには「クラウド以外」という選択肢はない。

 だからといって筆者は、「冷静さをかなぐり捨ててクラウドに熱狂せよ」と言いたいわけではない。もう1つ比較すべき点を挙げよう。前者は既存のシステムの置き場を論じているにすぎない。今、あるシステム、よく知られているシステムを動かす場所として、たまたまコスト最適なものを探しているだけだ。これに対し、後者は、それまで存在していなかった新しいシステムについて語っている。クラウドにしか置けないようなシステム、クラウドでしかできない運用、クラウドと渾然一体となったビジネス、そのようなものを構築することに、後者の力点がある。

 こうしてみると、筆者の言う「優・劣」「新・旧」という表現のイメージを掴んでいただけるだろう。どちらの利用方法が難易度が高いか、革新的か、未来がありロマンがあるか、そしてユーザー企業自身の発展につながるか、その点を考えていきたい。

クラウドネイティブの源流

 図1は、2012年2月にクラウド系の大型イベントで、筆者が講演した資料の一部である。筆者が所属する株式会社電通国際情報サービスの取り組み(ブース展示していた)の一部を紹介しつつ、クラウド活用の大きな方向性を2つ示したものだ。2つの潮流をそれぞれ「しっかり系」「カッ飛び系」と表現し、次のように定義した。

図1 クラウド活用の方向性:「しっかり系」と「カッ飛び系」
しっかり系~ 今までのシステムもクラウドでしっかり支える

 「しっかり」は、「今までのシステム」をクラウドに持って行くことで、より安全、安心に運用が可能になる点を指している。高可用性の確保、災害発生時の事業継続サイトの構築、オンプレミス環境よりも高いセキュリティレベル、運用・監視の自動化などが挙げられる。忘れがちなことだが、ハードウェアのサポート切れという概念がないので、「ハード更改」というムダで危険で高コストな作業を考えなくて済む点も有益だ。

カッ飛び系~ 過去にないシステムをクラウドで実現する

 「カッ飛び」の例として、このときは「大規模並列計算」「高度なオペレーションの自動化」「SNSデータ(ビッグデータ)の収集と解析」を取り上げた。いずれもクラウドのテクノロジーと特性にフィットしており、オンプレミスで構築することは事実上不可能だ(著しくコストがかかり、費用対効果が見合わない)。

 今思えば、前者をクラウドファースト、後者をクラウドネイティブと読み替えてもよい。

 実は非常に似たようなことをAWSも主張している。最近の同社の主張を引用してみよう(図2)。

図2 クラウド活用のカイゼンとイノベーション(出典:Amazon Web Services)

 ここでは、クラウド活用について「カイゼン」と「イノベーション」という2つの潮流が示されている。どちらも重要な使い方には違いない。現実にはユーザーの9割は図の上側にある「カイゼン」型の使い方をしているのではないか。カイゼンは日本企業のDNAであり経済発展の根幹でもあった。カイゼンを悪く言う気はない。しかしカイゼンはカイゼンにすぎない。図の下側にある「イノベーション」型の使い方を引き起こすには、また、別の飛躍が必要だ。

 そうなのだ、同じクラウド活用でも、「単純なオンプレミスの代替」や「コストダウンのツール」と考えるのではもったいない。それは新旧の「旧」であり、優劣の「劣」だと筆者は感じている。詳細は徐々に明らかにしていくが、クラウドはイノベーションのイネーブラ(enabler)なのである。今は、20年に一度級のパラダイムシフトのまっただ中である。「コストダウンのため」「カイゼンのため」などという些細な目的(失礼!)のために汲々とするのではなく、あなたの企業の売上と利益の増大に直結する使い方をしようではないか。そこではクラウドネイティブな発想が役に立つはずだ。

クラウドネイティブ再考

 さて、「クラウドネイティブ」という言葉を、ひところ話題になった「クラウドファースト」と対比しながら整理してみよう。

 「クラウドファースト」は(日本国内では)2013年1月の日経コンピュータ誌が震源地である。企業システムの構築/導入に当たっては、「まずクラウドで考える」「どうしてもダメならオンプレミスにする」という考え方だ。この考え方は、SaaS(サーバー+アプリケーションの代替)やIaaS(サーバーの代替)のいずれにおいても言える。実際、同誌にはSalesforceやGoogle AppsなどのSaaS利用やAWSのIaaSを大規模に利用した事例が多数掲げられていた。

クラウドファーストとクラウドネイティブ

 ただ、2.5節でも触れたように、「クラウド=ファースト」は「オンプレミス=セカンド」でもあった。可能な限りクラウドを活用しようとするが、「ダメならオンプレ」という選択肢がある。この点が次の「クラウドネイティブ」との大きな違いを生んでいる。

 「クラウドネイティブ」は、2015年に入って広まっている概念である。それ以前は、筆者の周辺でも適切な言葉が見当たらず、革新的なシステムを評価する際には、「クラウドっぽいシステム」とか「クラウドらしいシステム」という表現を使っていた。いずれも定まった言い方にはなっておらず、ひと言で言いにくいという難点があった。「クラウドネイティブ」という語は、これらをシンプルに表現し直した点が秀逸だ。ユーザー系企業の方の中には「また、IT屋が新しいジャーゴンを思い付いたのか」と感じる方もおられると思うが、これはIT屋が唱える商品コンセプトではなく、むしろユーザーがITを使いこなすスタイルの新潮流だと思っていただければよい。ベンダーからユーザーへ売り込まれる性質のものではなく、むしろユーザーの動向そのものなので、安心して読み進めていただきたい。

 「~ネイティブ」とは「~出身」とか「生まれついての~」という意味である。「クラウドネイティブ」は、最初からクラウド(技術)を前提とした発想やシステムを形容したものだ。既存システムを単純にオンプレミスからクラウドに移行させるのではなく、クラウドでしか実現できない、まったく新しいシステムを考えようということだ。

クラウドファースト

 既存システムをクラウドへ単純移行することも含む。クラウドで難しければオンプレミスで構築する。

クラウドネイティブ

 今までにない、新しいシステムを考える。オンプレミスでの構築は現実的でないので、考慮外。

 「わざわざ新しいシステムを作ってまで、無理にクラウド使う必要はない」と感じる方もおられるだろう。それはまったく正しい感覚だ。ユーザー企業のビジネスの目的は「クラウドを使うこと」ではないからだ。誤解をする方も多いので、ここで繰り返し払拭しておきたい。本書の目的は、読者に「クラウドを使わせること」ではない。ユーザー企業の最大のゴールは「より良いビジネスの発展」であり、筆者は「クラウドネイティブな発想によるイノベーションの実現が、ゴール達成の大きな一助である」ことを示したいと考えている。

クラウドネイティブなシステムとは

 さて、クラウドファーストと、クラウドネイティブという2つの語を対比したが、前節では、別の言葉を対比していたので思い返していただきたい。

しっかり系:今までのシステムもクラウドでしっかり支える
カッ飛び系:過去にないシステムをクラウドで実現する

 AWSは次の2つを対比させていた。

カイゼン:今までできていたことを、より早く、簡単に安く実現できる
イノベーション:今までできなかったことを実現できる

 そのうえで、筆者は、「カイゼンはカイゼンにすぎない」と暴言に近い書き方をさせていただいた。カイゼンはコストダウンと読み替えてもいい。コストダウンはコストダウンにすぎない。ユーザー企業の「今、ある」業務が効率的に(低コストで)回るという側面はあるが、せいぜいソコ止まりである。利益率の改善には寄与するかもしれないが、ビジネスの発展への寄与は間接的であり、限定的だ。はっきりいえば、コストダウンに注力しても売上は向上しない。ビジネスの未来には貢献しないということだ。そろそろ発想を切り替えたい。「イノベーション」を起こすクラウドの「カッ飛んだ」使い方、それが「クラウドネイティブ」の発想である。

 「クラウドネイティブ」で考える「新しいシステム」とは何なのか、「イノベーションを起こすクラウドの使い方」とはどのようなものなのか。もう少し掘り下げてみよう。詳細は後述するが、クラウド自体が大きなイノベーションなので、この「巨人の肩に乗る」ことで、自分たちのビジネスにもイノベーションを起こしてしまおうということだ。

 「ビジネスにイノベーションを」などといってもCMのコピーのようで抽象的すぎる。少し表現を変えてみたい。いろいろな言い方があるが、一般には次のようなワーディングが用いられている。

・差別化分野へのIT投資
・競争領域へのIT投資
・攻めのIT投資

 これらをまとめて、「戦略領域へのIT投資」※1と呼ぼう。この投資において、クラウドが果たす役割は非常に大きいことが知られている。

※1これとは逆の従来的な情報投資は、「非差別化分野」「非競争分野」へのIT投資であり「守りのIT投資」などと呼ばれる。

書誌情報

タイトル:戦略領域へのクラウド活用
サブタイトル:イノベーションを起こす使い方
著者:加藤 章
判型:A5判
ページ数:184p
定価:2300円+税
ISBN:978-4-8443-3959-5

加藤 章