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抽象化、一元化、そして標準化を可能な限り進める~ジュニパーがSDN戦略を発表

 仮想化の普及はITの世界に大きな変化をもたらした。特にクラウド環境を提供するデータセンターにおいては膨大な数のサーバー、ストレージ、ネットワーク機器が仮想化され、その規模は日々拡大している。毎日頻繁に行われるデプロイやマイグレーションに、管理者が手動で対応し、個々の機器を設定するやり方はもう限界に近づいているといっていいだろう。

 ここ1、2年話題になっているIT用語のひとつ「Software Defined Network(SDN)」は、個別最適に傾きがちだった従来のネットワークインフラストラクチャを、仮想化/クラウド時代に対応した全体最適の新しいインフラとして、ソフトウェアでもってネットワーク全体を制御しようとする考え方である。ルータやスイッチといった機器を個別に設定/管理することで保っていたネットワークを、一極集中管理型で全体管理へとシフトさせることが必要になるわけだが、当然ながら既存の環境からそう簡単に移行することは難しい。

 そこでネットワーク機器ベンダやサービスプロバイダは、SDNへの移行をスムーズに実現するため、SDN対応製品のリリースや標準化団体の設立するなど、SDNの普及に努めている。その代表的企業のひとつがジュニパーネットワークス(以下、ジュニパー)だ。2月15日、同社でSDNソリューション リード・アーキテクトを務めるジェームス・ケリー氏が、ジュニパーのSDNに対するビジョンおよび戦略をプレス向けに解説したので、その内容を紹介したい。

SDNソリューション リード・アーキテクトのジェームス・ケリー氏

迅速で透明性がありTCO削減を実現する“6つの原則”

 「われわれはネットワーク専業ベンダである。だからこそ拙速にSDNの定義を進めることはしない」とケリー氏は最初にこう発言した。SDNはまだ新しい概念であり、本当の意味での標準化には遠い状態にある。だからこそ、ジュニパーがこれまで掲げてきた「オープンスタンダード」に沿ったかたちでSDNを定義していく必要があり、同社だけでなく競合他社も含めた関連企業、そしてユーザー企業とともに、弾力的な仕様を作り上げていく必要がある。

 「SDNは◯◯でなくてはいけない」と独善的に決めつけてしまうことは、よりネットワークの世界に柔軟性をもたらそうとしているSDNの本来の意義と離れる行為となるからだ。

 その上で、ジュニパーは「SDNへの移行に必要な6つの原則と4つのステップ」として、1月にその包括的なアプローチを発表している。ポイントは「短い導入期間」「ネットワーク運用コストの削減」「明確で透明性のある道筋」だ。

ジュニパーが提唱する「SDNのための6つの原則」

 ケリー氏はまず6つの主要原則から紹介を行っている。

1.ネットワーキングソフトウェアの明確な区分:「マネジメント」「サービス」「コントロール」「フォワーディング」の4つのレイヤ(プレーン)にネットワーキングソフトウェアをまず分離し、その上でインターフェイスを定義する。こうすることでインプリメンテーションに柔軟性をもたせることが可能になる

2. 最適な集中化:マネジメント、サービス、コントロールの機能をそれぞれ可能な限り(as much as possible)一元集中化する。何もかも一元化するのは現段階では困難。特にコントロールプレーンでは一元化しにくい機能が少なくない。だが一元化(集中化)を進めることで、ネットワークのシンプル化と運用コストの実現が図りやすくなる

3. クラウドの活用:3つのレイヤ(マネジメント、サービス、コントロール)の仮想化を進めることでネットワークに弾力性と拡張性をもたせ、クラウドの従量課金制によるコストメリットをネットワークソフトウェアにおいても顧客に提供する

4. プラットフォームの構築:ジュニパーが一貫して掲げてきたオープンプラットフォームの原則に沿って、ネットワークアプリケーション、サービス、マネジメントシステムを統合するプラットフォームを構築し、新たなビジネスソリューションを提供する

5. プロトコルの標準化:競合他社のネットワーク機器との相互接続やヘテロジニアスな環境でのサポートも可能とするためにプロトコルの標準化を図り、顧客に選択肢を提供する

6. SDNの主要原則を幅広く応用:このSDの原則をデータセンターだけでなく、企業ネットワークから有線/無線(モバイル含む)プロバイダの提供するネットワークサービスに幅広く提供していく

以上の6つの原則で強調されていることは、SDNを柔軟性/弾力性に富んだネットワークにするために、できるだけプログラマブルにし、かつ、管理は一元化するという点だ。ケリー氏は「プログラマブルなネットワークはジュニパーが一貫して主張してきたこと。そのための開発環境やAPI、プラットフォームをわれわれはすでにもっており、競合他社よりも優位な位置にある」と語る。

ジュニパーがSDN市場で優位性を保つための“4つのステップ”

ジュニパーがめざす「SDN提供のための4つのアプローチ」
x86ハードとの間でもソフトウェアライセンスの移行を可能にする「Juniper Software Advantage」

 この6つの原則に沿ったかたちでSDNへの移行を進め、ユーザーがSDNのメリットを享受できるようにするために、ジュニパーは以下の4つのステップを提供するとしている。

1. 管理の集中化:SDNをプログラマブルで柔軟性のあるネットワークにするためにも、まずはすべてのネットワーク機器を一元的に集中管理するマスターを提供する。運用コストの削減と、ネットワークからビジネスに関連する情報を迅速に把握することが可能になる。「Junos Space」アプリケーションがこれを実現する

2. ネットワーキングおよびセキュリティサービスのハードウェアからの抽出:次に仮想マシン(VM)を構築し、SDNの基盤となっているハードウェアからネットワーキングとセキュリティのサービスを抽出。ここで抽象化することで、広く普及しているx86系ハードウェアをベースにしながら、ニーズに基づいたネットワークとセキュリティのサービスをプログラマブルに個別に拡張していくことができる。2013年第1四半期に提供が予定されている「JunosV App Engine」がこれを実現する

3. コントローラの集中化:複数のネットワークや機器を連携させるため、「SDN Service Chaining」と呼ばれる一元集中化のための仮想化されたコントローラを導入。これにより、既存のネットワークも新規のネットワークも、中央で一元化されたオブジェクト指向のネットワークとして連携させることが可能になる。買収したContrail SystemsのSDNコントローラ技術とJuosV App Engineを進化させることで2014年中に提供予定

4. ネットワークおよびセキュリティハードウェアの最適化:1~3までのステップを通じて実現するソフトウェアの最適化に加え、ハードウェアも最適化することで、重要なネットワーキング機能のパフォーマンスを10倍以上向上する。ジュニパーネットワークの既存製品(MXシリーズ、SRXシリーズ)もSDNのこの流れに合わせて進化する

上記の4つのステップを通して実現するSDNは「データセンターのためだけにあるのではなく、例えば企業がオンプレミスで所有するERPシステムやHadoopクラスタなどをクラウドとフェデレーションさせるようなハイレベルなシステム構築にも有効」だとケリー氏。

 そのためにはやはり、2番めのステップで示されるサービスの抽象化が最も重要なステップになるといえるだろう。「SDNのメリットを得るには、アプリケーションに対して抽象化をもたらすための拡張が必要。システムやアプリケーションを割り出し、ワークフローにマッチするようにサービスを拡張していくことが重要になる。そのためにはノースバウンドだけでなくサウスバウンドもカバーする広範なプロトコルに対応している必要があるが、同時にRESTfulであることも欠かせない要素だ」(ケリー氏)。

 ハード/ソフトともに可能な限り抽象化する、そしてその管理は可能な限り一元化する、そして可能な限り標準的な技術を使う――。ケリー氏が説明するSDNはすべて”可能な限り”が付く。仕様や定義を業界全体で固めていきながらも、SDN市場での優位性を保つために包括的な戦略に基づいた製品は、その時点で最良の技術を用いて随時リリースしていくというのがジュニパーの方針と捉えることができる。SDNの全体像、そして今後の普及の速度が見えにくい中、ネットワークベンダとしてSDNビジネスを優位に展開していくためには、現時点では最大限のコミットといえるだろう。

複雑性や速度の遅さ、信頼性の低さなど、現在のネットワークが抱える数々の課題
ジュニパーネットワークスの包括的なSDN戦略が既存のネットワークの課題を解決する

 なお、ジュニパーは上記の原則に基づいた新しいソフトウェアライセンスおよびメンテナンス向けモデルである「Juniper Software Advantage」もすでに発表済みだ。これは同社のネットワーク機器から「ソフトウェアを切り出したかたち」(ケリー氏)でライセンスを提供できるようにするもので、x86サーバーとの間でライセンスの移行を従量課金で可能にする。

 「クラウド上でもx86上でも、どこでもジュニパーのソフトウェアを利用できるようにするためのライセンス。ソフトウェアから切り出される価値をユーザーに届けたい」とケリー氏。

 ネットワークベンダがスイッチやルータだけを販売してビジネスになる時代は終わったことを象徴するライセンス形態としても興味深い。それぞれのソフトウェアの新しいライセンスへの移行は2013年中に開始するという。それまでにSDNの普及がどこまで進んでいるかに注目したい。

(五味 明子)