「IBMがクラウドの世界観を構築したと自負している」~米IBM・コンフォート副社長


 「IaaSやPaaS、SaaS、BPaaS(Business Process as a Service)は、いまIBMがビジネスとして展開していることの延長線上にあるもの。そして、2008年以降、IBMがクラウドの世界観を構築したと自負している」――。米IBM グローバル・テクノロジー・サービス バイスプレジデント ポートフォリオ&S0オファリング・マネジメントのジェームス・コンフォート氏はこう切り出す。

 パブリッククラウドからスタートしたクラウド・コンピューティングの世界は、その後、プライベートクラウドやハイブリッドクラウドへと広がり、エンタープライズ領域の活用へと広がっている。IBMでもそれにあわせてクラウドビジネスを拡大。製品ポートフォリオも拡張してきた。そして、コンフォート氏は、いまのタイミングを「クラウド・コンピューティングに対する過剰な期待が高まる時期は終わりを迎え、より現実的な対応が始まる時期がやってきた」と語る。

 コンフォート氏にクラウド・コンピューティング市場の現状、そしてIBMの取り組みについて聞いた。

 

現在のクラウドは大きな転換点を迎えた

――現在のクラウド・コンピューティングの市場をどうとらえていますか。

米IBM グローバル・テクノロジー・サービス バイスプレジデント ポートフォリオ&S0オファリング・マネジメントのジェームス・コンフォート氏
クラウドへの過剰な期待が終わり、より現実的な実装が始まっている

コンフォート氏:クラウド・コンピューティングの議論が始まった時期には、コスト削減と同義語にとらえられていた時期がありました。

 コスト削減神話が高まるにつれ、その後訪れたのが、クラウド・コンピューティングに対する過剰な期待の時期といえます。特に、IT効率の向上に対して過剰な期待が寄せられ、クラウドは万能であるともいわれかねない状況が生まれました。これは、経営層からのプレッシャーとして表面化してきたともいえます。

 しかし、その一方、CIOやIT部門では、セキュリティや可用性の維持、そして特定のベンダーによって囲い込まれることへのリスクを懸念していました。こうした変遷を経て、2011年になり、クラウド・コンピューティングは、いよいよ現実的な実装が始まった時期に突入しました。大きな転換点を迎えたといえます。

――IBMがクラウドビジネスに本格的に参入したのは、いつごろからだと判断したらいいですか。

コンフォート氏:IBMは、2008年に、クラウド事業を立ち上げるための戦略チームを設置しました。これがIBMのクラウドビジネスのスタートだといっていいでしょう。ここには、約20年間にわたり、IBMのブランドを率いてきた8人のエグゼクティブが、それぞれのブランドから離れてチームを編成し、「クラウドとはなにか」、「その世界において、IBMはなにをすべきか」ということを議論しました。そのときにチームが導いた回答は、「クラウドはまさに現実のものである」ということでした。そして、「サービスやハードウェア、ソフトウェアのすべてを変えるものである」ということでした。

 2008年当時に多くの人が考えていたクラウドとは、パブリッククラウドだけでした。エンタープライズ領域で使うものではなく、サービスプロバイダーが、コンシューマユーザーに対して提供するものであり、主な使い方は、クレジットカードを使用して、コンテンツや商品の購入を決済するといったものでした。つまり、当時は、プライベートクラウドという言葉や考え方は、誰も理解していなかった。

 いまは、多くのアナリストがプライベートクラウドとパブリッククラウド、そして、それを融合したハイブリッドクラウドがあるということを認識し、多くの記事でもそれが紹介されています。IBMは早い段階から、プライベートクラウドやハイブリッドクラウドの世界が重視されることに着目し、そちらの方向へ投資を振り向けてきました。この数年間のクラウドに対する意識変化は、IBMが作った世界観によるものだといえます。特に、エンタープライズ領域におけるクラウドの価値を議論する際には、プライベートクラウドの存在を抜きには語れません。

 

クラウドの価値は上位レイヤへ上がってくる

――IBMが語るクラウド・コンピューティングとはどの領域までを指しますか。

IBMのクラウドプラットフォーム

コンフォート氏:現在、IBMは、IaaS、PaaS、SaaSというレイヤに対して、クラウド・コンピューティングサービスを提供しています。IaaS、PaaS、SaaSという3つのレイヤに対して、エンタープライズサービスを提供しているのはIBMしかないと自負しています。

 2008年当時を振り返りますと、当時のクラウド・コンピューティングとは、インフラおよびテクノロジーだけであるという認識が中心でした。しかし、IBMのなかでは、IaaSやPaaSだけにとどまらず、SaaSや(BPOを一歩進めたクラウドサービスである)BPaaSも、大変重要であるということは強く認識していました。

 クラウドの価値は、まずはIaaSなどの下のレイヤから生まれていきますが、徐々に上位のレイヤへとあがり、ここで大きな価値が生まれることになる。IBMは、その流れに沿ってサービスを拡張し、提供していくことを考えています。

 IaaSは、まさにクラウドサービスのベースになる部分ですが、ここではコストを中心とした話になり、いかに効率的にインフラのアウトソーシングを行うかということになります。また、PaaSでは、コスト削減とともに、いかに、ビジネスの価値をあげていくかということが目的となります。ここでは、ミドルウェアの戦略とリンクすることになります。そして、SaaSやBPaaSでは、より価値の高いものとして提供することになる。

 実は、IaaSやPaaS、SaaS、BPaaSというのは、いまIBMがビジネスとして展開していることの延長線上にあるものなのです。

 IBMが持っているハードウェア部分はIaaSに、ミドルウェア部分はPaaSに、ビジネスコンサルティング、ビジネスプロセスアウトソーシング(BPO)の部分は、SaaSにそれぞれ相当するものです。見方を変えれば、これまでIBMがやってきたビジネスとなんら変わりがない。

 では、IBMはクラウドでなにを変えようとしているのか。

 それは経済性の変革であると考えています。経済性を大きく変革することで、より効果的なソリューションを顧客に提供できると考えています。もともとクラウドは、パブリッククラウドでスタートしているわけですが、この市場において、IBMがアズ・ア・サービスとして提供することにたけた企業として経験を積み、これに、もともと持っているハードウェア、ソフトウェア、長年にわたるエンタープライズでの経験を生かせば、お客さまのプライベートクラウド構築にもお役に立てる。

 IBMでは、クラウド・コンピューティングのビジネスにおいて、プライベートクラウドはますます重要性が高まってくると考えています。

 

クラウドの全体像を把握している人はいない

――IBMでは、クラウド市場はどんな成長を描くと見ていますか。

コンフォート氏:私は、いまだに、クラウドの全体像を把握している人はいないといえます。しかも、多くの人が、クラウドを全体像としてはとらえておらず、パーツごとに議論したり、特定の技術論にとどまっている。そして、将来どうなるのかといったことを正確にとらえている人はいないともいえます。

 例えば、15年前のIBMにおいて、サービス部門の売上高はごく一部を占めているにすぎなかった。しかし、いまは半分以上を占めています。こうした変化を考えると、いまはそれほど大きくはないクラウドの売上高が、15年後のIBMにおいて、大きな比重を占めることになっているかもしれません。

 現在、IBMにとって、コンポーネント、サービス、ソフトウェアのいずれもが大きなビジネスですが、これらのすべてがクラウドに関連してくるということがわかった。IBMがこれまで取り組んできたすべてが、クラウド戦略のコアとなるのです。

 いまIBMでは、スマータープラネット、クラウド、アナリティクス、成長市場という4つを、重点分野に位置づけています。そして、これらは相互に関連しあうことになります。スマータープラネットは、クラウドとアナリティクスによって実現され、それによって、クラウドの価値も高まる。また、これらの連携によって、データの収集の仕方、アクションの仕方、ビジネスのやり方まで変わってくる。そして、ビジネスそのものが改善されていくことになる。IBMがクラウド構築のお手伝いをすることは、お客さまの変革をお手伝いすることもつながる。そして、IBMも自らも変革していくことができると考えています。

 

「オープン」と「スタンダード」という考え方をクラウドにも持ち込む

――IBMは、クラウド環境において、「オープン」あるいは「スタンダード」という言葉を頻繁に使うようになりました。この理由はなんですか。

コンフォート氏:IBMはこれまでの歴史のなかで、オープンであることがイノベーションを支援するものである、という認識を強く持っています。多くの会社は、自社ですべてのものを提供することができるという「フリ」をしますが、実際には1社だけで完結することはできません。付加価値を追加できる企業はほかにも存在します。

 IBMは、Linuxのようなオープンソースをサポートすることを早くから表明しました。これは、x86の世界を変えることにもつながったと自負しています。そして、そこでは同時に、x86というハードウェアのスタンダードを尊重してきました。このスタンダードを守りながらも、自らのシステムを差別化することで、ユニークな価値を提供しつづけていったわけです。

 IBMは、これらの経験をもとに、「オープン」と「スタンダード」という2つの考え方をクラウドにも持ち込んだ。IBMが提供するイノベーション、エンタープライズシステムの知見に、IBM以外の会社が提供することができる価値をあわせれば、それが一番いい。もちろん、取り込んだ方がいいユニークな機能や、ユニークな技術に関しては、買収という手段をとる場合もあります。これからも、eコマースやスマーターシティへの取り組みを拡張していくための買収は続くことになるでしょう。

――IBMのクラウドビジネスは、いまどのフェーズにあると考えていますか。

コンフォート氏:これまでの取り組みを振り返ると、2008年当時に描いたとおりに、ビジネスが進展してしているといえます。これまでは、プラットフォームレイヤの製品群をそろえてきましたが、これからはより機能性の高い領域での品ぞろえが強化されることになるでしょう。クラウド・コンピューティングに対する過剰な期待が高まる時期は終わりを迎え、より現実的な対応が始まる時期がやってきたともいえます。

 これは、当初、われわれが描いた予測よりも早く訪れているともいえます。世界的に経済環境が悪化し、多くの企業がビジネスを改善しなくてはならないという場面におかれている。これがクラウドの採用を加速化しているともいえます。ビジネスの改善に対して、よりよい解を求めるのならば、クラウドが最適であるという認識が出始めています。特に、最近では、ディザスタリカバリの領域での成長が著しい。事業継続、事業の回復といった部分において注目を集めています。

 

クラウドはカスタム化しすぎてはいけない

――クラウド・コンピューティングの導入における成功の鍵はなんでしょうか。

コンフォート氏:逆にやってはいけないのが、カスタム化しすぎることです。スタンダードであること、そしてスケールを意識することは、お客さまにとっても、クラウドプロバイダーにとっても重要であることを、両者が理解しなくてはいけません。標準化を確保することで、スケールを確保できる。これがクラウドにおいて、大きなメリットを生むことになります。

 一方で、テクノロジーの観点では、どれだけ自動化できるかが基本となるでしょう。プロセスのなかから人手がかかる部分を排除することが必要であり、これも標準化によって解決できる。

 これまではシステムといえば、ボックスといわれていました。しかし、いまやシステムといったときにはラックを指したり、データセンターを指したりといったケースが一般的になってきた。また、複数のデータセンターの集まりもシステムといわれるようになっている。つまり、コンピュータもストレージも、ネットワークも一緒になって設計しなくてはいけない時代に入ってきたのです。

 ボックス同士を結びつければいいという単純なものから、より複雑で、大規模なシステム設計上が求められているのです。IBMはこれらの構築に対する知見を蓄積しており、ここに大きなアドバンテージがあります。

――いまIBMに求められているものはどんな点ですか。そして、IBMはそれに対してどう応えていきますか。

コンフォート氏:もちろん、お客さまが求めるものは単一ではありません。独自のクラウドを構築したい考えるお客さまもいますし、プライベートクラウドを構築するためのパーツを個別に持ってくるようなことを、自分ではやりたくないと考えるお客さまもいる。こうした場合にも、楽にクラウドを構築できる支援体制を用意しています。

 また、お客さまによっては、自分のところではプライベートクラウドのような環境を構築したくない、自ら運用したくないという場合もある。その際には、マネージドサービスを活用することもできる。企業としての俊敏性を増すことや、ビジネスに対する真のベネフィットを得られるようにご支援することができる。私は、今後、マネージドサービス分野の成長が著しくなるのではないかと予想しています。誰かに、いま抱えているシステムの複雑さを解決してほしい、あるいは代わりに担ってほしいと考える企業が多いからです。

 一方で、今後はスマータープラネットを実現するようなソリューションに対する要求も加速することになるでしょう。スマータープラネットで求められるような高いレベルにおける統合によって、お客さまの複雑性を取り除くことができる。これは、今後5年間のなかでは大きな成長分野になると考えています。

 

高いレイヤで一歩進んだ価値を得られるかが今後の鍵

――ところで、現在の日本の市場についてはどう見ていますか。

コンフォート氏:日本のユーザーは、クラウドに対して、非常にオープンであり、導入にも前向きです。調査によると、全世界のCIOの約60%が、社内システムにおいて、クラウド・コンピューティングの利用を検討しているのに対して、日本では約70%のCIOが、クラウド・コンピューティングの利用を計画しています。

 クラウドをエンタープライズに持ち込む、あるいはエンタープライズをクラウド化するといった動きが増加しており、その多くがハイブリッド型のクラウドを指向したものになっています。私たちの仕事は、こうした日本のユーザーに対して、クラウドの実装をできるだけシンプルにし、導入しやすい環境を用意することだと考えています。

 一方で、IaaSは重要であるという認識はあるようですが、そこから上のレイヤに対してのどれだけ強い認識を持っているのかどうかはまだ疑問です。これは日本の市場に限定したことではなく、世界規模でいえることでもあります。クラウドは、いよいよ現実的な対応が始まる時期に入ってきましたが、今後はいかに高いレイヤにおいて、さらに一歩進んだ価値を得ることができる領域へと進む必要があると感じています。

関連情報