「データセンターは寒冷地が適しているという常識を覆す」、Microsoft・リード副社長

MSR エクストリーム・コンピューティング・グループの取り組みを聞く


 Microsoftの研究開発機関であるMicrosoft Research(MSR)には、エクストリーム・コンピューティング・グループがある。その名の通り、コンピューティングの将来の限界を研究する組織ともいえ、次世代データセンターに関する研究などにも取り組んでいる。

 Microsoft テクノロジストラテジ&ポリシー担当コーポレートバイスプレジデント兼エクストリームコンピューティング担当ディレクターのダン・リード氏は、「データセンターは寒冷地が適しているという常識はこれから通用しなくなる。近い将来、高温のサハラ砂漠や、高湿のシンガポールでも、冷却設備を設けずにデータセンターが展開できるようになる」とするほか、「次世代データセンターによって、生活そのものが変化する時代がやってくる」と語る。

 リード氏にエクストリーム・コンピューティング・グループの取り組みなどについて聞いた。

エクストリーム・コンピューティング・グループの役割は?

――まず、Microsoft Researchのエクストリーム・コンピューティング・グループの役割を教えてください。

Microsoft テクノロジストラテジ&ポリシー担当コーポレートバイスプレジデント兼エクストリームコンピューティング担当ディレクターのダン・リード氏

リード氏:データセンターに求められる先端的な技術の探求、クラウドに関するセキュリティおよび暗号化技術、次世代データセンターのハードおよびソフトに関する技術、そしてユーザーインターフェイスに関する研究などを進めています。また、複数のクラウドを連携し、これをどうデザインしていくのかといったことにも取り組んでいます。

 エクストリーム・コンピューティング・グループの最大の特徴は、大きなリスクを持つ研究に取り組むことが許されているという点です。つまり、必ずしも成功しなくていいというテーマも探求できる。そうした環境が、最先端技術の研究につながっているのです。

――どんなスキルを持った研究者が所属しているのですか。

 ハードウェアエンジニア、ソフトウェアエンジニアなど、あらゆるスキルを持った研究者、技術者が所属しています。ハードウェアでは電力まわりの技術者、冷却技術の研究者、マイクロプロセッサやHPCの開発経験者もいます。

 また、OSやプログラミング言語のエキスパートもいる。ユーザーインターフェイス、ユーザーエクスペリエンスに経験を持っている人もいる。すべてをあわせて100人ぐらいの規模になっています。さらに、アカデミックとも連携し、相互に情報交換を行い、それが新しいアイデアとなるという仕組みも構築しています。

――リード氏は、所属する研究者に対してどんなことを求めているのですか。

 人々が思い描く課題に対して問いかけてみるというのは当然のことです。例えば、データセンターが持つ課題については、社内でデータセンターを構築している人と連携をしながら研究を行ったり、ハードウェアパートナーとも連携したりしています。

 しかし、われわれの研究で重要なのは、一般的に常識だと思われていること、考え方の前提とされるものに対して、あえて疑問を感じることなんです。これまで真実だと思っていたことが真実ではないのではないか、という疑問を持つことです。

 私は教授をしていた時、学生にこんなことを言っていました。「コンピューティングの世界の面白いところは、同じ質問でも、常に解が変わる。同じ質問を繰り返し、繰り返し考えてみる必要があるんだ」と。

 進化が激しい世界において、以前は正しい解答だったものが、いまはそうではなくなっていることは日常茶飯事のように起こっている。研究成果も失敗と思ったものが、ある日突然成功したものになりますし、リスクが大きいと思ったものが、実は小さかったということも起こるうる。エクストリーム・コンピューティングへの取り組みは、これまでの考え方では通用しないことが多いのです。

 データセンターの規模についても、けたが違う想定をしなくてはならない。クラウドは、世界中に構築されたコンピューティングシステムの中で世界最大のもの。それが爆発的な勢いで増大している。そうなると当然、解が違ってくる。

 また、以前は関係がなかったような技術が大きな意味合いを持つ。短期間にさまざまな場所にデータセンターを展開していくにはどんな課題があるのか。太陽光発電をはじめとする再生可能エネルギーをどう生かすか。こうしたことも考えてます。

 おもちゃのレゴを想定してみてください。ひとつひとつのブロックを積み重ねていくことで完成品ができあがるが、より規模の大きなものを短時間に組み上げるには、もっと大きなブロックを使う必要がある。コアの数が何十万も必要になる場合、データセンターのコンテナのサイズをどう想定するのか。そこには何1000ものコアが入ったコンテナを用意しなくてはならない。発想そのものが違ってくるのです。

 これにより、冷却効率や電力効率も大きく変化する。このように、ブロックそのもの変えるというような発想の転換が大きな意味を持つことになります。

データセンターは、そもそも冷却する必要があるのか?

――いま、どんな発想を転換した研究に取り組んでいますか。

 データセンターは、そもそも冷却する必要があるのか、という点ですね(笑)。これまでにも、データセンターで使用するプロセッサには、低消費電力のものを採用し、電力効率を上げることで冷却におけるニーズを減らしてきた経緯がある。ただ、それでも冷却するというのは安定稼働をさせるためには必要な条件だった。

 ですから、データセンターを構築するためには、電力の確保よりも、冷却するための水の確保の方が優先されている。これによって、データセンターの設置場所も限定されてきたわけです。現在のように全世界10億人を対象にしたデータセンターの構築ならばそれでいいが、将来、全世界50億人を対象に運用しようということになると、設置場所が限定されることは大きなリスクが発生することになる。

 水による冷却の必要がなければ、より多くの場所が設置候補となる。ですから、水を使わない、つまり冷却しないデータセンターを実現しなくてはならないのです。

――それはどうやって実現するのですか。

 まず大切なのは人々の発想を変えることです。データセンターについて人が信じていたのは、データセンターは寒くなくてはいけない。人間が震えるほどの寒さが必要である。そして、気温が低い方がハードウェアの信頼性が上がるという常識です。

 ところが、自ら実験をし、ハードウェアベンダーとも一緒になって研究を行ってきた結果、それは決して真実ではないということがわかった。高温でもハードを運用することができる。ほとんど冷却をしなくても障害が抑えられる。実は、私のチームのメンバーが、サーバーを何台かテントの中に入れて稼働させてみた。雨はしのげるが、それ以外の気象状況の影響は受けるという状態です。実験をしたのは、シアトルですから、それほど気温は上がりませんが、それでもセ氏30度程度で稼働させても問題はないということがわかりました。

 こうした経験をもとに、高温になるアフリカのサハラ砂漠でも動かすことができるか、湿度が高いシンガポールでも動かすことができるか、そうしたところに研究テーマを置いています。

――それは近い将来に実現が可能なのですか。

 われわれの研究の中から得られた回答は、イエスです。現行の延長線上の技術でできると考えていますし、このビジョンの実現は極めて近いといえます。

 一方で、大きなデータセンターを構築するという考え方だけではなく、小さなデータセンターを構築するにはどうするかといった研究も進めています。次の50億人という利用を想定した場合、大きなデータセンターを構築できないような場所にも、データセンターを作る必要がある。ここでは、小さなデータセンターをどう保守するのかといったことがテーマになります。

 さらに、再生エネルギーの利用もついても研究を進めている。これも場所を選ばないデータセンターの設置につながる。しかし、どこにいっても共通的に太陽や風があるわけではありませんから、場所に適している再生エネルギーを選んだり、複数の仕組みを組み合わせて使ったりすることが必要である。

 冷却が必要なく、電源が必要なくなれば、ネットワークさえつながれば、どんなところにも規模を問わずにデータセンターを設置できるようになる、というわけです。

――Microsoftでは、最新データセンターであるシカゴおよびダブリンを、第3世代のデータセンターと呼んでいますね。いま挙げてもらった研究課題は、第4世代のデータセンターで実現するものになりますか。

 冷却などの考え方は第4世代のものですし、モジュール型でこれを組み上げるというのも第4世代のデータセンターの考え方です。そして、これまで構築に何カ月もかかっていたものが、数日、数週間で完成するようになるということも第4世代で実現する。しかし、再生エネルギーの活用に関しては、さらにその先の話であり、まだ研究段階のものです。

――つまり、第5世代のデータセンターだと(笑)。それは10年ぐらい先のことですか?

 コンピューティングに関して、10年先のことを言うのは、気が狂っているのか、あまりにも純真かのどちらかです(笑)。

 しかし、こうなるだろうというアイデアはあります。課題となるのは、低消費電力のデバイスがどうなるのか、複数コアのプロセッサがどう使われるのか、オンチップとしてどこまで活用できるのか、ヘテロジニアスの環境でどう使われるか、そして、インターコネクトやSSDの展開、どんなトランジスタを活用するのかなど多岐にわたる。また、再生可能エネルギーの動向もあります。

 それぞれの課題は、解決に至るまでの時間軸が違いますから、それも想定しなくてはなりません。さらに、ハードウェアが安価になって、障害を起こすことが何でもなくなるといった時代の変化も想定しなくいはなりません。

 私が育った時代のコンピューティングは、大変貴重であり、高価なものでした。しかし、いまの子どもたちは、コンピューティングはどこにでもあって、安価なものだという認識を持っています。つまり、クラウド時代のコンピューティングは、オーバープロビジョニングが前提となる。障害が発生しても、それをカバーできるようにしておけばいいという発想が生まれる。

 その中で、デバイスとの接続、ネットワーク帯域の確保、省電力化といったことを考えていかなくてはなりません

クラウド・コンピューティングで変化する世界にも取り組む

――次世代データセンターによって、クラウド・コンピューティングがもたらす世界はどうなりますか。

 クラウド・コンピューティングという大きな輪でとらえた場合、さまざまなことが想定できます。例えば、リアルタイムで上がってくる交通情報と、ソーシャルネットワークやカレンダー機能の情報を活用することで新たな社会が構築できる。その日の電気自動車が走ったルートがわかり、明日、それぞれのユーザーがどんなことをするのを予測して、夜間電力で、いくらで、どれぐらいの量を供給するのかを予測できる。それに向けた発電制御も行える。こうした情報が集まれば、エネルギーの使用量が事前に把握でき、結果としてエネルギーの使用量も減らすこともできるのです。

 膨大な情報と、それを処理する能力が、次世代データセンターによって実現され、情報の活用方法が変わってくる。コンピューティングという論理的な世界と、デバイスという物理的な世界が交差することで新たな価値が生まれる。これまでの40年間にわたって、コンピューティングが提供してきたのは、われわれがやりたいことに対して、応答することでした。しかし、コンピューティング能力が十分に使えるようになることで、予測、分析、解析といったことが可能になり、次の行動へとつなげることができる。人間のアシスタントという役割が広がることになるのです。

 こうしたことの一部も、エクストリーム・コンピューティング・グループで、研究、開発を進めています。

――10月1日に、日本において、国立情報科学研究所との協業を発表し、Windows Azureをアカデミック分野で無償で活用できるようにしました。これはMicrosoftにとってはどんなメリットがありますか。

 今回の協業は、助成対象である情報爆発プロジェクトに対して、Windows Azureを無償提供し、研究活動におけるクラウド・コンピューティングの利用を支援していくものです。

 具体的には、データマイニングによって、多種多様なデータの中に存在する価値ある情報を取り出せる、シンプルで強力なツールを自由に使える環境を、研究者に提供します。クラウド・コンピューティングは、科学上の探索や発見を促進し、具体的な成果得るための活動を加速させることにより、研究の遂行手法に変革をもたらします。

 一方で、大学の研究者の方々に、研究のためには必ずしもリソースを購入しなくてはならないいうのではなく、サービスを利用するという仕組みを提案し、それを理解してもらうという狙いもあります。データの規模は、ひとつの大学でホスティングできる規模をはるかに超えています。だからこそ、クラウド・コンピューティングを、積極的に利用するという発想が必要なんです。

 生物学を理解するには何ペタバイトもの情報を理解しなくてはならないといわれています。しかも、一日20時間も書物を読まないと最新の情報を維持できないともいわれている。そんなことは無理です。さらに、そこに生態系、環境系、さらには経済のデータもかかわってくる。それが21世紀の科学の課題です。さまざまなデータ、さまざまなグループを、大きな規模で連携させる必要がある。構築の仕方、コンピューティングの使い方、資金の使い方、大学の連携の仕方も変わってくる。いまその転換点に到達したといえます。

 しかし大学が得意とするのは、ITインフラの構築ではない。大学は教育を行い、新たな発見をして、研究成果を求めていくこと。ITインラフはMicrosoftが得意とするところですから、そこに当社の役割がある。その点でも、今回の協業は、意味があるものだといえます。

給与をもらわなくてもやりたいと思うぐらいの仕事

--ちなみに、大学教授の仕事と、いまの仕事はどちらが面白いですか(笑)。

 どちらもそれぞれに面白いですね。私は、大学でもかなりの時間を、大学同士のパートナーシップに費やし、学術研究のために使われる世界最大のコンピューティングシステムの構築に取り組んできました。また、政府と連携しながら、科学技術の政策に関する仕事もしてきました。そこで得られた洞察、経験はいまと重なるところがあります。

 唯一違うのは授業で教えるという役割がないということですね(笑)。

 いまの仕事は、すばらしい才能を持った人たちと研究が行える点が大変楽しい。Microsoftリサーチの研究者の知的レベルは、ほかの研究機関、大学にも劣らない。そして、Microsoftリサーチは、すばらしい未来を構築する役割を果たしている。試作も大きな規模で挑戦できる。また、ありとあらゆることを問いかけることができる。こうしたことができる仕事はほかにはありません。

 本音をいうと、給与をもらわなくてもやりたいと思うぐらいの仕事なんですが(笑)、それが記事になると困っちゃうので、そこだけは伏せておいてください(笑)

関連情報
(大河原 克行)
2010/10/8 06:00