「Office 365 Open」はクラウド導入の敷居を下げる~MSの新パートナープログラムが革新的なその理由


 「Office 365のオープンプログラムをパートナーに提供する」とカート・デルビーン(Kurt DelBene)氏が壇上で宣言したとき、明らかに会場の空気が歓喜へと変わった。7月9日(米国東部時間)、カナダ・トロントで開催されたマイクロソフトの年次パートナーカンファレンス「Microsoft Worldwide Pertner Conference 2012」の初日基調講演、Office部門のプレジデントであるデルビーン氏の発言は、全世界から集まった1万6,000人のマイクロソフトパートナーをうれしい驚きに包み込んだ。「やっと我々の願いが通じた」と口々に喜び合うパートナーたち。この「Office 365 Open」なるプログラムがなぜ、それほどまでパートナーに待ち望まれていたのか。そしてこのプログラムは企業ユーザーにどんなメリットをもたらすのか。今回、WPCの会場で日本マイクロソフト、米マイクロソフト、そしてパートナー企業のそれぞれの立場から見たOffice 365 Openの位置づけについてお話を伺うことができたので、これを紹介したい。


高まる顧客のクラウドへの関心と上がらないパートナーのモチベーション

長谷川誠氏

 提供開始から1年が経過したマイクロソフトのクラウドオファリングであるOffice 365。使い慣れたOffice環境をクラウドから利用できるソリューションとして、従業員数名のスタートアップから数万人規模のエンタープライズ企業まで、導入事例には世界中で事欠かない。最近では、経営再建中の日本航空(JAL)が2万ユーザーのコミュニケーション基盤としてOffice 365を導入した事例が注目を集めた。

 Office 365は企業がクラウドを導入する最初のきっかけとして、非常に適した製品といえる。世界中の業務PCで圧倒的なインストールベースを誇るOfficeをはじめ、スケジュール管理やWeb会議、インスタントメッセージ、ファイル共有などのサービスを、どこからでも、どんな端末からでも利用することができる。個々の端末へのインストールはいっさい必要ない。使い慣れたOfficeとまったく同じインタフェースで利用できるため、業務ユーザーに特別な教育を実施する必要もない。TCO的にも利用人数に応じた月額課金がベースであるため、大幅なコストダウンも可能だ。“もたないIT”のメリットをスケーラビリティとコストの両面から実感できる製品といえる。導入期間も早ければ数分、オンプレミスなら1年以上はかかるとされる1万ユーザー以上の大規模移行事例でも、半年以内で完了するケースがほとんどだ。

 顧客からのニーズも高く、Dynamics CRM OnlineやWindows Azureなど他のマイクロソフトのクラウドオファリングへの導入にもつながりやすいOffice 365。顧客のクラウドへの関心が高まっているいま、Office 365はパートナーにとっても魅力的なプラットフォームであるはずである。だが実際には、単純にそうとは言い切れない事情が存在する。

 マイクロソフトは95%以上のビジネスをパートナー経由で行っている。Office 365もそれは変わらない。しかし、マイクロソフトはOffice 365の課金に関しては顧客と直接契約を結ぶビジネスモデルを採っている。つまり、パートナーが間に入ってOffice 365の導入を行ったとしても、パートナーはマイクロソフトからOffice 365を仕入れ、顧客に対してパートナーからOffice 365を提供するという形にすることはできないのだ。あくまでマイクロソフトが顧客に直接請求書を発行し、顧客がマイクロソフトに直接料金を支払う。パートナーには、売上に応じた手数料がマイクロソフトから支払われる。これは「アドバイザリ(手数料)モデル」と呼ばれている。手数料率は販売当初は18%、以降販売量に応じて段階的に上がり最大で23%になる。

 このアドバイザリモデルのみでしか顧客にOffice 365を提供できないという状況に対して、世界中のパートナー企業から不満の声が上がっていた。「Office 365に対するお客様の関心は非常に高い。だがインセンティブが低すぎて、大量導入でもない限り、パートナーはOffice 365導入に対するモチベーションを上げることが難しい。正直、数十名程度の導入では収益増に結びつかない。それよりは導入支援をやったほうが儲かるのは事実」とマイクロソフトパートナーのステップワイズ CEO 長谷川誠氏は語る。顧客の注目度は高くても、パートナーのやる気を引き出せない――それがいままでのOffice 365だった。

 単なるインセンティブの問題だけではない。マイクロソフトのソリューションは、パートナーの特性を活かしてはじめて意味をもつ。もしパートナーがそれぞれの得意分野でもってOffice 365を提供することができたら、顧客のクラウド導入へのスピードはさらに加速するかもしれない。「たとえばSharePointとOffice 365を組み合わせたら、日報とワークフローをドッキングするシステムをクラウド経由で提供することもできる。こういうソリューションを喜ぶSMBは多いはず。しかし現行のアドバイザリモデルではこういったバリューアドが我々パートナーには認められていない」と長谷川氏。ビジネスチャンスを拡げることが難しく、パートナーから顧客に対してオーバーチャージすることもできない。魅力的なクラウドオファリングでありながら、多くのパートナーがOffice 365の販売に積極的になれずにいた。


Office 365 Openに対するそれぞれの思い

カール・ノークス氏
佐藤恭平氏

 「この1年、世界中のパートナーからOffice 365に対して同じようなフィードバックを受け、我々も対処する必要性を感じていた。マイクロソフトはパートナーありきの会社。パートナーの不満を見過ごすわけにはいかない」と語るのは米マイクロソフト ワールドワイドパートナーグループ パートナー/チャネルマーケティング部門でゼネラルマネージャを務めるカール・ノークス(Karl Noakes)氏だ。パートナーが独自のバリューアドをOffice 365に対して行うことを認め、いわゆる“仕入れモデル”も是認する――つまりパートナーはマイクロソフトからOffice 365を仕入れ、顧客に対して自由な価格でOffice 365を提供できるようになる。独自のバリューアドを行うことももちろん可能だ。これが9日のキーノートでデルビーン氏がバルマーCEOと1万6000人のパートナーの前で発表した「Office 365 Open」である。Office 365の販売窓口をまさしくオープンに開放したのだ。キーノート会場でこの発表を聞いた長谷川氏は、周囲のパートナーと喜び合いながら「ようやく時が来た」と心底実感したという。

 一方で、すべてのパートナーにとって仕入れモデルが有利だというわけではない。「クラウドは月額課金がベースになっているので、アドバイザリモデルのほうが仕入れモデルよりもメリットが高いというパートナーも多い。キャッシュフローだけ見ればアドバイザリモデルのほうがずっと有利」と日本マイクロソフト パートナーソリューション営業統括本部 統括本部長 兼 パートナー戦略統括本部 統括本部長 業務執行役員 佐藤恭平氏は説明する。 「売上か利益か、どちらを重視するかによる。利益を重視するならアドバイザリモデルだが、売上を立てること、つまり顧客に対して請求書を発行できることが重要であるパートナーは多い。仕入れモデルであるOffice Open 365はそういったパートナーの要望に応えるためのプログラム」と佐藤氏。どちらのニーズも満たせるよう、マイクロソフトはアドバイザリモデルとOffice 365 Openは併売していく方針だ。

 Office 365 Openを提供することで、マイクロソフトにはどんなメリットが生じるのか。「パートナーのOffice 365に対するインセンティブが上がることで、Office 365の普及が一気に拡がるだけでなく、他のクラウド製品への導入につながる」と佐藤氏は見ている。また、競合のGoogle Appsは以前から仕入れモデルを採用しており、それが理由でOffice 365の取り扱いを避けていたパートナーも少なくない。Office 365 Openの登場でGoogle Appsに傾いていたパートナーを新たに呼び込む効果も期待できる。

 「パートナーが自由にOffice 365にさまざまなサービスを追加して提供できるようになれば、Office 365のイメージ向上、ひいてはマイクロソフトのクラウドの良さが伝わりやすくなる。それこそが我々のメリット」とノークス氏。Office 365 Openの発表はマイクロソフトの中でも限られた人間にしか知らされてなかったが、「パートナーにはぜったいに喜んでもらえる自信があった」と同氏は振り返る。

 もっとも、一部のパートナーにとってはOffice 365 Openの突然の発表は"寝耳に水"だったようだ。いわゆる「シンジケーション」と呼ばれる、Office 365ワンストップで提供することを特別に認められているパートナーは、さまざまな条件をクリアしてシンジケーションの地位を獲得しただけに、複雑な思いが去来するはずである。

田中修氏

 日本国内のシンジケーションパートナーはNTTコミュニケーションズ、リコー、大塚商会の3社だ。今回のWPCで国レベルで最も優秀な業績を残したパートナーに贈られる「Microsoft Country Partner of the Year」を受賞した大塚商会の主席執行役員 事業部長 田中修氏は、Office 365 Openの発表に対し「正直、とまどいはある」とするものの、「我々がシンジケーションパートナーとして蓄積してきたノウハウは他社にはないもの。この1年、中小企業から数万人規模の大企業まで、あらゆるレンジの顧客がOffice 365にどんな付加価値を求めているかを見てきた。先行者としての我々のアドバンテージは大きいことに変わりない」とこれまでの実績からくる自信を見せる。「Office 365の販売形態はかなり複雑で、今回のOffice 365 Openによりその複雑性がより増したのではないかという気がする。しかしそれを押してでもOffice 365、そしてクラウドを一気に拡大したいというマイクロソフトの強い意志を感じてもいる」と田中氏。パートナーとしてマイクロソフトのその姿勢にどう向き合っていくのか、Office 365 Openの動向を慎重に見守りたいとしている。


Office 365 Openがひらくクラウドへの扉

 「申し込みから数分で利用が開始できるクラウドサービス」という触れ込みで紹介されることが多いOffice 365だが、実際に開始しようとすると、既存のメール環境からの移行やその他のIT資産との連携など、導入に際してやらなければならない作業は意外と多い。とくに専任のIT担当者を置けないSMBにとってはつらいところだ。そしてその敷居の高さが結果として企業のクラウドの導入を遅らせることになる。

 Office 365 Openによって、たとえば導入/活用のためのヘルプデスクサービスを付加し、1アカウントあたり数百円といった価格設定でOffice 365を提供するパートナーが増えれば、Office 365の普及はますます弾みがつくことになり、企業のクラウド導入の足がかりとなる。

 「正直、お客さんに元気がないことがつらい」と名古屋を拠点に事業を展開する長谷川氏は言う。回復の兆しが見えない経済状況のなか、多くの顧客がコスト削減の流れにさらされて苦しんでいる。顧客の新規事業をITで支えようとしても、ITコストは運用でめいっぱい、新規にまわす余裕などない、という声は日々耳にする。「今回のWPCでもたくさん新しい技術が発表された。こうした技術が実際にお客さんのところで動くようになるには、もうすこし時間がかかるかもしれないし、お客さんにもそんな余裕はないかもしれない。でも僕はそれでも、新しい技術をお客さんに実際に見てもらいたいので、東京で行われるセミナーなんかに無理やり一緒に行ってもらうんです。最初は躊躇していたお客さんも、新しい技術に実際に接することで“情報共有の新しい方法を考えなきゃ”“クラウドでコストを削減しよう”と思ってもらえるようになる。Office 365は価格がやすいというのもあって、お客さんのIT、そしてクラウドに対する心持ちを一段上げるのに最適な製品。Office 365 Openがさらにその傾向を加速すると思っています」(長谷川氏)。

 パートナーの商圏を拡げるとともに、顧客のビジネスを支援するというIT本来の役割を引き出すこと――Office 365 Openの提供に踏み切ったマイクロソフトの思いもそこにある。「顧客に新しい技術を使ってもらい、イノベーションを起こしてほしいとマイクロソフトも願っている。しかし顧客に直接リーチするのは我々ではなくパートナー。今回のOffice 365 Openが"パートナーの腕の見せどころ"となってほしい」と佐藤氏。国内での提供開始時期や価格設定はまだ未定だが、パートナーの特徴を活かしたユニークなOffice 365ソリューションの事例が日本でも数多く生まれることを期待したい。

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