【LinuxCon Japan 2010 初日レポート】新時代のLinuxは「あらゆるもの」に入っているコンピュータで動く
MeeGoとPostgreSQLのトラックも開催
Linuxの開発者が集まる技術カンファレンス「LinuxCon Japan Tokyo 2010」が、27日から開催されている。初日には、Linux FoundationのエグゼクティブディレクターであるJim Zemlin氏による基調講演を初め、多くのセッションが開かれ、多数の参加者を集めた。
■「“あらゆるもの”が接続する時代のインフラに」Jim Zemlin氏
Linux Foundation エグゼクティブディレクター Jim Zemlin氏 |
イベントの幕開けとして、Linux FoundationのエグゼクティブディレクターであるJim Zemlin氏の基調講演「Ubiquitous Linux: The new Computing Fabric」が行われた。
Zemlin氏は「Linuxの新時代、IT産業の新時代」が来ると話し始めた。Linuxはいまや、証券取引所やスーパーコンピュータ、スマートグリッド、自動車、交通システムなど、社会の重要なインフラとして使われるようになった。また、情報家電などの組み込み機器でもLinuxが欠かせないものとなっている。こうした状況を指してZemlin氏は、「“あらゆるもの”に入っているコンピュータでLinuxが動く」のがLinuxの新しいビジョンだと説明した。
そのうえでZemlin氏は、「新時代」を、「インターネットの変化」「開発モデルの変化」「パーソナルコンピューティングの変化」「ビジネスモデルの変化」の4つの点から定義してみせた。
インターネットの変化とは、スマートグリッドに代表されるようにさまざまな機器がインターネットで接続されて爆発的な量の情報が飛び交うことによる起こる未来を指す。そこでは、情報を収集する組み込み機器、データをやりとりし保存するサーバー、膨大な情報を分析するスーパーコンピュータ、人間とのインターフェイスとなる機器が必要とされるとZemlin氏はいう。そして、これらをすべてサポートするのがLinuxだと語った。
開発モデルの変化とは、携帯のように次々と新製品をリリースしなくてはならない分野での出来事だ。開発コストは上がる一方、販売期間も短くなり、両面から利益が減っている。そこで、差別化につながらないOSなどの部分にオープンソースを採用することによって、開発のコストや時間を下げ、Appstoreのような新しい収益源を得られる、とZemlin氏は述べた。
パーソナルコンピューティングの変化とは、Zemlin氏によると「デスクトップの時代からモバイルの時代へ」「PCの時代から“あらゆるもの”の時代へ」という変化を示す。Zemlin氏はKindleなどを例に挙げ、これらの機器を安価に提供するのにLinuxが向いていると説明した。
ビジネスモデルの変化とは、ハードウェアからクラウドコンピュータなどの「サービス経済」への移行を指す。Salesforceに見られるように、エンタープライズコンピューティングでもサービス化への動きが見られる。そして、GoogleやAmazon、Facebookを支えるサービスプラットホームとしてLinuxがデファクトスタンダードになっていることをZemlin氏は指摘した。
これらの4点をふまえ、Zemlin氏は「Linuxは4つのトレンドの中心にある」と語って講演を終えた。
“あらゆるもの”が接続することによる情報爆発の予想 | 「Linuxは4つのトレンドの中心にある」という図 |
■「MeeGoはモバイルに最も適したOS」Dirk Hohndel氏
Intel社 Dirk Hohndel氏 |
2つ目の基調講演には、Zemlin氏の紹介を受けて、Intel社のDirk Hohndel氏が登壇した。Hohndel氏は「Got MeeGo?」と題して、モバイル向けLinuxディストリビューションのMeeGoについて紹介した。
MeeGoは、Intel社のMoblinとNokia社のMaemoが統合してできた。現在はLinux Foundationがホストし、企業から独立したプロジェクトとして動いている。ネットブックや携帯電話、タブレット、セットトップボックス、車載といった分野ごとに仕様が規定されている。
MeeGoの特徴として、Hohndel氏は「完全にオープンソースのプロジェクト」であることを強調する。MeeGoの開発はコミュニティによりオープンに進み、まったくのオープンソースのソフトウェアの組み合わせで作られ、ソースコードのリポジトリも公開されている。特に、Linuxカーネルをはじめとする、MeeGoを構成するオープンソースソフトウェアの開発元(upstream、上流)プロジェクトとの関係を大事にしているという。
こうして開発されたプラットフォームを、アプリケーションベンダーやハードウェアベンダー、OSベンダー、機器ベンダーは自由に使え、そこから利益を得て成功する「エコシステム」ができる、とHohndel氏は説明する。
Hohndel氏は最後に、MeeGoは「モバイルに最も適したOS」と語って講演を締めた。
MeeGoとさまざまな上流プロジェクト | MeeGoのエコシステム |
■「IBMはLinuxに参加して多くを学んだ」Dan Frye氏
IBM オープンシステム開発担当バイスプレジデント Dan Frye氏 |
午後の最初のセッションでは、IBMでLinuxビジネスを率いるオープンシステム開発担当バイスプレジデントのDan Frye氏が登壇。「10+ Years of Linux at IBM」と題する基調講演で、IBMがLinuxコミュニティに参加して変わったこと、学んだことを語った。
IBMがLinuxを強く意識するようになったのはインターネットブーム渦中の1998年。当時はLinuxはWebのフロントエンドサーバーとして使われていた。あるときIBMのテクノロジーセンター長が「Linuxって何だ、誰が使っているのか」と尋ねたことから調査を開始、調べてみたところ、投資する価値があるという提言に結びついたという。これが最初の変化だった。
その後、1999年に、LinuxWorldへの出展を経て、Linux Technology Centerを設立。2000年には「LinuxはIBMにとってもクライアントにとっても良い」とLinux戦略が加速し、Linuxへの10億ドルの投資を発表して反響を呼んだ。
Linuxに関わるようになった当初、社内で心配されたのが「コントロールできるか」という点だという。Frye氏は「IBMはコントロールが好き」と笑って振り返りながら、そもそもコントロールしようという前提が間違いだとわかったという。
IBMがLinuxカーネル開発に参加した影響は、Linux側にとってはエンタープライズ分野で必要な機能や性能を備えて、使われるようになったことが挙げられる。Frye氏によると、その過程でIBMもコミュニティとのつきあい方を学んだという。
まず得た教訓は「オープンに開発すること」。ジャーナリング機能を備えたファイルシステムや、マルチCPUでのスケーラビリティが必要だと考えてIBMで実装してからコミュニティに提案したところ、なかなか受け入れてもらえなかったという。そこで考えを変えて、オープンソースの開発について社内で話すのを禁止し、すべて外部の開発コミュニティの中で議論するようにしたところ、状況が変わったとFrye氏は説明する。
ほかの教訓としては、「プロジェクトを作るのは最後の手段。すでに同じ活動をしているコミュニティを探し、そこに参加したほうがいい」ということ。それにより、その分野で経験のある開発者といっしょに課題に取り組めるというメリットがあると考えを変えたという。
そして、機能や改善を提案できるだけの影響力を持つには信頼が必要ということ。提案が最初から受け入れられるわけではなく、辛抱強く、持続性を持って取り組んでいくのが重要だと学んだという。
こうした活動を経てIBMのLinuxへの取り組みも継続的に変化し、いまや「新規のビジネスチャンス」ではなく、製品ラインの主流となったという。Frye氏は現在の取り組みについて、「LinuxはIBMのビジネスの鍵となる要素」「IBMはLinuxを幅広く使っている」と語った。
IBMによるLinuxへの取り組みの移り変わり | IBMがLinuxに参加して学んだこと |
■MeeGoとPostgreSQLのトラックが開催
個別のセッションも20ほど開かれた。中でも、モバイル向けLinuxディストリビューションのMeeGoと、RDBMSのPostgreSQLについては、それぞれ部屋を1日占めてトラックが開催された。
石井達夫氏(SRA OSS)。PostgreSQLでのテキストの国際化対応の歴史を、最初に正規表現をマルチバイト対応させた時点から現在までふり返った。 | 藤井雅雄氏(NTT OSSセンタ)。PostgreSQL 9.0で採用されたリプリケーション機能について、自身の開発したストリーミングレプリケーションを中心に解説した |
天野光隆氏(ミラクル・リナックス株式会社)。MeeGoのHandset UXを、Android端末のNexusOneに移植した過程を解説した。 | 道勇浩司氏(Nokia)。MeeGoのHandset UXを高速起動させるための技術検討や実験結果について、ハイバネーション方式を中心に解説した。 |
小薗井康志氏(オープンドリーム)。MeeGoのアーキテクチャやプロジェクトの概要を紹介 |
■カーネル開発のパネルディスカッション? 大喜利?
一日の最後には、著名なLinuxカーネル開発者たちが大会場のステージに集まり、カーネル開発について語りあうパネルディスカッションが催された。
…が、すっかりくつろいだ様子でステージに上がったパネリストたち。すきあらばジョークを飛ばしあい、大喜利のようなセッションとなった。
そのような和気あいあいとした雰囲気の中、カーネル開発を続ける動機や、カーネルのstagingツリーに登録されるドライバーの位置付け、カーネルデバッグに使うツールなどについて、モデレータのRusty Russell氏や会場から質問が飛び、パネリストたちが質問に答えた。
また、会場からは新しくカーネル開発に参加しコントリビュートするにはどの分野がよいかという質問も登場。自分の興味のある分野、まずメーリングリストに参加(ただし上手なフィルタリングが必要)、バグレポートを見てパッチを作る、ほかの人のパッチへのレビュー、ドキュメント、などさまざまな意見が交わされた。
ジョークを飛ばしあうJames Bottomley氏、Christoph Hellwig氏、Jon Corbet氏、Greg K-H氏、Peter Zijlstra氏 | モデレータのRusty Russell氏もジョークに加わる |