新生Palmが立ち上がる HPのタブレット戦略始動
タブレットというフォームファクターに新しい命を吹き込んだiPadが、この市場で圧倒的にリードしている。これをAndroid製品群が追い、さらに新しい挑戦者が参入しようとしている。Hewlett-Packardは7月9日付で「PALMPAD」の商標を登録した。PDAのビッグネームだったPalmの技術を製品に活用して本格展開する計画だ。ここに至るまでには、少々、紆余(うよ)曲折があった。
■起死回生の戦略「Web OS」を発表するも、経営悪化でHPが買収
「PALMPAD」のベースになるのは、HPが今春買収を発表したPalmのモバイルプラットフォーム「Web OS」だ。HPは4月28日にPalmを12億ドルで買収すると発表。買収発表の際、今後リリースするタブレットやネットブックにWeb OSを採用していくことを表明して、モバイルへの本気度を強調した。
Palmは「ハンドヘルドコンピュータ」という概念を確立して、1990年代後半に一世を風靡したが、その後のスマートフォンブームには乗ることができずにいた。2002年から投入した「Treo」はそこそこの成功を収めたものの、iPhoneの登場で、すっかり影が薄くなった。
そこで、2009年1月に起死回生策として発表したのが新プラットフォームの「Web OS」である。同6月にはこれを搭載した最初のスマートフォン「Palm Pre」をSprintから発売した。経営面でも、創業メンバーのEd Colligan氏がCEO職を退任し、取締役会長だったJon Rubinstein氏があとを引き継ぐなど刷新を図った。
Web OSは、それまでのPalm OSとは別に、Linuxベースでゼロから作られた。iPhoneのようにマルチタッチ操作に対応し、当初からコピー&ペーストやマルチタスクの機能を搭載している。Web閲覧でもHTML5、JavaScriptなどが利用できる。
また、「App Catalog」というアプリケーションストアも持ち、iPad/iPhone&AppStoreと同様に、さまざまなアプリケーションを簡単に導入できる。なにより、PDAの先駆者としてPalmが培ってきたモバイルのノウハウがつぎ込まれているのが魅力だ。
一方で、Palmは経営状況の悪化を食い止めることができなかった。今年4月には、身売り先を探して複数の相手と交渉している、とWall Street Journalが伝えた。HPの買収はこれに続くタイミングに来たものだ。Business Insiderによると、ほかにもBlackBerryのRIM、Google、そしてAppleまでがPalm買収に興味を示していたという。とくにPalmが保有する豊富なモバイル関連の特許に強い関心を持っていたようだ。
HPは、この争いに勝ってPalmを獲得した。その狙いは、Palmが持つモバイル・プラットフォーム、IP(知的財産権)ポートフォリオ、エンジニアリング部門の豊富な人材などに、HPの資金力、規模を組み合わせることで、大きな相乗効果をあげるというものだ。
■もうひとつのタブレット計画「HP Slate」
ところで、HPは、もうひとつ“別のタブレットの計画”を持っていた。今年初めのCES(Consumer Electronics Show)で、MicrosoftのSteve Ballmer氏が基調講演で披露した「HP Slate」(SlateはMicrosoftのタブレット)である。HP Slateは、Windows 7ベースのタブレット端末で、パートナーのMicrosoftとともに開発を進めていたのだ。
Tech Crunchは、HPがPalm買収を発表した翌日の4月29日、「HPがWindows 7タブレットプロジェクトを中止しようとしている」と報じた。さらに7月中旬の続報で、HPは、Web OS版、Windows 7版に加え、Android版の3種類のタブレットも開発していたが、Windows 7版に続いてAndroid版の開発も打ち切りを決定したと伝えた。
HPのタブレットはWeb OS 1本に絞られた、とだれもが考えていた7月中旬。HPのサイトに「HP Slate 500」という名のタブレット端末が掲載されているのが見つかり、騒ぎが再燃する。
掲載された仕様によると、8.9型の画面に、2台のカメラ、スタイラス(入力用ペン)に対応するインターフェイス、1GBのRAMを搭載し、まさにMicrosoftの進める新しいタブレット端末だった。このページはすぐに消えてしまったが、「HPのスレート端末は死んではいない」という話でIT系のメディアやブログは騒然となった。
■迷走に終止符~Win7ベースのタブレットは企業向け、Web OSはクラウドで活用
こうしてHPのタブレットはずいぶん迷走してきたのだが、7月22日から24日に開かれたFortune誌のテクノロジーカンファレンス「Brainstorm TECH 2010」が終止符を打った。
Brainstorm では、HPの幹部が今後のタブレット、モバイルの戦略を説明。Windows 7ベースのタブレットは企業向け製品として開発中。Web OSはタブレットをはじめ、広範囲に活用していくと明言したのだ。いずれも年内に製品を出す予定だ。
HPパーソナルシステムグループ部門の副社長であるTodd Bradley氏は「HPとMicrosoftは、スレート端末を開発中で今秋にリリースする計画だ」と述べた。市場は、いくつものタブレットが共存できるほど大きく、Web OSとWindows 7の両方を出す価値はある、というのである。
また、Web OSについては、クラウドソリューションの中で活用していくという方針を示した。HPとPalmは、引き続きソフトウェアのアップデートを行い、開発者には、ドラッグ&ドロップで簡単にアプリケーションを作成できるソフトウェアを提供すると説明した。PalmのOSは、スマートフォンからプリンターまで、HPのあらゆる製品で動作するようになるという。
■Palmは年内にWeb OS 2.0搭載機を製品化~iPhoneと戦う最高のコンビ
さらに、PalmのCEO、Jon Rubinstein氏は、年内にWeb OS 2.0を搭載したタブレットを製品化すると説明した。「すばらしいコンシューマー製品を提供するためには、ユーザー体験を完全にコントロールすることが重要だと私は考える。HPのユーザー体験のためには、自らのOSがなければならないのだ」と述べている。これはAppleの主張とよく似ている。
ともかくこれで「PALMPAD」商標が広範囲の製品を対象としていることの意味がはっきりした。米特許商標庁が公開しているデータによると、「PALMPAD」の対象は、コンピューターハード、ソフト、周辺機器、ハンドヘルド・モバイルコンピューター、PDA、電子ノートパッド、モバイルデジタル電子デバイスなどだ。Palmのブランドを持ったこれらの製品が、HP傘下で新スタートを切ることになる。
もうひとつ興味深い話がある。HPの責任者であるBradley氏は、2003年10月にPaimがハード会社のPalmOneとソフト会社のPalmSourceに分かれたときにPalmOneのCEOとなり、2005年1月まで同社を率いた人物だ。また、Rubinstein氏は、元Appleのハードウェア部門担当の副社長で、“iPodの父”の一人である。Web OSというプラットフォームひっさげて、iPhoneと戦うには、最高のコンビではないだろうか。