サプライズのWebブラウザ-「Google Chrome」の1週間



 発表、そしてその翌日の実物提供まで電光石火だった―。Googleは9月1日、独自のWebブラウザ「Google Chrome」の存在を公式に認め、翌日リリースした。“GoogleのWebブラウザ”は、予想できないことはないし、うわさにもなっていたが、その登場はIT業界にとっては大きなサプライズだった。9月初めの関連メディアはGoogle Chrome一色となった。

 まず、この1週間を振り返って見てみよう。


 9月1日:Google関連情報の非公式ブログGoogle Blogoscopedが、「Google Chrome, Google's Browser Project」というタイトルで、同社がChromeというWebブラウザをリリースすると伝えた。すぐにGoogle本家のブログが後追いする形でこれを認めた。ここで、同社の製品マネジメント担当副社長であるSundar Pichai氏が、翌日にリリースすると発表。Pichai氏はChromeの特徴を紹介するとともに、「Webページとアプリケーションのためのモダンなプラットフォームが必要」であり、作り直す必要があった、と背景を説明している。IT系ニュースサイトは大騒ぎになった。

 9月2日:Googleは約束どおり世界100カ国・43言語でGoogle Chromeをリリースした。同日、Google本社で発表イベントを開催。各メディアは、レビューからGoogleの狙いの分析まで、一斉に伝えた。その一方で、早速ぜい弱性情報が報じられたほか、Web標準テストのAcid3の結果も出てきた。

 9月3日:Googleの“盟友”のMozilla FoundationがGoogle Chromeに対する声明を発表。また、プライバシー懸念も持ち上がった。そして、リリース即日で「シェア1%」というヘッドラインまで飛び出した。

 9月4日:Googleがユーザーの批判を受けGoogle Chromeの利用規約を改訂。

 こうしてGoogle Chromeは、発表からわずか3日の間に、レビュー、ぜい弱性、プライバシー問題、シェアなど、Webブラウザが通過する“儀式”を一通り経験した。


 それでは、各メディアのGoogle Chromeに対する反応はどうだったろう。「対Microsoft」「対Mozilla」「勝算」の3つの点から見てみよう。

 Google ChromeがGoogleにとって、Microsoft対抗戦略の1つであることは間違いない。リリースはIE 8ベータ2リリースの翌週というタイミングであり、これによってIE 8がすっかりかすんでしまった。

 その登場が唐突だったためか、メディアのGoogle Chromeの意味づけは少々ぶれたようだ。まずGoogle Chromeのリリース前に書かれたと思われる2日付のThe New York Times紙は、ブラウザ戦争の構図で説明している。GoogleとMicrosoftは現在、検索およびインターネット広告、携帯電話向けOS、オフィスソフトウェアなどの分野で直接競合しているが、これにWebブラウザが加わる――との見解だ。そして同時に、Googleと良好な関係にあるMozillaとの対立も意味するという。

 だが、2日のGoogleの発表イベント後、意味の掘り下げが進んだ。International Herald Tribune(IHT)紙は、Google ChromeがOSの重要性を低くするという点に焦点をあてる。「ユーザーは、PC上で動くプログラムではなく、パワフルなデータセンターがWeb経由で提供するソフトウェアを使う傾向にある」とし、このクラウドコンピューティング時代においてはOSの重要性は低くなる。Googleは強力な“入り口”を作ることで、Microsoftのドル箱であるWindowsの価値を低くしようというのが戦略、と見る。

 調査会社のOvumも同様の見解を示す。同社のリサーチノートでは、Googleはこれまで、さまざまなアプリケーションやサービスを提供することにフォーカスしてきたが、「Google Chromeによって、さらに戦略を先に進める」(アナリストのLaurent Lachal氏)という。そこでは「統合されたユーザーエクスペリエンスの提供」にフォーカスすることになり、Chromeはその布石だとする。またInternet.comなどは、広告で大きな収益を得るGoogleにとって、ユーザーにインターネットを利用してもらうことが重要であり、そのための快適な環境をつくるために生まれたのがChrome構想だとしている。

 さらにForbes誌のコラムは「Googleの攻撃的戦略」(Google's Offensive Strategy)というタイトルで、“攻撃は最大の防御”と解説した。筆者のAndy Kessler氏は、まず「ブラウザ戦争ではない」としたうえで、「検索サービスを提供するGoogleは、ユーザーがなにをしようとしているのかを理解できる。なにをやっているのか、どこに(携帯電話を含めて)いるのかのナレッジを土台にできる」とGoogleの強みを分析。「クラウドとエッジ(ユーザー側)の間を絶妙に調整し、これをWebブラウザに実装する。広告マネーは黙っていてもついてくるだろう」としている。


 ChromeはFirefoxへの脅威になるのか? 今回の発表が多くに驚きをもって迎えられた理由には、一つはGoogleとMozillaの関係が非常に良好なことがある。しかも、MozillaとはFirefoxのデフォルト検索エンジンをGoogleとする契約を2011年まで延長したばかりである。

 Googleは2日の発表会で、Google ChromeがFirefoxに対抗するために作られたものでないことを強調したが、Firefox(と、そのほかの現在のWebブラウザ)に不満を持っていることは明らかだろう。ComputerWorldによると、Google共同創業者のSergery Brin氏らは、Firefoxの功績を認めながらも、現在のWebブラウザでは次世代のWebアプリケーションに対応できないと述べたという。オープンソースとして公開することや、「Webブラウザ全体を改善する“触媒”になれれば」というコメントはいかにもGoogleらしい。

 一方のMozillaは3日に発表した声明で、Mozillaの使命はよいWebブラウザを開発することであり、GoogleにはGoogleの戦略がある、とCEOのJohn Lily氏がコメントした。また、「Google Chromeが最速である」とするGoogleに対し、ブログで反論している。


 そして、Google Chromeの勝算はどうだろうか?

 GoogleのWebブラウザは大きなインパクトを与えたが、メディアが皆、成功すると思っているわけではない。大きな理由は、OSと合わせて提供するMicrosoftに対し、どういうディストリビューション戦略で臨むのかという点がある。また、SNSの「Orkut」などのように、Googleのサービスがすべて成功しているわけではないとIHT紙なども指摘している。

 だが、Googleにとっても、Google Chromeがほかのサービスと同列でないことは明らかだ。Google Blogoscopedが発見して、いち早くWebブラウザの存在を報じたコミック解説は、漫画家のScott McCloud氏が38ページかけてChromeの必然性と魅力を紹介したものであるが、GoogleのPichai氏が「送信ボタンを早く押してしまった」と書いているように、話題づくりのリークだったようにも見える。また、本社で開いた発表イベントには、共同創業者2人がそろって登場するという気合の入れようだ。

 Chromeが今後、どのように発展するのかは、重要なキーポイントになるだろう。MozillaもメッセージをWebブラウザに統合する「Snowl」など画期的な試みを次々と発表している。とにかく、Webブラウザ分野が活気づいている。このことは間違いない。

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(岡田陽子=Infostand)
2008/9/8 09:10