札幌市に見る地方IT企業が抱える課題とは



パネルディスカッションの様子

 マイクロソフト株式会社が、6月12日に同社北海道支店において開催したセミナーの内容は、地方都市におけるIT事業者の実態を浮き彫りにするものとなった。

 このセミナーは、札幌市とさっぽろ産業振興財団が、マイクロソフトの協力のもと、札幌テクノパーク内の札幌エレクトロニクスセンター内に、「札幌イノベーションセンター」をオープンすると発表。それを記念して開催されたパネルディスカッション。

 「地方におけるITアーキテクトの必要性と役割」をテーマに、総務省情報通信政策局・高田義久課長補佐、札幌市高度ICT人材育成・活用事業シニア・アドバイザーの赤羽幸雄氏、豆蔵の羽生田栄一取締役会長、マイクロソフトの最高技術責任者である加治佐俊一氏がパネラーとして参加。モデレーターをマイクロソフトのデベロッパー&プラットフォーム統括本部ビジネスインキュベーション推進部・長井伸明部長が務め、約1時間にわたって行われた。


総務省情報通信政策局・高田義久課長補佐札幌市高度ICT人材育成・活用事業シニア・アドバイザーの赤羽幸雄氏豆蔵の羽生田栄一取締役会長

マイクロソフト最高技術責任者の加治佐俊一氏モデレーターを務めたマイクロソフトデベロッパー&プラットフォーム統括本部
ビジネスインキュベーション推進部・長井伸明部長

 議論は、「ITアーキテクトとはなにか」、「ITアーキテクトはどう育成するか」、「地方都市におけるIT企業の役割とは」といった内容が取り上げられたが、それらは、裏返せば、地方都市のIT産業が直面している課題だといえる。

 直面している課題のひとつが下請け体質からの脱却である。

 IT産業の下請け構造は、いまに始まったものではない。ゼネコンさながらの下請け構造が古くから存在するのは周知の通りだ。

 だが、下請け構造の下層に位置するIT企業が、地方にはあまりにも多すぎる。そのため、収益を確保できず、新たな投資ができない、結果として、優秀な人材が都市部に流出するという悪循環に陥っている。

 また、投資ができないために十分な検証のための施設が確保できず、品質面での問題や、競争力が低い製品を投入せざるを得ないという問題も発生しているという。

 パネルディカッションのなかで触れられたのは、その一因として、高度な能力を持ったIT技術者が地方には少ないという点だ。

 高度なIT技術者のなかには、プロジェクトマネージャや、ITアーキテクトが含まれる。

 とくに、今回はITアーキテクトの重要性に焦点が当たった。

 ITアーキテクトとは、システム全体の構造を設計し、品質維持とその評価に責任を持つ役割を担う。一部には、定義が確立しきれていないという指摘もあるが、ITスキル標準V2のなかでは、インフラストラクチャアーキテクチャ、インテグレーションアーキテクチャ、アプリケーションアーキテクチャの3つに区分され(従来のITスキル標準では5つに分割されていた)、その位置づけが定義されている。

 また、プロジェクトマネージャとの位置づけが不明確という指摘もあるが、「プロジェクトマネージャが1つのプロジェクトの完成を目指すのに対して、ITアーキテクトは、システムのライフサイクル全体でのパフォーマンスを追求する役割を担うともいえる」(豆蔵の羽生田栄一取締役会長)、「プロジェクトマネージャは、調整先行で進める場面も出てくるが、ITアーキテクトは品質の評価に責任を持つ役割。むしろ利害が発生する関係であり、この2つの役割を1人が担うと自己矛盾が起こる」(札幌市高度ICT人材育成・活用事業シニア・アドバイザーの赤羽幸雄氏)というような役割分担についても、明確に提示された。


不足する人材

 では、どの程度、人材が不足しているのか。その点について、総務省情報通信政策局・高田義久課長補佐は、こう説明する。

 「高度な情報通信技術者は、日本国内で78万人が必要だとされている。だが、現時点では約43万人しかいない。あと35万人が不足しているのが現状だ。とくに、CIO、プロジェクトマネージャ、ITアーキテクトの人材が足りない」。

 総務省によると、非高度の情報通信技術者は15万人が不足しているのに対して、高度情報通信技術者は35万1000人が不足。また、高度情報通信技術者のうち、プロジェクトマネージャやシステム設計・開発などの技術系高度ICT技術者が12万4000人の不足に対して、CIOやCTO、システム企画/セールスといったマネジメント系高度ICT人材は22万7000人が不足しているという。

 「近年の企業におけるICTの戦略的活用への意欲の高まりや、CIOなどの必要性を感じなからも、対応できていない企業、育成できていない企業が多数存在することを背景に、マネジメント系高度情報通信技術者の不足を強めている」と高田課長補佐は語る。

 日本全国でも高度情報通信技術者は足りない。当然のことながら、地方都市で、それらの人材が足りないのは明らかだといえる。

 だが、別の見方をすれば、もし、高度情報通信技術者を地方都市で育成できれば、丸請け型のビジネスが可能になり、下請け体質からの脱却の足がかりになるともいえる。

 「首都圏のIT企業からは、できれば上流から下流まで丸ごと請けてほしい、という声もある。受け皿を求めているのが実態だ。だが、札幌市に限らず、全国の地方都市のIT企業では、それを請けることができる人材がなく、受け皿になりえていないのが実態」(赤羽氏)という。


札幌市のITアーキテクト育成活動

札幌版ITSSの研修ロードマップ

 札幌市では、市長公約のひとつとして、2010年までに、IT関連事業規模を8000億円規模に拡大するとしている。

 さらに、市全体として、2015年度までに、3万人の技術者確保、600社のIT企業、売上高1兆円の産業創出を目指している。

 こうした事業創出のためには、いまの下請け体質からの脱却が必須であり、言い換えれば、下請け体質脱却に向けた企業としての体力を醸成する必要がある。

 その取り組みのひとつが、高度情報通信技術人材の育成ということになる。

 札幌市は、その礎として、今後3年間で、ITアーキテクトなどの高度情報通信人材を、まずは300人育成することを目指している。

 「札幌のIT企業のなかには、そこまでの技術者は必要ないとする人もいる。だが、地方都市のIT企業が、しっかりとした収益基盤を作り上げるには、こうした高度情報通信技術の人材を確保する必要がある」と、赤羽氏は語る。

 札幌市は、具体的な育成活動として、2005年度から、札幌市ITアーキテクト育成プロジェクトを開始し、今年で3年目に突入している。2006年度からは、総務省高度情報通信人材育成プログラム開発事業にのっとって、ITアーキテクト育成PBL教材開発プロジェクトに参加。PBL(Project based learning)教材を活用した育成実証実験に取り組んでいる。さらに、2006年度には、札幌市高度情報通信人材育成事業としてITアーキテクト育成研修に取り組み、2007年度からPBL実証研修との連動によって、より実践的に対応できるITアーキテクトの育成に乗り出している。また、こうしたITアーキテクト同士のコミュニティを形成し、相互情報交換が可能な環境も用意する考えだ。

 一方、札幌市では、札幌版ITSSともいえる研修ロードマップを用意。アーキテクチャ構築演習コース、ITアーキテクトPBL実践コースを通じて育成を図る。

 「レベル3のアプリケーションエンジニアなどにも対象の幅を広げ、ITアーキテクト見習いとして、助走をつけられる仕組みにしている。グループによるケース研修、個人向けの座学によって、知識の獲得と確認を行い、PBLによる実践研修と実際のプロジェクト活動やコミュニティ活動によって、知っている知識を、使える知識へと変える教育プロセスを用意している」(赤羽氏)。


 札幌市がPBLを導入しているのは、実践的な知識を修得することを狙っているからだ。PBL教材の開発に参画した豆蔵の羽生田栄一取締役会長は、「このPBLでは、バーチャルプロジェクトを仮想体験できる。また、前半と後半で要件定義が変わるなど、実際に起こりうる状況を再現して、より実践的な学習ができる」と語る。

 マイクロソフトの加治佐俊一氏は、「技術者のレベルがあがるにつれて、最適な教材が不足するという状況がある。PBL教材は、それを解決する手段になる」と期待を寄せる。

 札幌市がPBLを積極的に活用することで、実践的なITアーキテクトの育成に成功すれば、地方都市のみならず、首都圏におけるITアーキテクト育成にも弾みがつく可能性がある。

 マイクロソフトの加治佐氏は、「札幌市は、具体的な目標値を設定し、それに向けた具体策に取り組んでいることに、IT産業に対する真剣な姿勢と勢いが感じられる」と語る。続けて、「IT産業の技術者底上げは、日本の競争力強化、地域の活性化に結びつくのは明らか。そこに対して、マイクロソフトとしてどう貢献できるかを考えていきたい」と語る。

 マイクロソフトが、札幌イノベーションセンターの開設に協力したのも、そうした地域貢献の狙いもあるからだ。

 だが、その一方で、関係者の間では、札幌市の高度情報通信人材育成の動きが、特定の企業だけの活動にとどまっているとの指摘があるのも事実だ。そこには、企業間の意識の差もあるだろう。下請け体質からの脱却を望む企業と、その意識が希薄な企業との間には、当然差が出ることになる。札幌市の高度情報通信技術者育成の活動とともに、企業の意識改革の動きをどこまで広げることができるかが今後の鍵といえよう。

 20年前からテクノパークの開設にいち早く取り組むなど、IT産業の活性化にも前向きに取り組んできた札幌市は、下請け体質からの脱却という地方のIT企業が抱える課題に、いち早く取り組みはじめた。


関連情報
(大河原 克行)
2007/6/22 00:00