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パソコンを使っていない時間のパワーが、がん研究を加速

[米国ニューヨーク州アーモンク、2010年6月15日(現地時間)発]
研究者が、がんに関連するタンパク質の構造を解明し、がんの治療法を確立できるよう、本来は手作業で行う複雑なプロセスを自動化し、発展させる方法を科学者たちが考案しました。この自動化された新しいアプローチは、がん以外の疾病の研究や食料に関連した研究にも役立つと期待されています。

本日発表された画期的な成果は、Help Conquer CancerプロジェクトがIBM(本社:米国ニューヨーク州アーモンク、会長:サミュエル・J・パルミサーノ、NYSE:IBM)および、ワールド・コミュニティー・グリッド(World Community Grid: 以下、WCG)との連携の結果です。WCGは、ボランティアのパソコンを接続し、コンピューターのアイドリング時の処理能力を人道支援プロジェクトに寄付する仕組みです。IBMがスポンサーを務めるWCGは、IBMの社会貢献活動の一環として、全世界の研究者に数百万ドル相当のコンピューター処理能力を無償で提供し、医学、栄養学、エネルギー、環境に関する研究に役立てています。

Help Conquer CancerプロジェクトはWCGを活用して、タンパク質の検体が「結晶化」と呼ばれる凝固プロセスに達する時点を正確に認識するシステムを構築しました。タンパク質が結晶化すると、特殊なX線によるさらなる検査が可能になります。このプロセスは、あるタンパク質の構造、形状、相互作用がどのように発がんと関わっているかを特定、調査するのに必要なものです。

科学者たちはWCGを活用して構築したこのシステムによって、結晶化の画像の80%、および結晶化の前段階に存在するタンパク質溶液の透明な滴の98%を認識することに成功しました。これにより、手作業で調査するのに比べてタンパク質1種類あたり6倍の画像を検査でき、時間も大幅に短縮できます。

さまざまな生物学的プロセスの研究の鍵を握っているのが結晶化であるため、結晶の特定を自動化することで多数の生命科学および遺伝子研究プロジェクトのスピードアップが図れます。また、グリッドを使ってより丈夫で健康な稲の品種改良をめざす「Nutritious Rice for the World(栄養価の高いコメを世界に)」プロジェクトなど、タンパク質構造の解明が求められているその他のプロジェクトにも有効です。

プロジェクトの中心となった研究者たちが今回の画期的成果について述べた論文は、最近「Journal of Structural and Functional Genomics」(
http://www.springerlink.com/content/750430466h336142/fulltext.pdf )に掲載されました。

結晶化によってX線を検体に集中的に照射し、光線をさまざまな方向に回折できるようになるために立体的なプロファイルが得られ、検体の研究が容易になります。しかし、ひとつのタンパク質検体の結晶化を促進するには、ロボットを使って化合物を何千回も混ぜ合わせる面倒な作業が必要です。さらに、結晶が実際に形成されたことを確認するためには、大変な労力を要する人間の目での観察が必要でした。

○結晶化が鍵

さまざまな科学研究において、X線結晶学は重要な役割を果たしてきました。たとえば20世紀半ばには、DNAの形状を究明するのに使われました。研究開発を容易に進めるために物質を結晶化するのは、タンパク質に限ったことではありません。X線結晶学は金属、鉱物、半導体にも用いられています。

イーゴリ・ジュリシカ(Igor Jurisica)博士(オンタリオ癌研究所シニア・サイエンティスト兼、トロント大学コンピューターサイエンス学部および医学生物物理学部准教授兼、IBM 高度研究センター客員サイエンティスト兼、統合計算生命工学のカナダ・リサーチ・チェア)は次のように述べています。「今回の進展により、WCGが科学の領域にもたらすな価値がまたひとつ、浮き彫りにされました。自分のパソコンの使われていない処理能力を寄付したボランティアの皆さんは、この開発を可能にしたことを大きな誇りにしてもらいたいと思います。」

またIBMの医療および生命科学研究所のプログラム・ディレクターでディスティングィッシュト・エンジニア(DE)のジョセフ・ヤシンスキ(Joseph Jasinski)博士は、次のように述べています。「このような前進ができたことで、IBMにいる私たちはWCGおよびこのシステムを用いる多くの科学者の研究を支援できることになり、本当に嬉しく思います。本日発表した成果は、疾病の研究に大きく貢献するものと信じています。」

WHO(世界保健機関)の統計では、がんは2007年の人間の全死因の約13%を占めています。また2008年に新たにがんと診断された患者は1,270万人、がんによる死者は760万人となっています。20年後には年間2,100万人の新たながん患者が発生し、がんによる死者は年間1,300万人に達するようになるとみられています。

○グリッドによって多数のプロジェクトが稼働

Help Conquer Cancer(http://www.worldcommunitygrid.org/research/hcc1/overview.do )は、カナダ・トロントのUHN(University Health Network)プリンセス・マーガレット病院オンタリオがん研究所と、米国ニューヨーク州バッファローのハウプトマン・ウッドワード医学研究所の後援を受けて、2007年11月1日にグリッド上で開始したプロジェクトです。

現在までにWCGのボランティアは50,981 CPU年(1日あたり平均54年間の演算処理)をこのがんのプロジェクトに寄付してきた計算になります。これにより、ハウプトマン・ウッドワード医学研究所での1,920万回以上の実験で捕捉された、がんとの関連が疑われる1万2,500種のタンパク質の画像1億点を特定およびマッピングしました。

これは膨大な種類のタンパク質の化学的特性に関する包括的なデータベースとなっており、全世界の研究者が乳がん、前立腺がん、小児白血病などのがんの成長の秘密を解き明かすのに役立っています。

コンピューターによる実験は、質的にも量的にも利点があります。たとえば、あるタンパク質について9,216点の画像を人力で検査するのは現実的でありません。人間一人が画像1点につき1秒の割合で判定を行ったとしても、研究対象となる1万2,500種のタンパク質を検査するには1,333日が必要です。また、同一人物が検査した場合でさえ、人力による評価はばらつきが大きく、一貫性のないものとなってしまいます。

結晶化を検証するプロセス自動化における初期段階では、コンピューターの精度は時間にして約70%ほどのもので、検査可能な標本も現在の1万5,000点に対して約850点にすぎないものでした。

○World Community Gridについて

Help Conquer Cancerプロジェクトは、IBMがスポンサーとなっているWCG上で運営されています。80カ国以上の数十万人のボランティアから寄付された150万台のパソコンのアイドリング時のパワーを集約したWCGは世界最大の公的な人道支援グリッドであり、世界最大級のスパコンに匹敵するパワーを持っています。このグリッドには2010年4月だけで2万2,000台以上の端末が新規に参加しています。

WCGは180テラFLOPS(1秒間に180兆回の浮動小数点演算)に相当する処理能力を提供します。本日発表したHelp Conquer Cancerアプリケーションは1秒間に約80兆回の浮動小数点演算を行います。

WCGで運営されているその他のプロジェクトは、下記のような成果をあげています。

・Discovering Dengue Drugs Togetherプロジェクトは、デング熱および関連疾患に対抗する抗ウイルス性化合物の候補を特定しました。

・Help Fight Childhood Cancerは、神経芽細胞腫と関連性のある3種のタンパク質を無効にする薬品を発見し、もっとも高い頻度で小児に発生する固形腫瘍のひとつであるこの疾病の治癒率を高めます。

・FightAIDS@Homeプロジェクトに取り組むスクリップス研究所の研究者たちは最近、薬物耐性のあるHIV株に対応した新しい治療法につながる化合物2種を発見しました。

・Nutritious Rice for the Worldプロジェクトでは、耐寒性と頑健性を備えた稲を産出するための活動において、1万1,000年の演算時間に1,200万回の演算を行いました。

・筋ジストロフィーおよびその他の神経筋疾患の治療を支援する取り組み。

個人が自分のパソコンの処理能力をこれらのプロジェクトに寄付するにはhttp://www.worldcommunitygrid.org で登録を行い、Linux (R) 、Microsoft (R)Windows (R) またはMac OSを稼働するパソコンに安全で軽く他のタスクを妨げない無料ソフトウェアをインストールします。コンピューターはアイドリング状態または軽量タスクのキーストロークの合間にWCGのサーバーにデータを要求し、がんに関連するタンパク質の演算を支援します。

IBMはWCGのインフラ構築のためハードウェアおよびソフトウェアの寄贈、テクニカル・サービスおよび専門知識を無償で提供しているほか、ホスティング、運用、保守、サポートも無償で提供しています。

○関連資料

イーゴリ・ジュリシカ(Igor Jurisica)博士
イーゴリ・ジュリシカ(Igor Jurisica)博士(IBMの高度研究センター客員サイエンティスト兼、オンタリオ癌研究所シニア・サイエンティスト兼、トロント大学コンピューターサイエンス学部および医学生物物理学部准教授兼、統合計算生命工学のカナダ・リサーチ・チェア)は次のように述べています。「今回の進展により、WCGが科学の領域にもたらす甚大な価値がまたひとつ、浮き彫りにされました。自分のパソコンの余剰な処理能力を寄付したボランティアの皆さんは、この開発を可能にしたことを大きな誇りにすべきだと思います。」

Help Conquer Cancerプロジェクト
150万人のボランティアから提供されたパソコンの余剰処理能力を使用して、人道目的に特化した全世界最強のスパコンを構築するWorld Community Gridは、HelpConquer Cancerプロジェクトのがん研究に必要なプロセスの自動化を実現しました。科学者たちはタンパク質結晶の3次元構造を認識できるようにシステムを調整し、がんに関連するタンパク質の構造を精査するのに必要な、時間のかかる手作業プロセスを自動化しました。

以上

当報道資料は2010年6月15日(現地時間)にIBM Corporationが発表したものの抄訳です。原文は下記URLを参照ください。
http://www.ibm.com/press/us/en/pressrelease/31902.wss

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2010/6/23 06:00