インタビュー

ビッグデータ活用は水面下に潜る? 「情報」から価値を見いだす「知識」が、再浮上の鍵 (データから情報、そして知識による価値発見へ)

東京大学 先端科学技術研究センター特任教授、稲田修一氏に聞く

データから情報、そして知識による価値発見へ

――ビッグデータを集積するだけではなく、ビジネスに生かす目が重要ですね。

 近い将来、ビッグデータ活用によりさまざまなビジネスモデルを改善することが当たり前の時代になるでしょう。データ活用への取り組みを強化し、ビジネスをどう改善するかの試行錯誤を早期に開始することが重要です。

 しかし、誤解しないでほしいのは、ビッグデータだけがすべてではないことです。例えば、従来から行われている人々の実際の行動を詳細に観察し、得られたデータから現象の構造や消費者の行動理由を理解する「エスノグラフィー」という調査手法が有効な場合もあります。スモールデータも有用なのです。

 重要なのは、さまざまなデータをビジネスに生かせる時代になっており、ビッグデータ活用によりその範囲がさらに広がったことを認識することです。課題発見だけでなく課題解決が可能になっています。部分最適ではなく全体最適をめざすことが可能になっています。そして過去の分析だけでなく、未来の予測ができるようになっているのです。

――未来の予測という観点で特筆すべき例はありますか。

 そうですね。いろいろな例がありますが、ビッグデータという言葉が生まれる前からやっているという点でコマツの例は忘れてはならないでしょう。同社の「KOMTRAX」と呼ばれるシステムです。実に30万台以上の建設機械にGPS装置やセンサーを取り付けて、携帯電話や通信衛星経由で、建設機械の位置情報や稼働状況などの情報をサーバーに収集し集積、そして分析しています。

 この結果、稼働状況をもとに配車計画や作業計画の作成支援に加えて、これまで難しかった点検時期や部品の交換時期の提案、はたまた盗難防止など、顧客ごとにカスタマイズした運用・保守サービスを提供できるようになったのです。このほか、製品の需要動向予測を行い、マーケティングにも生かしています。まさにさまざまなノウハウを蓄積し、これをビジネスに生かしているのです。

コマツのKOMTRAX

 プラントのオペレーションなどでも同様の取り組みが始まっています。パラメータが膨大なので、システムの運用・保守に関するノウハウの蓄積は大変だと思いますが、機械学習技術の進展などによりこれが可能になっているのです。ノウハウの蓄積には膨大なエネルギーと時間が必要だと思いますが、そうした苦労を経ていったんノウハウを蓄積すると、後続企業は追いつくのに苦労します。今は黙ってそのようなノウハウを蓄積し、ほかの企業が追いつけない段階になったところでビジネスを本格展開し、他社がまねできないサービスを提供する。そんなことを考えている企業も結構あるのかなと思います。

――ビッグデータ時代をステージ分けすると、今はどんな段階でしょうか。

 今は企業がビッグデータ活用の価値を認識し、この本格展開を開始するという第2ステージの幕開けといったところでしょうか。ビッグデータ活用のメリットを認識し、これを具体的にビジネスに生かす企業が現れています。国もパーソナルデータをどう取り扱うか等の検討を始め、また国のデータをオープンに活用してもらう、ということで、オープンデータポリシーを推進し始めているところです。

 この後の第3ステージは、いよいよ国民一人ひとりがビッグデータ活用の価値を認識し、社会課題の解決のためにこれを本格的に活用し、国や社会が変わっていくというステージです。第3ステージが5年後くらいに始まっていないと、課題先進国である日本は大変かもしれません。

――第3ステージに進むためには何が必要とされるでしょうか。

 今は技術が先行している感が否めませんね。社会科学的なアプローチも不可欠という認識が遅れています。かつてコンピュータが出始めたころ、情報社会論がはやりました。つまり、情報化が社会を変えるということで社会科学的な観点からも盛り上がったのです。

 今は、その第2弾、すなわちビッグデータ活用が社会を変えるということをアピールする時期です。社会を変える話ですので社会科学系の先生たちがこれを研究し、重要性を声高に叫ばなければなりません。例えば、経済や商学や法律に携わる方たちがそうならなければならない。ビッグデータ活用は、技術起点の考え方だけでなく社会や人、あるいはユーザー起点の考え方からも広がっていくことが重要なのです。

――ところで、データと情報はどう違うのでしょう。

 データは文字通り、バラの数値や文字や画像などの集合ですね。そして、こうしたデータから意味のあるものを読み取ることで得られるものが情報です。大切なのはこの後のステップです。情報の中から価値を読み取る、つまり知識を価値発見に使うことです。

 このステップをビッグデータ活用にあてはめてみますと、ビッグデータ自体は単なるデータにほかなりません。これを情報にするため、ビッグデータを分析します。それでさまざまな情報が取り出せます。しかし、その活用については、人間の知識が必要なのです。この結果として情報からビジネスに役立つ価値を取り出せるのです。

――これから、日本が歩んでいくべき道は?

 ここでは数例の活用事例しか紹介していませんが、今ビッグデータを活用してあらゆる産業分野でイノベーションが起きつつあります。このイノベーションの積み重ねがいわゆる情報革命につながります。革命の進行はゆっくりしており、かつ、極めて静かに進行しているので気づかない人が多いのでないでしょうか。いずれにしても、世界でビッグデータ活用が進んでいるのに、いつのまにか日本だけが蚊帳の外に取り残され、どうしようもなくなって海外から支援を受けて改革を進める、ということにだけはなりたくないですね。

真実井 宣崇