SurfaceとWindows Phone 8の発表からMicrosoftの戦略を考える


 Windows 8は、RP(Release Preview)版が5月末にリリースされ、開発が順調に進んでいる。Microsoftでは、リリースを年内としているが、PCベンダーの動向などを見ると、秋ごろにはWindows 8をプリインストールしたPCが発売されるだろう。

 Windows 8の企業向け機能を紹介しようと思っていたが、Surface(サーフェス)の発表、Windows Phone 8の発表など、大きな発表が続いたので、連載とは少し内容が離れるが、Windows 8を巡るMicrosoftの戦略を分析していく。

 

自社ブランドのWindows 8 PC「Surface」を発表

 Surfaceに関して強調されたのは「Surfaceは、タブレットではなくPCだ。PCの新しいフォームファクタをSurfaceにおいてMicrosoftが提供する」とMicrosoftのスティーブ・バルマーCEOは語っていた。

 Surfaceは2機種用意されている。10.6型液晶を搭載する点は共通だが、Windows RT(ARM)版、Windows 8 Pro(x86/x64)のそれぞれについて製品が発表された。

 大きな特徴としては、キーボードは磁石で簡単に接続できるようになっている点が挙げられる。iPadの純正カバー部分がキーボード(Touch Cover)になっているようなもので、もちろん、このキーボードはカバーとして利用できる。

 Touch Coverは、独自の感圧センサーを採用したキーボードとなっている。このため、キーボード自体の厚みは3mmと非常に薄い。感圧センサー型のキーボードでは、キータッチがよくないというユーザーのために、厚さ5mmのメカニカルキーを採用した「Type Cover」も用意されている(両カバーともカラーバリエーションが存在する)。


MicrosoftではSurfaceをPCと呼んでいるが、デモを見てみるとタブレットそのものだ。OSは、デスクトップやノートパソコンと同じWindows 8が採用されている。Appleは、タブレットはiOS、PCはMacOSと分かれているSurfaceは非常に薄くて軽い。Windows RT版は約700g、Windows 8 Pro版は約900gで、持ち歩いても支障のない重さだ。キーボードには感圧式のTouch Coverが接続されている。キーボードの薄さが目立つSurfaceの裏のスタンドを立てれば、ノートPCのように利用できる
Type Coverは、ストロークは短いが、メカニカルキーボードが採用されているキーボードは、6色のカラーバリエーションがある発表会において、磁石で接続できるTouch Typeを見せるWindows&Windows Live担当プレジデントのスティーブン・シノフスキー氏(発表会ビデオより)

 Surfaceのスペックとしては、不明な部分がまだ多い。Windows RTのCPUに関しては、NVIDIAと発表しているため、Tegra3ではないかと予想する。

 液晶としては、ディスプレイにClearType HD Displayという独自の液晶を採用している(ゴリラガラス)。

 タブレットのシャーシは、VaporMgというマグネシウムを蒸着したパーツが採用されている。VaporMgは、軽くて、薄いが、頑丈とタブレットなどのモバイル製品にとってはぴったりのシャーシだ。

 タブレット本体の裏には折りたたみ式のスタンドがあるため、Surface本体を立てかけて利用することが可能。さらに液晶ディスプレイの上部正面、背面にカメラが内蔵されている。

 価格に関しては、18日の発表会では明確にされなかったが、Windows RT版は他社のARMタブレット並み、Windows 8 Pro版はUltrabook並みの価格になると説明している。

 米国内のMicrosoft Store(実店舗)、オンラインショップなどで販売する予定だ。Windows RT版に関しては、Windows 8のリリースと同時、Windows 8 Pro版はWindows 8リリース後90日以内となっている。


SurfaceのWindows 8 Pro版では、ペン入力のINKもサポートされている。もちろん、マルチタッチで画面を拡大することも可能(発表会ビデオより)VaporMgは、Microsoftのデザインチームがシャーシ素材として採用Surfaceのメリットを紹介するバルマーCEO

 

OEMメーカーとバッティングする自社ブランドPC

 Microsoftは現在、キーボードやマウス、Webカメラなどの周辺機器、Xbox360などのゲーム機本体、といったハードウェアを自社ブランドで提供している。これらに加えて、Microsoftが自社でPCを提供するのではといううわさはあった。

 しかし、OSを提供しPCメーカーにバンドルして販売してもらうという、水平分業型のビジネスモデルをとるMicrosoftにとっては、「重要なビジネスパートナーのPCメーカーと競合するビジネスはできないのでは」といわれていた。ビル・ゲイツ氏がCSA(Chief Software Architect)としてMicrosoftにかかわっていた当時は、Microsoftはソフトウェアの企業であって、ハードウェアベンダーではないと語っていた。

 実際、Microsoft内でDirectXのベースとなったグラフィックチップの開発など、いくつかのハードウェア事業の立ち上げが考えられていたが、PCに関しては、OSの提供というソフトウェア提供に徹していた。

 しかしSurfaceの発表会ビデオを見てみると、Surfaceは単なるリファレンスハードウェアではなく、本格的にPCのマーケットをリードしていくための製品だと感じられた。

 Microsoftが今まで手をつけてこなかった自社ブランドPCの提供に傾いたのは、iPad/iPhoneというたぐいまれな製品を提供している垂直型ビジネスのApple、Motorola Mobilityを買収してハードウェア部門を持つにいたったGoogleに対抗する意味があるのかもしれない。

 もう一つあるのは、タブレットでトップシェアを持つiPadのマーケットをSurfaceで切り崩したい、という戦略もあるのだろう。iPadに対抗するためには、今までのようにPCメーカーが設計するハードウェアに対してMicrosoftが技術協力する形ではなく、もう一歩進んでOSの内部をすべて分かっているMicrosoftがハードウェアを設計し、省電力化を進バッテリによる長時間利用など、利用に適した環境を整えたいと考えているのかもしれない。

 実際、Windows RTに関しては、PCメーカー数社と密接にハードウェア設計、ドライバー開発を行っている。このため、年内に登場するWindows RT版のタブレットは、数種類だといわれている。このことから、Windows RTに関して、タブレットというフォームファクタを重視したPCをMicrosoftがリリースすることにしたのだろう。

 一方Windows 8 Pro版に関して、MicrosoftがWindows RT版だけを積極的に手がけ、インテルCPUの製品を手がけないのは、パートナー関係に問題が生じるかことを憂慮したのだともいわれている。実際、Windows RT版はWindows 8リリースと同時だが、Windows 8 Pro版に関してはWindows 8のリリース後90日以内としている。

 Windows RTの開発に関してはベールに包まれているため、どのような状況になっているか分からない。しかし、x86/x64のWindows 8 OSは、RP版を見てみると順調に進んでいると思われる。PCメーカーにとって製品がバッティングするSurfaceのWindows 8 Pro版は、リリース時期を遅らせ、PCメーカーの顔を立てたといえるのかもしれない。

 

Windows 8カーネルを採用するWindows Phone 8

 Surfaceの発表から2日後に行われたWindows Phone Summitでは、次期Windows Phone「Windows Phone 8」に関しての発表が行われた。

 Windows Phone 8に関しては、今年に入りWindows 8カーネルベースに移行するといううわさが流れていたが、今回のイベントでは、そのうわさ通りになった。

 Windows Phone 8は、Windows 8カーネルを採用することで、64コアまでのCPUに対応(現在のWindows Phone 7はシングルコア)、3種類の解像度への対応(800×480:WVGA、1280×768:WXGA、1280×720:720P)、MicroSD、NFCのサポートなどが行われる。


Windows Phone 8は、Windows 8カーネルを採用しているWindows Phone 8は、マルチコア、マルチレゾリューションがサポートされ、MicroSDの外部スロットが用意される。Windows 8カーネルを採用することで、最大64コアのCPUが利用可能

 実質的には、Windows Phone 8はWindows 8のサブセットといえる。大きな変更点としては、スクリーンサイズの違いがある。Windows 8アプリの解像度を変更するだけで、Windows Phone 8上での動作させることが可能になる。

 スタートスクリーンはWindows Phone 7で採用されたMetro Styleだが、タイルのサイズが3種類になり、ユーザーが自由にタイルのサイズを変更することが可能になった。また、Windows Phone 7のスタートスクリーンでは、小さいサイズのタイルを2列で表示していたが、Windows Phone 8では小さいサイズのタイルを4列で表示する。


Windows Phone 8のスタートスクリーン。タイルのサイズが3種類になっている。これにより、多数の情報をスタートスクリーンに表示できるWindows Phone 8のタイルは、ユーザーが自分でサイズ変更ができる

 アプリ開発に関しては、Windows 8カーネルと実行環境(Windows Runtime)を採用するため、Windows Phone 7のSilverlightに加えて、Windows Phone 8ではHTML5/JavaScript、C#/VB#(.Net Framework上の言語)、C/C++(ネイティブコード)などの言語が利用できる。

 また、C/C++などのネイティブコードが利用できるため、ゲームなど利用される3DエンジンなどもWindows Phone 8上で動かすことが可能になる。カジュアルゲームだけでなく、リアルタイム動作を重視したゲームもWindows Phone 8では開発することが可能だ。ただ、ネイティブコードのセキュリティをどのように担保するのかなどの詳細は、Windows Phone Summitでは発表されなかった。


Windows Phone 8は、Windows 8カーネルを採用することで、C/C++のネイティブコードも動かせる少し見にくいが、スライドにはC/C++のネイティブコードをWindows 8、Windows Phone 8の両方で利用可能Windows Phone 8でC/C++が動作することで、Havokなどのゲーム用ミドルウェアがサポートされた

 また、ブラウザに関しては、Windows 8で採用されるInternet Explorer 10(IE10)がそのままWindows Phone 8にインプリメントされている。


Windows Phone 8は、Windows 8のIE10がそのまま搭載されている。Windows Phone 7のようにサブセットではないWindows Phone 8のIE10は、ほかのモバイルブラウザよりも高速だ

 またNFCが標準でサポートされ、Wallet Hubという各種カードの情報を管理する機能が用意されている。


NFCを標準でサポートWindows Phone 8のWallet Hubは、ポイントカードなどの情報を管理できる

 企業向けの機能としてWindows Phone 8は、セキュアブート機能、Bitlocker機能(暗号化)などが用意されている。さらに、自社専用のHubを用意することも可能。このHubから、自社専用アプリのインストールや社員情報へアクセスなど可能になる。


Windows Phone 8では、自社専用のHubを用意できる。ここで社内アプリもインストールできる

 またWindows Phone 7では、アプリはMicrosoftのMarketplaceだけからしかインストールできなかった。しかし、Windows Phone 8では、企業独自のMarketplaceを設置することが可能になる。これにより、アプリを一般に公開しなくてもいい。このあたりの企業向けの機能は、Windows 8/Windows RTと全く同じだ。

 Windows 8カーネルをサポートすることで、マルチタスク機能をサポートした。バッテリを消費するマルチタスク機能は、バッテリ容量に制限のあるスマートフォンではハードルが高かった。しかし、Windows 8カーネルとWindows Runtimeにより、効率の高いマルチタスクが可能になった。これにより、いくつかのアプリをバックグラウンドで動作することが可能になった。例えば、SkypeなどのVoIPアプリをバックグラウンドで動かし、VoIPでかかってきた通話を受けることも可能になる。

 また、音声認識プラットフォームも搭載されている。各アプリから、音声認識プラットフォームを利用できるため、簡単にアプリを音声認識対応にすることが可能になる。


マルチタスク機能を持つWindows 8カーネルを採用することで、バックグラウンドでVOIPソフトを動かすことも可能。これにより、SkypeなどのVoIPソフトをバックグラウンドで起動しておき、VoIPで通話を受けることも可能になるバックグラウンドで動かしたSkypeに電話がかかった時の画面音声認識プラットフォームもAPIが用意されるため、アプリから簡単に利用可能

 もう一つ重要なのは、現状のWindows Phone 7のSilverlight、XNAで作られたアプリがWindows Phone 8でも動作するかだろう。明示されなかったが、Windows Phone 7で増えたアプリを捨て去ることはないだろう。必ず、Windows Phone 8でも動作できるように動作環境が整えられると筆者は考えている。

 注意が必要なのは、Windows Phone 7端末は、Windows Phone 8へのアップデートはできない点だ。このためMicrosoftでは、Windows Phone 7.8という、Windows Phone 8のスタートスクリーンをサポートしたOSをリリースすることにしている。Windows Phone 7.8では、Windows Phone 8のアプリは動作しない。

 Windows Phone 8のCPUは、Windows Phone 7と同じくQualcommのSoC限定になっている。現在、NOKIA、HUAWEI、SAMSUNG、HTCがWindows Phone 8端末の開発を進めている。


現在のWindows Phone 7は、Windows Phone 8にアップデートできないため、Windows Phone 8のスタートスクリーンを採用したWindows Phone 7.8がこの秋用意されるWindows Phone 8端末を最初に発売するのは、NOKIA、HUAWEI、SAMSUNG、HTCの4社。CPUには、QualcommのSoCが使われる

 なお、Windows Phone Summitは当初、Windows Phone Developer Summitとして2日間、開発者を集めたコンファレンスにする予定だったが、最終的にWindows Phone 8のアナウンスを行う半日のイベントになった。開発者に向けてWindows Phone 8の詳細を発表するのは、夏ごろに開催されるDeveloper Eventになるようだ。

 Windows Phone 8はWindows 8カーネルを採用しているため、Windows 8の製品候補版がリリースされるまで後送りになったのだろう。

 

 一連の発表を見ていると、MicrosoftはOSカーネルとしてWindows 8を中心に据えようとしているようだ。今後、組み込み用OSも、Windows CEからWindows 8ベースのEmbedded Windowsへ移行していくのかもしれない。

 またSurfaceに関しては、iPadのように大きなシェアをMicrosoftブランドで取れるのかについて、疑問が残る。ハードウェアに関しては、Windows OSのように高い利益率を持っているわけではない。このためWindows 8では、リファレンスハードウェアとしてSurfaceが利用されるのかもしれない(Microsoftは否定しているが)。個人的にはSurfaceのラインアップが増えて、毎年新しいPCが発売されるとは思えない。

 Surfaceがうまくいけば、PCメーカーにSurfaceのテクノロジーを移行していき、PCメーカーブランドで発売することになるのではと考えている。ある意味、IntelのUltrabookコンセプトを一歩進め、自社ブランドでテストケースを作っていくというモノかもしれない。逆にいえば、Microsoftがハードウェアに手を出さなければならないほど、iPadの導入が個人でも、企業でも進んできているのかもしれない。

関連情報