クラウド&データセンター完全ガイド:イベントレポート

「日本を元気にするにはまず社員から」クラウド経営者が働き方改革に思うこと

JAIPA Cloud Conference 2017

弊社刊「クラウド&データセンター完全ガイド 2017年秋号」から記事を抜粋してお届けします。「クラウド&データセンター完全ガイド」は、国内唯一のクラウド/データセンター専門誌です。クラウドサービスやデータセンターの選定・利用に携わる読者に向けて、有用な情報をタイムリーに発信しています。
発売:2017年9月29日
定価:本体2000円+税

高齢化社会をはじめとする社会課題解決の実現に向けてクラウドやIoT、AIといったテクノロジーのワークスタイル変革への活用が注目を集めている。人材確保がより難しいと言われる今の時代、企業は「働き方改革」により、いかに生産性を高め、ビジネス価値を高めていけるのか。2017年7月19日に都内で開催された「JAIPA Cloud Conference 2017」(主催:一般社団法人日本インターネットプロバイダー協会〈JAIPA〉クラウド部会) で繰り広げられた、業界を経営者たちによるディスカッションの模様をお伝えする。 text:阿部欽一(キットフック) photo:河原 潤

あえて競合を追随せず、「柔軟な発想」で成長を描く

写真1:三井住友トラスト基礎研究所 研究主幹 伊藤洋一氏

 JAIPA Cloud Conference 2017の終幕に、クラウド/インターネット業界の働き方改革をテーマとしたパネルディスカッションが催された。パネリストに、サイボウズの青野慶久氏、DGホールディングスの松栄立也氏、GMOクラウドの青山満氏、さくらインターネットの田中邦裕氏、IDCフロンティアの志立正嗣氏という、この業界を牽引する経営者たちが集結した。

 モデレーターを務めたのは、三井住友トラスト基礎研究所 研究主幹の伊藤洋一氏(写真1)だ。伊藤氏はまず、各パネリストにこの業界での起業や経営に対する思いや「変化」に対する考え方を尋ねた。

写真2:サイボウズ 代表取締役社長 青野慶久氏

 サイボウズ代表取締役社長の青野慶久氏(写真2)は、松下電工(現パナソニック)を経て、1997年に同社を設立。社内のワークスタイル変革を推進し、働き方の選択や最大6年の育児休暇、副業(複業)の自由化など、ユニークな人事制度を敷いていることで知られる、働き方改革の先駆者だ。

 青野氏が経営の中で常に意識しているのは、国内の競合企業ではなく、マイクロソフト、グーグル、セールスフォース・ドットコムといった海外の競合だという。「巨大IT企業と普通に戦えば勝ち目がないため、彼らとは逆の発想が求められるわけです」(青野氏)。

 しかし、柔軟な発想により、思い切った戦略がとれるメリットもあるという。グループウェア業界では、パッケージソフトからクラウド(SaaS)への移行という流れがあったが、サイボウズは、競合のクラウドシフトのタイミングを注意深く観察し、GmailやOffice 365などのリリース直後にクラウド版を発表した。一方、クラウド化の流れに乗り遅れた国産グループウェアの多くはその後、マーケットを失ってしまうことになる。

写真3:GMOクラウド 代表取締役社長 青山満氏

 GMOクラウド代表取締役社長の青山満氏(写真3)は、クラウドホスティング事業に加え、セキュリティ事業やソリューション事業も手がける。これらの事業ドメインはIoTで横断されるもので、同社は「IoTビジネスに欠かせない事業集団」を標榜している。最近では、自動車の整備工場向けに、IoTを活用した車両遠隔診断サービスを提供。顧客の車の安全と、中古車の流通マーケットの変革に取り組んでいる。

 青山氏自身は、航空機器メーカーを退職後、米国でスノーボードメーカーを立ち上げたという異色のキャリアを持つ。その後、在庫をインターネットで販売するためにECサイトを制作しようと考え、それがレンタルサーバーの会社を設立しようというきっかけにつながっていく。

 背景にあるのは「価格が高い、手続きが煩雑で手間がかかる」ものを簡単にしたいという思いだ。これはSSLサーバー証明書をはじめとするセキュリティ事業も同様で「世の中の中小企業の不便さを、我々が解消しよう、わかりやすくしよう」(青山氏)というのがGMOクラウドの成長の根底にあるという。

写真4:さくらインターネット 代表取締役社長 田中邦裕氏

 さくらインターネット代表取締役社長の田中邦裕氏(写真4)は、今から21年前の学生時代に同社を起業。その後、一度は社長を退任し、2005年の上場後に再度復帰している。社長復帰後は、利益を最優先に考えたが、その結果、「最高益を達成できましたが、社員数は純減、離職率も高く、売上の成長率は鈍化しました」(同氏)という。そこで、利益から売上の成長に経営のフォーカスをシフトしたところ、最高益は出ていないものの、売上増、社員増、そして株価が10倍になったという。こうした経験から、働き方改革をはじめ、世の中が利益だけを求めていないことを体現したいと考えている。

テックジャイアント席巻への危機感

写真5:IDCフロンティア 代表取締役社長 志立正嗣氏

 一方、IDCフロンティア代表取締役社長の志立正嗣氏(写真5)は、「危機感」を成長のキーワードに挙げた。凸版印刷でのマルチメディア系業務からキャリアをスタートした志立氏は1994年にインターネットの大波に触れ、1998年にヤフージャパンに入社。Q&Aサービス「Yahoo! 知恵袋」の立ち上げなどに携わり、2017年4月に子会社であるIDCフロンティアの社長に就任した。

 海外にはグーグルやアマゾン・ドットコム、フェイスブックなどのテックジャイアントがいる。志立氏は「そのことは認めたうえで、日本でどのように存在理由を見出し、戦っていくかが大事です」と語った。すべての原動力は危機感にあるという。

写真6:DG ホールディングス 代表取締役社長の松栄立也氏

 DGホールディングス(旧DMMホールディングス)代表取締役社長の松栄立也氏(写真6)は、「2000年以降、DMMの歴史はアマゾンとの戦いでした」と語った。1998年にアマゾンが日本に進出し、2000年にはアダルト向けビデオの販売も開始している。当時、DMMはアダルト部門の販売で国内トップだったが、2007年、ついにアマゾンに追いつかれてしまう。松栄氏は、独占販売権を持つタイトルをアマゾンに卸さないという対抗措置で戦おうとしたものの、アマゾンがマーケットプレイスを開始し、一般人がアマゾンのプラットフォーム上で販売に参入し出すと状況は一変、一度はアマゾンの軍門に降ることとなる。

 その後、2013年にアマゾンはアダルト動画配信を始めたが、サーバーが置かれた米国の規制により、配信できるタイトルが少ないなどの理由で、2015年、ついにアマゾンはアダルト動画配信から撤退した。

 こうした巨人との戦いの歴史を振り返った後、松栄氏は、「我々は、アマゾンがやらないこと、すき間を想定することがスタートラインになっています」と話した。つまり、ビジネスドメインに共通しているのは「今のビジネスが駆逐されるかもしれない」という前提で考え、投資を繰り返した結果なのだという。

「社員の幸せ」が企業価値を高める時代に

 話題は企業価値に移る。伊藤氏は、「株式市場の閉塞感を見るにつけ、企業を評価する指標に、収益以外の指標がないものでしょうか」とパネリストに問いかけた。

 これに対し、志立氏は「私たちは、この20年、日本人の幸福度が下がっているという事実を、真摯に受け止めなければならないでしょう」と発言。資本主義における株式市場では、利益や株価で会社の価値が評価されるのは事実。しかし、「従業員の配分比率がこの20年、下がってきている事実も見逃してはならないのです」と志立氏は語った。

 「我々は日本を幸せにするために働いていて、その代表が社員」で、それが日本型の経営スタイルではないだろうかというのが志立氏の主張だ。

 田中氏は、「効率化して利益を出すことで、結果としては株価が上がらず、成長にもつながりませんでした」と自身の経験を話した。そして、利益から成長へとフォーカスをシフトすることで「2年間で社員の平均給与は1割増え、直接雇用の割合も高まっていきました」(同氏)という。

 利益ばかりに目を向けると、これから人材確保が難しくなる時代に、ますますリターンを得ることが難しくなると田中氏は説明。そこで社員に目を向けることに気づくことのできる経営者と、利益ばかりに目がいってしまう経営者に分かれてくるというのだ。

 青野氏は、「一律ではなく多様性をいかに受け入れるかが重要です」と述べた。日本は伝統的に製造業が強く、工場を大事にする文化がある。それが「本社も工場と同じ働き方」という「一律公平」の文化につながっている。そこを変革していくのはまだまだ時間がかかるとの見通しを示した。

 志立氏は、「多様な働き方は生産性向上の点からも必要です」と述べ、これからは、人のアイデアや創造性を生かすような働き方に変えないと、10年先にはAIやロボティクスに本当に仕事を奪われかねないと指摘。「この危機感が働く人に共有されるよう、働き方を変えて生産性を上げた先行事例などが契機となり、認識が広がっていってほしいと思います」(志立氏)

日本のビジネスマンはどんどん「副業」をすべき

 続いて伊藤氏は、日本で「起業文化」をいかに醸成していくかについて、パネリストの考えを問うた。

 青山氏は、会社員時代に入社1年目から副業を始めた経験を話した。これは「会社の就業規則に『副業禁止』と書かれていなかったから」(同氏)だそうだが、それによって、自分だけでなく、会社にもさまざまな価値を還元できたという。

 例えば、お金の流れやビジネスの流れについて、経理部門や営業部門の話を聞くなどした氏の経験から、会社に対してさまざまな提案ができるようになり、その結果、「日本初のスペースシャトルの実験機に、自分が作った製品が採用された」(同氏)という実績にもつながっている。

 田中氏は、起業の“しかた”が重要だと述べた。「今の時代は一念発起して会社を辞め、起業する時代ではありません。例えば、会社に働きかけて副業を認めてもらい、それがうまくいったら起業してもよいし、うまくいかなかったらまた企業にフルコミットするという柔軟性のある起業のしかたも念頭に置いたほうがよいと思います」(田中氏)

 松栄氏は、「会社として副業解禁は考えているものの、規制が多くてなかなか踏み出せない現状もあります」と語った。会社の管理下に置かれると、たとえ自主的な副業であっても会社の責任が問われるというのが、経営者からは副業を認めにくい障壁となっている。

 青野氏は、労務の問題にせず、社員とのコミュニケーションを密に取ることで解決していけばよいのではないかと提案。「強制はしない、本業に差し支えないようセルフマネジメントを促す、本人の選択と決断の下で自立のマインドを引き出すことに注力しています」(青野氏)

 議論は、「法律をどう考えるか」というところにも及んだ。伊藤氏は、IT企業で自分の専門分野を生かして、柔軟に副業して価値を高めていくという働き方と、現行の労働法規が想定している領域が乖離している点を指摘した。

 田中氏は、多様な働き方について、「基本的に、会社が個人の生活まで立ち入るべきではないでしょう」としたうえで、「結局のところ長時間労働は絶対的によくない」という認識が大切と述べた。田中氏は会社の人事制度を変えるときに、社員とワークショップを行って決めたことがあるという。それは「性善説をとるということ。ゼロの証明はできないが、悪い考えをする人は、自分たちの身近にはいないだろうという前提に立ってのことです」と田中氏は説明した。

クラウド、IoTの進展で進む「N対N」とデータの爆発的増加

写真7:日本のクラウド/インターネット業界を代表する論客が集まった「2020 年の日本を元気にする経営者パネルディスカッション」

 最後に伊藤氏は、「自社におけるクラウドビジネスの可能性について総括を願いたい」とパネリストに呼びかけた。

 青野氏は、「グループウェアのクラウド化により、お客様も変わりました」と話す。企業間あるいは地域でも活用されるようになっており、ある自治体ではグループウェアを導入、自治体と住民がつながることで、「この道路が壊れている」というのを住民が写真付きで投稿、その情報が工事業者にリアルタイムに伝わり、改修のワークフローがすぐに流れるようになったという。

 「フラット化や横のつながりで、これまでの行政手続きが大きく変わりました。こうした例から、今後は『社外との人脈を持っている』ことが新たな強みや価値となっていくのではないでしょうか」(青野氏)

 松栄氏は、クラウドのメリットの1つとして、コンテンツ流通を大きく変える可能性を指摘した。例えば、「PlayStation VR」というVR専用のゲーム機があるが、それに対応したDMMのコンテンツは、同社のサーバーを経由しないと視聴できない。その結果、海賊版の流通がほぼゼロになったという。

 これまでのデジタルコンテンツにおける最大の課題は、容易にコピーがなされ、海賊版が出回りやすいことだった。だが今後は、クラウドやVRなどの技術進展から、上述の例のように、「必ず自社のストリーミングサーバーを経由しないとコンテンツが視聴できない」仕組みさえあれば、ビジネスを安定的に伸ばしていくことが可能になるという。

 青山氏は、「クラウドの進展により、インターネット上で『N対N』の関係をより結びやすくなっていく」と述べ、N対Nの購買行動がより安全に、よりシンプルに行えるよう、電子契約のプラットフォームを整備していきたいとした。「これからも、複雑で面倒なことをクラウドで簡単にすることに取り組んでいきたいです」(青山氏)

 田中氏は、IoTの進展により、N対NのN数は飛躍的に増えていく可能性があると指摘。これらはクラウドやインターネットがなければ実現できないことであり、「ISPもCSPもまだまだ生き残っていける余地がある」(田中氏)とした。「今後、IT企業というのはなくなっていくと思っています」と田中氏。これは裏を返せば、「あらゆる企業がIT企業化していくこと」を意味している。「そのときに純粋なインターネットサービスを提供する企業として、最後のISP、CSPとして生き残っていきたい」と田中氏は今後の抱負を述べた。

 そして志立氏は、「IDCフロンティアがめざす世界は、シンプルとクリアです」と強調。顧客がビジネスを進める際のシステムのアーキテクチャを「シンプルで、使いやすく、クリアに設計できるというのが当社の最大の価値」だという。

 もう1つは「データの価値」だ。インターネットから生まれるデータは指数関数的に増え、その流れはIoTによってさらに加速する。「データはそのまま置いておくだけではコストだが、これを目的に合わせて活用すれば価値に転換することができる」と志立氏は述べ、「シンプルなアーキテクチャで、データ活用の環境を整備することに、今後はフォーカスしていきたい」とした。

クラウド&データセンター完全ガイド2017年秋号