会計といえば、どの企業にとっても不可欠な業務である。会計担当者でなければ、会計ソフトを利用することもないだろうが、どの企業にも必要なものだけに、「会計ソフト」のマーケットサイズは決して小さくはない。総務省が2001年に行った「事業所・企業統計調査」によれば、全国の事業所数は約640万だという。
その会計ソフト、しかも小規模事業所向け会計ソフトの世界で、今、大きな変化が起こっている。
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事業所規模別の、会計業務の状況(参考)
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主に会計事務所やその顧問先企業向けのビジネスを行ってきたミロク情報サービス(以下、MJS)は、2月10日、小規模事業者向け業務ソフトの開発・販売を行うユニシンクの営業権を取得。ユニシンクは社名をミロク・ユニソフトに変更し、今年4月23日から、「ミロクのかんたん!シリーズ」の名称でパッケージソフトの販売を開始した。
一方、MJSの競合メーカーである日本デジタル研究所(以下、JDL)は、無料の帳簿ソフト「JDL IBEX出納帳3カジュアル」を4月1日より提供開始した。これに先駆けること1年、JDLは女優の木村佳乃さんを起用したテレビCMを放送し、店頭でパッケージソフト「JDL IBEX出納帳」の販売を強化してきた。それまで直販主体であったJDLが店頭での営業をこれだけ活発化するというのは新しい動きである。
さらに、店頭で販売する小規模事業所向け会計ソフト「弥生会計シリーズ」で高いシェアをもつ弥生では、昨年から会計事務所をターゲットとした「MARCHプロジェクト」をスタートした。これまでの製品とは明らかに異なる市場をターゲットとした展開であった。
3社はまったく異なるバックグラウンドをもつ企業であるものの、「小規模事業所をターゲットとした会計ソフト」に関わるという点で共通している。同じ小規模事業所をターゲットとする企業が、相次ぎ、新たな施策をスタートした意図はどこにあるのか。
■ 変化が起こるのは当然
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弥生の代表取締役社長、平松庚三氏
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「今まで保守的だった業務ソフトの世界に変化が起こるのは、ほかのIT業界の動きを見れば当然のことではないか」
弥生の社長である平松庚三氏は、そう分析する。
弥生は、パソコン用業務ソフトメーカーの中では、唯一、企業自体の変化が大きかったところだ。弥生のベースとなっているのは、日本のパッケージソフトの草創期に誕生したミルキーウェイと日本マイコンという2つのメーカーである。ミルキーウェイは、「大番頭」などの商品を販売していたが、1996年、米国の業務ソフトメーカーである米Intuitに買収された。その約1年後、インテュイット日本法人は、「弥生会計」を販売していた日本マイコンを買収。2社の日本の業務ソフトメーカーをベースに、日本での事業展開をスタートした。
IT業界で活躍する企業には外資系企業が多いものの、業務ソフトの世界では外資系企業は少ない。SAP、ピープルソフトのように、大規模会計ソフトでは外資系企業も登場してはいるものの、中堅以下の企業をターゲットとした業務ソフトの開発・販売をするメーカーは国産に限られていた。それだけにIntuitの日本上陸は注目を集めた。
しかし、2003年にはマネジメント・バイアウト(MBO)という方式で、Intuitと資本関係を解消し、社名も主力商品である「弥生シリーズ」と同じ、弥生株式会社に改称している。
平松氏は弥生がまだインテュイット日本法人だった2000年に社長に就任。ソニーを皮切りに、クレジットカードのアメリカン・エキスプレス・インターナショナルジャパン、IT系出版のIDGジャパン、AOLジャパンと外資系企業での経験も多いだけに、「初めて業務ソフトの世界で仕事をするようになって、IT業界のほかの企業とはまったく違うところが多いことに驚いた」という。
それだけに、ここに来て相次いで起こった会計ソフト業界の変化は、「当然のこと」と平松社長は指摘。そして、「小規模事業所向け業務ソフトも、高機能化が進み、機能での差別化が難しくなってきた。これまでの機能向上とは異なる動きをつけなければ、差別化もしようがなくなってきた」とその要因を分析する。
■ 「1社ではできないことができる」と新たなスタート決意
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ミロク・ユニソフトの代表取締役社長、三木正志氏
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ミロク・ユニソフトとして新たなスタートを切った元ユニシンクの社長で、現在はミロク・ユニソフトの社長である三木正志氏は、現在の弥生のもととなったミルキーウェイの創業メンバーの一人。日本のパソコン業界の立ち上がりを目の当たりにしてきた。
日本の小規模事業所向け業務ソフトの黎明期から現在に至るまで、業務ソフト業界を見てきた三木社長にとっても、「1998年にユニシンクを設立したが、先行し、社名、商品のブランドが確立している弥生をキャッチアップすることは容易ではなかった」という。
三木社長は旧ミルキーウェイ時代から、営業担当として市場の変遷を見てきた業務ソフトのプロフェッショナルだが、すでにできあがったブランドや商品力を切り崩し、新しい製品を定着させるのは難しかったようだ。
そこで三木社長がとった戦略は、ユニシンク1社で製品を販売していくのではなく、MJSとともに新市場を確立していくという判断だった。
「たとえば顧客管理ソフトについては、当社が弥生より先に製品を投入することができたものの、既存のシェアを逆転するためには大規模宣伝やキャンペーンなどの施策が必要になる。1社では資金的にも大規模宣伝の展開が難しいものの、MJSと一緒になることで、これまで打てなかった宣伝や施策をとることが可能になる」
パッケージソフトメーカーが、MJSのような企業と一緒になって市場開拓を行うという例はこれまでにはない。三木社長はこれまでにはないやり方で業務ソフト市場に挑戦することを決断した。
■ 無料ソフトで新たな市場開拓を狙う
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JDLの取締役 マーケティング本部長兼広報担当部長 森崎利直氏
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無料というインパクトある方法で製品提供を始めたJDLの取締役 マーケティング本部長兼広報担当部長である森崎利直氏は、「当社が調査した結果、既存の会計ソフトは、簿記を理解していなければ利用できないケースが多く、購入したもののソフトを使っていないユーザーが6割に達した」と指摘する。
そして、「当社が提供しているJDL IBEX出納帳は、徹底的に使いやすさを追求したソフト。これまで購入した会計ソフトを使いこなせなかったというユーザーであっても、十分に利用できる。さらに、今年4月からJDL IBEX出納帳カジュアルというお試し感覚で利用できる無料のソフトを提供することで、JDL IBEX出納帳を購入することをためらっていた個人事業主にもリーチできるようになった」と、新たなユーザー層を発掘を狙ったのが無料で提供するカジュアルだと指摘する。
ミロク・ユニソフトの三木社長が指摘するように店頭で販売されているパッケージソフトとしては、弥生の「弥生会計」、ソリマチの「会計王」といった商品があり、新たに参入した企業が割り込むのは難しい。だが、「無料で商品を提供する」となれば、それまではないインパクトで市場に切り込むことができる。
すでにカジュアルは7月10日で12万ダウンロードされた実績をもつ。12万という数字は、決して小さい数字ではない。確かに会計ソフトに興味をもっている人が少なくないことをうかがわせる。
しかし、無料ということは収益を得られないことになる。なぜ、JDLは無料でソフトを提供することが可能だったのだろうか。そこには、JDLのビジネスが小規模事業所だけをターゲットとしているわけではないことが要因となっていた。
次回はJDLのこの戦略の中身を見るとともに、同社やMJSのメイン業務である会計事務所向けシステムについて、詳しく説明していこう。
■ URL
株式会社日本デジタル研究所
http://www.jdl.co.jp/
株式会社ミロク・ユニソフト
http://www.miroku-unisoft.co.jp/
弥生株式会社
http://www.yayoi-kk.co.jp/
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( 三浦 優子 )
2004/08/18 00:19
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