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Silicon Graphicsの破産法申請をどう克服するか-日本SGIが目指す“新境地”【後編】

「コンテンツが主役の時代」に賭ける

 日本SGIは米国のSilicon Graphicsの子会社でも、単なる外資系企業でもなくなった。Silicon Graphicsとの関係でいえば、「親と子」の関係を逆転し、そのビジネスユニットをも買収、かつての親会社が目指した道を独自に歩もうとしているように見える。そして、NEC、キヤノンMJ、ソニーといった日本を代表する企業の資本をバックにしたグローバルカンパニーの様相をも呈してきた。日本SGIは果たしてこれから何をしようとしているのか。そのキーワードは創業時のSilicon Graphicsが提唱した「3Dグラフィックス」でもなく、現在のSilicon Graphicsが掲げている「HPC」でもなく、「コンテンツ」ということであるらしい。その新境地に勝算はあるのか。


経営者こそジャーナリスト

 米国のデビット・モシュラ氏というジャーナリストが書いた「覇者の未来」(原題:Waves of Power)という本がある。1997年に出版された本で、日本語にも翻訳されてベストセラーになった。

 その本の中でモシュラ氏は、「1980年代のIT業界が、メインフレームからPCにくら替えしたように、今やPCからグローバルネットワークインフラストラクチャを中心とする業界に道を譲ろうとしている」と当時の時代を総括した後、目前に迫った21世紀のIT業界の全体像を俯瞰(ふかん)している。

 「2005年をピークとする『地球規模のネットワークの時代』を経て、2030年ごろまでの大きなうねりとして『コンテンツ中心の時代』が到来する」

 いま、その内容について論議するつもりはない。しかし、日本SGI代表取締役社長CEOの和泉法夫氏は、この「覇者の未来」をバイブルのように思い、講演などでは必ずといってよいほどそのストーリーを紹介する。さらには、今日のさまざまな現象をそのモシュラ氏が描いたトレンドにプロットし、いずれもが将来のコンテンツが中心の時代へ向けたマイルストーンにすぎないと解説してみせる。

 今話題のWeb 2.0もそうである。Web 2.0こそモシュラ氏が指摘した2005年の「地球規模のネットワークの時代」を象徴するものであり、これはコンテンツが主役の時代に向けたひとつのパラダイムシフトという位置づけだ。つまり、Web 2.0で終わるのではなく、その先にはWeb 3.0があり、さらにその先にはコンテンツの時代があるという見方である。日本SGIがいま展開しているビジネスのキーワードが、この「覇者の未来」というひとつの本に込められているといっても過言ではないだろう。


 筆者自身、コンピュータ業界でジャーナリストを長年なりわいとしてきたが、IT業界の経営者ほどジャーナリスティックな存在はないと思ったことがたびたびある。自分自身は、もちろん無責任と思いはしないが、しかし実業を背負って記事を書き、論評をしているわけではない。だが、IT企業の経営者は、自らの判断で市場の動向を見極め、その中で生き抜き、さらには勝ち抜く方策を考える。見方を誤れば、そのつけはすべて自分に返ってくる。

 今まで、数多くの経営者を取材してきたが、優秀な経営者ほど優秀なジャーナリストであると感じることが多い。IT業界は動き続けており、ジャーナリスティックな感性がなければ経営者として生き続けていくことはできないということを思い続けてきた。

 その意味で、和泉氏のこのモシュラ氏の見方に肩入れする姿勢は、わからないわけでもない。経営者としてむやみに知謀、権謀術数をふるうのではなく、正面からIT市場の潮流を見据え、それに対して真摯(しんし)にかじを取る姿は否定できるものではない。


Jim ClarkのDNAを受け継ぐ

 日本SGIの和泉氏は、Silicon Graphicsの凋落の中で、Silicon Graphicsからの「親離れ」を推進する一方で、日本SGIの経営施策を自問自答してきた。独立企業となるからには、独自のビジネスモデルがなければならないということである。

 外資系企業の日本法人社長であれば、本社の戦略を忠実に日本市場で実践していけばいい。外資系社長によくある、単なる“英語使い”でもかまわない。しかし、独立企業となればそうはいかない。

 同社の年度のスローガンを見ると、外資系日本法人から独立企業への変遷の様子がよくわかる。社長就任当初の年度スローガンを見ると、「Challenge」、「Get Growth」、「One Step Ahead」というように経営者としては誰でも使うような、分かりやすい言葉が並んでいる。本社の戦略を一生懸命実践するということだろう。

 しかし、NEC、NECソフトが資本参加する2001年になると「ブロードバンドのリーダー」というように日本SGIとしての独自のスローガンが登場。その後は「Customer3(カスタマーキュービック=Customer First、Customer Satisfaction、Customer Relations)」、「Value3 Solutions(バリューキュービック・ソリューションズ)」など、顧客に満足、価値を提供するというような顧客中心のスローガンに変わる。そして、2004年にはブロードバンドが「ブロードバンド・ユビキタス」に進化する。

 後から振り返ると、日本SGIは「コンテンツが主役の時代」に向けて、準備を整えてきたということである。モシュラ氏も指摘するように、コンテンツ時代を招来するためには、その基盤となるインフラが整っていないといけない。ブロードバンドネットワークが十分に普及しないといけない。そして、そのインフラが十分整ったとみた2005年に、「コンテンツが主役の時代」という言葉が登場した。

 日本SGIが、「ブロードバンドからコンテンツ」というように、段階を踏んだのには訳がある。Silicon Graphicsが1990年代はじめ、米フロリダ州オーランドや日本の千葉県浦安市で行ったVOD(Video on Demand)実験の教訓があるからだ。

 この実験は情報スーパーハイウェイ構想のひとつの成果を見せるものとして大きな話題を集めたが、結局は単なる実験で終了してしまった。インフラが整っていなかったのだ。その後、Silicon Graphics自体が業績を悪化させ、その壮大な試みはとん挫してしまったが、日本SGIはインフラが整った今、当時のSilicon Graphicsの意志を引き継いでその取り組みを再開したということである。

 和泉氏は事あるごとに「日本SGIはSilicon Graphics 100%子会社ではなくなったが、しかし日本SGIにこそSilicon Graphicsとその創業者Jim ClarkのDNA(遺伝子)が生きている」とアピールしている。この言葉は、同社のコンテンツへの取り組みを見てみるとあながち誇大とも言い難い。


コンテンツが企業価値を最大化する

 多少本題からはずれるが、日本SGIがいうコンテンツとはどのようなものなのかを考えてみたい。

 まずこれを、音楽や映像コンテンツのようなものと考えてしまうと、そのとたんに同社のコンセプトが分からなくなる。

 和泉氏はあるメディアのインタビューに答えるかたちで、コンテンツという言葉をこのように説明している。

 「コンテンツそのものの定義が広がっている。かつてはコンテンツと思われなかったようなものがコンテンツとして価値を持つようになっている」

 そして、その最たるものは「企業が持つコンテンツ」だという。企業はさまざまな情報を抱えている。これをITで処理し、データベースとして蓄積してはいるが、なかなか流通させ、全社員で共有する仕組みを作るのはむずかしい。さらに、情報としてとらえることができるできない社員のノウハウやスキル、経験、ナレッジといったものもある。それはそのまま個人に帰属していて、全社が共有するのは至難のわざだ。和泉氏はこれを、コンテンツとして蓄積し、共有することが必要だと指摘しているように見える。


ゼネラルセッションでスピーチする和泉社長
 2005年11月29、30日の両日、東京・恵比寿のウェスティンホテルで開催した「日本SGI Solution3 Forum 2006」のゼネラルセッションでも、和泉氏は次のようにも語っている。

 「コンテンツが主役の時代には、CIOの役割も大きく変化するというのが日本SGIの考え方。今まではプログラマーがシステムを構築していたが、今後はクリエーターが重要な役割を担うようになる。そして企業のシステムを支えていたデータベースに代わってDAM(Digital Asset Management)やDRM(Digital Rights Management)という機能が求められるようになり、ERPなどの業務アプリケーションからコンテンツアプリケーションへ、プラットフォームもOSからWebブラウザへと変化する。そして、コンテンツインテグレーションの時代に突入する」

 かつてのITは効率化、合理化のツールであった。そして、現在のITはセキュリティやコンプライアンス、内部統制のためにあり、ガバナンスの主要なテーマとなった。しかし、IT本来の目的は「企業内のコンテンツを包み込み、その価値を最大化させる」ことにある。そしてそれが、企業価値そのものを高めることになる。コンテンツは、音楽や映像の世界に限らず、企業内のナレッジ、経験、ノウハウを総称する言葉なのである。

 日本SGIはこの「コンテンツが主役の時代」に向けて、「Silicon LIVE!(シリコンライブ)」というソリューション体系を提案している。そのコンテンツの生成から編集、蓄積、著作権管理、そして配信、可視化に至るまでをトータルにサポートするコンセプトであり、その具体的なソリューション群である。


最大の見せ場が始まる

 しかし、日本SGIが独立企業として独自のコンセプトを打ち出し、ビジネスを展開しようとしているさなかに、Silicon GraphicsがChapter 11を申請した。これはもちろん、日本SGIにとって関係ない話ではないし、決してプラスの話でもない。もちろん、衝撃はある。

 Silicon GraphicsのHPCは、いまだ競争力はあるといっても、商談の場において、競業他社はこのChapter 11をネタに日本SGIにも揺さぶりをかけてくるだろう。それは仕方のない話だ。これからの見ものは、そのマイナスの状況をどうやって跳ね返すかである。

 このシリーズでは、Silicon Graphicsが1996年をピークに業績を悪化させる中で、日本SGIはそれに反比例して日本独自のオペレーションを推進してきたということを、繰り返し指摘した。さらに、日本SGIはSilicon Graphicsのビジネスユニットも買収し、Silicon Graphicsのビジネスをも、日本SGIの中で受け継ごうとしていることにもふれた。しかしそれでも、その資本の約20%を握っているSilicon GraphicsがChapter 11を申請したことを覆い隠すことはできない。それは現在の日本SGIにとって関係ないことだといったら、嘘になる。

 最大の問題は、日本SGIがこれからも、これまで以上に変質、変ぼうを遂げられるかどうかであろう。今、日本SGIの中でSilicon Graphics製品の売上比率は30%を切った。日本SGI独自のソリューションの売上が増加したためだ。さらにその日本SGI独自ソリューションの売上は軒並み対前年比2倍、3倍というような驚異的な伸びを示している。将来を軽々に判断することは慎まなければならないが、もししばらくこの調子で推移するということになれば、かつて100%外資だった企業としては前代未聞の展開を見せることになる。

 幸いにして、IT業界にはこれまでもいくつかの起死回生ドラマがあった。何が起きるかわからないのが、IT業界のおもしろいところだ。たとえば、巨人と呼ばれたIBM。1980年代後半からのオープン化の流れにもまれ、40万人いた社員が20万人に半減したとき、ルイス・ガースナー氏が登場した。そしてコンピュータメーカーからサービスカンパニーへと大きく進路を変え、この巨人は蘇った。

 アップルもPCメーカーとしては風前のともしびだったが、「iPod」と「iTunes」を核に音楽配信サービスの世界に参入、かつての隆盛を取り戻した。当事者の苦労は並大抵ではなかっただろうが、しかしはたから見ていると実におもしろいドラマがあった。

 日本SGI自身は、かつてのIBM、アップルのような苦境にあるわけではないが、しかしSilicon GraphicsのChapter 11申請という苦境をどのようにはね除けていくのか、しばらくその状況を見続けていたいものだ。Silicon GraphicsのChapter 11申請は日本のIT業界を代表する敏腕営業マン、いや敏腕経営者にまたとない見せ場を与えてくれたことになる。



URL
  日本SGI株式会社
  http://www.sgi.co.jp/
  米Silicon Graphics, Inc.
  http://www.sgi.com/

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( 宍戸 周夫 )
2006/05/24 00:00

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