筆者は本誌でエンタープライズストレージの連載を持っているが、その中の重要な構成要素としてHDDが現在どのような状況にあるのかが非常に気になっていた。HDDに課せられる条件は、大きく分ければ高速化と大容量化の2つである。そして、エンタープライズ向けであればこれに信頼性の向上が加わる。さらに、商業的な面からは低価格化も重要な条件となる。こうした数々の要件を満たす上で、HDDにはどのような最新テクノロジが投入されているのだろうか。
そこで、今回は株式会社 日立グローバルストレージテクノロジーズ(以下、日立GST) 企画管理部 部長の森部義裕氏、技術開発本部 記録・HDIシステム開発部 部長の中馬顕氏、エンタープライズ本部 ビジネスマネジメント統括部 主任技師の国崎修氏にHDDテクノロジの最新動向について伺った。前編では、最新のメディア技術、垂直磁気記録、次世代のヘッド技術など、HDDを支える最新テクノロジを取り上げていく。
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株式会社 日立グローバルストレージテクノロジーズ 企画管理部 部長の森部義裕氏
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株式会社 日立グローバルストレージテクノロジーズ 技術開発本部 記録・HDIシステム開発部 部長の中馬顕氏
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株式会社 日立グローバルストレージテクノロジーズ エンタープライズ本部 ビジネスマネジメント統括部 主任技師の国崎修氏
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■ ヘッドの浮上量を下げ、再生感度の高いヘッドを搭載する
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HDDは、大容量化と小型化の歴史をたどっている(出典:株式会社 日立グローバルストレージテクノロジーズ)
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HDDは、1956年に初めて登場して以来、大容量化と小型化の歴史を歩んできた。1956年に登場したIBM RAMACは、24インチディスクを50枚も内蔵しながら、7ビットキャラクタを500万個、つまり約4.4MBのデータしか記憶できなかった。また、面記録密度も2kbpsi(bpsiは1平方インチの面積に記録できるビット数)に過ぎなかった。これが、1980年に登場したIBM 3380では、14インチディスクが9枚にまで小型化され、記憶容量も1.2GBに増大した。これに伴い、面記録密度は12Mbpsiに高まっている。そして、2005年に登場したMicrodriveは、ディスクサイズが1インチに小型化され、ディスク1枚で6GBの記憶容量を実現している。また、面記録密度は78Gbpsiにまで達している。
ここで注目したいのが、面記録密度の著しい伸びである。薄膜ヘッド、後述するMR/GMRヘッド、AFCメディアといった技術革新を経て、近年では年間100%(1年に2倍)という割合で面記録密度が向上してきた。HDDの記録密度を高めるには、データの各ビットに対応するディスク上の記録面積を縮小していけばよい。しかし、記録ビットを形成する磁性粒子の両極が記録面に平行して配置される現行の面内磁気記録では、記録面積を大きな割合で縮小していかなければならない。このため、記録面から得られる磁気信号も急激に弱まっていく。
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面記録密度が高まるにつれ、ヘッドの浮上量も低くなっている(出典:Hitachi Global Storage Technologies)
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こうした微弱な信号を再生する一番簡単な方法は、磁気ヘッドの浮上量を低くすることだ。一般にヘッドの浮上量を低くすると、再生感度は指数関数的に向上する。最新のHDDでは10nm以下であり、磁気ヘッド(1.25mm)と全長70メートルのジャンボジェット機を対比すると、ジャンボジェット機が地上から1mm以下を飛行しているレベルに達している。ところが、ヘッドの浮上量を低くすればするほど、メディア表面の許容突起高さも低くしなければならない。そこで、最近ではメディア基板の素材として従来のアルミニウム・マグネシウム基板からガラス基板に切り替わりつつある。ガラス基板は、平滑で高い硬度を持つ表面を作りやすく、また剛性が高いので基板を薄くできるという特徴を持っている。この結果、許容突起高さは数nm以下、3.5インチのディスク直径と米国の横幅を対比させれば、実にサッカーボール以下の高さにまで突起を抑えているようなものだ。
高密度記録を実現するもう一つの方法は、再生感度が高いヘッドを用いることだ。近年は、MRヘッドやGMRヘッドに代表される磁気抵抗効果を利用した高感度ヘッドが搭載されるようになった。これらのヘッドは、磁界の変化が電気抵抗値の変化となって現れるMR(Magneto-Resistive)膜を利用している。MR膜には一定の電流(センス電流)を流しておき、抵抗値の変化を電圧の変化に変換することによりデータを読み出す。MRヘッドは原理的にデータの読み出しにしか使用できないことから、記録ヘッドには従来の誘導型ヘッドを併用する。従って、HDDの記録再生ヘッドはMR誘導型複合ヘッドまたはGMR誘導型複合ヘッドと呼ぶのが正式な名称となる。
最近のHDDには、再生感度の高いGMR(Giant Magneto-Resistive)ヘッドが搭載されている。GMRヘッドは、磁気抵抗効果のなかでも巨大磁気抵抗効果を利用したものだ。巨大磁気抵抗効果とは、磁化固定層と磁化自由層という2枚の磁性層の磁化方向が平行(同じ向き)と反平行(反対向き)の場合で、伝導電子の散乱強度の違いによって電気抵抗値の差を生む現象を指している。巨大磁気抵抗効果を示すGMR膜の形成方式には、スピンバルブ、スピントンネル、交換結合、保持力差、グラニュラー、CMR(Perovskite)などがあるが、現行のGMRヘッドに採用されているのがスピンバルブ型だ。スピンバルブ型のGMRヘッドを初めて採用した製品はIBMのDeskstar 16GP/14GXP(1997年11月発表)である。
■ 記録メディアの改良によって面記録密度の限界を引き上げる
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MRヘッド、GMRヘッド、AFCメディアといった技術的なブレークスルーを通じて、現在まで順調な面記録密度の伸びを見せてきた(出典:株式会社 日立グローバルストレージテクノロジーズ)
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ヘッドの高感度化に加え、データを記録、保持するための記録メディアも重要である。記録密度を高めていくには、データを記録する磁性粒子の一つ一つを小さくしていけばよいが、現在の面内磁気記録では磁性粒子が記録面に対して横長に配置されている関係で、その体積も大きな割合で小さくしなければならない。このとき、ある限界点を境として熱に対する安定性が大きく低下し、磁性粒子が作り出したデータそのものが消失してしまう可能性がある。このような物理現象を専門的には熱揺らぎや熱磁気緩和現象と呼んでおり、面記録密度の向上を阻害する大きな要因となっている。
この限界点(超常磁性の限界)がどの程度の面記録密度で到達するかは日々の実験によって確かめられているところだが、最近のデータによれば200Gbpsi前後ではないかといわれている。4~5年前には20~40Gbpsiと予想されていたが、熱揺らぎによる影響を低減した新しい記録メディア技術の登場によって限界点がここまで伸びたのだ。こうした新しいメディアには、日立GSTのAFC(AntiFerromagnetic Coupling:反強磁性結合)メディアがある。
AFCメディアは、基板、そしてクロムでできた下地層の上に、コバルト、クロム、白金、ホウ素からなる磁性層とルテニウム(白金に似た貴金属)からなる非磁性層を交互に蒸着した多層メディアだ。これにより、複数の磁性層が作り出す反強磁性結合を利用して記録面の磁気エネルギーを高め、熱揺らぎの影響を大幅に低減している。つまり、磁性層の厚さを増やしたのに等しい効果が得られるわけだ。ルテニウムの非磁性層は非常に薄く、原子3個分(0.6nm)ほどしかない。このため、日立GSTはこの多層磁気コーティング技術をメルヘンチックに“Pixie Dust(妖精のホコリ)”と呼んでいる。森部氏によれば、重ねる磁性層の数は当初2層からスタートしたが、現在では5層にまで増えたという。
■ 垂直磁気記録を投入して面記録密度の限界を一気に引き上げる
これまでは面記録密度を高めるために、磁性層を薄くし、磁性粒子の粒径も小さくしてきた。20Gbpsiのときには平均粒径13nm、膜厚17nmだったものが、100Gbpsiにもなると平均粒径9.5nm、膜厚10nmまで微細化が進んでいる。このレベルになると熱揺らぎの影響によって記録磁化が消失しやすくなるため、現時点ではAFCメディアによってこの問題を解消している。さらに、200Gbpsiを視野に入れると、平均粒径を4nm以下、膜厚を10nm以下にまで微細化しなければならず、もはや周辺の技術を駆使しても面内磁気記録では安定した記録が不可能なのではないかと考えられるようになった。実際、その兆候が現れつつあり、年率100%だった面記録密度の伸び率も現在では40~60%にまで低下している。
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現行の面内磁気記録と将来の垂直磁気記録の違いを示したもの(出典:Hitachi Global Storage Technologies)
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そこで新たに投入される技術が垂直磁気記録である。垂直磁気記録は磁石の両極をディスク面の厚み方向に位置させる記録方式だ。これは、細長い磁性体を縦に並べれば体積を小さくすることなく密に配置できる性質を利用している。「余談ですが、磁性体を垂直ではなく斜めに配置するというのも物理的にはアリです。斜め磁気記録は磁化反転させやすいのが大きなメリットです。同じ保磁力を維持しながら小さな磁界で磁化反転できるため、ヘッドには優しい記録方式といえます。しかし、円周に沿って磁性体を斜めに配置するのが非常に難しく、実際にモノを作るとなるとかなり困難を極めます。磁気テープならば作りやすいので、将来はテープ向けのメディア技術として役立つかもしれません(中馬氏)」。
垂直磁気記録は、当時東北大学教授(現在は東北工業大学学長)だった岩崎俊一氏が1968年に基本原理を提唱し、1977年に単磁極形ヘッドと二層膜構造の垂直磁化薄膜メディアによる実験を通じて面内磁気記録の10倍以上という高密度記録が実現可能であることを実証した。いわば、日本生まれ日本育ちの技術である。日立製作所は古くから垂直磁気記録の研究開発に積極的で、東北大学電気通信研究所との共同研究によって2000年4月には52.5Gbpsi、2002年7月には107Gbpsiの面記録密度を実証してみせた。そして、今年4月にはついに230Gbpsiのラインを超えられることを実証し、88Gbpsiの2.5インチHDDの試作機でフィールド試験も開始されている。2005年内には垂直磁気記録を採用した2.5インチHDDの製品化を予定しており、2007年には200Gbpsiオーバーの面記録密度によって3.5インチの1TB HDDや20GBのMicrodriveを実現できる見込みだという。
【4月28日修正】
初出時に「東北大学電気通信研究所」の名称を誤って記載しておりました。関係者の方々へご迷惑をおかけ致しましたことを、深くおわびいたします。
■ 次世代のTMRヘッド、CPP型GMRヘッドに対する日立GSTの取り組み
日立GSTによれば、230Gbpsiの垂直磁気記録は現行のスピンバルブ型GMRヘッドで実現できるそうだが、垂直磁気記録のポテンシャルをさらに引き上げるには、より高感度のヘッドを投入する必要がある。そこで、現在検討されているのがTMRヘッドとCPP(Current Perpendicular to Plane)型のGMRヘッドだ。
TMRヘッドはスピントンネル型のGMRヘッドを指しており、GMRヘッドと同じく磁気抵抗効果を利用している点に変わりはない。スピントンネル型のGMR膜は、非磁性層を電気絶縁層とし、この電気絶縁層のトンネル効果が磁化固定層と磁化自由層の磁化方向のなす角度によって変化する現象を利用している。トンネル効果とは、本来越えられない壁(電気絶縁層)を、ある確率を持って電子が幽霊のごとくすり抜けられるという量子力学的な現象のことだ。中馬氏は、TMRヘッドの利点と自社製品への展開を次のように話す。
「TMRヘッドの最大の特徴は感度が高いことです。これまでは感度が高いという特徴だけでTMRヘッドの意味があったのですが、最近はメディア側の制限によってヘッドの感度が単に高いだけでは高密度記録を実現できなくなってしまいました。また、少なくとも現行の面記録密度もしくはこの次の世代の面記録密度くらいでは、現行のGMRヘッドでもTMRヘッドでも大きな性能の差は見られません」。
「今後考えられるTMRヘッドのメリットとしては、狭トラック幅に対応しやすいことが挙げられます。TMRヘッドは、狭トラック幅になったときに構造的にヘッドを作りやすいという利点を持っています。このため、ヘッドメーカーは総じてTMRヘッドを積極的に推進しています。日立GSTは、ヘッドも含めてすべてのコンポーネントを開発しており、ヘッドを外部から調達しているHDDベンダとは少々立場が異なります。基本的には、GMRヘッドで耐えられる限りはGMRヘッドを使い続け、同時にTMRヘッドの開発も進めていくというスタンスをとるつもりです。将来的にトラック幅が狭くなってGMRヘッドで苦しくなったときに、TMRヘッドを投入できればと考えています」。
TMRヘッドと並んで開発が進められているのがCPP型のGMRヘッドである。これは、GMR膜に対して垂直に電流を流すタイプの改良版GMRヘッドだ。「TMRヘッドの最大の欠点は、インピーダンスが非常に高いことです。プリアンプ入力までの伝送線路で高周波が減衰しやすいため、エンタープライズ向けの高速データ転送にはあまり向きません。CPP型GMRヘッドはインピーダンスが低いため、こうした用途で活用できるのではないかと考えています。ただし、現時点では逆にインピーダンスが低すぎて実用化が難しい状況にあります。研究が進んで、適切なインピーダンスにまで持ち上げられれば、高速転送用の再生ヘッドとしてCPP型GMRヘッドが使われるようになるでしょう(中馬氏)」。
■ 1微粒子に1ビットを記録できる究極のパターンドメディア
記録膜として多結晶磁性連続膜を用いる現在のHDDは、面内磁気記録、垂直磁気記録のいずれにおいても、サイズや形の不規則な結晶粒の境界を走ってビット境界が不規則なジグザグ形状となる。これは、再生信号の雑音の原因となることから、記録密度の向上には記録膜の結晶粒を微細化して直線的なビット境界を得る必要がある。しかし、結晶粒を小さくしていくと、熱揺らぎによる影響を受けやすくなり、時間の経過とともに記録情報が失われる問題が発生してしまう。
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垂直磁気記録の先にはパターンドメディアがある(出典:Hitachi Global Storage Technologies)
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そこで、現在のメディアに変わる次世代のメディア技術としてパターンドメディア(Patterned Media)が注目されている。これは、形状や大きさを人工的にそろえた単一磁区の微粒子をアレイ状に並べ、この1微粒子を1ビットして記録を行なう究極の記録メディアである。つまり、磁石一つ一つが完全に分かれているため、磁石を極限まで小さくしても隣の磁石の影響をほとんど受けないわけだ。従来の方式では、1ビットあたり少なくとも10個程度以上の結晶粒が必要だったことから、その結晶粒の数を半分、4分の1、究極的には1個にまで減らしていく過程でパターンドメディアが役に立つ。
「パターンドメディアは日立GSTの研究所内でも現在開発中ですが、問題はディスク表面を平滑にするのが難しいということです。高い記録密度を実現する上でヘッドの浮上量を下げる必要がありますが、ディスク表面を平滑にできないとヘッドの浮上量も下げることができなくなります。また、円周に沿ってドットを並べなければならないところも技術的に困難が伴います」。
「さらに、記録の仕方にも新たなブレークスルーが求められます。というのも、従来のメディアは記録電流を切り替えればそこが磁化反転の場所になったわけですが、パターンドメディアではドットごと記録電流を切り替えなければならないからです。つまり、信号の記録とメディア上のドットを完全に同期させる技術を新たに開発する必要があります。これらの理由から、パターンドメディアの実用化はかなり先になりそうです。原理的にはとても面白い技術ですが、実用化に至るまでにはさまざまな研究開発を経なければなりません(以上、中馬氏)」。
後編では、日立GSTが注力するHDDのターゲットアプリケーション、15,000rpmオーバーの高性能HDDや2.5インチSCSI HDD、1インチ未満の超小型HDDに対する取り組みなどを取り上げていく。
■ URL
株式会社日立グローバルストレージテクノロジーズ
http://www.hitachigst.com/portal/site/jp/
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( 伊勢 雅英 )
2005/04/27 00:00
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