弥生 岡本社長
「メリットがあるのに導入をためらっている方の背中を押したい」


 個人企業、中小企業向け業務パッケージソフトでトップシェアを誇る弥生株式会社が、12月4日から、最新版となる「弥生10シリーズ」を発売した。「かんたん、やさしい、あんしん」をキーワードに改良を加え、会計ソフトを初めて利用する人にも、導入の敷居を低くしているのが弥生シリーズの特徴だ。

 それに加え、サービスに関しても強化を図ったのが弥生10シリーズの進化の大きなポイントとなっており、導入、操作、運用の面から利用者を徹底的にサポートする体制を整えた。弥生10シリーズの取り組みについて、そして今後の弥生の方向性などについて、同社・岡本浩一郎社長に聞いた。

75万人の登録ユーザーが弥生シリーズ最大の強み

弥生株式会社 代表取締役社長 岡本浩一郎氏。1969年生まれ。東京大学工学部卒業、UCLA経営大学院修了。1991年株式会社野村総合研究所に入社、株式会社ボストン コンサルティング グループを経て、株式会社リアルソリューションズ設立。2008年、弥生株式会社代表取締役社長に就任

――弥生シリーズの最大の強みはなんであると考えていますか。

岡本氏:
 弥生の一番の強みは、75万人の登録ユーザー、15万5000人の保守登録ユーザーに支えられていることです。これは弥生にとって最大の資産です。

 弥生を利用している多くのユーザーがいるということは、弥生に対する率直な意見を聞くことができる体制ができているのと同義語です。日々、さまざまな意見をいただきますが、これが小さな声なのか、それとも多くの人が望んでいる意見なのかというは、たくさんの意見を集約してはじめてわかる。これを次の製品に反映することができます。

 また、多くの人が利用しているということは、新たに購入していただく方にとっても安心につながる。多くのユーザーに使っていただいているということは、弥生にとって大きな武器であり、優れた製品を投入しつづけるためのサイクルを生むことになります。

--どの意見を聞き、どの意見を採用しないのかといった判断はどうしますか。

岡本氏:
 まずは多くの人が望んでいることを採用することになります。ただ、多くのユーザーに利用していただくことがパッケージ製品の特徴でもありますから、意見を聞きすぎて、多くの機能を追加し、むしろ使いにくいものになってしまったというのでは意味がありません。100%のユーザーに満足してもらうことはできなくても、90数%のユーザーには満足してもらう機能強化を図る。

 社内では「最大公約数」という表現をしていますが、1人のユーザーを完璧に満足させるという発想ではなく、何十万人のユーザーが使いやすいとご満足いただけるものをお届けしたいというのが基本的な考え方です。

 私自身、カスタマーセンターにお寄せいただいたメールを読んだり、直接、販売店の店頭に出向いて、売り場の方々や店舗を訪れたお客さまと話をしたり、また、起業家支援のためのイベントに企画段階から参加し、弥生にどんな機能が求められているのかといったことを知る場を作っています。

メリットがあるのに導入をためらっている方の背中を押したい

――岡本社長は、会計ソフトを使ってもらうための敷居を下げたいということを常々言っていますね。これはどういう意味ですか。

岡本:
 店頭でお客さまの声を聞くと、「会計ソフトは難しそうだから」、あるいは「面倒だから」ということで導入をためらっている例がかなり多い。数年前までは、PCのスキルがないから会計ソフトを利用しないという人が多かったのですが、そうした理由で導入しない人はかなり減ってきている。

 ちょっと余談になりますが、日本には420万事業所がある一方で、毎年30万社弱が廃業し、20万社強が新たに起業している。合計では減少傾向にはあるのですが、廃業する方々のなかには長年仕事をやってきてリタイアする人が多い一方で、新しく起業される方は若い人が多い。

 これは言い換えれば、PCを使ってこなかった人が廃業し、PCに慣れ親しんだ若い経営者が増加しているということにもつながる。当社にとっては、20万件以上もの新たなビジネスチャンスが毎年生まれているという見方もできるのです。

 いま、われわれがやらなくてはならないことは、本来、会計ソフトを使用できるスキルをもっていて、しかも導入するメリットがあるのにためらっているという経営者の背中を押すことだと思っています。そのための活動が必要です。

 そこで、これまでのようにソフトを購入したあとに利用する解説本という点で出版社と協力関係を築くだけでなく、青色申告というものはどういうものか、といった会計処理の観点からとらえ、そこに「今年は会計ソフトを使ってやってみましょうよ」という提案をしていく出版物への協力も行いました。

 ソフトそのものの価格も安くなっていますし、PCの価格も安い。それに、最新の弥生10シリーズは使い始めていただければ、「かんたん、やさしい、あんしん」の機能をあらゆる角度から提供している。難しいと思っている「壁」の向こうに踏み込んでもらったら、あとはスムーズに使ってもらえる環境をしっかりと用意しているんです。問題は踏み込んでもらうという点だけ。ぜひ、今年は多くの経営者に会計ソフトを導入していただきたいですね。

岡本社長が手にしているのが朝日新聞社発行の「はじめてでも簡単、必ずトクする 青色申告」。青色申告の必要性やメリットからガイドするムックだ弥生シリーズはすべて30日間無料体験版が用意されている


「かんたん、やさしい、あんしん」の意味

――新製品である弥生10シリーズで、かんたん、やさしい、あんしんの機能を実現したというのはどういう点を指しますか。

岡本氏:
 実は、社員と話していて、「来年はなにをやろうか」と困ってしまうぐらい(笑)、今年の弥生10シリーズは多くの進化を図っています。そのなかであえてあげるとすれば、「業務マニュアル」、「インターネットとの融合」、「無料導入セミナーなどのサポート体制の強化」といった点になります。

 業務マニュアルは、従来から用意していたソフトの操作マニュアルに加えて、実際の取引を例にして年間の業務の流れに沿いながら、帳簿や伝票入力方法などを解説するものです。この取引はどういった流れで、どのように仕訳をしたらいいのかといった業務そのものをサポートする機能となっています。

 また、インターネットとの融合では、オンラインアップデート機能を導入し、インターネット経由で最新機能を追加したり、法令改正への対応、最新の郵便番号辞書を利用できるようにしました。

弥生10シリーズの発売日となった12月4日には扶養控除の廃止に関する報道があったように、政権交代によって、これまで以上に最新の法令に迅速に対応する必要が出ています。弥生10シリーズでは、政権交代の動きに間に合ってよかった(笑)ともいえます。

 そして、最後にサポート体制です。弥生10シリーズでは、新たに無料導入セミナーを用意しました。全国の弥生ビジネスパートナー(YBP)の各社との協力によって、12月中旬以降、対面型の無料導入セミナーを行います。

 やはり対面で相談ができた方がありがたいというユーザーの声もありますから、それに対応したものです。パートナーが無料セミナーを実施できない都道府県ではわれわれが直接出向いて開催するなど、47都道府県すべてで開催できるように考えています。

 また、青色申告の導入支援では、DVDを用意して、購入後ユーザー登録いただいたお客さまに配布します。これも数万枚を用意しました。そのほか、無料導入サポートでは、サポート期間の延長や返品可能といった仕組みもあります。

 有料サポート(あんしん保守サポート)では、ハードディスク内の業務データの復旧にかかる復旧費用を最大20万円まで保証する「ハードディスクデータ復旧保険」、弥生シリーズの運用に関して他社製ソフトのサポートまで行う「周辺ソフトサポート」や、パソコントラブルの際に問題の切り分けや、解決方法について電話で回答する「PCトラブルサポート」を業界で初めて提供します。

 昨年札幌のカスタマーセンターを増床して、現在、大阪カスタマーセンターと合わせて約200人体制となっています。そのうち、130人がテクニカル対応もできる人材であり、これも弥生を安心して利用していただくための重要な基盤となっています。

弥生の体験セミナー検索ページ。弥生10シリーズでは、新たに無料導入セミナーを用意、12月中旬から2月にかけて対面型の無料導入セミナーを全国で実施する。サポート期間中は、バージョンアップした最新版製品を無償提供する。弥生10シリーズからはオンラインアップデート機能を導入。インターネット経由で最新バージョンにアップデートされる


Windows 7対応と弥生10シリーズの手応え

弥生10シリーズの発売日となる12月4日には、岡本社長自らが店頭に立って新製品の特長をアピールした(写真は有楽町ビックカメラ)

――製品発表会見では、Windows 7対応をあまりにも強く訴えていたのが印象的でしたが(笑)。

岡本氏:
 これはエンジニアとしての血が騒ぐというか(笑)。会見では、CPUにPentium M 1.70GHz、メモリ1GBの古いノートPCにWindows 7を搭載し、その上で弥生会計10を動作させましたが、このスペックでもストレスなく動作することを示したかったんですね。また、バックアップしている最中に電源を切ってしまっても、データを破損するような動作を阻止し、きちっとデータ保護の処理をするようになっています。

 ここに、弥生がいち早く「Compatible with Windows 7」ロゴを取得した意味がある。Windows 7上でただ動作するという意味ではなく、安心して利用できるように完全に対応するという意味なんです。

――弥生10シリーズの発売後の手応えはどうですか。

岡本氏:
 非常にいいですね。初期発注量が、例年を上回る販売店もありますし、専用コーナーを用意していただいている店舗もある。また、Windows 7の発売や制度改正も追い風となりそうです。

弥生10シリーズのラインナップ


2009年は原点回帰という方針のもと、次への仕込みができた1年

――2009年度は「原点回帰の1年」としましたね。その成果はどうですか。

岡本氏:
 2009年は経済環境の変化もあって、辛抱の1年でした。ただ、その間、弥生の中核的なユーザーである中小企業、とくに小規模企業に対して満足してもらえる製品づくりに改めて力を注ぎました。

 2~3年ほど前、弥生は規模の大きな企業までをターゲットとし、新たな顧客を開拓しようとしていました。しかし、この動きが既存の中小企業ユーザーから、「弥生はそっちに向いてしまうのか」という誤解を与えることになってしまった。それが引き金となり、弥生が重視しつづけてきた「かんたん」、「やさしい」というイメージの指標が悪化した時期もありました。

 ある日、量販店の店頭に行ったら、弥生のパッケージがガラスケースの中に置かれていたんです。高級ブランド品のような扱いで展示されているのを見て、これはいけないと感じましたね。

 そこに、2009年に掲げた原点回帰の方針の狙いがあります。弥生09シリーズでは新たに福利厚生サービスなども用意しましたが、これがどこまで貢献したのかという判断は難しい。だが、これをやっていなかったら販売数量が落ちていたのではないかといった可能性もあります。

 2009年までの2年間はシェアが低下する傾向にありましたが、市場が縮小するなかでも、2009年の当社シェアは拡大しています。2009年を振り返ってみると、原点回帰という方針のもとで、弥生10シリーズに向けて確実な仕込みができた1年だったと自己評価しています。


2010年のテーマは「愚直な実践」。SaaSは2010年中にパブリックβ提供

「どんな形で、弥生ならではのSaaSを提供するのか、その形にも期待していてください。」

--2010年はどんな1年になりますか。

岡本:
 当社は10月から新たな事業年度が始まっていますが、そこで掲げているテーマは「愚直な実践」です。2009年度の原点回帰をベースに、中小企業や起業家を中核ユーザーにとらえるという方針については、悩まない、迷わない。

 製品の完成度だけでなく、サポートについても体制を強化し、中小企業の経営者、経理担当者をしっかりと支援できるようにしたいと考えています。2010年は新たなパートナーとの連携についても発表できると思いますし、パッケージ製品でも既存の製品とは異なる新たなものも準備していきたいと考えています。

――SaaSへの取り組みも気になるところですが。

岡本:
 2010年中には、ベータ版として活用していただく範囲になりますが、弥生が提供するSaaSとはどんなものかをお見せできると思います。2010年半ばにはクローズドベータ版の提供を開始し、2010年中にはパブリックベータという形で提供できるようになります。

 SaaSで提供するサービスは、既存のパッケージ製品とは別のものととらえていますし、弥生10シリーズや、来年の弥生11シリーズ(仮称)とも別のラインのプロダクトと位置づけています。

 例えば印刷エンジンの部分は、デスクトップアプリケーションの方がより緻密な制御ができますし、どこまで、ネットのサービスで完結させるのかといった点でもまだまだ検証が必要です。パッケージ側に連動するためのモジュールを持たせて、ネットとパッケージを組み合わせたソフト+サービスといった考え方もあるのではないかと思っています。

 長い目で見れば、SaaSとパッケージの境界線が曖昧になるということも起こるでしょう。そこに対して、弥生はどんな回答を持っているのかということも固めていかなくてはならない。

――SaaSに関しては、かなり慎重にも見えますが。

岡本:
 そう見える背景には、ひとつはプラットフォームをどうするかという点があります。われわれは直接インフラを持つことは考えていませんから、業務アプリケーションを提供するインフラとして最適なものを選択したい。その点で、技術的にも、コスト的にも、現時点ではまだ最適なものが見当たらないというのが現状です。

 もうひとつはビジネスとして立ち上げるタイミングです。まだ多くのユーザーがSaaSモデルを導入しようという機運にはなっていない。ユーザーの要求をとらえながら、適切なタイミングで導入を図りたい。

――パートナーを通じた販売を行っている中小企業や中堅企業以上を対象にした業務ソフトメーカーでは、パートナーのビジネスモデルの変革まで踏み込まなくてはならないため、SaaSモデルの導入には慎重な例もありますが。

岡本:
 弥生のパートナーの場合は、ユーザー向けに導入、運用、操作指導を行うことが付加価値の中心になっていますので、パッケージでも、SaaSモデルでもユーザーに弥生を理解をしてもらうサービスを提供するという点では、役割に違いはありませんし、ビジネスモデルにも変更がない。

 弥生のSaaSビジネスにとっては、その点での障壁は無いといえます。いずれにしろ、どんな形で弥生ならではのSaaSを提供するのか、その形にも期待していてください。



(大河原 克行)

2009/12/18/ 00:00