アドビ・ティーゲル社長「幅広い製品ポートフォリオを軸にパートナー戦略を強化」


 「欧米に比べて、趣味でアドビの製品を使うユーザーが多いのが日本の特徴。そうしたユーザーに対して、これまでアドビはなにをしてきたのかという反省がある」と語るのは、アドビシステムズ株式会社 代表取締役社長のクレイグ・ティーゲル氏。プロフェッショナル、プロシューマーが圧倒的ともいえる欧米市場とは異なる手の打ち方が必要ではないかと言及する。そして、その一方で、大手企業における製品ライフサイクル管理といったアドビ製品の活用の広がりに向けた強化も図るほか、パートナー戦略の強化にも踏み込んでいく。今年9月に社長就任から1年を迎えるティーゲル社長に、同社の取り組みを聞いた。


―昨年9月にティーゲル氏が社長に就任して以降、経済環境が悪化しています。あまりいい時期の社長就任でなかったですね(笑)。

代表取締役社長のクレイグ・ティーゲル氏

ティーゲル氏
 確かに経済環境は厳しくなっています。しかし、そうしたなかであるからこそ、多くの方々が社内を見回して、さまざまなことを生産的に、効率的に変えて、事業を展開していくことを考えている。その点では、決して悪い時期に社長に就任したとは思っていません。アドビの技術は、社内のプロセスを見直し、効率性をもたらすことができる技術です。厳しい経済環境であるからこそ、多くのユーザー企業と、より緊密な関係を築くことができるチャンスだと考えています。

 アドビは、創業以来27年を経過していますが、この間うまく経営をしてきた会社です。現在も、ある程度は景気失速の影響は受けていますが、ほかのIT企業よりは強く、財務状況も悪くはない。幅広い製品ポートフォリオ、カスタマーセットを持ち、個人からエンタープライズまで幅広い顧客層を持っています。これは、景気動向にあわせて軸足を移すことができる柔軟性を持っているともいえるのではないでしょうか。


―すでに社長就任から約1年を経過しようとしています。この1年で、どんな成果がありましたか。

ティーゲル氏
 1年がこんなに早く過ぎてしまったことに驚いていますよ(笑)。日本におけるアドビのビジネス基盤は大変強固で、優れたものがある。そして、アドビジャパンも有能なチームであり、ロイヤルパートナーが多いことを感じました。この1年は、当社の要となるCreative Suite、Acrobat、製品ライフサイクル管理(PLM)に焦点を当てて、社内のリソースもこの3つの製品分野に配分しました。また、パートナー戦略においても、これらの製品をベースに展開するとともに、報奨制度の見直しにも着手し、パートナーがより販売しやすい環境を整えた。

 一方、今年初めにチャネル担当ディレクターを新たに採用しました。チャネルに対して、正しいサポートを確約できる体制が整った。これはアドビジャパンにとって大変重要なステップであると考えています。

 また、より深めた関係を日本のトップ顧客と構築できたことも、この1年の大きな成果です。営業活動のつながりだけでなく、マーケティング、カスタマーケアを含めた総合的であり、包括的で、密接な関係を築くことができました。

 ソフトウェアライセンスに関するコンプライアンスを啓発できた点も成果のひとつです。顧客のなかには、ソフトの資産管理を重視するケースが増えている。ライセンス契約にのっとった形で、適切な形で活用していただくことを啓発し、ライセンス契約の見直しを働きかけています。


―一方で課題はありますか。

ティーゲル氏
 継続的にやらなくてはならないことは、アドビの認知度をさらに高めることです。例えば、アドビといった時に、AcrobatやPhotoshopしか思い浮かばない人が多い。そういう人に対して、アドビは、どういったソリューションやサービスを提案できるのかということを啓発していく必要がある。ツールだけでなく、サービスまでをトータルで提供できる企業であり、エンタープライズ領域に向けてもソリューションが提供できる企業であることを知っていただきたい。


―この1年でアドビジャパンの社内には、なにか変化がありましたか。

ティーゲル氏
 社内では、新たなことに挑戦する姿勢へと変えてきたつもりです。これは、古いやり方を捨てるというのではなく、いいところは残して、そこに新たな切り口を加えることを考えていく。企業は、常に新たなことに挑戦することが必要です。そうしないと会社そのものがよどみ、停滞することにもなりかねない。新たなチャレンジを提案することで、社員やパートナーは気がつかなかったことに気づくことができる。ちゅうちょせずに、これまでにはない新しいことに取り組める。また、これまでに例がない違うことを提案したからといっても、それを切り捨てるのでなく、プラスの経験値として取り入れる。そして、意見をぶつけ合うことができる環境を作るのが、アドビのリーダーとして考えていくことだと思っています。


―社長就任直後、パートナーとの連携強化を重点課題のひとつとしましたが、その成果はすでに出ていますか。

ティーゲル氏
 アドビのパートナーは、ディストリビュータ、量販店をはじめとする販売店などのチャネルパートナーと、ライフサイクル全般を提案することができるシステムインテグレータ(SI)とにわかれます。チャネルに対しては、ディストリビュータや販売店がそれぞれに持つ強みや経験を生かし、それらの強みを生かせる部分に対して、支援を強化していきたいと考えています。

 今後ひとつのポイントとなるのは、オンライン化の動きです。アマゾンなどのネット専業のほか、既存の販売店チャネルでもオンラインビジネスへの参入が増加している。オンラインでは、店頭ではやりにくい連動提案もやりやすいというメリットがある。デジカメとアドビ製品というように店頭では売り場がまたがり提案しにくい製品も、オンラインならばやりやすい。新たな販売チャネルの拡大という観点からも、オンラインルートに対しての支援強化は行っていくつもりです。

 一方、SIに対しては、Enablement Programがあり、技術的な支援を行うとともに、営業活動面からの支援を行ってきました。この1年で力を入れてきたのは、ライセンス制度の浸透です。ユーザー企業が求めるニーズがそれぞれに異なるなかで、適したライセンスとしてはどういう選択肢があり、アドビが用意している、どのオプションから選ぶのが最適であるかということを、よりわかりやすく提案し、その仕組みを知っていただきたいと考えています。また、日本向けには、ELA(Enterprise License Agreement)と呼ばれる全企業をまたがったライセンス契約がなかった。いま日本では、多くの企業がELAを結びたいという状況がある。これを整備し、すでに実際の契約例も出ている。

 今後は、エンタープライズレベルでのライセンシング事業が拡大すると考えています。このためには、やはりパートナーとの緊密な連携が必要です。昨年12月の新年度開始にあわせて、ソリューションセールス部門、メジャーアカウント部門を設置し、300社の主要顧客に対して、20~30人の専門営業担当を配置。顧客の直接サポート、サービスを行うハイタッチの仕組みを強化しました。ここで、顧客の声を吸い上げ、ビジネスチャンスがあれば、パートナーを通じて営業活動につなげていくことができるようになっています。市場ターゲットごと、製品ごとなどの細かな形で、パートナーに対して、それぞれのキャンペーン、支援を行う体制を作り、それにあわせた施策を積極化していますし、パートナーがアドビの技術を幅広く活用していく上での支援も行っていく。この1年で、従来に比べてアドビはよりアグレッシブになったな、と感じてもらえているのではないかと思っています。


―パートナー戦略を軸に据えたのには理由がありますか。

ティーゲル氏
 私自身、パートナーとの連携の大切さを身にしみて知っているからです。私は90年から93年まではオーストラリアのディストリビュータに勤め、アドビ製品を取り扱っていましたし、93年から96年はアドビのリセラーの経験がある。ここでの経験が私のルーツになっている。チャネルをうまく活用して、市場に展開していくことが重要だと考えています。こうした経済環境のなかで、パートナーもこのままでいいと思っていない。そして、新たな提案がほしいと考えている。幅広い製品ポートフォリオ、カスタマーセットを持ち、個人からエンタープライズ、グラフィックデザイナーにまで幅広い顧客層へと提案できる体制を整え、それぞれの顧客に焦点を当てた形で提案できる。そこにアドビが果たす役割があります。


―チャネルを知るリーダーがいることは、アドビジャパンのパートナーにとっては、いい方向に作用しそうですね。

ティーゲル氏
 チャネルの方々も新たな形で収益を確保するにはどうしたらいいのかを考えており、パートナーと新たな、そして、より緊密な関係を築くにはいい時期だと思っています。アドビ自身、新たな取り組み方を模索している最中ですが、同時に、一歩踏み出して、それらをパートナーと共有し、新たなことを考えていきたい。これは、パートナーにとってもメリットがあるはずです。積極的に推し進めたい。


―一方で、さまざまな製品、技術が登場するなかで、アドビ製品に対する理解度や、ソリューション提案などの遅れが出ているのではないかとも感じます。その点では、むしろ、パートナーとアドビとの距離感が広がったという感じも受けるのですが。

ティーゲル氏
 いまは、パートナー、顧客に対して、専門特化が進むという方向で支援体制を進めています。その点では専門分野ごとに、むしろ、より緊密な支援体制を整えたといえます。ただ、AIRの提案がどの程度できているのか、多くのパートナーがソリューションとして提案できるのかといった点では、まだ強化しなくてはならない部分があります。また、大手企業をはじめとするユーザー企業に対するAIRの訴求はこれからもっと積極化していく必要がある。まだ、登場から約1年の技術ですが、東京三菱UFJ銀行の採用例のように、現場の方々に興味を持っていただくことが、AIRの導入、ユーザーにとっての成果につながる手法のひとつだと考えています。これはわれわれが考えていたよりも早い成果でした。

 一方で、日本では、趣味のためにアドビ製品を使う人が、欧米よりも多いということが最近の調査でわかりました。しかし、こうしたユーザーに対して、アドビはこれまでなにをしてきたかというと、少し施策やサポートが少なかったのではないかという反省がある。例えば、デジタルカメラなどと組み合わせた提案などをもっと積極化すれば、新たな顧客層に広げることができるかもしれませんね。デジカメメーカーと連動すれば、われわれのソフトの強みをもっと提案できるでしょう。

 先ごろ、アドビでは、「DEKIMAGA(デキマガ)」というサイトを立ち上げました。プロのクリエイターも、今日初めてデジカメを持った人も、どう写真を加工するのか、どうニュースレターを作るのかといったことがわかるようにしています。アドビ自身が、こうした利用シーンにフォーカスした啓もう活動をしていくことが必要だと考えています。


―今後の課題はなんですか。

ティーゲル氏
 12カ月後には、アドビの製品ライフサイクル管理ソリューションを、独自の力で提案できるSIerがどのぐらい増えるのか、といった点に注目してほしい。そのためには、SIerに対する支援体制強化を、優先課題として取り組んでいききます。また、企業向けのリセラーに対して、専門的にライセンシングで提供できるプログラムを提供し、顧客にハイタッチでアプローチするとともに、パートナーを支援する体制を強化したい。さらに、先ほど触れたように、日本においては、アドビのクリエイティブ関連製品を使用するユーザーの3割は、一般消費者です。デキマガの活用を含めて、こうしたユーザーに対する活用を、より働きかけていきたいですね。やることはまだまだありますね(笑)。



(大河原 克行)

2009/8/21/ 00:00